ウィキッドという人物 作:ーーー
4月8日。
ほとんどの学生は、今日という日を晴れやかな気分で迎えるだろう。進学か、あるいは進級か。いずれにせよ新たな一年の始まりは、学生にとっての転機となる事に違いない。かく考える私も同じように、雄英高校について思いを巡らせていた。
雄英か。試験が規格外な大規模さ加減だったこともあるし、校風が気になるな。
試験は、あくまでもその生徒が雄英で学ぶに値するか否かを判別する試金石に過ぎない。校風など説明すらしないだろうし、とは言ってもかなりフリーダムというか、教師陣がかなり自由に動けるのは見て取れた。
耳の中でシャカシャカと鳴り続ける曲を止めて、イヤホンを外す。雄英行きの快速電車がもうすぐ到着する頃だ。
『──間もなく、二番線に雄英高等学校前行き快速列車が、八両で到着します。黄色い線の内側から───』
アナウンスが地下鉄駅構内に響き渡り、快速線の到着を告げる。
私の
それでも、家は家だ。私しか住む人間の無いうえ、ボロのくせに防音環境も完備!
私だけの快適な空間だ。
ネットも入学までの余暇時間のあいだに引いたし、LANケーブルも用意した。DTM用のアプリは既に前のアカウントで持っていたから、それに新しいPCでログインし直せば、数ヶ月前よりも一段階進化した新環境で作業ができるようになる。
我ながらかなりお間抜けな事に楽曲データのバックアップを忘れていたせいで、作っていた曲は全て作り直しだが。
そんなアパートだが、欠点もある。立地の悪さだ。駅まで二十分。そう聞くと自転車やらバスやらで行けば近いように思えるが、まずバスは入り組んだ地形まで入り込めないようで通っていないらしく、自転車はそもそも買ってない。
歩きで駅まで行く必要があるうえに、面倒な事にこの快速線を一度逃せば当然遅刻は確定。国に用意された家とは言うものの、アクセスの悪さだけは一級品だった。
しかし、ここから雄英に通える事は確定であり、それを喜ばないわけもない。
電車が目の前で止まった。
乗り込もうとして車内に視線を巡らせる。座れる場所でもあればラッキーなんだけど──ふと奥の方に空いているのが見え、そこで到着までの数十分をリラックスして待とうかと席まで向かった時、見てしまった。
「…あっ!?」
「…あら?」
目を合わせ、そして声を上げたのは同時だ。
そこにいたのは、中学校三年生から同じ学級だった髪モジャ……緑谷出久だった。
「いやぁ…まさか路線まで一緒だなんて」
「本当、凄い偶然ですよね」
前の住所から距離こそ開いたものの、雄英に近くなったというだけで、孤児院住まいだった時から使っていた線と雄英とを繋ぐと、ちょうどその間に私のアパートがある。
緑谷がこの電車に乗っているとは、思いもしなかったが。
「水口さん…は、どうやってあの試験を突破したの? 僕は全然…ダメだった」
「私も、あんまり。救助ポイントがあるなんて知ってたら、もっとバランス良く立ち回ってました」
「救助ポイント!やっぱり、得点付きのマトに引っ掛けられた受験生は多かったんだろうね…僕もその一人だけど」
「私もです」
適当に話を合わせておけば、大抵の人間は調子づいてペラペラ話し始めるか、逆にそれを嫌って離れる。
けど、緑谷にはそれが無い。いや、オールマイト含むヒーロー絡みの話になると酷く弁舌が達者になるが、それは別としておいて、会話にレスポンスを求めてくるのだ。
普通はそうかもしれないが、その頻度というか。例えると鳴子レベルで多い。
アレもなかなか、反応を欲しがる人間だと中学三年間の付き合いで分かってはいるが、緑谷も同じタイプの人間だ。
「あ。そういえば個性、聞いてなかったかも。聞いていいのかな…」
「個性…私の、ですか?」
「うん。嫌じゃなかったら、だけど」
「私の個性は、“
「
特徴を述べられた。ブツブツ小さく喋りながら自分の脳内でイメージしているのだろう。緑谷の個性コンプレックスは同級生の中では有名だった。個性に関するプロファイリングなら、コイツを置いて右に出るやつは少ない。
