ウィキッドという人物 作:ーーー
「またひとつ!」
これで39ポイント。撃破ポイントは相応に稼げているはず。それに、面白いこともわかった。一部の仮想敵ロボット…恐らく1pと2pの個体は、人を見つけると意図的に接近するようにプログラムされている。何度も連戦を重ねるうちに、これらの挙動は何となく意図されたものだと想像出来た。
逆に3p敵はさほど動かず、テリトリーのようなものを持ち、複数のロボットを従えて挟み込むように動かすのだ。だから一度3p敵を落とせば、そのエリアの敵は全て私が立てた音に反応してやってくる。
それらを返り討ちにできるような高い戦闘能力を持つ受験生は、雄英に対して自分のことを育てるに値するとアピール出来る。
たかだか10分、されど危険な状況に身を置いた上での10分。少なくとも体力的に限界を迎える人は多いはずだ。
社会は、個性が悪意で使用されないことが前提で回っていて、子どもの頃は個性の暴走を封じるために原則使用禁止となっているらしい。
それこそ普段使いに便利な個性ならいざ知らず、刃物を出したり銃弾を撃ったりするような戦うための個性持ちは、それを行使する事さえ危険視される。
隠れて個性を使える環境にあった私が───特に、小学五年生の頃からずっと個性の活用方法を模索し続けてきた私が、この試験で有利かは兎も角、不利になる事は決してない。
特に、戦闘力においては。
◇◇◇
それでも、体を動かし続けながらの個性多用は何よりも体力を摩耗する。それこそ専用の訓練を受けていたりすれば話は違うのだろうが…。
『あと3分〜〜』
プレゼントマイクが、制限時間がもう少ない事を知らせる。ポイントは──『ギャーッ!』──これで47。敵の総数を知る術は無い以上、索敵能力と殲滅力の都合が求められるが、時折視界の端にチラつく他の受験者の戦績を見る限り、大差とは言わないがそれなりに得点差を離しているはず。
(このまま殲滅を続ければいける…。 いける…けど)
幸いにも、私の個性は音がわかりやすい。爆音に釣られて出てきた敵を倒し続ければ得点の面では心配は無い。だが、連戦に次ぐ連戦は酷い疲労を招く。
「はっ…はぁっ…」
もはや肺は酸素を求め続け、口を閉じるのも億劫だ。鼻よりも口の方が空気を取り込みやすく感じて、浅い呼吸を繰り返していた。
思考が止まりかけ、脳に残った酸素を捻り出して回避とカウンターに徹する。
『オラァ!』
1p敵の遅い振りかぶりを左手で受け流し、そのまま個性を付与し続けて爆破する。
個性の無い相手は、一挙手一投足を予測すれば対処は容易だ。それでも疲れは溜まるし、疲れは判断を鈍らせる。
「…ッ!」
3機の1p敵に囲まれ圧殺されそうになり、初めて逃げの一手を打った。最悪態勢は立て直せるが、ダメージを受ければそれは蓄積する。
単純な疲労か、疲労プラスダメージか。当然選ぶのは前者だ。
それにこいつら、足は遅い。
いや、正確には図体に対して機敏と言うべきか。見て避けられる程度のスピードだが、それでも巨体から振り下ろされる拳の威力は圧巻だ。それも鉄製とあれば尚更に。
ズン…と、深く重い音が響く。
それが理由だろうか、酷い地響きが試験会場を襲い、僅かに足がもつれて姿勢が崩れた。もっとも気を付けていれば防げただろうはずのその理由が、疲れからなのか、油断からなのかはわからない。
「…! うあっ!」
一体目の攻撃こそ咄嗟に躱したものの、二体目の仮想敵の振り抜きに掠ってしまい、僅かによろける。
(しまっ──)
鋭い二撃目が、眼前に迫る。
避けられない。咄嗟に目を閉じた。
『終了〜〜!!!』
来るはずの衝撃は来ず、竦んで閉じた目をゆっくりと開いた。1p敵のアームは、目先数センチメートル、本当に目と鼻の先というべき至近距離で止まっていた。
(…待てよ)
目の前の仮想敵のアームを押し退け、聞こえた言葉の意味を脳内で反芻する。
終了? それは、この試験が終わったってこと?
それは当然だ。制限時間は十分。乱戦のさ中に残り時間が三分である事を告げられた以上は、それは試験終了であることを、当然意味している。
でも、0p敵は?
