ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる   作:生カス

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20 はじく魔法使いの噂◆

 ――レンたちが盗賊討伐に向けて準備を始めた、ほぼ同時刻。

 

 ナンショー海岸のすぐ近く。

 海岸と荒野の丁度狭間くらいの場所に、波音が中にこだまするような洞窟がある。

 

 しかしその洞窟の中を覗いてみると、そこにいるのはコウモリばかりではなかった。

 そこには数多くの盗賊がおり、品のない食事をしたり、下卑た話題に大笑いしたりと、波のこだまなど遥か彼方に掻き消えるほどの喧騒が支配していた。

 

 しかしそんな、どこか浮かれた空気感の中にとても合わないような、沈痛な面持ちの、盗賊の男がひとり。

 その顔を見ると、先日レンたちと戦い大敗した盗賊たちの、数少ない生き残りであることがわかった。

 

「あ? どうしたんだよお前、神妙な面しやがって」

「お頭は今いるか!?」

 

 通りすがりにからかってきた盗賊仲間に対し、しかし男は焦燥をもってそう言った。

 盗賊仲間はあまりにも予想していた反応と違っていたために、思わずフリーズしてしまう。

 

「な、なんだよ……お頭なら、まだ奥の部屋で女と眠ってるはずだが――」

「ッ……クソ!」

「あ、おい!」

 

 盗賊仲間の制止も聞かず、男は彼に聞いた通りに、奥の部屋へと進んでいく。

 その間も男は、「クソ、クソ、クソ……」と苦虫を嚙み潰したようをしていた。

 

 『お頭』が眠っているという奥の部屋の前にたどり着くと、男は乱雑に三回、ドアを叩いた。

 とてもノックとは呼べない、力任せな殴打だった。

 

「お頭、お頭!」

 

 叫ぶように、彼はお頭を呼ぶ。

 そこから数秒ほど待つと、眠たげな唸り声が、部屋の中から聞こえてきた。

 

「んぅ……? なんだよ、うるさいなぁ」

 

 その声は、この荒くれ共の巣窟の中ではまるで似合わないくらい、清廉であどけないものだった。

 まるで子供か、でなければ若い女性か、というような、そんな声だ。

 

「まだキャラバンが走る時間じゃないだろぉ? まったく空気の読めない――」

「ローグが殺られた! それだけじゃねえ、昨日キャラバンに行ったやつは、俺以外全員だ!」

「……なんだって?」

 

 男の言葉を聞いた途端、お頭は一転して、剣呑な声を発した。

 

「入れ」

 

 ただならぬ事態だということを感じ取ったのか、お頭は男に入室の許可を与えた。

 すかさず、男は勢いよくドアを開け、攻め込むように中に入る。

 

「お頭、聞いてくれ昨日――」

 

 と、男はそこまで言葉を発した後、しかし黙った。

 なぜか? その理由は単純である。

 

 目の前に広がっているのが、部屋の内装などではなく、化け物の口の中(・・・・・・・)だったからだ。

 暴力的な牙と、ざらざらとした舌。思わず鼻をつまみたくなるような臭いのよだれが、男の視界いっぱいにあった。

 

「ヒッ……!?」

「やめなよガルム、そんなん食べたらお腹壊すよ?」

 

 その口は、しかしお頭のそんな声を聞くと、男の顔から遠ざかった。

 口の持ち主の姿が、ようやく男からも見えた。

 

 それは、人の背よりも一回り程大きい、巨大な狼の見た目をしていた。

 狼の名はガルム。

 モンスターテイマーであるお頭が使役している魔物で、彼の番犬でもある。

 

「お、お頭……」

 

 男はなんとかフリーズから解け、今日初めてお頭と目を合わせた。

 彼の目の前には、とてもそんな風に呼ばれるとは想像もつかないような、綺麗な少年(・・)が、下着一枚の姿でベッドに座っていた。

 

 明るい金色の長髪に、サファイアのような大きな瞳。透き通るような白肌に、垂れた目を添えた整った顔立ち。

 一見すれば美少女にも見える彼は、しかしその細い身体の節々に、男性特有の身体的特徴が見え隠れしていた。

 

「やれやれ、せっかくいい女と寝ていたのに、寝覚めの悪いニュースだ」

 

 そう言って、彼はベッドに手を伸ばす。

 よく見ると、そこにはいまだ寝息をたてている女性がいて、お頭はその髪の毛を弄っていた。

 

「……お頭、本当に寝た(・・)んすか? 寝るってのは一緒のベッドですやすやするってだけじゃないっすよ?」

「え、は? ね、寝たけど? お、大人な意味で寝たけど? なに、いちゃもんつけんの?」

 

 途端、お頭が焦ったように男の言葉を否定する。

 それを見て男は、何かしらを察してそれ以上は言及しなかった。

 

