ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる 作:生カス
翌日。
東から強烈な陽の光が差し込んできて、荒野が赤く染まっていた。
そんな中。俺はといえば。
「眠い……」
非常に眠たかった。理由はわかっている。
昨日はファニにメルシーのことを根掘り葉掘り聞かれたために、寝るのがずいぶんと遅くなってしまったからだ。
特に俺とメルシーの関係性については、それこそ衛兵が尋問する如く執拗な質問攻めをしてきた。
なんでそんなことが、そこまで気になるのかはわからなかったが、聞いたらヤブヘビであろうことは間違いなかったので、俺は素直に彼女に答えるに徹したわけだ。
おかげさまで、こちとらずいぶんと寝不足である。
目に隈ができてるんじゃないか、というくらいだ。
「ふぁ……とりあえず、共用テントに行くか」
欠伸をしながら、けれど眠気で重い身体を無理やり動かすために、自分に言い聞かせる。
朝には、作戦に参加する全員が共用テントに集まるというのが、日課となっている。
主に現状の情報共有と、今日ターゲットにする盗賊の情報について、全員で最終確認を行うためだ。
いわば、作戦開始前のブリーフィングに当たる時間だろう。
俺は重いまぶたをこすりながら、すれ違う人たちへの挨拶もほどほどに、共用テントへと向かった。
当然の如く共用テントは同じ野営地なので、到着に時間がかかる道理もない。
歩いて十数秒もすれば目的地にたどり着いて、俺はそこに入った。
「お、来たか」
テントの中に入ると、そんな声が聞こえた。
モニカさんが簡素な椅子にふんぞり返って、俺を見ているのがわかった。
見ると、ファニとロロンも既に来ていた。
「おぁようございます……」
「なんだなんだ、気のねぇ挨拶しやがって、寝不足か? ファニと言い、昨日は珍しい奴らも夜更かししてたもんだな」
モニカさんのそんな言葉を聞いて、俺は思わずファニのほうを見た。
「……ん、ごめん。昨日は柄にもなく、はしゃいじゃって」
「へぇ、昨日は夜遅くまで、
と、揶揄うように宣うモニカさんに、ファニは言葉を詰まらせていた。
彼女の言わんとすることがなんとなくわかってしまい、なんだか俺まで居心地の悪い気分になってくる。
いや、別に、これと言ってやましいことは何もしてないんだから、堂々としてればいいはずなんだが。
「……レンさん、姐さんに何か不埒なことしてませんよね?」
「してないよ。してないからそんな、呪い殺せそうな眼で見ないでくれ、ロロン」
ロロンもモニカさんの言葉に乗せられてか、俺のことを光のない目でじっと見つめてきた。
すんごい怖い。何だったら昨日の大男よりも圧があるかもしれない、と思えるほどだ。
「すいませんボス! 遅れました!」
「いやぁ、昨日飲みすぎちまって」
すると、そんな声と共に、複数人が入ってきた。
最初に入ってきた人は、知ってる人だった。オゾブさんだ。
それ以外の人は知らないが、昨日、彼と一緒に肩を組んで飲んでいた人たちだ。
「ん、ごほん……じゃあ全員揃ったことだし、始めようか」
と、先ほどまで言葉を詰まらせていたファニが、よどみなく言った。
まさに『助かった』とでも言うような、切り替えの早さだった。
モニカさんが「チッ」と舌打ちをしていたのが、その予想をより強固なものにした。
とはいえ、俺も助かった。
これでロロンの糾弾から逃れることができる。
「……後で聞かせてくださいね。詳しく」
と、ロロンは耳元で、底冷えするような声で囁いてきた。
何なんだよもう、ファニと言いロロンと言い……俺を追い詰める趣味でもあんのか、この子たちは。
