ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる 作:生カス
そこかしこでレンの話を耳にしながら、ファニ・ウィーバーは一人、フードで顔を隠し、王都の人混みの中を歩いていた。
彼女がふと横を見ると、壁にはレンの人相書きがそこかしこの壁に貼られている。どれもこれも、下の文に『勇者パーティーへの加入を』と付け加えられていた。
「まさかここまで、なりふり構わず来るとはね……」
呆れたような、しかし誰にも聞こえない程度の声で、ファニは呟いた。
あの馬車の一件を思い出し、彼女は思わず、ため息が出てしまう。
ファニからすれば、勇者リエスタがレンを、熱のこもった妙な目で見ていたことは明白だった。
恐らくレンが――ファニからすれば――キザったらしいセリフを吐いて、馬車の外に吹き飛ばしたあたりからだろうか。
それとも、彼が勇者の胸元にあるネックレスを掴んだ時からだろうか。
正確なタイミングはファニもわからないが、それでも彼女からすれば、勇者がレンに
初対面の、しかも敵側の男に一目会っただけで惚れる女なんて、絶対にまともな女ではない。なによりあんな変態じみたことを捲し立ててくる女なんて、ヤバいに決まっている。
ファニはそう思ってレンにもくぎを刺したわけだが、やはりというか何というか、今の王都の状況を見る限り、勇者のいかれ具合は斜め上を行っているようだった。
「……たく、うざったいなあ」
なんてことを、ファニは苛立ちをもって独り言ちた。
ファニにとっては、自分がやっと見つけた仲間を、横から勇者が掻っ攫いに来ているような、そんな気分だったのだ。
第一――とファニは思考を巡らせる。
第一、あんな状況で惚れた腫れたなんて非常識だ。
ああいった手合いはたまに見るが、正直まったく理解できない。
こっちは真面目に仕事をしているのに、浮ついた感情で茶々を入れるのは、本当に勘弁してほしい。
まぁ、確かにレンがヒュドラを倒したり、キザなセリフを言いながら勇者を追い払ったりしたときは、カッコいいと思ったけれど――。
――惚れたのか?
「……いやいやいやいや」
ふとモニカの言葉を思い出してしまい、必死で振り払う。
そんなんじゃない、そんな浮ついた気持ちをレンには持っていない。
私たちはあくまでビジネスライクな関係だ。
レンに正式にパーティーへ加入してもらったのも、あくまで彼の強さが欲しかったからに過ぎない。
そもそも私は昨日今日会った男にすぐ靡くような、簡単な人間ではないはずだ。
あくまで私の目的に沿った能力を彼が持っていて、それで利害も合致したから組んだだけであって――。
――気に入った男ができたら、何のかんのと理屈つけてパーティーに入れようとするのが精々さ。
「ッ……はぁ、仕事に集中しよう」
以上の言葉を最後に、ファニの悶々と巡る思考はいったん止まった。
雑念を振り払うかのように足早になり、目的地へと向かう。
そもそもファニがヨーキトーの王都に赴いたのは、先のヒュドラ討伐の事後処理――すなわち、雇い主への報告と、依頼の品を納品するためであった。
本来であれば、
しかしながら、今回はそうもいかない相手だった。
万全に依頼を達成したとしても、『彼女』への態度ひとつで、
逆に『彼女』の機嫌を損ねれば、その一声で、文字通り
今回の取引相手は、それほどの相手だった。
「……父様、母様。どうか私たちを、お守りください」
どこか寂しい表情を浮かべながら、ファニは両親の形見であるストールに、手を添えた。
その足の先は、王都の富裕層区画。
王侯貴族や、富を築いた富豪商人などが住む、『持てる者』の巣窟である。
ファニは富裕層区画の、奥まった場所にある屋敷の前に到着した。
静かな住宅街であることを鑑みても、不思議なほど誰も足を踏み入れないそこは、他の場所とは一線を画した静寂さだ。
ここら辺でも一等大きなその屋敷もまた、いたるところに苔や
「よし……」
ファニは意を決して、ドアのノッカーを二回叩いた。
間をおいて、数秒。
すると、ドアが静かに開いた。
中から、こちらへ向かってくる足音などは、一切聞こえてこなかった。
