ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる   作:生カス

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12 魔王様の誘惑

 乾いた破裂音、衝撃、反響、残響。

 

 ゼロコンマ一秒にも満たないその瞬間に、はじく魔法の反動が、右手に走る。

 浸る間もなく、鉄くずを込めて、もう一回。

 それが連続で、五回、六発分。

 

 不思議だった。この時だけは、全てがスローモーションに見えた。

 あんなに速く見えたヘビ共にでさえ、悠々と狙いを定められるような、そんな気さえした。

 

 妙な気分だ。一歩間違えれば死ぬ、そんな震えて逃げだしたくなるような状況に陥ってるのに。

 今この時、俺は変にテンションが高かった。

 

 蛇の頭に、発射した鉄くずが刺さる。

 六匹全ての頭に命中した。

 

 ――それを確認した瞬間、時間の流れが、元に戻った気がした。

 

 同時に、衝撃音が六回。

 やわらかい肉をぶち破ったような、不愉快な音。

 

 その音と共に、ヘビたちが一斉に爆ぜた。

 べちゃべちゃとした音を立てながら破片が落ち、ヘドロへと戻っていった。

 

「……なんと」

 

 もはやヘビの姿などどこにもなく、後には目を丸くして、なにやらかを呟いていたベルスターがいるのみだった。

 これは……倒せたの、だろうか?

 

 いや、そんな呆けている場合ではない。

 まだ目の前に、ベルスターがいるではないか。

 

「動くな、次はアンタだ」

 

 とっさに俺は、ベルスターに右手を向け、警告した。

 

「魔法を発動しても撃つ、指を一本でも動かしたら撃つ。今ので、それができるのはわかったはずだ」

 

 言いながら、予告なしに撃って、さっさと無力化した方が良かっただろうか? と、ふと思った。

 いや、得体が知れない以上、むやみな攻撃はリスクが高い。

 

 とはいえ、こんな警告に素直に従うかと言われたら、それも自信をもって是とすることはできない。

 最良の選択はわからないが、とにかく、これに賭けるしかないだろう。

 

「レ、レン……」

「下がっててください。大丈夫、なんとかしますから」

 

 不安そうに俺を呼ぶモニカさんにそう言いながらも、ベルスターから目を離せないでいた。

 気休めに言ったはいいが、彼女が本当に魔王だとしたら、俺程度がどうこうできるもんでは絶対にない。

 

 いざとなったら、特攻してでもモニカさんを逃がさなきゃいけなくなるかもしれない。

 そうならないことを、祈るしかないが……。

 

「……悪い」

「そう思うんなら、今度の飯には豚肉入れてくださいよ」

 

 そんな軽口が出てくるのは、謝ってくるモニカさんが柄にもなく弱弱しいからか、それとも自分の恐怖を誤魔化すためか。

 どっちでもいい。とにかく今は、生き残ることだけ考えるんだ。

 

「…………ばらしい」

 

 すると、ベルスターが何か呟いた。

 身構えて、いつでもはじく魔法を撃てるように、右手の狙いを彼女の額につける。

 

 ちょっとでも変な動きをしたら、撃つ。

 そんなことを繰り返し、頭の中で唱えながら――

 

「すっばらしいッ!」

 

 そんなセリフと共に、ベルスターはいつの間にか、俺の右手を両手で掴んだ。

 そう、いつの間にか(・・・・・・)、彼女は俺のすぐそばまで、近づいていたのだ。

 

 さっきと同じだ。彼女がこちらに近づくことに気づかないどころか、手を掴まれるまで、認識すらできなかった。

 一体なんなんだ、こいつ……!

 

「素晴らしい、素晴らしいぞレン君! 今のがはじく魔法!? あの厭味ったらしい大魔導士コルトが何の意味もなく思い付きで創った、愚鈍で退屈でつまらん魔法かね!? かの廃棄物にも劣るゴミ魔法をここまで高威力たらしめるとは、私ですら予想できなかったぞ! まったく素晴らしい! こんな興奮は大恐慌以来だ!」

「いや、あの……」

 

 ベルスターは何やら突然意味の分からないことを捲し立ててきた。

 ベラベラと喋り出したかと思えば、まるで無垢な子供のようにきらきらとした目で、俺の右手を両手の握手でブンブンと振っている。

 

