ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる   作:生カス

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14 いざ荒野へ

 酒場に集まったあの日から、数日後。

 あの日から今日までは、仕事をするための様々な準備のために、以前とは打って変わって忙しい数日だった。

 

 作戦の内容を頭に叩き込んで、万に一つが無いようにはじく魔法の練習量を増やし、荒野で過ごすための食糧や備品を買い込んだ。

 何にしたって今までに経験したことがないような仕事を、行ったことのない場所でやるのだ。

 万が一をいくら想定したって、測りきれるものでもない。

 

 無論ファニやロロンも同じようで、特にファニはロロンに、どんな場所でどんな攻撃を受けても対処できるように、馬車とシルビア――ロロンの愛馬で、彼女の馬車を引く大事な相棒だ――を強化しろと、自分のポケットマネーを出してまで言い聞かせていた。

 ロロンは畏れ多いと言って最初は断っていたが、ファニに説得され、結局は折れていたのを覚えている。

 

 まぁ、ファニの言ってることももっともだろう。

 海岸近くとはいえ、荒野は基本だだっ広い何もない場所だというし、そんな中で機動力を確保する馬車は文字通りの生命線だ。

 彼女が何よりも優先したい気持ちもわかる。

 

 ともかく、これからの大掛かりな仕事に向けて、誰も彼も準備にてんてこまいだった。

 仕事を成功させるためというより、生き残るためだ。

 

 そんな時間を、数日間過ごした。

 そして、現在――

 

 

 

 

「レン、起きて」

 

 ファニの声が聞こえて、突然、頬を軽く叩かれたような気がした。

 ぼんやりした頭のまま、何事かと思って目を開けると、目の前には、やはり彼女の顔があった。

 

「そろそろ着くよ、降りる準備して」

「ん……あぁ、わかった」

 

 そんな返事をしながら、そういえば馬車に揺られて、いつのまにか寝てしまったのだということに気づいた。

 ふと前を見ると、そこには御者をしているロロンの背中が見える。

 

「お、お二人ともお目覚めですか? ち、ちょうど今、ナンショーの海が見えてますよ」

 

 ロロンは俺たちをちらりと見てから、そんなことを伝えてきた。

 お二人ともってことは、どうやらファニもさっきまで寝ていたらしい。

 馬車から少しだけ身を乗り出してみると、なるほど確かに彼女たちの言う通り、そこはヨーキトーの景色ではなかった。

 

 一面に広がる、お世辞にも豊かとはいえなさそうな、乾いた荒野。

 そのずっと奥に、まるで急に水を思い出したかのように、海の水平線が見えた。

 今日が快晴なこともあって、荒野の赤と、空と海の青が、どこか不思議で寂しいようなコントラストを作っていた。

 

 ここがナワガカ荒野で、奥に見えるのが、ナンショーの海といったところだろう。

 

「も、もうそろそろストラトキャスター伯のお城です」

 

 ロロンはそう言って、右方向に見える、城塞を指さした。

 堅牢で大きく、そして妙にきらびやかで、周りの荒野の景色とはどうにも浮いていた。

 周りには領民の家らしき家屋が数個見える程度で、お世辞にも栄えているとは言えない風情だった。

 

 ヨーキトー付近の中では、魔界の(ゲート)が近い場所といっても、そもそもここはほとんど人が住んでいないような地域だ。

 門が近いから魔物もたくさん出るし、数十年前から盗賊が居座るようになって、治安も最悪になっている。

 

 正直、なんでこんなところに城塞を建てているのか、不思議なほどだ。

 守るものなど、なにがあるというのか。

 

「なんだか、寂しい場所ですね……」

 

 そんなふうに思ってしまう場所だからか、ロロンもまた、小さくそう呟いた。

 

「もともとここは、ヨーキトー王国の貿易を司る、大事な場所だったらしいよ」

 

 すると、ファニはそう言って、話を始めた。

 

「なんたってここは王国と海の距離が、どんな場所よりも短いからね。門が近いとはいえ、当時は輸出入品が飛び交う交易場として、ずいぶん栄えていたらしいよ」

「しかし、なんでこんなに廃れたんだろうか。やっぱり魔物や盗賊のせい?」

「それもあるだろうけど、一番はきっと、ここ以外でも輸出入のルートが確保できるようになったからだろうね」

 

 言って、彼女は遠くの海を眺めながら、続けた。

 

「王国が勢力を拡大したのもあって、ここの他にも港を造れるようになった。となったら、こんな物騒な場所に兵力(リソース)を割いてまで、交易場を維持させる必要はない」

「なるほどな、領主もキャラバンも、その名残ってとこか」

「さっさと撤退させればいいのに、ストラトキャスター伯の土地への固執と、貴族たちの国土拡大の意地が、それを見送った」

 

