ウィキッドという人物 作:ーーー
受験一ヶ月前の、1月17日。
あれから授業で得られるものは少なくなり、学力向上のために自宅で予習復習を済ませていた。他人との付き合いも最低限に留め、趣味だった作曲も去年の秋頃から全く手につかず、ずっと自分の個性の使い方ばかりを研究している。
幸い孤児院の敷地は広い。閑散とした郊外に居を構える都合、ちょっとした騒音程度なら誰も聞きつけることは無い。
(ここで…スイッチを押す)
小枝で作った人形を押し退け、個性の発動条件をクリアーし、手を握り締める。押し退けられ、距離を離したはずの小枝人形は、その内側から弾けるように炸裂し倒れた。
個性はあれからも、問題なく作用しているようだ。
この数年間を個性のテストに費やしてきて、いくつか判明したことがある。
この“リモート爆弾”の個性、手から何かを飛ばして爆破するのではなく、触れたものを爆弾に変換して直接爆破するようだ。
指向性を持たせにくく、個性の対象以外に関しては大幅に威力が減退する。単体への殺傷能力こそ高いものの、殺す以外の用途となるとかなり使いにくい個性である。
例えば生け捕りにするには殺傷力が高すぎ、衝撃を与えるには威力が低すぎる。
また、複数のターゲットに同時に爆弾を設定し、独立して個別に爆破可能。
それは人質を取った立て篭り犯のように思う。
ヒーローよりも
マイナスに捉えてしまいそうな自分の思考を止めるように頭を振るう。例え私が
(茉莉絵、君にはヒーローになってほしい)
その言葉が、今の私を動かす原動力だった。多分、目的の為に手段を選ばない性質の私には都合のいい言葉なんだと思う。
なりたい。
ヒーローに。先生の望む姿に。
それだけが私の頭の中に渦を巻き蠢いている。この個性も先生からの期待を込めた贈り物なのだから。
◇◇◇
「茉莉絵、お誕生日おめでとう!」
「わぁ…! すっごい大きなイチゴ! おとうさん、おかあさん、ありがとう!」
お父さんの膝の上に座り、お母さんが開けたケーキボックスの中身を見て、私は喜んでいた。お誕生日を祝われるのはこれでxx回目。家にはあまりお金が無いのは知ってるから、誕生日にはうんと大きなケーキが欲しいとお願いした。
それならお誕生日のケーキがプレゼントにもなるから、きっと二人は楽になれる。
「茉莉絵、本当にプレゼントはケーキでよかったのかい?」
「そうよ? 茉莉絵ちゃんが欲しいならお人形さんだってなんでも買ってあげるのに!」
「ううん、これでいいの! おかあさんもおとうさんもいつもがんばってるから、まりえはいっしょにいてくれるだけでうれしいよ!」
拙い言葉遣いで、けれど両親に感謝を伝える。甘いホイップクリームとふっくら焼き上がったスポンジケーキ、それを口いっぱいに頬張れるのが嬉しくって、つい涙が溢れてしまう。
楽しいな。こんな日が続いたらいいのに。
───クソ親父もクソババアも、こんな事はしてくれなかったな。
◇◇◇
「ん…」
寝返りを打った拍子に目が覚めたのだろう。
眠気でまだ重い瞼を擦り、今日が何の日かを思い出して洗面所に向かう。冷えた水を顔に掛け、深呼吸をしてようやく目が覚める。
(なんであんな夢見たんだろ)
今日は雄英高校の受験日だ。
滑り止めの高校は先日に受けているから、本命となるのは
今朝見た夢のせいで体の調子はベストとは言えないが、少なくとも悪くない。ふと時計を見ると、朝6時を差してすぐだった。次いで部屋からの目覚ましの音。どうやら早めに起きたらしい。
人間、目が覚めてから四時間後が最高のコンディションだという。受験開始が九時なので、起きてから三時間後。まあまあ調子を取り戻しての本番になるだろう。
──いっしょにいてくれるだけで───
頭痛に襲われ、思わず洗面台に掴まる。夢の内容というのは簡単に忘れるものだが、あの夢だけが何故か頭の中にこびりついて離れない。
(あ〜、クソウザ…)