 どうしたものか、というのが素直な感想だった。

 彼女のことが全くわからない。

 急にファニの声で騙そうとしてきたかと思えば、いきなりヘビを召喚して攻撃してきて、そして今は心底楽しそうな満面の笑みで、俺に顔を近づけている。

 

 わからない、理解が追い付かない。

 この子は一体、何者なんだ? 敵か味方かすらもわからない。

 人間じゃないことだけは、確かだろうが……。

 

「……悪ぃんすけど、いい加減私のこれ(・・)、解いてくれません?」

 

 なんて考えていると、モニカさんがベルスターを睨んで、そう言った。

 

「水を差さないで欲しいのだが、大体なんのことだい?」

「とぼけないでくださいよ。さっきから首から下は指一本動かせねえ。何かは知らねえがアンタの仕業でしょう?」

「あぁ、わかったわかった、ほれ」

 

 ベルスターが興味が無さそうに指を鳴らすと、さっきまでフリーズしていたモニカさんが立ち上がった。

 やっぱりというかなんというか、いつの間にかベルスターが何か拘束魔法のようなものをかけていたらしい。

 

 ……待てよ、なぜ俺にかけなかったんだ?

 詠唱も何もせずに拘束魔法が使えるのなら、俺にそれをしなかったのは、どういう――

 

「そりゃあ君、そんなことしたら君の(こと)を知れないじゃないか」

 

 と、唐突にベルスターが答えてきた。

 こりゃ一体どういうことだ? 俺今、何も話していないはずだけど。

 

「女は男の考えなどお見通しということだよ。まぁとにかく、別に君たちを殺しに来たわけじゃないから、安心したまえ」

 

 どこか揶揄うような笑みをして、ベルスターはそう宣った。

 さっき殺しかけてきたやつが良く言ったもんだと思うが、俺もこれ以上争う気は無いので、素直に右手を下げることにした。

 

「だとしたら、何の用っすか? ()()の報告なら、ファニが行ったはずでしょう?」

 

 モニカさんが言うと、ベルスターはつまらなそうに「ふぅ」と息を吐いた。

 

「おやおや、まずは一言謝ったらどうだい? それとも、君の故郷(くに)では訪問した依頼主を爆発させて殺すのが礼儀だって言うのかい」

「あいにく、殺気をむんむん匂わせながら身内の声真似をしてだまし討ちを企む輩には、そうするようにって教会のシスターに教わったもので」

「ふん、君のジョークは本当につまらない。ファニの方がまだマシだ」

「お褒めに与りどーも」

 

 ベルスターとモニカさんが、妙にピリピリとした雰囲気で会話を始めた。

 とはいえ、モニカさんの方は冷や汗を垂らしていて、無理して立ち向かっているような感じがあるか。

 どうにもそれが怖くてその場を離れたい衝動に駆られるが、会話を聞いてるうちに、疑問が浮かんだ。

 

「ちょっと待ってください、二人は知り合いなんですか?」

「……まぁな、認めたくないが、今は私たちのパトロンってことになんのか」

 

 辟易としたようなモニカさんの言葉を聞いて、そういえば、会話の節々に気になる単語が聞こえてきたのを思い出した。

 ファニ、依頼主。そんなことをベルスターは言っていた。

 ……ということは、つまり。

 

「この人が件のヒュドラ討伐の依頼主、私たちに魔界アイテムの輸入ルートを提供してくれた、『魔王』ベルスターさんだ」

「なッ……本当に、魔王だったのか……」

 

 それを聞いて、俺は改めて戦慄した。

 魔王っていえば、人類が未だに勝つことができていない、ずっと昔からいる魔物の王様だ。

 勇者パーティーですら勝てていない彼女の攻撃を喰らっていたらと思うと……。

 

 なんともまぁ、よく生きてたものだ。運良くいなせて本当に良かった。

 

「その大恩ある依頼主様を殺しにかかるかね? 普通」

 

 やれやれと言った具合に首を振るベルスターに対し、モニカさんはジトっとした目で彼女を見た。

 

「ちなみになんすけど、あのままレン(このバカ)が扉開けてたら、どうしてたんすか?」

「どうもせんさ。ちょおっとこの辺一帯に大爆発を起こして、まっさらな更地にするだけだ」

 