 ファニのその話は、なんてことはない、土地を手に入れて、そして保てなくなった。歴史には腐るほどある話だ。

 一度手に入れた土地を、どんな手を使ってでも手放したくないという、領主の執着もまた同様に。

 

「けれど――」

 

 そんなことを考えていると、ファニはしかし、微笑んで言った。

 その無邪気で、けれど不敵な笑みは、イタズラを考えている子供のようだった。

 

「そんなプライドを持ってくれてたおかげで、私たちは都合のいい『道』が手に入るかもしれないんだ」

 

 ファニがそう言うと、まるで示し合わせたかのように馬車が止まった。

 ふと外を見ると、土埃に塗れた大きな灰色の城壁と、堅牢な門が視界いっぱいに広がっていた。

 門の側には、衛兵が二人。こちらを訝しんでいた。

 

「つ、着きました」

 

 ロロンが俺たちを見て、そう言った。

 馬車を降りて、その城砦を見上げてみる。

 

 城には防御と関係の無さそうな数多の装飾が施されていた。

 それは単なる見栄か、それとも昔の栄華の名残か。それを知ったところで、どうというわけでもないが。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 そう言って、ファニは続いて馬車を降りてきた。

 

「あれ、俺も行くんだっけ?」

「なに? ボディーガードはしてくれないの?」

 

 少しむすっとしたような表情で、彼女は俺にそう返した。

 外でロロンと一緒に待つもんだと思っていたが、どうやら違うらしかった。

 ボディーガードと言われても、ファニのような上級魔法や特級スキルを使える人の、何を守れというのだろうか。

 

 ……という疑問はあったが、ここは素直に聞いておこう。

 ボスが守れというのだ。であれば、それに従わない道理もないだろうし。

 

「仰せのままに、お嬢様」

「……お嬢様はやめて」

 

 ファニはどこか気恥ずかしそうに、口をもにょもにょとしたかと思えば、そっぽを向いてしまった。

 相も変わらず、ボスのときの顔と、子供のときの顔の差が激しいな、なんて思った。

 

「もう……ほら、行くよ」

「わかったよ。しかし会うとなったら、緊張するな」

「大丈夫、私の後ろで立って、向こうが変な動きをしないか、見張ってくれればいいから」

 

 ファニに言われるが、それで緊張が消えることはなかった。

 貴族にあったことなど、今まで一度もないんだ。じっとして、取引の邪魔にならないようにしなきゃ。

 なんてことを思いながら、俺はファニと一緒に、城の門へと歩いていった。

 

 

 

 

「な、何者だ貴様ら!」

 

 門の前に到着したところで、衛兵であろう二人のうちの片方が、狼狽しながら俺たちに言ってきた。

 もう片方の方も似たような感じ。槍を向け、警戒していながらも、どこかしり込みしている。

 この慣れてない感じから見て、恐らく来客など滅多にないのだろう、ということがわかった。

 

「失礼、我々は酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)というものです。この度ストラトキャスター伯に良い商談がございまして、ぜひにお耳に入れたく、はせ参じました」

「れざ……? 商人が来る予定など聞いていないぞ、怪しい奴らめ!」

 

 ファニが通り一遍の挨拶をするも、その態度が軟化することはなく、衛兵は上ずった声のまま、槍を向けるのを止めなかった。

 

「……ちょっと待ってくれ、約束してないの?」

「事前に言ったら会ってくれると思う?」

 

 ファニは当たり前だろうとばかりに、しれっと答えてきた。

 いやまぁ、仰る通りかもしれないけど、にしたって……。

 

「まぁ、少し待っててよ」

 

 俺の不安を受け流すかのように、ファニは微笑んだ。

 ボスにそう言われてしまった以上、俺は何も言うことはできず、黙って見守る以外になかった。

 

「お疲れ様です、衛兵さん。どうにかストラトキャスター伯に一目お会いしたいのですが、ダメですか?」

「ダメだダメだ! ただでさえここは盗賊共のせいで、ビリー様はお忙しいのだ。貴様らのような得体のしれない連中まで相手にしてられるか!」

「その盗賊共を掃除して差し上げます。といったらどうします?」

「……なに?」

 

 衛兵はファニの言葉に、なんとも言えない顔で聞き返した。

 怪しく感じているのはそのままに、僅かに興味を持ったような、そんな感じ。

 すかさず、ファニは続ける。

 

「今回私たちは、伯爵の悩みの種を取り除けるであろうお話を持ってきたのです。どうかお話だけでもさせていただけませんか?」

「し、しかしだな、事前に書状などを持っていないものは、通さない決まりで――」

「……衛兵さん、お名前はなんですか?」

 