「さて……じゃあ次のターゲットについて。今回は特に重要だよ」
そう言って、ファニはテーブルにある地図を広げた。
さっきの寝不足顔から、パッとボスの顔に切り替えるのだから、大したもんである。
「今回の襲撃予想地点はこの場所。昨日とは規模が違う、キャラバンのメインルートだ」
ファニが指さしたその地点は、昨日よりもずっと海岸に近く、非常に開けた場所であった。
地図にかかれた補足情報を見てみると、キャラバンの規模も昨日とはけた違いだ。
それこそ、昨日は二、三台程度しかなかったのに、メインルートを通る大型馬車は、実に数十台。
まさしく
「そして、もちろんここを襲撃する盗賊の数も、昨日の比じゃない」
「当然だろうな。荷物が多い分、運ぶ人足も相応に要るだろうし」
ファニの言葉を、モニカさんがそう同意する。
「そうだね、もっとも――」
するとファニは、地図を見たまま、けれど厄介事を睨むように目を細めて、続けた。
「あるのは『人』だけじゃないけれど」
「どういう意味だ?」
「これを」
ファニはモニカさんに返事をしながら、何か紙切れを出した。
それは清書されていない走り書きの文字でびっしりと埋まっているようだった。
「これは……?」
「昨日生かして捕らえた盗賊の一人から、
俺の声に、ファニはそう答えてくれた。
「……ちなみにどう聞いたかは、聞かないほうがいい?」
「それは私じゃなくって、ロロンに聞いてよ」
ロロン? と思いながら、俺は彼女のほうを見てみる。
「え、えへへ……結構、お優しい方でしたので、すぐに答えてくれました。た、多分、
……聞かないでおこう。
思い出したようにふにゃふにゃと笑うロロンを見て、強くそう思った。
「……なんだと?」
すると、紙切れを見ていたらしいモニカさんが、そんな声を上げた。
他の人たちも紙切れを見て、ざわざわとどよめいている。
「そう、ここに書いてある通り、盗賊団は魔物を操って行動できるらしい」
「魔物を?」
「うん、それも何百匹って規模でね」
……みんながどよめいている理由がわかった。
そりゃ確かに、厄介なことこの上ない。
「ストラトキャスターのクソ野郎。なんでこんな大事なこと、黙ってやがった」
「大方、本気で討伐できるとは思ってないからだろうね」
モニカさんの悪態に、ファニはそれだけ答える。
まぁ、それしか答えようがない、というのもあるだろうが。
「どうすんだ? 何百匹もの魔物なんて、さすがにこの人数じゃ持て余すぜ?」
モニカさんのその疑問は、実にもっともだった。
最初に盗賊の規模はある程度割れていたから、それを踏まえてのこの人数と人選だったはずだ。
しかしそこに新たに、大量の魔物が加わってくるという。
確かに、持て余すどころの騒ぎじゃない。
「……別に、全部を相手にする必要はない」
しかし、そんな俺たちの不安とは裏腹に、ファニは笑ってそう言った。
どういうことかと思っていると、彼女はおもむろに顔を上げ、俺を見た。
「聞いたところによると、この大量の魔物は、盗賊の『頭目』一人によって操られているらしい。相当優秀なモンスターテイマーだね」
「……なるほど、逆にいやあ、そいつ一人を闇討ちできりゃあ、後はどうとでも料理できるってわけだ」
モニカさんはファニの意図に気づいたらしく、笑ってファニの意見に納得した。
ただ、まだ疑問はある。
「でもそんな奴、絶対に前線に出てこないだろ? どうやってそいつを倒すんだ?」
そう、そんな何百匹も魔物を操れるモンスターテイマーならば、自分は絶対に魔物と盗賊の陰に隠れて守らせるはずだ。
そもそもどうやって、その頭目のところまで行くというのか?