 魔王ベルスターはあっけからんと、そんなことをほざきやがった。

 なるほど、彼女が魔王だというのはやはり間違いないらしい。

 悪意無くおもちゃ感覚で人間を殺せるその様は、まさしく人類の敵と呼べるだろう。

 

「おぉっとそうだ、モニカ・ハートのくだらないトークショーなんてどうでもいいんだ。私は君に会いに来たのだからな、レン」

 

 そう言ってベルスターは俺の方に向き直ると、再び興奮した様子で顔を近づけてきた。

 どうでもいいが、いちいち顔をほぼゼロ距離まで近づけないで欲しい。いろいろな意味で心臓に悪い。

 

「いやしかし、はじく魔法なんかであんな威力と精度をあの速度で出せるとは驚きだ。まるで君が目を合わせた瞬間、ヘビ(あの子)たちが殺られたように見えたぞ」

「は、はぁ、そりゃどうも……」

「見たら死ぬ目……さながら、『デッドアイ』か」

 

 なにやらご満悦な様子で、ベルスターは俺にあだ名のようなものをつけていた。

 少し安直なような……いや、考えるのはやめよう、バレる。

 

「ふむ! よし決めたぞ!」

 

 すると突然、ベルスターはポンと手を叩き、閃いたかのようなジェスチャーをしてみせた。

 その芝居がかった仕草を見て、どうにも嫌な予感がしつつも、俺はそれを黙って聞く以外なかった。

 

「デッドアイよ、君は魔王軍(うち)に来なさい」

「……はい?」

 

 ベルスターの言葉に、俺とモニカさんの声が重なった。

 うん、よかった。意味がわからなかったのは俺だけじゃなかったようだ。

 ……ちょっと待てちょっと待て、この魔王様、今なんて言った?

 

「君は面白い。君と一緒にさえいれば、私は退屈から抜け出せそうな気がするのだよ」

 

 そう言って、ベルスターは俺の腕を引っ張って、自分に寄せてきた。

 思わずバランスを崩しそうになったところを、彼女は突然、抱きしめてきた。

 

「え、ちょ……!?」

「楽しくなりそうだ。よろしく、愛しのデッドアイ」

 

 彼女が耳元で囁いたその言葉は、有無を言わせないような、しかしどこか甘い、不思議な響きだった。

 

 

 

 

 ――と、以上のようなやり取りをしたのが、昨日のことだ。

 

 うんざりだ。

 というのが、今の俺の率直な心情だった。

 魔王ベルスターからの至極暴力的な勧誘から、一日が経った今でも、それは変わらない。

 

 というのも、昨日はあの後散々なことがあった故なのだが、ひとまずその話は後にしよう。

 

 兎にも角にも俺はというと、昨日の一連の騒動が終わった後は、疲れがどっときてしまったのもあって、さっさと自分の宿に帰って寝てしまったのだった。

 酒で興奮している自分の精神を無理やり落ち着かせ、そのままベッドへと直行して、その日は終わったという次第だ。

 

 そして翌日になった今でも、俺は自分の宿のベッドで、未だ惰眠をむさぼっている。

 といっても完全に眠っているわけではなく、意識はぼやけていながらも、覚醒自体はしていた。

 寝てたらこんなふうに考え事などしてるわけないのだから、当然と言えば当然だが。

 

 そんなおぼろげな意識の中、思い出すのは昨日のこと。

 あの日あの時、一歩間違えれば潰れたトマトもかくやというほどの惨死体になっていたというのに、時間の流れというものは実に都合よくできているものらしい。

 酒を飲んで一晩寝てしまえば、あの恐怖を彩った熱もすっかり褪せ、今や布団から出る億劫さの方が幾万にも勝っているのだから。

  

 と、そんなことを考えていると、部屋の外、遠くの方から鐘の音が聞こえた。

 酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)の拠点は地下に位置するので、当然日の光は入らない。

 なので、今がどのくらいの時間かというのを、鐘を鳴らして知らせるようになっているのだ。

 

 今の鐘の鳴らし方は、朝のものだ。

 それはすなわち、俺はもうこの布団から這い出て、起き上がらなければいけないことを意味していた。

 

 いくら億劫とは言えども、この日は寝過ごすわけにはいかなかった。

 なんせ今日は、仕事の下準備をしに行ってたファニが、何日かぶりに戻ってくる予定の日なのだ。

 

