ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる   作:生カス

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18 束の間の休息

 キャラバンへの襲撃は、ひとまずのところ大成功といえた。

 外にいた人数も含めれば五十はいたであろう盗賊共に対し、酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)は半分以下の戦力だったにも関わらず、撃退することができた。

 しかも、こちら側の人的被害はほとんどなかったのだから、上手く行き過ぎて少し怖いくらいである。

 

 襲撃が終わった後の夜のこと。

 そんな大成功を収めたものだからか、酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)の野営地はお祭り騒ぎになっていた。

 大抵の人たちは焚き火の周りに集まって、帰る道すがらで獲った獣を焼いたり、酒を片手に陽気に歌って、今日の襲撃での武勇伝を語り合ったりしていた。

 

 そんな彼らを遠巻きに見ながら、俺は温めたライ麦酒(ウイスキー)を片手に、これからのことを考えていた。

 熱いライ麦酒に、蜂蜜とシナモンとオレンジピール、そこに粉末状の唐辛子を少々。凍えるような荒野の夜にはうってつけだ。

 ギルドにいたときの貸部屋はボロだったから、冬は暖房代わりに、これで寒さをしのいでいたのを思い出す。

 

 と言っても、盗賊云々のことじゃない。今のところ、それはファニの領分なわけで、俺があれこれ頭を悩ませても栓のないことだ。

 では、なんのことかと言うと――

 

「あ、レン……」

 

 すると、そんな聞き覚えのある声が聞こえた。

 声がしたほうに顔を向けると、そこにはメルシーが、気まずそうな顔で立っていた。

 

 やや色あせた、腿の上くらいまで丈がある、オーバーサイズのシャツを着ていた。

 モニカさん辺りが見繕ったのだろうか。

 

 まぁそれはともかく、これからのこと、というのは。

 つまり、そう、メルシーの処遇についてだ。

 

 というのも、盗賊たちから命からがら助かった後、メルシーが自分も連れてってくれと言いだしたのだ。

 一緒に行って、俺に罪を償いたいのだと。

 

 俺はそんなことどうでもよかったが、確かにあのままキャラバンに残っても、ストラトキャスター伯の慰みものになって、飽きられたら荒野で野垂れ死ぬだけだ。

 別に、それが彼女の選択だったら構わないのだが、あそこまで懇願されたうえに、酒場の一件があるとはいえ見知った顔だ。

 

 見捨てるのは、どうにも寝覚めが悪かった。

 だから、ひとまずメルシーを酒溜まりの鼠(レザボア・ラット)に仮入団させるという名目で、ファニやモニカさんたちに相談してもらうことにしたのだ。

 

 ちなみに、他の女の子たちはそのままキャラバンに残った。

 メルシーを見て我も我もと続くことはなく、ただ彼女たちは、それこそ先に来た盗賊と同様に、動かず、怯えた目で俺たちを見ていた。

 彼女たちにとっては、俺たちは救いの神などではなく、盗賊と同様の略奪者に見えたということだろう。

 まあ、否定はできないが。

 

「メルシー、話はどうだった?」

「うん、モニカちゃんって子が、レンが世話してくれるなら好きにしろって。ファニさんは、なんだか複雑そうな顔だったけど」

「そうか」

「それで、その……」

 

 メルシーはどこか言いにくそうに、服の裾を掴んで、下を向いていた。

 一体どういう……あぁ、なるほど、そういうことか。

 

 モニカさんが言ってた、『レンが世話してくれるなら好きにしろ』って言葉はつまり、俺に彼女の采配を託されてしまった、ということだ。

 だから、メルシーは俺に『世話をしてくれ』をお願いしに来た、というところだろう。

 

 ファニが複雑な顔をしていた、というのがよくわからないが。

 彼女は助けたい側の人だったはずだから、てっきり喜ぶもんだと思っていたが。

 まあ、それは今はいいか。

 

「いいよ、わかった。世話するよ」

「……え?」

 

 俺が言うと、彼女はまるで面食らったかのような顔で、呆けた声を出した。

 

「なんだよ、世話してくれって話じゃないのか?」

「いいの? だって、私あんな……」

 

 そこまで聞いて、ようやくメルシーが何を言いたいのか分かった。

 あの酒場での一件があるのに、そんなにあっさり許容していいのか、と聞いているのだろう。

 それに、あれは――

 

「いいんだ、別に。気にしてないと言えば嘘になるけど、だからって、君を憎んでるわけでもない」

「……なんでそんなすぐ、許してくれるの? 私、私のせいで、レンは――」

「君があの時どう言おうが、どうせ連中は屁理屈こねて、結局俺を捕まえたさ」

「でもッ……」

 

 声を震わせ、涙ぐんでる彼女に、何を言うべきかはわからない。

 正直な話、彼女のことを赦すべきかどうかもわからない。

 けれどなぜだろう、俺の口は、不思議と言葉を出していた。

 

「怖かったんだろ? 怖いから、嘘をついて、逃れようとした。それだけの話だろ」

 