「……何言ってんのさ、盗賊も魔物の群れも、全部無視して撃ちぬけばいい。それができる人間が、ここにはいる」
「え?」
俺は思わずそんな声を出した。
すると、ファニは笑って俺を見て、指をさす。
「
――出発は今日の昼。全員それまでに準備するように。
ファニのそんな言葉を最後にブリーフィングが終わると、それぞれが闘いの準備をするために、野営地を奔走しだした。
薬草やアイテムをありったけポーチに詰め込む人。愛用の剣を研ぎ直す人。魔法の攻撃力を増すため、杖を握って精神統一をしている人。
兎にも角にも、野営地は一気に賑わいだした。
「俺が、盗賊の頭を……」
そんな中で俺は、一人心臓をバクバクと大きく鳴らしながら、確かめるように呟いた。
ファニに
任された。盗賊の頭の討伐。俺はそれを、どうやって達成するのかを考える必要があったのだ。
何十という盗賊と、何百という魔物を操る、荒野の帝王と言っていい人物。
そんな奴が、剣戟入り乱れる
いるとしてもはるか後方。ファニの言う通り、多数の人と魔物に守られて、鎮座しているはずだ。
けれど、俺に大物喰らいを任命した後、ファニは言った。
曰く、どこに隠れて居ようと、絶対にキャラバンの全容を見れるような、高所に潜んでいるはずだ、と。
モンスターテイマーの特徴らしい。どんな上級クラスだろうと、戦わせるような複雑な操作は、魔物を見ながらでないと無理なんだとか。
同じ上級テイマーのロロンもそう言っていたので、恐らくこれに間違いはないだろう。
つまり、こちらからも絶対に見つかる場所にいるということだ。
それを見つけ、狙い、撃って、討つ。
それが俺に任された、唯一の仕事だった。
正直なところ、成功するかどうかはわからない。
今までにやったことのないタイプの仕事だ。
ただ確かなのは、成功させなければ、俺もファニたちも死ぬかもしれない、てことだ。
「……準備しなきゃな」
自分にかかった緊張を振り払うように、俺はそんなことを言った。
と言っても、今更できることなんてほとんどない。
それだけで済むことだが、逆に言うとそれ以上にできることはないのだ。
他に何かあるとするなら、なんだろうか。わからないが――
「レン!」
と、不意に名前を呼ばれた。
その方向に目を向けると、メルシーが何やら袋をもって、こちらに向かって走ってきているのが見えた。
「おはよう」
「あ、あぁ、メルシー、おはよう」
彼女の挨拶に、俺はなんとかそう絞り出せた。
うーむ、昨日のことがあるからか、どうにも気まずい気持ちになってしまう。
「聞いたよ、昼頃にまた、戦いに出るんだよね?」
「まぁ、ね。今はその準備中ってところ」
まあ、準備とは言っても、弾を何個か作るくらいだけど。
なんてことを思っていると、メルシーはどこか、緊張を伴った笑顔を俺に見せた。
「あ、あのね。よかったら……よかったらなんだけど、見て欲しいものがあって……」
「え? あぁ、そりゃ全然いいけど……」
俺が言うと、メルシーはパッと喜んだ顔になって、意気揚々と袋の中に手を突っ込んだ。
何だろうと思っていると、彼女は袋から
「これは……ベルトか?」
そう、メルシーが見せてきたのは、革で造られた、幅の広い薄茶色のベルトだった。
しかし見たところ、ただのベルトではない。
小さい円柱状の金属――恐らく鉄か銅のどちらかだろう――が、ベルトの帯全体に差し込まれていて、ゴツイ印象を受ける。
更に言うと、まるでナイフの鞘のような長方形の革袋がつけられていて、それが特に目を引いた。
「そこについてるホルスター、開けてみて」
「ホルスター?」
「ベルトの横に付いてる、革の袋みたいなやつのこと」
メルシーが嬉しそうに、鞘のような袋を指さした。
なるほど、これはホルスターと言うらしい。
彼女に言われるままホルスターの金具を外し、中を見てみる。
「これは……金属?」
するとそこには、俺がはじく魔法で弾として使うような金属が、たくさん入っていた。
それだけじゃない。弾のひとつひとつも、俺が自前で作ったのとは比べ物にならないくらい、精巧な円柱型をしていた。
改めてみると、ベルトの帯についているこの金属も、ホルスターに入っている者と全く同じ形をしている。
ということは、こちらも装飾ではないってことだろうか?