目の前の鏡を軽く殴りつけ、ひび割れない程度に力を込めてもう一発殴った。鏡の奥には不機嫌そうな〈あたし〉が立っていた。その瞳の奥に見えたのは、暖かい家庭に育った、
それは私が真に切望した姿の幻影だろう。
残念な事に目の前に立つのはアンラッキーな事にハズレを引いた今の〈あたし〉でしかない。
茉莉絵なんて名前を呼ぶ資格は、先生しか持たない。
あたしを救けてくれた先生だけが、あたしの事を茉莉絵と呼んでいいから。
それから30分ほど
ただ、やることがあった。
院長を探して部屋を尋ねる。ノックするとあっけなく応じた。部屋に入り、院長の表情を見据えて口を開けた。(なんて醜悪なカオ)面白いぐらいにビビる院長に、言葉を紡ぐ。
「あたしが今日雄英受けるって知ってるよね」
「え…あ、ああ。もちろんだとも…」
その言葉を聞いて、にやりと口端を歪める。
「じゃあさ、あたしが合格したらお祝いにご飯作って待っててよ。今までしてたことはやめるからさ。あたし家族が欲しかったんだよね」
院長は困惑している。その反応も当然だろう。今までしいたげられていたはずの相手からの、突然の恩赦。
「それは、ど、どういう…」
「だからさぁ。今までアンタがしてきた事は許したくないけど、生活を助けてもらってたのも事実じゃん。だからこんなこともう辞めようとおもって。ダメだった?」
「そ……そんなことっ、もちろんない…!」
「よかった! じゃああたし行ってくる! 帰ってきたら何か食べさせてよ!」
「あ、あ、ああ! 行ってらっしゃい、水口!」
あたしの笑顔を見て、ついに解放されるとでも考えているのだろうか。安心したか、随分と緩み切った顔だ。ただ、最後に愛が籠ってない返事だったのが後押しした。
この生活を失ってしまうのはとても残念だが、院長とは今日をもって
◇◇◇
地下鉄を何本か乗り継いで1時間強。どうやら思ったより早めの到着になるのか、人はまだ疎らにしか歩いていない。それでも、目の前に聳える立派な建築物は、そこがこの国最高峰のヒーロー輩出校なのだと否が応でも認識させる。
校門は奥に分厚く、その周囲をコンクリートの外壁で囲っている様は、まるで刑務所のイメージを抱かせる作りだ。しかし校舎そのものはガラス窓のびっしりと張り巡らされたオフィスビルのようにも思えた。
校舎は甚く頑強そうな外壁とゲートに囲われ、UとAを掛け合わせたような独自の校章で彩られている。
内装もまたシンプルで派手すぎず、また新築であるかのように錯覚するほど清掃が行き届いているように見える。窓の近くに立ってみても、埃は疎か指紋ひとつ見当たらない。
そのまま他の受験生と共に張り紙で誘導されて廊下を歩き、その最奥にある一際大きな空間へと足を踏み入れる。
十数段にも連なる机と席が、事前に聞いていた雄英ヒーロー科の倍率のその高さを如実に示している。
入り口に置いてあるロボットが配る、お取りくださいと書かれた試験用紙を手に適当な席に座った。
今の時刻は8時30分。
説明開始が9時である事を考えると、早く来た割には人はかなり多い。それは、席の数以上に競合の多さを雄弁に語った。左前の学生は、随分と緊張しているらしい。
それは他の人間も同じだろう。私も、緊張していないと言えば嘘になる。
だが、身体作りも個性への習熟もこなして来た。ヒーローになるために必要なヒーローらしい知識は、頭の中に叩き込んできたつもりだ。
「…あれ、水口さん?」
「え? …あら」
後ろの席に座った人から、声がかかる。振り返ってみれば、そこに座っていたのは緑谷だった。隣にいるのは爆豪。犬猿の仲だと言える(というより爆豪が一方的に嫌っている)このコンビは母校でも有名だったが、奇妙な事に十ヶ月近く彼らの会話を見ていない。
爆豪が十ヶ月前に遭遇した〈ヘドロヴィラン〉の被害者であることと関係があるのだろうか。
「な、なんか…久しぶりだね、水口さん」
