ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる 作:生カス
ファニから出た言葉は、今の俺にとっては喉から手が出るほど欲しかった、仕事の依頼だった。
……欲しかった、間違いなく欲しかった言葉だ。それは間違いない。
だが、残念ながら、これを手放しで喜んで飛びつけるほど、俺は世間知らずでもなかった。
俺がギルドから追放されたことを知ったうえで――つまり、冒険者のライセンスが剥奪されたことを知ったうえで、ファニが俺をパーティーに誘ったというこの状況は、喜ぶにはあまりにきな臭いのだ。
「……ちなみになんだけど、なんでまた、俺を?」
「レンのその魔法を借りたい。とあるダンジョンへの同行を頼みたいんだ。
「それなら、それこそ冒険者ギルドに頼むべき案件だろう?」
そう聞くと、ファニは押し黙った。
やはり彼女自身、この依頼が何を意味するのか、わからずに言ってるわけではないらしい。
俺は言葉を続けた。
「そもそも、わかってるはずだ。俺はギルドから追放処分を受けたから、ダンジョンに入るどころか、冒険者のパーティーに加わる資格も無い。その仕事は無理だ」
そう、ダンジョンと呼ばれる魔物が生息している区域に入れるのは、ギルドが発行しているライセンスを持った冒険者、ひいてはライセンス保有者のみで構成されたパーティーに限られている。
体面としては一般人を危険なダンジョンに入れないための措置だが、本当のところ、ダンジョンに眠る強力な武具を、ギルドが一元管理するのが真の目的だという噂もある。
清濁問わずにそんな理由があるわけだから、ライセンス未所持のものはダンジョンに一歩でも入った途端に、重い罰則が科せられるようになっている。
つまるところ、冒険者ギルドに入っていない人間の、ダンジョンの無許可侵入は、重大な犯罪行為ということだ。
「ダメなんだよ、それじゃ。私が頼みたい魔物は、ギルドの飼い犬どもには手に余るよ。何より連中の手柄にしたら、それこそなんの意味もない。私たちの手でやらなくちゃ」
「……どういう意味だ? アンタ、冒険者ライセンスを持ってないのか?」
俺の問いに、ファニは何も応えない。ただ黙って、じっと俺を見つめた。
だがそれは何よりも雄弁に、肯定の意を示していた。
つまりファニは、盗賊よろしくダンジョンに無許可で侵入し、魔物を狩ってこようと言うのだ。
どんな狙いがあって、彼女がこんな話を会ったばかりの俺に持ち出してきたのかは、皆目わからない。
ただひとつだけ確かなのは、彼女は法を犯そうとしている、ということだけだ。
「ダンジョンの無許可侵入は重罪だ。下手すりゃ一生檻に入れられる程のな。わかってるはずだろ?」
ダンジョンには、それこそどんな魔物や財宝が潜んでいるかわからない、魔境だ。
過去にあった話では、ある盗賊が勝手にダンジョンに侵入し、下手に暴れまわったせいで、伝説の魔物『リヴァイアサン』を目覚めさせてしまったらしい。
その結果、リヴァイアサンによって近隣の三つの国が滅ぶという、大惨事に見舞われたという。
こういった背景もあるため、ダンジョンの犯罪に関しては、必要以上に重い罪が科せられているのだ。
しかも冒険者ギルドは、ここヨーキトー王国が直々に運営、管理を行っている、いわば国営組織だ。
そのギルドの決めた法を犯すということは、つまるところギルドのバックにいる王国に喧嘩を売るのと同じこと。
それは言ってしまえば、高ランクの魔物を討伐するよりも、よほど恐ろしいことだ。
強さがどうこう、という意味ではない。
ギルドに対して喧嘩を売るということは、それはそのまま、この国に安住の地が無くなることを意味するのだ。
当然と言えば当然だろう。罪人になってしまえば最後、職を探すどころか、宿屋に泊まることすらできない。
いつも飲んでる酒場に行くことも、メルシーがいる雑貨屋で、魔草巻を買うこともできなくなる。
常に追手の存在に怯え続け、ゆっくりと眠れる日が永劫来なくなることは、間違いないのだ。
「……そうだね、そうなると思う」
ファニは、誤魔化すことなくそう答えた。
彼女は真っすぐと俺を見つめて、続ける。
「でも、一生檻に入ることになったとしても、私にとってはやらなきゃいけないことなんだよ」
そう宣うファニの顔は、とても思い付きで罪人になろうとしている者のそれではなかった。
なにか、彼女にとってのっぴきならない事情があるのだ、ということが感じ取れる。
そんな顔つきだった。
「レン、お願い。アナタのその魔法があれば、きっとできる。ダンジョンで見つけた財宝は、全部アナタの取り分でいい。報酬だって、言い値で用意する。だから――」
だが、だとしても。
「……すまない、他のやつをあたってくれ」
ファニには悪いが、そんなのは御免だった。
