ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる 作:生カス
衛兵は俺たちをある一室に案内した後、ここで少し待つように言い残してから、部屋を出て行った。
案内されたその部屋が応接室であろうことは、テーブルを隔てて向かい合うように置かれたソファと、必要以上に豪華な調度品などから予測できた。
「やっぱり、ここ最近はめっきりお客なんて来てないらしいね」
ソファに綺麗な姿勢で座っているファニが、後ろで立っている俺に振り向いて、そう言った。
これから大事な取引だというのに、全く緊張している様子がないみたいだ。
「なんでそう思う?」
「要所要所の掃除が甘い。調度品の横とかカーテンの裏とかに埃が溜まっているみたいだ」
「単にズボラなんじゃ?」
「他の部屋ならそうかもしれない。でも応接室はひっきりなしに客が来る、貴族にとっては『顔』と呼べる場所だからね。見栄っ張りなあの連中が、ここを蔑ろにするなんてありえないよ」
ファニの言葉を聞いて、なるほどなと思った。
言われてみれば確かに、体面を第一に考える貴族連中が、応接室の見栄えを軽んじるはずがない。
この部屋はいわば、体面の最前線なのだから。
「貴族の生態に詳しいよな、ファニは。やっぱり何度もそういう連中を相手取ってきたわけか」
「ん……まぁ、ね……」
何の気なしに聞いたつもりだったが、ファニはどうにも答えづらいように口ごもった。
なんだろうか、ひょっとしたら何か、彼女にとって嫌なことを聞いてしまったのかもしれない。
不味ったかな……?
――なんて考えていると、不意にドアが開き、先ほどの衛兵が入ってきた。
「領主様のおなりだ、失礼のないように!」
その言葉に、俺は思わず姿勢を正す。
ファニは特に気にしていないようで、微動だにせず、ただドアの先を見つめていた。
するとドアの先から、豪華な身なりの中年男が、数人の護衛と、執事らしき人と共に入ってきた。
その顔は身なりに似合わず痩せこけて、イライラとした表情を隠そうともしていない。
中年男は勢いよく対面のソファに座り、身を沈めた。
疲れた顔の男だった。
憔悴しきっていて、余裕もない。そんな印象を受けた。
これが、ビリー・ストラトキャスター伯爵のようだ。
「お目にかかれて光栄です、ストラトキャスター伯、私たちは――」
「挨拶なんぞ要らん。貴様らがどこの誰かなんぞ興味もないわ」
眉を顰め、指をカタカタと揺らしながら、伯爵はファニの挨拶を遮った。
余裕がなさそうだという印象は、どうやら当たっていたらしい。
苛立った様子も隠さず、領主は続けた。
「貴様らが盗賊を討てるなどと宣うから、わざわざ時間を作って会ってやっているのだ。早く話を聞かせろ」
「話が早いようで助かります、伯爵。では――」
そう言ってファニは、ゆっくりとした動作で脚を組んだ。
その動きはどうにも蠱惑的で、だからなのか、伯爵の視線がファニの脚を注視しているのが見て取れた。
スカートの中を覗こうとしているのがまるわかりだ。
睨みつけて牽制してやりたい気持ちがあったが、耐えた。
これも含めてファニの狙いならば、俺がしゃしゃり出たら台無しになってしまうかもしれない。
それは御免こうむりたかった。
「単刀直入に申し上げます。私たちの方で盗賊を討伐いたしますので、その
「キャラバンだと? 一体何のために?」
「輸入業に使わせていただければと思っておりまして。というのも最近、とある国の
「ほう……要求はそれだけか?」
「えぇ、それ以外は一切求めません。我々が失敗しても伯爵は損をせず、成功すればナワガカの治安を回復させた立役者として、本国から褒賞を賜るでしょう」
ファニは芝居がかった口調で一通り言い終わった後、「どうです?」と伯爵に聞いた。
話を聞く限りでは、伯爵側に損は全くない、受けない道理もない取引に聞こえるが……。
「……ひとつ聞かせろ、輸入するという絹糸、どこの国のものだ?」
と、伯爵は訝しんだ顔で、そう聞いてきた。
まぁ、やっぱりその辺は怪しむよな。
キャラバンを輸入ルートとして使わせるということは、領主が認めた品物ということになり、それはすなわち、ヨーキトーの税関を素通りできるということになる。
もし輸入品が違法なものであることがバレれば、それを通らせたとして、伯爵への責任は免れない。