「…そうですね。あまり話してませんでしたから」
私達の間には元から何も無かったが、この三年生の間は特に話す事が無かった。たまに言葉を交わす時は大抵、学級委員としてプリントを配布する時ぐらいのものだ。
「チッ。やっぱてめェも来てるか、トラ」
もはや原型のない渾名を投げつけられ、適当な愛想笑いで返す。
「目指すなら、できるだけ上がいいですから」
「気に食わねえ」
愛想すら無く顔を背ける爆豪と、申し訳なさそうな苦笑いを持って返す緑谷。私も軽く会釈をし、改めて書類に目を通した。
◇◇◇
『今日は俺のライヴにようこそー!!!! エヴィバディセイヘイ!!!』
プロヒーロー、プレゼントマイクの掛け声が会場に響くが、ここはライブ会場ではないし、私を含めた受験生は現在プレゼントマイクのリスナーでもない。当然誰も応じる事なく彼の声だけが木霊する。
『こいつぁシヴィーーー!! 受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ!!?』
YEAHHHH……と、またも誰も返さず。
プレゼントマイクの説明はおおよそ直前に配られたプリントの内容と一致していた。
10分間、模擬市街地演習を行う。場所は各々指定されたエリアで、自分が使う道具の持ち込みは自由。
単純な加算方式に拠る採点方法のようだ。
…あれ。おかしいな。
三種、という点に疑問符がつく。
違和感を拭うためにプリントを再度見返すのだが、そこにはしっかりと
「質問よろしいでしょうか!!」
私の二つほど前の席に座る男子生徒が、私と同じ疑問を突っついてくれた。
「プリントには
ついでに「そこの縮毛の君!」と緑谷がブツブツうるさかったことを注意されているのを尻目に、壇上に立つプレゼントマイクからの言葉を待つ。
『オーケーオーケー。受験番号7111くん、ナイスなお便りサンキューな!』
プレゼントマイクの言葉の続きは、簡単にまとめると四種目の仮想敵は
私の知らないレトロゲームの例え話は横に置き、少なくとも倒すべき仮想敵と避けるべき仮想敵が設定されている、という事になる。
だが、この場はヒーロー科の試験会場。まず間違いなく単に避けるだけの敵がいるとは思えない。
聞けば、この学校の校訓はプルス・ウルトラという。鳴子から聞き齧った校風が本当なら、困難を乗り越えてこそだという事だ。
ならポイントは稼ぎつつも、狙い目はむしろこの〈0p
『俺からは以上だ! 最後にリスナーへ我が校“校訓”をプレゼントしよう!!』
──かのナポレオン・ボナパルトは言った。「真の英雄とは、人生の不幸を
「
話はそれで締め括られた。
◇◇◇
案内通りにバスに載せられ、目的の場所まで通される。集合した場所に、緑谷も爆豪も見当たらなかった。
(ライバルは二人減った)
一人は明らかな強個性持ちの爆豪。もう一人は不確定要素の緑谷。この場にいる他の人間の個性は外見の特徴から推察しやすいが、緑谷だけはわからない。
異形型の個性であれば容姿から察せられるものであるし、発動型や変形型であればその一部分ないし全部位が他者とは違う様相に見えるはずだからだ。
だが、緑谷の個性は全く掴めずにいた。まさしく無個性だと認識していた六ヶ月前の通り、未だわかりやすい身体的特徴が見られない。つまり、なんの個性かわからないのだ。
だから私は、この場に緑谷という不確定要素が居ない事を密かに喜んだ。
(見えない爆弾なんか、近くに置けないっての)
だっておっかねーもん、と心中で完結させる。それよりも、今大切なのは試験がいつ始まるかだ。
雄英、かの有名な雄英高校の事だ、どうせあの
それこそ、不意討ちでもするかのように───
『ハイ、スタートー!!』
どこかからプレゼントマイクの声が聞こえる。その言葉の意味を数瞬、頭の中で反芻して───私を含めて全てを理解した数少ない受験生は走り出した。
(…ッ! やっぱか…!!)
