ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる   作:生カス

11 / 22
11 一難去って

 ギルドを追放されて、ファニに誘われたあの夜から、一週間ほどが経った。

 俺は正式に酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)の一員となり、魔法使いとしてここで働くことになったわけだ。

 

 決まった当初は、正直なところだいぶ舞い上がっていたと思う。

 無理もないだろう? ギルドにいたころよりもずっと高い給料に、ふかふかのベッドがある寝床。

 無能と言われた俺が活躍できるかもしれない、面白そうな仕事内容。

 

 そして何より、あんな可愛い子と一緒に仕事ができるんだから、これ以上求めようがないってものだ。

 まぁ、その可愛い子はここのボスで、指一本触れようものなら番犬(ロロン)に殺されかねないので、一緒に仕事する以上のことは絶対にないだろうが。

 

 兎にも角にも、俺はこれから送るであろうバラ色の生活に、胸を躍らせていたわけだ。

 ……いたわけ、なんだが。

 

 

 

 

「暇だ……」

 

 酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)の拠点である、キー・ジョージ地下遺跡にある街の中にて。

 そこに存在するモニカの酒場で、俺はもそもそと飯を食べていた。

 ちなみに今は昼間なのもあってか、客は俺以外誰もいない。

 

 メニューはモニカさんが出してくれたもので、彼女曰く、豚肉と豆の炒め物(豚肉抜き)とのことだ。

 じゃあ豚肉ってつける必要なくない?

 

「なんだなんだ良いご身分だなぁ、レン? 皆があくせく働いてる中、新入りはひとり優雅に昼飯とはよぉ」

「炒めた豆オンリーの昼飯は優雅とは言えないんじゃないすかね? モニカさん」

「うるせぇよ、豚肉のストックが切れてたんだからしょうがねえだろ。文句あんなら地上(うえ)に行ってタシギでも撃ち落としてこいや」

地上(うえ)に行っていいなら、そもそもここで飯食ってないすよ」

 

 そう、なんで俺が昼間っからモニカさんのところで暇を持て余しているのかというと、しばらくの間、俺はこの拠点から出るなと言われたのだ。

 それも、ボスであるファニ直々のご命令で、だ。

 

『勇者に目をつけられてるんだから、見つかったら面倒になるのはわかってるでしょ? 悪いけど当分は、アジトで待機してもらうことになるから』

 

 ということを、ファニは数日前、ヨーキトー王国から帰ってくるなり俺に言ってきた。

 勇者が俺を探しているというのは前に見た新聞で知ってはいたが、ファニ曰く、どうやら王国中の衛兵やらギルドの冒険者やらにまで協力させているらしく、国全体を巻き込む規模にまでなっているらしいのだ。

 

 そんな中で俺がホイホイと地上に出て、見つかりでもしたらどうなるか。

 面倒なことになるのは、火を見るよりも明らかだった。

 こうなってしまっては、動きたくても下手に動けないというものだ。

 

 肝心のファニはというと、何やら新しい仕事の下準備が必要みたいで、数日前にロロンを連れてどこかへ行ってしまった。

 一応、俺にもすぐに手伝ってもらうとのことだったので、今は束の間の待機中ということになる。

 

 まぁ、とにかくそういうわけで、俺はアジトに引きこもって優雅な(・・・)昼飯に舌鼓を打っていた、というわけだ。

 

「ま、そう腐るなよ。どうせすぐに嫌って程忙しくなるさ。なんせ今度の仕事(ヤマ)は特にデカいからな」

「すごい話ですよね。魔界アイテムを仕入れることができるなんて」

 

 俺がそう返すと、モニカさんは「だろ?」と嬉しそうにはにかんだ。

 無理もないだろう、なんせ今回の仕事の話を聞いた時は、俺どころかロロンまでぶったまげていたのだから。

 

 ファニから聞いた新しい仕事。

 それは魔界アイテムを仕入れて、人間界で売りさばくというものだった。

 

 これだけ聞くと、それの何がすごいんだと言う人もいるだろうが、仕入れの品が『魔界アイテム』というのが重要なのだ。

 他国から違法な調合薬や植物を仕入れるのとはわけが違う。

 なんたってこちらは、輸出元が魔界……すなわち、魔物の巣窟なのだから。

 

 当然ながら、魔物とコミュニケーションが取れる人間なんかいないのだから、魔界アイテムを仕入れる(・・・・)なんて、普通考えることすらできないだろう。

 それを実現して、ましてや新しいビジネスにしようとしているのだから、いやはやうちのボスは凄いもんである。

 ……しかし本当、一体どんな手を使ったんだろうか?