 と、ファニは脈絡なく、衛兵の名前を聞いた。

 俺は急になんだ? と思ったが、それは衛兵も同じらしく、訳が分からないとばかりにフリーズしていた。

 

「お名前ですよ。自分のお名前、覚えていませんか?」

「わ、私か? ……ニールだ」

「そちらは?」

 

 ファニは、先ほどからだんまりを決めていたもう片方にも、同じように聞いた。

 

「や、ヤングスだが」

「ありがとうございます、ニールさん、ヤングスさん……先ほども言いましたが、私たちはこれから、盗賊退治の仕事をしようとしております」

 

 するとファニは、どこか芝居がかった口調で話し始めた。

 それはどこか聞き入ってしまうような、不思議な声色だった。

 

「ご存じの通りこの辺の治安の悪さは有名です。そして、その原因が辺り一帯を根城にしている盗賊共なのは言うまでもありません」

「さっきから何が言いたいんだ、貴様!」

「もし私たちが盗賊退治を成し遂げ、治安を回復できれば、それを依頼したスポンサー(・・・・・)の慧眼さは、一気に知れ渡ることでしょう」

 

 ファニの言葉を聞きながらも、衛兵たちは彼女を凝視したまま、動けないでいた。

 それにも構わず、彼女は続ける。

 

「私はそれがストラトキャスター伯だったらどんなに良かったかと思ったのですが、どうやらそうもいかないようです」

「なん……ッ」

「他のスポンサーを探すことにします。あぁ、そうなると盗賊退治が成功した時、もし伯爵に『何故私のところに来なかった』と聞かれれば、こう答えるしかないでしょうね」

 

 ファニは妖艶な笑みを維持したまま、上目遣いで彼らを見つめた。

 

「行きたいのはやまやまでしたが、ニールさんとヤングスさんに止められて、止む無く断念しました、と」

 

 ファニがそう言い放つと、衛兵たちは底冷えしたように、顔が真っ青になった。

 つまり彼女は、こう言っているのだ。

 

 せっかくのおいしい話を、お前たち衛兵の独断で断っていいのか。

 そのせいで伯爵が儲け話をふいにしてしまったら、お前たちが責任を被ることになるが、それでいいのか、と。

 

 なんというか、交渉が上手いというか、そこ意地が悪いというか……。

 しかしなるほど、こう言ってしまえば、衛兵はとりあえず、領主に確認くらいはするだろう。

 誰だって、できれば責任など負いたくないのだから。

 

 すると、衛兵たちは迷ったように、二人でぼそぼそと話し始めた。

 ほんの少しするとそれも終わり、彼らは俺たちの方に向き直った。

 

「……しばし待て、ビリー様に確認してくる」

 

 案の定、衛兵の片方がそんなことを言ってから、城の中へと消えていった。

 とりあえず、ここまではOKってことか。

 

「ここまでくれば、もう大丈夫なはず」

「え、そうか? これでストラトキャスター伯が問答無用で断ったら、それで終わりじゃ――」

「伯爵は断らないよ」

 

 俺の疑問に、ファニは即答した。

 なんでそんなことが断言できるのか、と思うと、彼女は続けた。

 

「盗賊退治は伯爵の悲願だからね。騎士団じゃ力不足だし。王国は魔物に夢中で力を貸してくれない。盗賊さえなんとかできるなら、それこそ藁にもすがりたい思いのはず」

「な、なるほど……」

 

 そんなことまで考えているのか、などと感心していると、城に入っていった衛兵が戻ってきた。

 駆け足で来た衛兵は息を切らしながらも、俺たちの前で姿勢を正して、言った。

 

「ビリー様が、話だけでも聞いてやるとのことだ! 来い、くれぐれも粗相のないように!」

 

 そう言って、衛兵は残る一人に門番を頼んでから、俺たちについてくるよう促した。

 

「ほらね」

 

 と、ファニはしてやったりと言わんばかりの顔で、俺を見た。

 

「……すごいな」

 

 俺はそれしか言えなかった。

 いや、全くもって驚きだ。普通身分のしれないものが貴族に謁見なんて、言っただけで殺される可能性だってあるというのに。

 ファニはその話術と身振り手振りで相手の情動を司り、意のままに操ってみせたのだ。

 なんで彼女がならず者たちのボスをやれているのか、その一端を垣間見た気がした。

 

「ほら、行こうよ」

 

 ファニに言われて、俺は彼女と共に城の中へと入っていった。

 とはいえ、問題はこの後だ。

 ストラトキャスター伯が、話の分かる人だといいが……。

 そんな一抹の不安を抱えながら、俺はファニの後をついていった。

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