 お頭がそういう面(・・・・・)で全くの初心だということは、盗賊団全員にとって公然の秘密であった。

 たまに挑戦しては見るものの、結局お相手の女性に子ども扱いされるか、そうじゃなかったら日和って辞めるかのどちらかだ。

 その可愛げのある醜態がばれてないと思っているのは、本人ばかりである。

 

「ごほん……そんなことより、ローグが死んだって?」

「あ、そ、そうです! なんだかわからねぇが、滅法強い奴らがきやがりまして」

「ふぅん、ローグたちを殺せるくらいってなると、結構だ」

 

 男の話に、しかしお頭は興味がなさそうに答えていた。

 それもそのはずで、お頭は、ローグという男に特別興味を持っていなかった。

 というより、盗賊団の団員全員に、さしたる興味は持っていなかった。

 

 元々は、彼のモンスターテイマーとしてのスキルで、甘い汁を啜ろうと集まってきたならず者たちだ。

 お頭自身も、啜りたければ勝手に啜ってればいいと、群がってくる彼らを放置していただけに過ぎない。

 

 盗賊家業をやるための人足なら――人ではないが――魔物で事足りている。

 つまり、お頭が手下たちに情を向ける理由など、はなから無いわけだ。

 

「で、どんな奴だった?」

 

 とはいえ、別勢力が襲撃してきたとなれば、聞かなければならない。だからお頭は聞いた。

 理由はこれまた単純で、敵対勢力が現れたとなれば、そしてそれが強いのであれば、自身に害が及ぶかもしれないからだ。

 

「へ、へい……えぇと、どいつも強かったんですが、ローグを殺ったのは、妙なことをしてきた奴でした」

「妙なこと?」

「へい、魔法かスキルかはわかりませんが、ものすごいスピードで、小さい鉄くずみたいなのを飛ばしてきやがりまして」

「小さい、鉄くず……」

 

 お頭はしばし考えるような動作をした後、ベッドから出て、机に置いてある紙切れを、一枚取った。

 

「ひょっとしてそいつって、こんな顔じゃなかった?」

「あ……こいつです! 間違いない!」

 

 お頭に聞かれ、紙切れを見せられた男は、そう叫んだ。

 それを聞いて、お頭は不敵に笑う。

 

「なるほどな、彼が……それはちょうどいい」

 

 そう言いながら、お頭は紙切れをテーブルに置く。

 

「『勇者たらし』のレン……こいつを捕らえて勇者に渡せば、勇者と良いパイプを築けそうだ」

 

 そう言って、お頭は手近にあったナイフで、その紙きれを思いっきり突いた。

 ナイフが刺さったその紙きれは、ヨーキトー王国で未だ配られている、レン・ユーリンの人相書きであった。

 

「彼には餌になってもらおう、このミシェル・パープルヘイズが、より幸福な暮らしをするための、餌にね」

 

 そう言いながら、お頭――ミシェルはその端正な顔に似合わない、悪役然とした笑顔をしてみせた。

 

 

 

 

 一方その頃、ヨーキトー王国。

 

「へっくしゅッ!」

 

 勇者リエスタとそのパーティーの拠点となっている宿屋にて、リエスタは仲間たちと談話している中、盛大なくしゃみをしていた。

 

「だ、大丈夫ですかリエスタ様!?」

「こりゃいかん、風邪ですかな?」

 

 仲間の女戦士と老僧侶にそんな心配の声を掛けられながら、リエスタは鼻をすする。

 

「失礼……いえ、体調には問題ないはずなのですが」

「誰かが噂でもしてたんじゃない? リエスタは有名人だしさ」

 

 と、疑問に思っているリエスタに対し、女魔法使いはそんなことを言っていた。

 他二人の勇者パーティーメンバーに比べ、幾分フランクな接し方をしている彼女は、リエスタの幼馴染であった。

 

「噂話、ですか?」

「そうそう、最近ただでさえ、この一件で(・・・・・)話題になってるからねえ」

 

 そう言いながら、女魔法使いはある紙切れを手に取った。

 そこには、先に盗賊のお頭ミシェルが見ていたものと同じ、レン・ユーリンの人相書きであった。

 

 ヨーキトー王国では、未だにレンの話題が上がっているとともに、最近はレンを欲したリエスタに対しても、ある噂が広まりつつあった。

 曰く、『勇者は、このレンという男に誑し込まれたのではないか』と。

 

 万年最低ランクの元冒険者で、そのあまりの能力の低さに、ギルドを実質的に追放された最弱の男。

 そんな、伝聞の限りでは何の価値もない男が、なぜか勇者パーティーへの加入を勇者本人からお願いされている。

 ここまでの要素がそろった以上、その推測が王国中に伝播するまでに、さしたる時間がかからなかった。

 

 それどころか、現在では王国を越え、近隣諸国にまでこの噂が流れ始めているという。

 それは、人類の希望の象徴とされている勇者から見れば、あまり歓迎できないイメージのはずであった。

 