 万一寝過ごしでもしたら、ファニはともかくとして、ロロンあたりから何を言われるかわかったものではない。

 自分の身の安全を確保するためにも、俺は睡眠を欲する自分の身体を鞭打ち、なんとかベッドから、上体だけでも起き上がった。

 

「えっと……着替えどこに置いたっけか?」

 

 なんてことを呟きながら、昨日寝る際に脱ぎ散らかしてしまったことを思い出し、ベッドの中をまさぐってみる。

 他の服はともかく、上着もここに放ってしまっていた気がする。しわになってなきゃいいが。

 

 

 ――と、その時。不意に布団の中で、柔らかいものに当たった。

 

 

 枕や掛布団のものとはまた違う。いやに肌触りがよく、温かい。

 はて、こんな寝具あっただろうか?

 なんて思いながら首を傾げつつ、俺は布団をめくってみた。

 

 

「……んぅ? 布団をかけ直したまえデッドアイ。寒いじゃあないか」

 

 

 そこには、まどろんで目でそんな文句を言ってくる魔王ベルスターが、半裸で寝そべっていた。

 とっさに布団を被せる。

 

「……ッすぅー」

 

 俺は息を吸っては吐いてを繰り返し、平静を保つよう努めた。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 

 ひょっとしたらまだ寝ぼけているだけかもしれん。

 そうだ、そうに違いない。

 そう思いながら、俺は再度布団をめくった。

 

「なんだねさっきから、ひょっとして女に飢えているのか? この助平め」

「……今一番飢えてるのは、なんでまだ(・・)魔王(アンタ)がここにいて、俺のベッドで寝てるのかに対しての答えだよ」

 

 蠱惑的な笑みでわざとらしく谷間を寄せるベルスターに対して、俺はそんな答えしか出なかった。

 さすがにもう恐怖も狼狽もなく、今や辟易とした感情しかない。

 

「そう思ってる割には、視線が胸元に注がれてる気がするがね」

 

 今や辟易とした感情しかないのだ! 間違いなく、うん!

 なんたってこの人は、昨日からずっと(・・・・・・・)こんな感じ(・・・・・)なのだから。

 

 一旦話題を、昨日の話に戻そう。

 先に結論から言ってしまうと、俺は昨日のベルスターの勧誘に関しては、すっぱり断ったのだ。

 

 そりゃぁそうだろう。酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)に入れてもらってから、まだ一週間も経ってないのだ。

 ようやく自分が役に立てて、面白い生活ができそうって時に、わざわざそんな得体のしれない場所に鞍替えする理由なんかないはずだ。

 なにより、せっかく俺を買ってくれたファニを、ガッカリさせるようなことはしたくない。

 

 第一、魔王軍ってことは、当然ながら魔物の軍勢なわけだろう?

 そんな中に人間の、しかも最弱底辺の部類に入るであろう俺が入ったって、秒でリンチでミンチになるのが関の山だ。

 

 そんなこんななことを言って、今回はお見送りさせていただいたわけだが、ベルスターはそれでも諦めてはくれなかった。

 なんでそんなに固執するのか全く分からないが、あの後、どこに行くにも逃げるにも、執拗に俺にべったりとついてきたのだ。

 どんなに撒こうとしても、次の瞬間には俺の側に近づいて、肩に顔を乗せるような真似までしくさってきたのだ。

 

 そして挙句の果てには俺の部屋にまで押し入ってきて、一晩中勧誘とよくわからない昔話に付き合わされた。

 五時間ほど付き合わされた辺りで、もはや初見時に感じていた恐怖は完全に失せてしまい、鬱陶しさの方が勝るようになってしまった。

 ちなみにモニカさんにどうにかしてもらうよう相談したら、『悪い、人柱になってくれ』という、非常にありがたーいご助言をいただくに終わった。

 

 そんなわけで俺も半ば諦め、もう無視を決め込んで寝ようとベッドに入ったのが、昨日の一連の騒動の締めだったわけである。

 さすがに家主が寝たらいい加減帰るだろう、という淡い期待を抱いていたわけだが、本当にそれは淡く泡沫に消えたらしい。

 