 そうやって口に出して言葉にすると、ようやく、自分の心持ちの正体がわかった気がした。

 酒場で彼女に嘘を吐かれたとき、ショックを受けたのに、なぜか彼女にだけは憎悪とか、嫌悪とかいう気持ちにはなれなかった。

 あの時あったのは……そう、ただ、悲しかっただけな気がする。

 

 それは多分、彼女にあったのは悪意ではなく、ただただ弱さ故だったからだろう。

 クラインの連れの女や衛兵たちに圧倒され、彼らの望み通りに答えなかったらどうなるかわからなくて、それが怖かったから、彼らの望む嘘を吐いた。

 

 何ということはない。彼女はただ、臆病だっただけなのだ。

 それもまた罪なのだろう。けれど俺はその罪を、どうにも憎む気にはなれなかった。

 それだけの話だ。

 

「俺は君を責める気にはなれない。それでも罪を償うってんなら、そうさな……また、あの魔草巻を売ってくれ」

「ッ……レン、私」

 

 俺が言うと、メルシーはボロボロと涙を零し始めた。

 女の子が泣いた時なんて、どう対応すればいいかわからないから、俺はそれをただ、黙って見守っていた。

 

「ごめんなさい……あの時、レンのこと、心にもない悪口言って、嘘吐いてッ……人殺しなんて、私なんてこと……ずっと、謝りたくて……」

 

 とりとめもなく、彼女は贖罪の言葉を口にする。

 それはずっとせき止められていたものが溢れるようだった。

 

「……座って、あったかいもんでも飲めよ、淹れてやるから」

「うん……うんッ……」

 

 そんな言葉しか出てこないけど、逆にそれでよかったのかもしれない。

 考えていると、メルシーは咽び泣きながら、俺の方に寄りかかった。

 

 ふと、思った。

 もし彼女が同じ状況になったとき、その弱さと臆病さゆえに、また嘘を吐くだろうか。

 

 そう少し考えて、止めた。

 そんな状況にならないように、するしかない。

 世話をするとは、きっとそういうことだろう。

 

 そう思いながら、俺はあまり身体を動かさないように、メルシーの分の飲み物を作り始めた。

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

「……うん、ごめん」

「飲めよ、丁度できた」

 

 メルシーとそんなやり取りをして、俺は出来上がった飲み物を彼女に渡した。

 ひとしきり泣き切った彼女は、けれどまだ若干鼻声だった。

 

「酒場にいたんだから、酒は大丈夫だろう? 熱いから気を付けて」

「ありがと……あ、美味しい」

 

 一口飲むと、メルシーはそんな感想を言った。

 よかった、どうやら気に入ってくれたようだ。

 

「これって、ライ麦酒(ウイスキー)だよね? なんか、柔らかい味」

「蜂蜜とシナモンとオレンジピール、そして隠し味に唐辛子を少々。混ぜて温めて飲めば、世は全てことも無しだ」

「最後のはよくわかんないけど、そうだね。すごく温まる」

 

 最後のはよくわからなかったらしい。

 いやだわ、調子こいてイタいこと言ったかもしれん。死にたくなってきた。

 

 メルシーとは多分違う意味で寒くなった自分の心を、酒を流し込んで無理やり温めた。

 うん、やっぱり酒だ。酒だけは俺を無条件で救ってくれる。救ってくれるはずだ……。

 

「……ありがとうね、レン」

 

 そんなことを勝手に考えていると、メルシーはどこか、安堵したような顔でそう言った。

 どうやら体が温まって、落ち着いたらしい。なによりだ。

 

「わ、私、頑張るから! レンのために、何でもするつもりだよ! ほ、本当に何でも(・・・・・・)!」

「お、おぉ……そんなに気張らなくても大丈夫だけど、今は特にやって欲しいこともないし」

 

 なにやら顔を赤くして意気込むメルシーだが、俺はそんな彼女に思わずしり込んでしまった。

 やる気があるのは大変結構なことなのだが、今言った通り、彼女にやって欲しいことなんて、まだないしなぁ。

 魔草巻を今この場で作れっていうのも、無理があるし。

 

「……でもレン、私のおっぱい、すごい見てたじゃん」

「ブッ……!?」

 

 びっくりした。急にそんな話を持ってくるもんだから、飲んでいた酒を吹き出しそうになった。

 え、嘘、俺そんなに見てなくない? だいぶ頑張ったんだけど。

 あの状況で視界が吸い寄せられそうなのを必死に耐えて、目の前の敵に全神経を集中させてたはずなんだけど。

 

 ……いや、うん、はい。

 吸い寄せられたのは否定しません。

 すごい見たかったのもまあ、否定できません。

 じゃあ結局すごい見てたんじゃないのか? うわ、また死にたくなってきた……。

 

「ま、待ってくれ、あれは不可抗力で……というか、さっきの話と繋がらなくないか、それ?」

 

 俺はメルシーが急に言ってきたことに疑問を感じ、そんなふうに聞いた。

 決して見たか見てないかを誤魔化すためではない。そう決して。

 