余裕はないのだろうが、けれどそれに気づかないほど、彼はバカでもないようだ。
「はい、マーグン国のものです。近年あそこで発見された新種の
淀みなく、ファニはそう言いのけた。
よくもまあこうまで口が回るものだと感心する。一切表情を変えずにできるのだから、恐ろしいもんである。
「よろしければ、輸入が成功した際には、伯爵にも製品を献上させていただきたく思います。いかがでしょうか?」
「……ふん、どうやら嘘ではないようだな」
ファニの言葉に伯爵がそう返すと、彼は近くにいる執事に耳打ちをした。
一通り執事とのやり取りが終わった後、伯爵はこちらに向き直った。
「いいだろう、やることをやればキャラバンは好きに使わせてやる。見事盗賊を討ってみせよ」
「ありがとうございます伯爵。では合意の証として、こちらの書状にサインをお願いいたします」
「ふん、念入りなことだ」
そんな悪態をつきながらも、伯爵はファニが出した書類に、躊躇なくサインしてくれた。
ということは、契約成立ってことか。
あぁ、正直かなりホッとした。許されるのならこの場で大きく息を吐きたいくらいだ。
「確認いたしました。ありがとうございます」
「よし、では行け。成功を願っているぞ」
書類を受け取ったファニに、伯爵はぶっきらぼうに退室を促した。
もちろん、特に断る理由は理由は無いので、ファニは即座にソファから立つ。
「では、失礼いたします」
ファニはそう言って頭を下げる。俺も倣ってお辞儀をしてから、二人そろって部屋から出た。
「……あぁ、疲れた」
領主の城から外に出て、ようやく人心地付いたところで、俺は思わず言ってしまった。
「ありがとうレン、お疲れ様」
それに対して、横にいるファニが微笑みながら、そう言ってくれた。
見た感じ、彼女はあまり疲れていなさそうだった。
やはり場慣れしているのだろう。
「けれどよかった、思ったより契約がスムーズに行って。もう少し手こずるもんだと」
「……本当にスムーズに行ったと思う?」
「え?」
ファニの言葉に、ついそんな声が出てしまった。
どういう意味だろうかと思っていると、彼女は俺に近づいて、何のつもりか手を耳に添えた。
「え、あの……なに?」
「耳を澄ましてみて」
なんてことを言われ、意味がわからないまま、俺は口を閉じて耳をそばだてた。
……なんだ? 何か聞こえて――
『ビリー様、本当に連中の要求を聞くので?』
『聞くわけがないだろう、あんな与太話を。絹糸か何か知らんが、そんな得体のしれんものを、私の名でヨーキトーに入れられるか』
「なッ……これは……!?」
そこから聞こえた声の、まず片方は間違いなく、先ほどのストラトキャスター伯のものだった。
これは……ファニのスキルか、魔法?
「ほら、聞いてみて」
ファニにそう言われ、俺は動揺が残りながらも、再びファニのに耳を傾ける。
『どうせ盗賊に返り討ちに合って終わりだろうが、万一の時は奴らを
『承知いたしました、ではそのように』
『いや待て……さっきの話してる方はイイ女だった、殺すには惜しい。みすみす盗賊に殺される前に、
なんてことを宣うと、ストラトキャスター伯は堪えられんというように、クックッと笑っているのが聞こえた。
……なるほどな。連中、最初から反故にする気だったってことかい。
「レン、顔恐いよ?」
「……険しくもなるさ、そりゃ」
ファニの言葉に、俺はそんなことしか返せなかった。
そんな程度には、今の俺には憤りがあったのだ。
「どうするんだファニ? あいつら、最初っから約束を守る気なんてないぞ」
「わかってるよ、そんなの。まぁ、その辺は対策するから、大丈夫」
「なに?」
俺がそう言って首を傾げると、ファニはどこか面白そうに、微笑んだ。
「その時は、レンに守ってもらうことになると思う」
「え……まてよ、どういう――」
「まぁその辺は、盗賊退治が終わってから話すよ。じゃあ戻ろうか」
彼女は俺の言葉を遮って、それだけ言うと歩いていった。
……意味がわからなかったが、俺に守れというのであれば、それに従わない訳にはいかないだろう。
「あ、姐さん、レンさん! お、お疲れ様です!」
馬車に戻ると、待っていたロロンがパッと明るい顔をして、出迎えてくれた。
「ただいま、ロロン」
「ただいま」
俺とファニは返事をして、そのまま馬車に乗った。