「これはこれは、ファニ・ウィーバー様。ようこそお越しくださいました」
ドアの向こうからは、長身痩躯の老紳士が、そうファニに話しかけていた。
響くような低い声と、立ち姿だけでも感じるその気品は、まさしく由緒正しき執事といった様相だ。
実際のところ彼は、ここで奉仕している執事だ。
ただひとつ、一般的な執事と異なる点を挙げるとするならば。
彼のその顔は、まさしく
柔らかい物腰とは正反対に、その目つきは鋭く、真っ黒な毛並みも併せて、精悍な狩猟犬を思わせる。
それはまさしく、
「こんにちは、ロボさん。以前受けた依頼について、完了したのでご報告に参りました」
「おぉ、それは素晴らしい……お嬢様もお喜びになられるでしょう」
ロボと呼ばれたその執事は、笑ってファニの話を聞いていた。
ファニは、それがどうにも不気味で仕方がなかった。
魔物全般に言えることだが、彼らの仕草はどこか、つくりものめいている。
友好的であれ敵対的であれ、全く腹の内が読めないというのは、社交や交渉を得意と自負しているファニにとって、あまり気分の良いものではなかった。
「『彼女』はおられますか?」
「もちろんでございます。お嬢様がいない日はございません」
そう言うと、ロボはドアの横に立って、ファニを招き入れる。
ファニは何も言わず、しかし決して緊張を悟られぬようにしながら、それに従って屋敷の中へと入った。
ロボに案内され、ファニは屋敷の中を歩いてゆく。
屋敷の中は、外の様子とは打って変わって、実に綺麗なものだった。
下品にならない程度に豪華な調度品が置かれ、まさに『上流階級の邸宅』を絵に描いたような内装が施されている。
だが何故だろうか、ファニにはどうにも、それが嘘くさく見えてしまう。
調度品も内装も、普通は住んでいる
今日はそこそこに温かい気候のはずなのに、ここは
まるで、
だが、ファニはそれについて疑問に思うことはない。
なぜなら、彼女は知っているからだ。この屋敷の……正確には人間界の別荘であるこの家の持ち主が、『彼女』であることを。
そんなことを考えていると、いつの間にか、屋敷の奥にある、大きな扉に着いた。
扉には、ひときわ豪華な装飾。それは『彼女の部屋』だという証だ。
「
扉の前でロボが言って、数秒。
「ふぁ……なんだぁ、会う約束はなかったと思うけど?」
奥からそんな、欠伸が混じった声が聞こえてきた。
「……お嬢様、お昼寝はほどほどにと、言い聞かせたはずですが」
「うるさいなぁ、ロボ。お小言は良いから、さっさと通してくれたまえよ」
中の『彼女』にそう言われると、ロボはドアの横に立って、深々と頭を下げた。
ここからはファニ一人で入れ、と暗に言っているのだ。
「……失礼します」
ファニは静かに、細心の注意を払ってドアを開ける。
彼女の目に飛び込んだものは、脱ぎ散らかされた衣服に、散らばった本の数々。
そして、乱雑にされたベッドの上にいる、今回の依頼主。
「やぁやぁファニ! よく来たじゃぁないか。お菓子でも作りに来てくれたのかい?」
どこか見当はずれなことを、笑顔で宣うその少女は、普通ではなかった。
見た目や大きさは、ファニと大差ない、十代の少女のそれだ。
しかし、病的なほどに白い肌と、時折見える、ヘビのような紫色の舌。
そして何より頭に生えている、シカのように枝分かれした大きな角が、彼女が人間でないことを証明していた。
「いいえ、ヒュドラの件について、討伐が完了したのでご報告に参りました。
「……へぇ、ヒュドラを?」
ファニが言うと、少女はどこか意外そうに、しかし面白そうに、小首をかしげた。
そう、彼女こそが、人類の敵である魔王なのだ。
その名を、ベルスター・ブラックベティ。
未だに誰も見たことがないと
「まぁなんだ、ドアの前につっ立って喋るのも間抜けだろう? 座りたまえよ」
「失礼します」
魔王ベルは、そう言ってファニを、脱ぎ散らかしっぱなしの衣服にまみれたソファへ座るよう促した。
ファニとしては正直断りたいところだが、こんなつまらないことで、この暴君の不興を買うのは得策ではないと思い、素直に腰を下ろした。
「紅茶はいかがかな? 最近人間の飲み物にハマっていてね」
言いながら、ベルはカップを手に取って、温かい紅茶に口をつけていた。