「……ねえリエスタ、本当にこいつをパーティーに入れたいの?」

 

 女魔法使いはため息を吐いて、テーブルに置いたレンの人相書きを、指で叩いた。

 主に顔部分をビシビシとつつくそれは、ともすれば忌々しいものを攻撃しているようにも見える。

 

「無論ですよ、マキナ。イライザにも言ったことですが、彼は街で噂されているような、弱い人物では決してありません。これ以上野放しにしないためにも、私たちで首輪を付ける必要があるのです」

「ふぅん?」

 

 リエスタのその言葉に、女魔法使い――マキナは懐疑的な声を漏らした。

 

「な、なんですかその顔は?」

「いやぁ……このレン? てやつが強いのはわかるよ。リエスタを追っ払ったって言うんだから、ただものじゃないだろうさ」

「わかってくれるのですね! さすがマキナです!」

「ただ――」

 

 同意してもらえたと思って喜ぶリエスタに、マキナはそう被せた。

 マキナはまるで探偵のような口ぶりで、続けた。

 

「どうにも私には、街の噂が全部嘘とは思えないんだよね」

「んな、なにを――」

「何を言うのですか、マキナ様!」

 

 マキナの声にリエスタが反論しようとした寸前。

 より大きな声で異を唱えたのは、女戦士――イライザであった。

 

「勇者様は清廉にして純潔なお方です! 何者にも染まらず、決して穢されることのない純白の意思をお方! それは幼馴染であるアナタが一番よく分かっておられるはずでしょう!」

「うるさいしキモイよイライザ」

「き、キモッ……!?」

「アナタに賛同はしますが、今のは私もキモイと思いました」

「キモッ……!? うぐぅ……」

 

 マキナとリエスタ、両方にそう指摘されたイライザは、しょんぼりとした顔で椅子に深く座り直した。

 それを放っておいて、マキナは話を続けた。

 

「まぁ、イライザの言葉を借りるけど、清廉純潔だからこそ、こじれてる部分もあるというか。自分で勝手に染まって穢れることもあるというか……」

「何が言いたいのですか、さっきから……」

「……『女勇者の奉仕』」

 

 リエスタにだけ聞こえるように、マキナは彼女の耳元で囁いた。

 するとリエスタは、顔を青ざめさせて頬を紅潮させ目を見開くという、なんとも忙しい表情をしてみせた。

 

「ッ……!?」

「なんかさぁ、このレンってやつ、あの本に出てくる『お相手役』に似てない? リエスタの好みドンピシャっていうか――」

「あぁ! あぁ! ごほん! それで、今日はなんで集まったんでしたっけ!?」

 

 リエスタは顔を真っ赤にして、あからさまに誤魔化した。

 マキナはもはやそれに関して何も言わず、ただため息を吐くばかりであった。

 

「お、おぉ、そうでしたな」

 

 そんな中、今まで静観していた――というより巻き込まれたくなくて黙っていた――老僧侶が口を開く。

 というのも、今勇者たちが宿の談話室に集まっているのは、老僧侶が呼びかけたからであった。

 

「で、マルギットさん、私たちにお伝えしたいこととは?」

「いえね、正直こんなふうに集まっていただくほどのことかはわからないのですが、一応と思いまして」

「構いませんよ、こうした情報共有こそが、生死を分ける時だってあるのですから」

「ありがとうございます。まあといっても、我々にはあまり関係がないかもしれませんが――」

 

 老僧侶――マルギットはそう言いながら、レンの人相書きに指をさした。

 

「ちょうどお話に有ったこの男を、ヨーキトーの外で見た、というものがおりましてな」

「……なんですって?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、リエスタは目を見開いて、そう聞き返した。

 淡々としたその口調とは裏腹に、異様に圧がある雰囲気で、マルギットは思わず息をのんだ。

 

「い、いえ、ですから、この男を見たと情報が――」

「ど、どこに!? どこにいたんですか!?」

 

 そう言って、リエスタはマルギットの肩を掴んでがくがくと揺らした。

 

「ちょ、アンタお年寄りに!」

「うごごご! ば、馬車に乗ってたみたいで、ナワガカ荒野の方に進んで行ってたと――」

 

 マキナの言葉も聞かず肩を揺らし続けていたリエスタは、しかしマルギットがそう言った途端、彼を放した。

 かと思いきや、席を立ち、談話室の出口へと大慌てで進んだ。

 

「ちょ、リエスタどこいくのさ!?」

「ナワガカ荒野に行ってきます! まだいるかもしれません!」

「はぁ!? ちょ……もう!」

 

 リエスタの返事を聞いたマキナもまた、彼女に続いて部屋を出た。

 

「わ、私たちは……」

「行かんわけにもいかんでしょう」

 

 イライザは戸惑いながら、そしてマルギットはため息を吐きながらも、それぞれリエスタの後を追った。

 こうして、勇者一行は急遽、ナワガカ荒野へと出発することになったのだった。

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