そこまで考えて、戦闘中に襲われた地響きの正体に合点がいった。そして表通りまで走る。
誰かの悔しがる声。痛がる声。雑談の声ばかりだ。
「おーい! 怪我した子は集まって! リカバリーガールがもう来るからねー!」
誘導役の先生だろうか。大人の声に誘引され、近くの瓦礫に座り込む。両手で顔を隠し、大きなため息をついた。
先生の後ろにいたのは、ビルとビルの間に聳える巨大なロボット。0p敵だった。
0p敵と対敵しなかったのは単純な話で、私が深く潜り込み過ぎて主戦場から逸れていたからでしかなかった。視界に映らなかったのも、ビル影に隠れていたからに過ぎない。
深追いし、孤立し、メインの目的は逃す。我ながらあまりにも酷いミスだ。ここまで惨憺たる体たらくだと、自分に腹が立つ。
確かに1、2p敵はボコボコにできてたし、3p敵も私の個性なら簡単に壊せた。
問題は、それに良い気になって大トリをみすみす逃した事だ。
遅れて到着した、リカバリーガールと呼ばれていた先生は、名前や行動から察するに養護教諭だろう。怪我をしていないことを伝え、他の人を優先するよう言い残してから、私は試験会場の入口まで戻った。
これからバスに乗って雄英の校舎まで戻り、そこから各々自宅へ───そんな段取りだろう。合否結果を受け取る日が遠く感じた。
◇◇◇
家路に着いた時には、私の家は
警察官と消防士が入り交じり、消火活動や交通整理に勤しんでいる。私はその外堀、少しばかりの野次馬が遠巻きに見物している様を、更に後ろから覗いていた。
「お嬢ちゃん、あそこの人知ってんのかい?」
知らない人…恐らく近所に住んでいるだろう老人が、私に向かって聞いてきた。ごく自然に見えるように、少しばかり頷いて声を震わせた。
「…おとう、さん…」
気持ち悪い。
アレを父として認識したことはない。が、私の演技によって、思惑通り老人は私の事をあの燃え盛る孤児院の子どもだと理解したらしい。
「おいおいそりゃ…大変じゃあねぇか! おぅいお巡りさんよぉ!」
警察官が老人の呼び声に気付き、駆け寄る。
「どうされました!?」
警官の対応に血相を変えて訴えかける老人。私の背中を押して、もう片方の手で私に指を差す。
「この娘っ子、あの孤児院の預かりだったって子だよ!」
「えっ!?」
警官が私を見る。私は演技を続け、この火事が予想外
「お父さん……院長先生が…先生があの中にいるんです…!!」
「…!」
二人が息を呑んだ。老人は呆然と立ち尽くし、警察官は走って消防士になにやら話しかけている。もしかすると私には、演技派女優としての才能もあるのかもしれない。心底でほくそ笑み、瞳には涙を湛えた。
消防士の一人が駆け寄って来、私に話しかけた。
「あの…水口 茉莉絵さんですか」
「…はい、水口です…」
消防士は苦虫を噛み潰したような顔で、私に言う。それは私が期待していたものには若干遠いが、それでも概ね期待通りの言葉だった。
「その…○○孤児院院長の金村氏の容態なのですが。辛うじて息をしてはいますが…覚悟をされるべきかと…」
それを聞いて、僅かに表情を顰め、そしてしゃがみこみ、泣き真似をする。
「ぅ…ぁああ…お父さん…おとう、さん…!!」
引きつけを起こしたように浅い呼吸を繰り返し、うずくまって咳をする。
「ちょ、ちょっと…あんまりだよ消防士さんよ! この子まだ学生さんしゃねえのかい!? もっと言葉を選びなさいよ!」
「そ、それは…」
口論に発展していき、それを誰かが見つけたのだろう。私の周りにはあの火事現場以上に人集りが出来ていた。
「この子、どうしたの!?」
「それがよ、あそこの院長の預かりっ子だってのよ」
「ウソ…」
「おい! 言い方ってもんがあるだろ!」
「ああ、ちょっと! 離れてください!」
「クソッ…おい巴、応援要請しろ!」
「ッス!」
市民と警察の押し問答。
そこからはもう、何も聞かなかった。
数日ほどしてポストに投函があり、そこで院長が死んだと知った。市から貸し与えられた仮設住宅の中で、手慰みに個性を使っていた時の事だった。
全身が焼け爛れ、皮膚がほとんど壊死する重度のやけどだったらしく、無菌状態で延命手術をするしかない都合で私は死に目に会わせて貰えなかった。会わなくてよかったとも言うが。
そこから更に一週間が立つ。雄英高校から、合否の結果が届いた。手紙だと思っていたが、中身はよくわからない機械。それは机の上に置かれたと同時に起動し、一人の姿を投影する。
『私が投影された!!』
「うわっ!?」
突然ドアップで画風の違う顔が映し出される。紛うことなきトップヒーロー、オールマイトだ。
僅かにむせ込んだあと、咳払いをしてトップヒーローは続けた。
『水口 茉莉絵少女! 筆記試験は余裕をもって合格、良い学力だ! 肝心の実技だが、
その言葉に僅かに胸を撫で下ろす。
しかし、言葉には続きがあった。
『しかーし! この入試で見ていたのは
そこで私は硬直する。落ちたらどうしよう。先生の望みを叶えられないかもしれない。若干の動悸が私の心臓を襲うが、言葉はまだ続く。
『試験開始直後、君は真っ先に走り出し、仮想
これは雄英にしてやられたと言うべきなのだろう。確かに戦闘能力は、戦えない市民をヴィラン相手から守るために高い水準が求められる。
けれど、失念していた。
ヒーローの本質は人助け。人命を、ましてや仲間となるかもしれない人間の命を軽視し、戦闘にしかプライオリティを置けない人物はヒーローとしては二流なのだろう。少なくとも、雄英の基準にとっては。
『だが、有望な卵をわざわざ外に転がすような真似はしないさ! よって
「…? は?」
それきり機械は動かなくなり、ホログラムは消える。だが、ホロのオールマイトは確かに言った。
「合格?」
確かに言った。合格と。
だが、それまでの能力を否定していたかのような国振りから察するに、残念だが不合格だ、なんて吐かれるのかと思っていた。
なのに、結果は合格。訳が分からない。確かに私はヒーロー向きの人間では無い自覚があるし、実際望まれれば先生のために喜んで人を殺せる。
だが、そこで敢えて拾われた。
私を育てるつもりなのかよ、ヒーローに。
「面白いじゃん、雄英…」
まるで意表を突いたような合格の知らせ。思わず笑みが零れる。そして私の
「っと、いけないいけない。〈茉莉絵のパパは死んでる〉んだった。…あーあ、お父さん。生きてりゃ養子が雄英に受かったとこ見れたのにね。アハハッ」
それでも、上手く行きすぎて何もかもが面白い。
なってやろうじゃん。