「これは一体……?」
「ほら、昨日レンが魔法を使ってた時、発射するものをポケットから出してたでしょ? これなら、もっと出しやすくなるんじゃないかなって思って」
「出しやすく……てことは、これ全部、はじく魔法の弾用の?」
「ふふん、大正解。私、中級の『裁縫』スキルと低級の『金属加工』スキル持ってるからさ、昨日夜なべして、ベルトと一緒に作ってみたの」
そうやって笑うメルシーの目には、僅かに隈ができていた。
なんでそこまでして、このベルトを……。
「ねえレン、よければ、それ貰ってよ」
「え、いいのか?」
「だって、そのために作ったんだから」
……正直、かなり驚いていた。
メルシーが――誰かが俺のために、こんなすごいものを作ってくれるなんて。
今までの生活では想像もできないことだったから、俺は言葉が詰まってしまった。
「……どうしたの、レン? ひょっとして、迷惑だった?」
「あ、あぁごめん、こんなふうに人から物を貰うの、慣れてなかったから」
不安そうに俺の顔を覗くメルシーに、俺はとっさにそう言った。
「少し、つけてみていいか?」
「う、うん! つけてみて!」
メルシーに許可をもらい、俺はベルトを自分の腰に巻く。
「……すごい」
つけた瞬間に、そのベルトの性能の良さを実感した。
素晴らしい着け心地だった。
重心を調整しているのか、重いベルトにもかかわらず、身体の一部のように違和感がない。
くわえて、ホルスターや差し込まれた弾も、身体の動きを阻害しないように、綿密に配置されている。
極めつけは、このホルスターだ。
余計な
そして――
「メルシー、ちょっと撃ってみていいか?」
「うん、うん! いいよ、試して!」
メルシーに言われてから、人が誰もいない方向に振り向き、遠くを見た。
百メートルほど先に、まさに的にはうってつけの、枯れた細木が見える。
「よし」
意を決して、俺は気の方向に、身体を向けた。
一瞬の静寂。
弾を取る。
右手に込める。
狙う。
魔法をかける。
破裂音。残響。
そして、やまびこのような反響。
その直後、遠くで、か弱い木の破砕音が聞こえた。
同時に見えたのは、狙った細木が、真っ二つに折れた様子だった。
当たった。
「……す、すごいねレン、あんな遠くのを」
メルシーがそんなことを言った。
でも俺は、正直今、そんな言葉はほとんど耳に入らなかった。
なんたって、これは凄い、本当に。
「メルシー、このベルトと弾は凄いぜ! 撃つまでの時間が半分以下だ! 精度も格段に上がってる! すげえ発明だこれは!」
俺は思わず、大はしゃぎでメルシーの手を取った。
だって、メルシーの作ったこのベルトと弾は、本当に素晴らしいものなのだ。
ずっと、実はずっと、考えていた。
もっと早く狙えないか。もっと高い精度で撃てないか。そんなことをずっと。
でも、自分の作る不格好な鉄くずじゃ限界があったし、ポケットにそれを入れるぐらいしか、速く撃てる方法もなかった。
それがまさか、メルシーが一気に解決してくれるなんて!
本当に、すごい装備を手に入れてしまった。
「へぇ、え!? ……あ、ありがとう」
「……と、わ、悪い」
しまった、メルシーの顔を見ると、真っ赤にしてそっぽを向いている。
何をやってるんだ俺は、いくらテンションが上がったからって、女子の手を無断でとって振り回すなんて。
「その……マジでごめん」
「い、いやいいよ。その……喜んでくれて、私もうれしい……あ、そうだ、もうひとつ」
すると、メルシーは気まずくなりそうな雰囲気を振り払うように、そう言って懐をまさぐった。
正直、話題を変えてくれるのは、俺としてもありがたくて、ホッと胸をなでおろした。
「はい、これ」
彼女は俺に、ひとつのとある箱を差し出してきた。
これは……。
「
「そ、ここじゃ、素材が無いから、数本しか作れなかったけど」
「……自家製だったのかい、あれ?」
「びっくりでしょ?」
メルシーは得意げに言った。
なるほど、道理で彼女の露店以外に売っていないわけだ。
「……ねえ、レン」
するとメルシーは、どこか寂しそうな顔で、続けた。
「必ず、戻ってきてね。私まだ、アナタに何も償えてないんだから」
「……ありがとう」
俺はそれだけ言った。
償う必要などない、と言うべきだっただろうか。
わからない。ただ無粋な気がして、言わなかった。
さて、兎にも角にも、これで準備はできた。
気づけば、陽も高くなり始めている。
そろそろ、仕事の時間だ。
行こう。
俺はベルトを締め直して、ロロンの馬車へと向かった。