ファニがふとテーブルを見ると、いつの間にか自分の目の前に、紅茶を入れたカップが置かれていたのだ。
ご丁寧に、ミルクと砂糖を入れた容器も、隣に置いてある。
「……いただきます」
なんとかそれだけ言って、ファニはカップを手に取った。
彼女は、魔王ベルのこういったところが、不気味で仕方がなかった。
どんな魔法を使っているのか、どんなスキルを使っているのか、まるで見当もつかない。
それどころか、これが魔法やスキルという概念に当てはまるのか、ということすらわからないのだ。
そして何より、それを誇示するわけでもなく、謙遜するわけでもなく、当たり前のように行使している。
今日は何事もなく、紅茶が出ただけなので、実に平和だ。
以前ファニが来たときは、出されたコップは血で満たされ、中には臓物が入っていた。
――おぉっとすまない、人間にとって、同種はご馳走じゃないんだったか。
その時にベルが、たまらず嗚咽したファニに向けて放った言葉が、以上である。
本当に馳走をもって歓迎しようとしていたのか、悪意を持ったイタズラか、それすらもわからない。
どんな時でも、彼女は悪戯っ子のような不敵な笑みを、崩さないのだから。
きっとそれは、彼らが完全に、人間とは違う生き物であることの証左であろう。
未知で、理不尽で、不可解。
あくまで数回あっただけでの判断だが、それが魔王という存在だ。というのが、ファニの見解だった。
「……で? ジクシンにいるヒュドラを殺してくれたってのは、本当かい?」
カップをテーブルに戻し、ベルは聞いた。
「こちらを」
ファニはそれに是とも否とも言わず、持参してきた
「ヒュドラの宝玉です。お納めください」
「ほほう! ホントに倒してきたんだねぇ!」
テーブルに置かれた宝玉を見た瞬間、ベルはテンションを上げてはしゃぎだす。
「いやいや大したものだよ! アイツ調子に乗って、私の手下まで全部食っちゃうんだもの! いい気味だよ全く!」
「では、依頼は完了ということで、よろしいですか?」
「あぁ、あぁ、もちろんだとも。確か報酬は……えぇっと、なんだっけ?」
「魔界アイテムの、ヨーキトー王国への独自輸入ルート。こちらを
今回のヒュドラ討伐の見返りこそ、ファニが今言ったことである。
魔界のアイテムというのは、当然ながら人類に敵対している魔物が製造、使用しているアイテムということであり、人間がこれを使うのは倫理上、宗教上の観点などから、厳しい取り締まりが行われている。
しかしながら、魔界のアイテムは人類が作ったそれに比べ、どれも高品質で強力なものがそろっており、欲しがる冒険者や商人は後を絶たない。
そのため、冒険者が魔物が稀に落とすアイテムをしまい込んだり、魔界の入り口まで盗賊が採取しに行ったりして、それらを高額で売りさばく事案も多発している。
とは言え、これらは偶発的に拾い上げたアイテムをまばらに売るだけの、小銭稼ぎのようなもので、どうあがいても富を築けるレベルではない。
それは仕方のないことだろう。まさか魔物側から仕入れることなど、できるはずもない。
魔物とコミュニケーションなど、取れるはずがないのだから。
「あぁそうだったか……いいともいいとも、格安で君たちに卸してやろう。せいぜい稼ぎたまえよ」
「ッ……ありがとうございます!」
興味がなさそうに放たれたベルの言葉を聞いて、ファニは内心で喜びの声を上げた。
この場所でさえなかったら、踊ってしまいたいくらいだった。
そう、魔物とコミュニケーションが取れないのだから、魔界のアイテムを仕入れるなど、夢のまた夢だ。
だが、魔物の王様と取引ができたのであれば、話は変わってくる。
魔王の公認によって、
誰も成さなかった、成そうともしなかった輸入ルートを持つということは、実質的に
――レンのおかげで、一気にここまでこぎつけられた。本当、彼には感謝してもしきれない。
ファニは、ここにはいないレンに感謝した。
自分の組織を巨大化することは、彼女にとって悲願といってもいい。
ほとんど諦めかけていたその道が、レンと出会ったことによって、一気に光明が見えてきたのだ。
これは何としてでも、彼を勇者なんかに渡すわけにはいかない。