 

「にしても、わかんないんですよね。ファニはどうやって、こんな仕事を見つけてきたんですかね?」

「あぁ? 聞いてなかったのか。前のヒュドラ討伐の見返りだよ。そもそもこれが欲しくて、ファニはあの無茶ぶりを受けたんだ」

「え、あの依頼って、そういうことだったんですね」

「そう、だからまぁ、結果的にはお前の手柄ってことになるんじゃねえの? お前が倒したんだからさ」

 

 モニカさんはそう言って、楽しそうに笑っていた。

 こんなふうに俺をほめるなんて、今日の彼女は本当に上機嫌だ。それほど、今回の仕事が期待できるということなのだろうか。

 

 少々こそばゆいが、悪い気は全くしなかった。

 ギルドにいたころは……いや、下手をすれば今まで生きてきて『お手柄』なんて言われたことは、ただの一度もなかったかもしれない。

 褒められ慣れてないせいか、逆にどう反応していいかわからなくなってしまう。

 

「そ……っすか。なら、よかったです」

「んだよ、リアクション薄いな。この私が褒めてんだから泣いて喜ぶくらいしろや」

「もともとこんな感じなもんで……えぇと、それより――」

 

 俺は妙な気恥ずかしさを誤魔化すついでに、先ほどの会話で疑問に思っていたことを聞くことにした。

 

「そんな凄い仕事を見返りに提示できるって、一体どんな依頼主なんですか? モニカさんが持ってきた依頼なんですよね」

「……あぁ、それな」

 

 モニカさんの眉間が、わずかにひそめられた気がした。

 どこか険しさを感じる表情をして、手元にある魔草巻に火を点けた。

 俺の無味無臭(プレーン)とはまた違う、ほのかに甘い香水のような香りが、煙に乗って漂ってくる。

 

「すっげぇ御方さ。王族貴族なんてメじゃねぇ。それこそ声ひとつで世界を焼いて、晩飯代わりに食っちまうようなおっかない女だ」

「女……? それって、誰なんですか?」

「……ま、お前になら話してもいいかもしれねぇな。そいつは」

 

 と、モニカさんが言いかけた、その瞬間。

 

 店のドアが、二回ノックされた。

 コン、コン、と。

 どこかスローテンポで、不思議なリズムだった。

 

「ただいま、帰ってきたよ」

 

 ドアの外から、ファニの声が聞こえてきた。

 

「ファニ? もう戻ってきたのかい」

「うん、予定より早く仕事が片付いてさ」

 

 ドア越しに、ファニは答えた。

 もう少しかかるって話だったが、思っていたよりスムーズにいったらしい。

 

「それより、そこにいるのはレンで合ってる?」

「え……? あぁ、そうだけど」

 

 ファニにしては、妙な質問だった。

 なんでそんなことを改まって聞くのだろうか? いくらドア越しで姿が見えないとはいえ、声でわかんないもんだろうか。

 

 ……いや待て。そもそもなんで、ファニはドアを開けないんだ?

 

「ファニ、入ってくれば? ずっとドア越しに話す必要もないだろうに」

「そうしたいんだけど、実は腕を怪我しちゃってさ。開けてくれない?」

 

 なんだ? さっきから、ぬぐいきれない妙な違和感がある。

 なんだかいつものファニとは違うような。

 そもそも、なんだか人間と話していないような。

 

「……わかった」

 

 とはいえ、今は心配が勝っていた。

 ドアも開けれないほど腕を怪我しているというのであれば、一大事だ。

 とりあえず、中に入れたほうがいい気が――

 

「どけ、レン!」

 

 突然、モニカさんが後ろから、そんな怒声を放ってきた。

 慌てて後ろを振り向くと、モニカさんはなぜか、炎魔法を詠唱している。

 

「ちょ、何を――!?」

「『燃えて伏せよ、焦げて許しを請え』」

 

 俺の言葉に構わず、彼女は詠唱を速攻で済ませ。

 

「『アグニ』ッ!」

 

 詠唱呪文を叫ぶとともに、ドアに向かって特大の火球を放った。

 

 瞬間、重く、腹に響く爆発音が、鼓膜を支配した。

 同時に、鼻腔を焦がされるような熱と共に、熱風と衝撃が身体を襲う。

 

 数秒のうちに熱風と衝撃は収まり、思わずドアのほうを見る。

 当然のことながら、ドアは木っ端みじんに燃やし尽くされ、外の道まで真っ黒になっていた。

 