「……言ったじゃん、何でもする(・・・・・)って」

「あぁ、だから、今は別にないって……」

「本当に?」

 

 そう言いながら、メルシーは身を乗り出して、俺に近づいてくる。

 古着のシャツの襟は妙に頼りなく、重力に負けてだらんと下がり、彼女の胸元が、少しばかり露わになった。

 近くで見る彼女の目には、熱がこもっていた。

 

「ほら、やっぱりガン見してる」

「うッ……」

「本当に、何もないの?」

 

 メルシーはどこか、縋るような目をして言ってきた。

 彼女の言わんとすることがわからない。

 

 というよりも、わかっちゃいけないような、そんな気がした。

 わかってしまったらそれこそ、一線を越えてしまうような、そんな気が。

 

「私はいいよ? もともとそうなる(・・・・)はずだったんだから。それに、相手がレンなら、私は別に――」

「いやその、メルシー、それは――」

 

 それは?

 彼女の言葉を遮って、俺は何を言うつもりだったのだろう。

 わからない、けれど何かしらの断る言葉なのは、漠然とわかっていた。

 

 だって、俺はまだ――

 

「……ずいぶんと仲直りできたみたいだね?」

 

 不意に聞こえた不機嫌マックスな声に、俺とメルシーは同時に、身体を強張らせた。

 恐る恐る、俺は声がした方に目をやる。

 するとそこには、やっぱり予想通りの人物。

 

「フ、ファニ」

「みんなと離れて何してるのかと思ったら……」

 

 そう、めちゃくちゃ怒った顔のファニがいた。

 もうすごい怒ってる。なんでここまで怒ってるのかはわからないが、ひとつ言えるのは、今の彼女には口先ひとつでも逆らっちゃいけないということだ。

 

「メルシー・ヴィレット」

「は、はい!」

 

 低い声でフルネームを呼ばれたメルシーは、それはそれは綺麗な気を付けをしてみせた。

 彼女も俺と同じことを、メルシーから感じ取ったらしい。

 

「今日はもう遅い。明日は朝から働いてもらうから、今日はもう寝床に行って休んで」

「え、で、でも――」

「不満があると?」

「いえ、ありません! 失礼します!」

 

 そう言って、メルシーはそそくさと野営地の方へと向かっていった。

 

「れ、レン、またね」

 

 途中、彼女は少し照れたようにはにかんで、俺に手を振ってきた。

 それに思わず手を振り返すと、彼女は嬉しそうに笑って、そして行った。

 

「……じ、じゃあ俺もそろそろ戻――」

「レンはダメ」

 

 と、ファニはメルシーが座っていた場所に、乱雑に腰を下ろした。

 気のせいだろうか、メルシーよりもこっちからの距離が近い気がする。

 

「昼に言ったよね? あの時どういう状況か、全部教えてねって」

「わ、わかったけどさ、何をそんなに怒ってるんだ?」

「怒ってない」

 

 そんなふくれっ面で言われても全く説得力がないが……。

 

「……なんで怒ってるかなんて、私だってわかんないよ」

「え?」

「とにかく!」

 

 ファニが何か言っていたので聞き返そうとすると、彼女は誤魔化すように声を上げて、目の前にあるケトルを指さした。

 

「私にも作ってよ、ホット・ウイスキー。あの子に作って、私には作れないなんてこと、ないでしょ」

「確か酒飲める年齢じゃないだろ? ファニ」

「……じゃあ私が飲めるもので」

「はいよ」

 

 そこは素直に聞くんだな……と思いながら、俺はノンアルコールのお茶を温め直した。

 ……ん? あれ、ちょっと待て。

 

「なんで俺がメルシーに飲み物出したの知ってるんだ?」

「なんでって……前も言ったじゃん。『マッピング』の魔法と『トラッカー』のスキルでいつでも見れるって」

「いやそれは知ってるけど、なんでそれを今、俺に使ってたんだ?」

「え、いや、それは……悪い虫が、その……」

 

 俺が聞くと、ファニは声をもごもごと詰まらせてしまう。

 おかげで、後半部分が全然聞き取れなかった。

 

 しかし本当になんでだろうか? 

 今この瞬間に、俺にそんな上等な魔法やスキルを使う理由なんて、何もないはずなんだが。

 

「……て、違うから。今は私が聞く番! いい!?」

「え、は、はい……」

 

 普段からは珍しい、強気な口調のファニに気圧されてしまい、結局俺は、彼女の回答を聞けずじまいに終わった。

 ちなみに、彼女が聞いてきたのは大半がメルシーに関係することだった。

 盗賊とかその辺のことはいいのだろうかと思いながら、俺はただただ、聞かれたことを答えるだけに徹した。

 

 そうやって、皆がどんちゃん騒ぎをしている横で、今日の夜は更けていった。

 明日からは、また闘いだ。




タイトルについて、アンケートを回答してくださった皆様、ありがとうございました。
アンケート結果と閲覧状況を併せて吟味した結果、以前のタイトルに戻そうと思います。
これからも楽しんでいただければ幸いです。
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