「──いや、例えばもし複数設置可能だったら…そもそも一つだけなのか?もし一つだけでも戦術の幅は広いし特に不意打ちや待ち伏せに有効なのかも。それか複数なら設置した順に連続で爆発するのか…爆発?そうかかっちゃんの個性と競合する…いや爆破は能動的だけど遠隔爆破は能動的受動的両方で活用出来る強個性だ…威力が低いとか遠すぎると起動しないみたいなデメリットはあるのかな───」
「あー…えっと。緑谷さん。戻ってきてください?」
「え…あ!ご、ごめん。なかなか戻って来れないの、もう治んない癖だなコレ…」
緑谷が苦笑いを浮かべた。
「私は素敵だと思いますよ。一つのことに夢中になれるのって」
盲目すぎるけどね、と頭の中で付け足す。
「それに。緑谷さんの個性、無個性だと思っていたら、実は発動型で──ってタイプですよね。どんな個性かは知りませんけど…」
「え、あ、いや…あ、そっか。うん、そうだね…」
引っかかるような答えを返す。緑谷のこういうところは、一年間嫌という程見ていた。見ていたと言うよりは見させられていた、だが。
考えている事が分かりやすい…とまでは言わないが、誤魔化すのが絶望的にヘタクソなのだ。隠したいことがあるのだろう。彼自身の個性について。
(なんかあるわね)
絶対に──と、睨みをつける。
まあ、個性は追い追い知ることになるはず。その機会は意外と早いかもしれないかも。
「…ぼ、僕の個性の事は、そのうち話すよ! それより、水口さんの個性の事なんだけど…」
緑谷は、奇妙な人間だ。
◇◇◇
「き、緊張するなぁ…!」
「そうですか? 私はワクワクしますよ」
雄英ヒーロー科の教室は、普通科を抜けた先にある。
A、B組がヒーロー科。
C、D、E組が普通科。
それ以降はサポート科、経営科と分けられている。だから普通科の教室を見つけてしまえば、そこから私たちの学級……一年A組を探し出すのも容易という訳である。
…それにしても、異様に広いが。
かくして、教室を見つけた。1-Aと大きく書かれた大仰なドアがある。中からは話し声が聞こえてきた。
「ほら、着きましたよ」
「う、う、うん…ドアでか…」
「バリアフリーってやつでしょうね。ほら、入りましょう?」
「そう…だね…!」
合格、入学、顔合わせと来て、ようやくヒーロー科に入るという現実を本物として認識する。どこか浮ついた気分ではあったが、この扉をくぐった先の授業は、どれほど難しいのだろうか。戦うための訓練はあるんだろうか。
そればかりが脳を占めた。扉に手をかけようとする。
「オイ、邪魔だデク!」
その声に二人して振り返る。もちろん声の主はもはや馴染み深い爆豪勝己である。
「トラ女も一緒なンかよ。てめェらどけや」
デク…緑谷をひと睨みし、そのまま教室に入っていく。A組の中に。
「………」
「え、なにこれ」
爆豪の後に続いて、耳たぶの特徴的な女生徒がA組の前で立ち止まる私達の後ろに立つ。
「………あー、一緒に入ります?」
「あ、どーも」
その女生徒と一緒に教室へ入る。
生徒番号と席を照合し、一致した席に座る。私の生徒番号は21番。後ろから二列目、入って最奥の席だ。
前列6席、中央二列5席ずつ、後列5席。
縦に4マス、横に5マス……──
「あれ……21席?」
4かける5は20。小学三年生で習う簡単な乗算だ。
けれど、覚えるのは最前列に1席多いという違和感。本当に気にもしない点をチクリと刺すような違和感だ。今この瞬間の私にとってはくだらない気付きだし大した点でもないだろうに、これが妙に頭に残る。
私がぽつりと放った言葉に触発された者は多いようで、21席の違和感に誰もが首を傾げている。席が用意されている以上は不備もないはずだが、前列だけが6席あるというのは、どうにも不思議だ。
「あれ? …っかしーな…」
さっきの長耳たぶの女生徒も、私の隣の席で困惑の声を上げる。独り言ちたのだろうが、流石に隣だと丸聞こえだ。