「も、モニカさん、一体――」

「あいつはファニじゃねえ! 逃げるぞ! あれはヤバい!」

 

 抗議しようとした瞬間、モニカさんは酷く焦燥して、俺の手を引っ張ってきた。

 理解が追い付かないが、考えてる暇は無いのかもしれない。逃げた方が良さそうだ。

 モニカさんがここまで焦るなんて、絶対ただ事じゃない。何が起こって――

 

「おいおい、急に爆発させることはないだろう?」

 

 そんな声が、破壊されたドアの方から聞こえた。

 ファニの声じゃない。聞いたことのない声だ。

 

「あ、あぁ……」

 

 その瞬間、モニカさんが声の方向を見て、怯えだした。

 

「……なんだ、あれ?」

 

 そこにはあり得ない光景があった。

 地面に散乱していた、燃えカスだと思っていたヘドロ状の何か。

 それがゆっくりと動き出し、一点に集まっていく。

 

 ヘドロの塊はどんどん大きくなり、それはひとつの何かを形作っていく。

 人だ。人間の形になっていく。

 

 最後の一欠けらが吸収された瞬間、人の形をしたヘドロは、一瞬で色付いた。

 ただの黒の塊から、病的な白い肌に、赤い髪に、赤い瞳に、赤い服に。

 そして、人には絶対無い、鹿のような角に。

 

 それは実に不思議な、枝分かれした角を生やした女の子だった。

 

「やぁやぁ、君の話を聞いて、ずっと会ってみたかったのだよ。レン・ユーリン君。ヒュドラを殺したのは君だってね?」

 

 女の子……のような何かは、何事もなかったかのように、実に愉快そうな笑顔のままお辞儀をしてきた。

 

「初めまして、私は君たちで言うところの『魔王』をやらせてもらっている、ベルスター・ブラックベティだ。以後お見知りおきを」

 

 これは果たして、夢じゃないだろうか?

 そんな淡い期待を潰すかのように、俺の脳は、彼女は確かに言ったと記憶に焼き付けてしまった。

 

 彼女は『魔王』だと。

 

「まぁ、長い名前だからね、ベルとでも呼んでくれたまえよ、レン?」

 

 目の前にいる自称『魔王』の少女――ベルスターが、笑顔を崩すことなく、どこか陽気にそう言ってくる。

 正直なところ、未だに理解が追い付いていない。目の前の事象に脳の処理がついていけておらず、彼女のセリフすら、どこか夢の中の出来事のように思えてしまった。

 

 ただ、そんな中でひとつ確かなことがあるとするならば。

 目の前にいるこの少女は、絶対的に危険だということだ。

 

 頬に、自分の冷や汗がつたった。

 ここでぼうっと突っ立っていたら、殺される。

 本当に魔王かどうかはさておき、それだけの力があるのだけは間違いない。

 

「……モニカさん、どうにか逃げられませんか?」

 

 モニカさんに退避を促そうと思い、横目で彼女のほうを見る。

 彼女は、ベルスターから目を放さずに、凍ったように微動だにできないようだった。

 

「い、いや、ダメだ……なんだこれ、動けねえ、金縛りにあったみたいだ……」

「おやおや、つれないじゃあないか。せっかく昼寝の時間を削ってまで来たんだ、お喋りくらい付き合ってくれたまえよ」

 

 モニカさんを無視するかのように、ベルスターは俺のほうを見ながら、狂気じみた笑顔で言ってくる。

 同時に、さっき食った豆を吐き出したくなるような圧力が、店中を支配した。

 

 逃げるな、と。言外に言っているのだ。

 

「それにしてもどうしたんだい、そんなに黙りこくっちゃって。こちらも名乗ったのだから、そちらも返してくれるのが礼儀ではないかね?」

 

 感じたことのない圧力を発しながら、ベルスターは首を傾げた。

 どこか人間とは異なる、人間のふりをした『何か』のような動き。

 魔王かどうかはともかく、魔物に近い何かなのは、間違いなさそうだ。

 

「……失礼、アナタの言う通り、俺がレン・ユーリンです。ヒュドラの件について、何かまずいことでも?」

「おぉ、おぉ、やっと口を開いてくれたね、嬉しいよ」

 

 ベルスターがそう言った瞬間、ほんの瞬きをすると、彼女は俺の目の前にいた(・・)

 驚いて、声も出なかった。

 本当に瞬きした次の瞬間には、鼻と鼻がくっつくくらいの近さにいたのだ。

 