ほどなくしてロロンは馬車を走らせ、ストラトキャスター伯の城塞を後にしたのだった。
「ど、どうでしたか? 取引、上手くいきました?」
「う……」
ロロンの問いかけに、俺は思わず言葉が詰まってしまった。
どうやって答えたものか……ロロンの顔を見てみると、これがまあ目をキラキラさせて期待に満ちていることで。
こんな状態の彼女に『あいつら反故にする気満々だよ! ついでにファニのことエロい目で見てたよ!』なんて言ったらどうなるか。
ファニへの心酔具合に加えて、衛兵をやり過ごすときでさえ、初手で殺傷を考える子だ。
そんな子に事の顛末を話したら最後……あぁ恐ろしや。
「大成功だったよ、ロロン。ほらこれ、伯爵のサインが入った書状」
すると、なんとファニが臆面もなく、ロロンに言ってのけた。
「わ、わぁ! ホントだ! さ、さすがです姐さん!」
ファニに差し出された書状を見て、ロロンは素直にはしゃいでいた。
これ、いいのか? なんてことを思ってファニのほうを見ると、彼女は俺を見て、声を発さずに口だけを動かした。
『合わせて』
口の動きだけでそう伝える彼女をよく見ると、頬から冷や汗が伝っていた。
……なんとなくだが、わかった。
当然ながらファニは、俺より何倍もロロンとの付き合いが長い。
俺が懸念していることに、彼女が気づかないはずもないのだ。
何だったら、実際に何度かロロンの暴走を見たことがあるのだろう。
普段は見せない真剣な眼差しが、俺にそれを否応なく理解させた。
「どうしたんですか、二人とも見つめ合って?」
「あ、あぁいや、何でもない」
「そ、そうそう、なんでもないよ、ロロン」
ロロンの疑問に、俺とファニはそんなふうに誤魔化した。
ただ誤魔化しきれてはいないようで、ロロンは訝しんだまま、横目で俺たちを見てる。
ど、どうしたものか……。
「ほ、ほらロロン、他のみんなと合流しよう。野営地に向かって」
「……わ、わかりました」
すると、ファニがいい感じにはぐらかしてくれて、ロロンは前に向き直ってくれた。
よかった、とりあえずは助かったか……。
しかしそれにしても、ファニはどうやって、連中に約束を守らせるつもりなのだろうか?
武力や暗殺を匂わせて、伯爵を脅しでもするのだろうか。
しかしだとしたら、『俺に守ってもらう』というのは、一体……?
そんな疑問が俺の頭の中を、ぐるぐると駆け巡っていた。
結局、目的の野営地に着いても、その疑問の答えはついぞ出ることはなかった。
馬車に揺られてしばらく。
俺たちはナワガカ荒野の中でも、とりわけ傾斜の多い場所の、谷の下側の方へと向かっていった。
谷のほうを見ると、見知った顔が何人もいて、それぞれ野営の準備を進めていた。
言ってしまえば、そこは
「つ、着きました」
ロロンの言葉とほぼ同時に、馬車が止まる。
「ありがと、ロロン」
ファニはそう言って、馬車から降りて、皆がいる野営へと向かっていった。
彼女に続くように、俺とロロンも馬車から降りる。
すると、ファニに向かって何人か――というよりほとんど――が彼女のもとに駆け寄ってくるのが見えた。
「ボス、お疲れ様です!」
「お疲れ様です姐さん!」
「……だから、いちいち出迎えなくていいって」
手厚い歓迎に辟易するように、ファニはこめかみに手を添えた。
この光景も、もはや見慣れたものになってきたかもしれない。
「取引は上手くいったんか、お嬢様?」
すると、彼らの後ろの方から、モニカさんがファニに話しかけてきていた。
特に大きな仕事だからか、普段は酒場に常駐しているモニカさんも、今回は俺たちに同行していた。
曰く、『貴族共から金を巻き上げるのが私の仕事』とのことだ。
なにやら俺たちとは別行動で、いろいろと悪だくみをしているらしい。
「まぁ、おおむね
「そうだな、こんくらいか」
と、モニカさんはファニに、一枚の紙切れを渡した。
何の気なしに覗いてみると、そこにはなにやら、名前のようなものが何人分か書かれている。
「これは……?」
「ここ数日間に乗る予定の、キャラバンに乗る人たちのリストみたいだね」
「キャラバンのって、なんでまた?」
ファニの答えに、そう聞き返した。
ここのキャラバンが荷物だけではなく、 まだ人も乗せていたということは意外だった。
けれど、なぜわざわざ乗る予定の人間を、こうやって記しているのだろうか?