私の救世主かもしれない人を、ようやく手に入れたのだから。
ファニはそう、強く思った。
「……で」
そんな風に思いを馳せらせていると、ベルは静かに、口を開いた。
「ヒュドラを殺したのは、誰だい?」
「……といいますと?」
予想外の質問ながらも、ファニは辛うじてそう返すことができた。
しかしそんなことには目もくれず、ベルは続ける。
「今だからぶっちゃけるが、あのヒュドラは暴走状態に
「……今、なんと?」
「欲につられた君たちが食いちぎられるの、面白いかなって思ってやったんだけど……もっと面白いものが見れそうだねぇ?」
突然の告白に、ファニは理解が追い付かなかった。
それを知ってか知らずか、ベルは続けた。
「で、誰?」
まるで、新しい玩具を見つけた子供のように。
狂気的な笑みを浮かべて、ベルは聞いた。
――絶対に、これは答えちゃいけない。
ファニは、身体の震えと共に、そんな直感が脳裏をよぎった。
確証はない、だが、確信がある。
ここでレンの名を出せば、きっと魔王ベルは、彼に接触するだろう。
恐らく、自分が想像する以上の、最悪の形で。
下手をすれば、魔王によってレンが殺されるかもしれない。
少なくともそれだけは、絶対に避けねばならない。
そう思ったファニは、声の震えを必死で抑え、平静を努めながら、言った。
「ギルドや各方面から、大量の傭兵を雇って、数多の犠牲を出しながらも倒しました。誰が倒したというのであれば、参加した全員でしょう」
「……ふぅん、それで通ると思っているのかい?」
圧力が部屋に充満する。
ファニですら少しでも気を抜けば、失神してしまいそうだった。
ふとカップを見ると、紅茶だったものが、いつの間にか血だまりに変わっていた。
ファニはそれを見ても、決して驚かない。驚いても、それを外に出さない。
「ま、いいや」
すると、ベルはけろっとした顔で、あっさりと引き下がった。
単に飽きたのか、面倒臭がったのか。
兎にも角にもその瞬間、部屋に充満していた圧力は失せ、カップの血もいつの間にか、紅茶に戻っていた。
……助かった。
ファニは息を切らしながらも、自分が生きていることに安堵した。
「まぁ、なんにせよご苦労だったね。輸入ルートについては、後でロボに詳細を送らせる。さぁもう行きたまえ、私は昼寝で忙しいのだ」
さっさと帰れと言わんばかりに、ベルはしっしと手を振って、ベッドへと戻っていった。
「……ありがとうございました。失礼いたします」
それだけ言って、ファニはソファから立ち、出口へと向かう。
そのままロボに案内され、屋敷の外へ出た。
「つっかれた……」
彼女がそんな愚痴を呟けたのは、王都の外まで出て、ようやくフードを外せた時であった。
「……なぁロボ」
ファニが帰った後、ベルはロボを呼んだ。
「いかがしましたか、お嬢様?」
「ヒュドラを殺したやつ、見つけて私のところに連れてきてくれたまえ」
「多数の傭兵で倒したという話では?」
「ふん」
ベルは笑顔はそのままに、小ばかにしたように目を細めた。
「そんなはずがあるものかよ。あれは有象無象が万人いたところで、どうにか出来るものではないんだ」
「では、突出した一人によって倒されたと?」
「しかも、あのファニがあんなつまらない嘘をついてまで、傍に置いておきたいと思っているやつらしい。クッハハハハ!」
そう言うと、ベルは堪えきれないとばかりに、心底可笑しそうに笑いだした。
ロボはそれを見て、実に意外に思った。
お嬢様が
だからだろうか、面倒ごとになるとわかっていながら、ロボはつい、知っていることを口にした。
「でしたら、それに関しまして、既に情報がございます」
「ほう、というと?」
「昨日から王都で話題になっている、レン・ユーリンなる男がおります。都内に潜伏している部下によりますと、先日彼が、ファニ様と接触していたとか」
「……レン・ユーリン」
ロボからその名を聞いて、ベルは面白そうにその名を呟く。
「いい退屈しのぎになりそうだ……クフフフ」
そのキラキラとした目と、はにかむような笑顔は、ファニに見せたそれとはまた違う。
プレゼントの封を開けている子供のような、無邪気なものであった。