考え事などさせる暇もない、という事だろうか。
『どうしたぁ!? 実戦じゃカウントなんざねえんだよ、走れ走れ!!』
それに感応するように、また何人かが駆ける。
(遅えんだよ…その時点で、お前らの負けはもう確定してんだバーカ!)
『賽は投げられてんぞ!!?』
一足先に突入した私を迎撃するのは、人の背丈ほどの高さで、だがその大きさは二回りもあるような大型のロボット、1p
『標的発見! 殺ス!!』
物騒なセリフで警戒心を焚き付けるつもりか、攻撃的な言葉をぶつけてくる1p敵。同時に大振りのパンチを叩きつけようとアームを振りかぶってくる。
私はそのまま走り抜け───当たる直前にスライディングする。
(あたしの個性は待ち伏せが主力…正面戦闘はカウンターが基本…!)
車両のように繋がっている胴体部分に五指を押し当て、そのまま走って離れながら頭だけで振り向き、左手のスイッチを親指で握る。
目の前が赤く炸裂し、内側から爆発する。
1p敵の電気配線が顕になり、そこから破片が飛び散った。腕を軽く切りつけるが、そんな事に構うほど悠長にしていられない。何せ制限時間は10分だ。どこかで出てくるだろう0p敵まで可能な限り点を稼ぎ続けなくてはならない。
後片付けのように指をもう一度押し当てて、今度は密着したまま壊す。
『ギャアア!』
悲鳴まで設定されているのか。倒れ動かなくなった1p敵を尻目に、次のターゲットを探して走り出す。
私の右手の指は、どこも欠けていない。つまり、私の個性を使った爆発そのものでは私にはダメージが入らないという事だ。個性がどう働いた結果そうなるのかは知る由もないが、少なくとも直接ダメージを受けることはない。
そのまま流れに任せて道路を走り、突き当たりから右へと曲がる。その先にはまだ誰も向かっていない。ポイントを一番望めるとするならそこだ。
『見ロヨ、ターゲットダゼ!』
『ヒャッハァ! ブッコロス!!』
まるで雑談でもしているかのように話しながら、複数体のロボットが襲いかかってくる。
(こいつは突っ込んでくるだけ)
素早く飛びかかってくる2p敵の攻撃を横に逸れて避け、いなすついでに触れて爆破。その破片に触れ、指先で摘んで3p敵に投げつける。
それは確かに炸裂するが、3p敵そのものには一見してダメージは入ってないように見受けられた。
(いや…でも
破片を投げつけた先にあった部位は、間違いなく敵を識別する為のカメラ・アイ。人間もロボットも、相手を識別する器官として目を使用する以上、同時にそこが弱点にもなる。
なら、簡単な話だ。
(先に目を潰す! そんで胴体を壊す!)
『グアーッ!』
目を失った3p敵はところ構わず暴れ回る。周りの2p敵を巻き込むように乱雑に四肢を振り回し、それを無力化するために更に距離を詰める。
もちろんそんなことをすれば敵のがむしゃらな攻撃が当たる。実際にそれは、私の側頭部を穿たんと高速で近付いて来ていた。
それを敢えて受けた。
人の体は衝撃に対し、しなり、受け流すように作られている。過度な衝撃には耐えられずとも、増強型よりも程度の低い速度や威力であれば簡単に
指が触れた。
◇◇◇
「あの女の子、やるねぇ」
全ての生徒をモニタリングする追跡用カメラ、そのひとつに映る少女。受験番号6809、折寺中学校出身、水口茉莉絵。
「爆豪勝己に、飯田天哉…鉄哲徹鐵。どの
名前を列挙された者たちは、どれも撃破ポイントを稼ぎ高い順位を維持するトップ層。
体力や個性、判断力等を加味した総合戦闘能力。そしてそれらと対を成すもうひとつの判断材料。それら必要なものを必要最低限揃えていると思われるひとつの
「迷いが無いわね。ヒーローとして開花すれば…」
「さぁ、まだわからんよ」
「真価が問われるのは──これからさ!」
スイッチが押された。
それはやる気スイッチ。特大の受難が受験生たちに振り撒かれる。
「Plus ultraだ。越えろよ少年…!」