「まずいって? いやいやとんでもない、むしろ逆さ! ひょっとしたら私の憶万年の退屈を吹き飛ばすかもしれないのだからね!」

 

 ベルスターは俺の頬を両手で包み、全てを見透かしてくるように俺の目を見つめていた。

 こんな事態なのに、恐ろしいほど整った顔の女の子がほぼゼロ距離にいる状況に、変にドギマギしてしまう。

 

 我ながら情けない。

 こんな場面においてなお、人付き合いの苦手さが勝つなんて……。

 

「面倒だから一番先に聞きたいことを聞こう、どうやってヒュドラを殺した? キミの能力を見たところ、その辺の人間(ゴミ)にすら劣っているようだが……」

「え、えっと……特別なことは、何も。『はじく魔法』でやつの心臓めがけて撃ったら、死んだ。それだけです」

「……なに?」

 

 するとベルスターは、さっきまでの狂気的な笑みを消し、一転してつまらなそうな表情をした。

 心なしか、声もワントーン低くなっている。

 え、ヤバい、死んだかも。

 

「その魔法は知ってる。人間が魔法を生み出したときに創られたはいいが、それ以降何の発展も進化もしていない、至極つまらない下らん魔法だ」

 

 ベルスターのセリフは、妙に実感のようなものがこもっていた。

 本で得た知識ではなく、まるで実際に見てきたかのような言い草だ。

 一体何歳なんだ、この子?

 

「で、もう一度聞くが、三流コメディアンの擦りまくったジョークよりもつまらんあの魔法で、ヒュドラを倒したと?」

「え、えぇ……事実です」

「……ただのハッタリか、でなければ誇大妄想か」

 

 心底つまらなそうにベルスターは呟いて、俺から離れた。

 まったく信じられていないようだ。いじけた子供のように辺りをうろうろして、何やら考えている。

 

 だがまぁ、それでもいい。むしろ今日が削がれて帰ってくれるのであれば、万々歳だ。

 今考えられる一番最高の結果は、このベルスターなる自称『魔王』が何もせず帰って、俺もモニカさんも無傷でやり過ごせることだ。

 

 モニカさんと目を合わせる。彼女は無言で頷いた。

 どうやら、気持ちは同じようだ。

 

 あの女は絶対にまずい。強いとか弱いとかではなく、手を出しちゃいけない類の『何か』だ。

 このまま何も動かず、ひとまずやり過ごせるのであれば、それに越したことはない。

 

 頼むぞ、そのまま帰ってくれ……。

 そのまま――

 

 

「まぁ、こうすればわかるだろう」

 

 

 ベルスターが何かつぶやいた途端、彼女の周りから黒い影のようなものが広がっていった。

 

「なんッ……!?」

 

 俺とモニカさんの声が、重なる。

 だがそんな驚愕言い切る間もなく、その影はヘドロのようなものを湧き出させ、それがみるみるうちに形を作ってゆく。

 

 あれは……ヘビだ。六匹のヘビ。

 ヒュドラよりもだいぶ小さいが、その威圧感は勝るとも劣らない。

 なんだあれは?

 

「この子たちは私の一部で……あー、説明は面倒くさいから省くが、とりあえず今から君たちをこの子たちに喰わせる」

 

 そう言いながら、ベルスターは自らの手を顔の前に出して、何の気なしに続ける。

 

「まぁヒュドラの話が本当なら大丈夫だろ? では頑張ってくれたまえ」

 

 そして、彼女はどこか、小ばかにするような笑みを見せ。

 指をパチン――とならした。

 

 瞬間、目にもとまらぬ速さで六匹のヘビが、俺たちをめがけて突撃してきた。

 なんだこいつ、速い。

 反撃しなきゃ、死ぬ……!

 

「レンッ! 店のことはいいからぶっ放せ!」

「あぁ、クソがッ! なんなんだよッ!」

 

 クソッタレめ。悪態ついてる場合じゃない。

 モニカさんの怒号を背に、瞬時にポケットから鉄くずを取り出して、右手に込める。

 

 丸い鉄くずを六個、六匹分。

 ヘビ共がもうすぐそこまで来ている。

 あとコンマ一秒で、やつらは俺とモニカさんの喉元を食いちぎってくるだろう。

 

 上等だ、早撃ち勝負といこうぜ。

 

 右手を前に出す。

 狙いをつける。

 魔力を込める。

 

 一番前のヘビはもう、俺の指にくっつきそうなほど近い。

 助かる、これなら外しようがない。

 

 そして、俺はただ、魔法を撃った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。