 今目の前で、したり顔をしているベルスターがいるのが、何よりの証左だ。

 

「おいおい、いつまで私を布団から剥いで冷やす気だい? 早く布団に戻って私を暖めたまえ」

 

 そう言って、ベルスターは両手を広げ、自分の胸元に来るよう促していた。

 最初はその言葉にもドギマギしていたが、昨日も一日中同じようなことをされ続けていたので、さすがに慣れてしまった。

 

『男はこういう勧誘方法が一番効果的なのだろう? やめて欲しければ魔王軍に入れ』

 

 という無茶苦茶なことを言ってきたのが、昨日のベルスターだ。

 乗っても魔王軍、止めたら魔王軍ということで、俺はもう無視を決め込むしかなかった。

 

「寝てたきゃ一人で寝ててくださいよ。俺も今日は早出の用事があるんだ」

「ファニが戻ってくるのだろう?」

「さぁ、なんのことやら」

「隠さなくてもいい、私は全部知っている」

 

 なんてことを言いながら、ベルスターはどこか揶揄うような笑みを見せた。

 まぁ、考えてみればこの人は――人と呼べるのかという疑問はさておき――今回のファニの仕事である魔界アイテムの仕入れについて、いわば牛耳っている御方なのだから、ファニの仕事を把握していても不思議ではない。となれば、考えるだけ無駄というものか。

 

「じゃあなおさらですよ。ファニを迎えに行ってきますから、おとなしくしていてください」

「そんなことより私が寒がっている方が問題だろう? 早く暖めたまえ」

 

 そう言って、ベルスターは再度手招きをしてくる。

 話にならん。というよりかは、話を聞いてない、という方が適切だ。

 

 『魔王は傍若無人で傲岸不遜だ』なんて噂話を耳にしたことがあるが、なるほど確かに、とんでもないわがままなのは間違いない。

 

「魔王なら暖をとる魔法くらいいくらでも使えるでしょう? とにかく俺は行きますからね。付き合ってらんない――」

「おりゃ」

 

 と、彼女のわがままを無視して行こうとしたところ、不意に腕を掴まれ、布団に引っ張り込まれた。

 

「ちょ……! いい加減に――」

「いいから来たまえよデッドアイ、寒いんだ」

 

 そう言いながらベルスターは俺を胸元に引き寄せ、がっちりとホールドしてきた。

 クソ、なんてわがまま女だ!

 にしたってまずい。この体勢は非常にまずい、いろんな意味で。

 

 なんたって柔らかいしいい匂い――間違えた、リテイクを求む――なんたってすごい力で絞めあげられてるものだから、全く解ける気配がない。

 まずいぞ、ファニは朝一番に戻ってくるって話だったんだ。

 

 もうすでに拠点に帰ってきててもおかしくない。

 こんなことしてて遅れましたなんて言ったら、どうなるか――

 

「レン?」

 

 すると、ドアの向こうから突然、そんな声が聞こえた。

 ファニの声だ。心臓が跳ね上がった。

 

「あ、あぁ、ファニ。戻ってきたんだ?」

「ついさっきね……もう起きてる? 仕事の話があるから、今日はモニカの酒場に来てって話だったと思うけど」

「ご、ごめん、寝坊しちゃって……」

「だと思った、別にいいけどね。それより入っていい? 先にレンに話しておきたいことがあって」

 

 ファニのそんな言葉を聞くと同時に、ドアノブが傾いているのが見えた。

 まずい、絶対にまずい。特に今の状況は。

 

「いや、今はちょっと――」

「あぁ、入ってくれ」

 

 断ろうとしたその瞬間、ベルスターが突然、俺の声(・・・)でそんなことを言った。

 え、ばか、何考えてんの? なんてことしてくれてんの?

 

 が、そんなことを考えても、もはや遅い。

 それを自覚させるように、ドアはゆっくりと開き、その奥から、ファニが見えた。

 

「お邪魔します。レン、実は今回の依頼主についてなん、だけ……ど…………?」

 

 俺たちを見た瞬間、ファニはフリーズした。

 多分だけど、俺もフリーズしているだろう。

 具体的には、ベルスターの胸にうずもれたままの状態で。

 

「やぁファニ、少しぶりだね」

 

 そんな中で、ベルスターだけが笑顔で、ファニに挨拶をしていた。

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