「やっぱり変ですよね」
同意するように話しかける。耳たぶ女生徒は話しかけられるとは思っていなかったのか、若干言葉に詰まりながらも返した。
「お…あ、うん。だよね。変に思ってたのウチだけじゃなくて良かった」
彼女も席の違和感には勘づいてはいたようだ。それからも数分程度考えて、けれど思い至るものもない。
「失礼します!」
その思考も途中で声にかき消される。実技試験の説明会場で緑谷のことを注意していた、メガネの男子生徒が教室に入ってきた。
「ボ…俺は飯田天哉、私立聡明中学出身だ」
そして、目に付いた生徒相手に片っ端から挨拶をしている。何人かと言葉を交わしたあとに私の目の前に立った飯田は、それまでと同じように出身校と名前を言おうとする。
「聞いてましたよ。私は折寺中学から来ました、水口茉莉絵です」
「ああ、よろしく……ム、君は…!」
飯田の視線が緑谷に向く。自分の近くまで歩いてくるのを見て、体が若干硬直している。初対面で注意されたのだから苦手意識を持っているのかもしれない。
「俺は私立聡明中学──」
「聞いてたよ! ぁ…っと、僕 緑谷。よろしく飯田くん」
「よろしく。時に緑谷くん、君はあの実技試験の
構造…飯田が言ったのは十中八九、
「あ!そのモサモサ頭は!!」
更に教室の入り口から誰かが入ってくる。彼女も緑谷と面識があったのだろう。爆豪に飯田と続いて入ってきたあの生徒で、どうやら全員揃ったらしい。
改めて数え直す。やはり席数も生徒数も同じ21。
うーん、と声が漏れる。前列が6席なのにそれ以降は5席である事には何か理由があるのか。逆に、他が5席なのに前列だけは椅子がひとつ多い理由は何だろう。
前の列だけ席を増やすくらいなら、その他の列も1席増やして生徒数を24人にしてしまえばいいのに。その方が純粋に、同時に教えられる生徒の数を増やせるし、その分定員数も増えるだろうに。
…?
「…あれ。定員?」
「ん、どうしたの?」
隣の席の耳たぶ生徒が聞いてくる。
「あの…ヒーロー科一般受験者の定員数って、一組につき何名でしたっけ?」
「え? えーっと……確か18人? んで、2人が推薦だっけ。だから20人のハズだけど………あ」
彼女の答えで、私の中でぐるぐると渦を巻いていた疑問が解けた。なんのことはない、元から1席多かっただけなのだ。恐らく同じヒーロー科のB組はちゃんと20人きっかりのはず。
つまり、A組…このクラスの生徒数だけが、一人分多い。そこで私は即座に複数の考えに思い至る。
(一個人の生徒の優遇? いや、ネームバリューが高い雄英でそんな事を許しちゃ沽券に関わる。じゃあ特例? いや、何の特例だよ…。それならそれで、B組の方も一人増やさないと不公平だと言われるだろうしな)
「まぁ…いいんじゃないかな。先生からなんか説明あるでしょ」
確かに、と一旦は思考を止める。流石に何の理由説明も無くこのまま進行はしないはずだ。
「お前ら」
誰かの呼び掛けに、教室は僅かなどよめきを残して静寂に満ちる。声の主は、教室の外にいた。
…寝袋に入って、寝転んで。
「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け」
「ここは、ヒーロー科だぞ」
エナジーゼリーを一息で飲み込んだ寝袋男は、寝袋を脱ぎ去りながらすくりと立ち上がり、教壇の前に立った。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君達は合理性に欠くね」
(先生なのか…こいつ)
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
無精髭、黒いコスチュームを纏う姿はとても雄英の教師イコール
「早速だがこれ着てグラウンドに出ろ」
そう言って目の前に突き出したのは体操服。どうやら入学式のような悠長な行事は不要ということらしい。