「あのキャラバンはな、荷物の他に、ストラトキャスター伯に特別な香辛料を届けてんのさ」
「特別な香辛料?」
モニカさんのその答えに、余計に謎が強まる。
どうやら俺がわかっていないことに気づいたらしく、モニカさんは頭を掻いて、話し出した。
「そこに書いてあんのはな、みんな若い女ばっかだ。食うに困ったり、口減らしに捨てられたりした連中さ。そいつらが数日中に、伯爵に届けられる」
「……なるほど、
すると、ファニは察したらしく、親の仇でも見るような顔で、リストが書かれた紙を強く握った。
「まだわかんねえか、レン? そこに書かれてんのはな、伯爵へ献上される
「あぁ……なるほど」
そこまで言われて、ようやくモニカさんの言わんとすることが理解できた。
なるほど、つまり、ストラトキャスター伯への奉公のために集められた女の子たち。
言うなれば、『そういう目的』のために買われた子たち、ということだ。
盗賊に狙われやすいキャラバンで輸送しているのは、単純にそれしか方法が無いからだろうか。
それに、襲われて品物が消えるなんてのはしょっちゅうだろうから、
なんともまあ、お盛んなことに頭が回るものである。
あの痩せこけたおっさんが、買われた女の子相手にハッスルしている様を想像してしまい、気分が悪くなってしまった。
「没落貴族の娘でもいりゃあ、助け出して恩を売れると思ったんだがな、残念なことに平民ばっかだ。放っておいていいだろう」
「み、見捨てるんですか!?」
しれっとしたモニカさんの言葉に、ロロンが慌てたように反論した。
すると、モニカさんは彼女を睨んだ。
「おいロロン、私たちはなんだ、弱気を助ける騎士団様か? ちげぇだろ、ただのチンピラの集まりだろうが」
「で、でも、だからって見捨てるなんて――」
「いいか、私たちは
モニカさんのその言葉を最後に、ロロンはただ「うぅ~ッ……!」と涙目で唸るだけで、それ以上反論しなくなった。
しかしモニカさんも、ファニとは別の意味で口が回る人だな。
「ファニ、お前もだぞ」
すると、モニカさんは、先ほどから険しい顔で黙っていたファニに向き直る。
その言い方は、まるでくぎを刺すかのようだった。
「……なにがさ?」
「そいつらを解放したとしても、野垂れ死ぬ場所が盗賊のねぐらか領主のベッドか、その選択肢に荒野が加わるだけだ」
「じゃあ、なんでこんなリスト渡したのさ」
「その
モニカさんの話に対して、しかしファニは何も言い返さなかった。
ただ、悔しそうに唇をかんで、モニカを睨むだけにとどまっていた。
こういうファニは珍しいようで、周りにいる仲間たちも、どこか気まずい雰囲気を出している。
確かに、この妙に重い空気は、居心地が悪い。
正直モニカさんの言うことは、冷酷だがもっともだと思う。
彼女らを解放したところで、もはや帰る場所など、どこにもないのだし。
俺としては、モニカさんの意見に同意する。
しかし、もう少し言い方がなかったものか、とも思う。
誰も一言も発せなくなって、いたたまれない空気になってしまっているし。
うーん、気まずいなあ。
「……ん?」
と、視線を泳がせていると、ふと
……ウソだろ? まさか。
「ご、ごめんファニ、ちょっとそのリスト見せてくれ!」
「え? あ、うん……」
困惑するファニからリストを奪って、その名前を凝視する。
何度も目をこすって、瞬きをして、見間違いではないかと、半分そんな願望を抱きながら何度も見直す。
けれど、そこに書いてあるのは間違いなく、知っている名前だった。
「……メルシー?」
メルシー・ヴィレット。
よく魔草巻を買いに行ってた、あの露店の店員。
あの日あの酒場で、決別したはずの彼女の名前が、そこには書いてあった。