俺は何もできない無能だ。誰でもできる魔法もスキルもほとんど使えない。
すでに路頭に迷いかけていて、いつ飢え死にするかもわからない、そんな人間だ。
でもそれでも、越えちゃいけない一線は弁えているつもりだ。
なにより、メルシーのところで魔草巻が買えなくなるのは、嫌だった。
だから、ダメだ。それだけは。
「悪いな、今の話は聞かなかったことにするよ。火、ありがとうな」
これ以上話すのはきっと良くない。
何か取り返しのつかないことになるような、そんな気がした。
だから俺は、それだけ言い残して、踵を返して、もと来た道を戻り歩いていった。
「レン!」
すると、後ろからファニの呼ぶ声が聞こえた。
「今日の深夜、日が昇るころまで、西の門の前で待ってるから!」
それは、なおも俺が来ることを期待した故のことだろうか。
彼女は集合場所であろう時間と場所を、一方的に伝えてきた。
俺はそれに、わかったということは決してできない。
だからせめて、お別れの意を示して、振り向かずに手を振った。
……今日は何だか、いろいろあって、疲れたなあ。
何が悲しいって、この一日で、忘れたいこと、忘れなきゃいけないことが、一気に増えた。
どうせもう、寝れるような家などないのだ。私物なんてものも全くと言っていいほどない。
置いてあったら捨てるぞなんて言われたが、ぜひぜひそうしてくれってなもんだ。
もう、今日はいいや。いろんなことがありすぎた。
今日だけは散財しよう。酒場で飲んだくれて、上の階の宿で寝てしまおう。
どこかやけっぱちにそう思いながら、俺は酒場への道を進んでいった。
ふと空を見てみると、夕方にしてはかなり暗い、灰色の空。
気づけば、雨がぽつぽつと降り始めていた。
夜になって、辺りもすっかり暗くなったころ。
酒場にたどり着いた俺は、隅っこで
もう何杯飲んだか思い出せないほど深酒をしてしまっているが、今日に限っては、一向に酔っぱらえる気配がなかった。
「……おかわり」
何度目かわからないおかわりを店員にお願いしながら、ふと店の外を見る。
一寸先も見えないほどに真っ暗闇で、僅かに照らされた石床に、激しい雨が打ち付けられている。
松明で明るく照らされ、人が賑わっている酒場の中とは対照的だった。
普通であれば、明るく、大勢の人間がいるこの場所に混じっている方が、良いに決まっている。
なのになぜか、ここが自分にとって酷く場違いなような、そんな気がして落ち着かなかった。
ここは、真っ当な人間がいるべき場所だ。お前のような無能がいていい場所じゃない。
あの大雨の暗闇が、そう言って俺を手招きしているような、そんな気がしてしまうのだ。
……だめだ、全然酔えない。嫌なことを忘れるどころか、ネガティブになる一方だ。
なんだか、全て無駄な気がしてきた。これを飲んだら、もう寝ちまおうか。
「暗い顔しちゃって、大丈夫?」
突然、そんな声が聞こえて、思わず身を強張らせた。
な、なんだ、どういうことだ? この酒場に、俺の知り合いはいないはずだけど……。
そう思いながら、俺は声の方を振り返る。
そこにはメルシーがいた。
「メルシー……」
「聞いたよ、なんかギルド追放されたんだって? アハハ、いくら何でも酷い冗談だよねー。あそこクビになるなんて、逆に難しいよ。そんな信じられないくらい無能な人なんて、いるわけないって」
すると、メルシーは笑いながら、俺にそう聞いてきた。
「いや、本当だよ。『信じられないくらい無能』だからってことで」
「……そ、そうなんだ」
俺が追放が真実だと伝えた途端、彼女は笑顔を引きつらせながら、辛うじてそれだけ言った。
ドン引きしていることがありありとわかる、見事な引きつりっぷりだった。
「ま、まあ気にすることないよ。レンでもできる仕事がきっとあるって、うん!」
……レン『でも』か。
わかっている。常連のよしみでもあるだろうが、彼女は善意で、俺を励ましてくれているのだ。
言葉尻ひとつで人の厚意を蔑ろにするような真似は、さすがの俺でもしない。
だが、メルシーのその気まずそうな言い方から、苦笑いの奥底にある呆れから、否が応でも感じ取ってしまった。
『誰でも入れるギルドすら追放されるなら、居場所なんかないだろう』と、言外にそう言われているような気がしてしまったのだ。
「あぁ~……じ、じゃあ私友達と飲んでるから、またお店でね!」
メルシーはいたたまれなくなったのか、それだけ言って、離れた場所にいる友達のところへと戻っていった。
「なになにメルシー、あの人ひょっとして恋人?」
「うわ、冗談辞めてよもう、ただの常連さんだって。てかあの人マジでギルド
「えぇ~やっばぁ! あそこでダメならもうできる仕事なんかないじゃん、死んじゃったほうがいいんじゃなぁい?」
「あははは……やめたげなって、聞こえてたらどうすんのさぁ」
聞こえてんだよなあ、バッチリ……。
別にいいけど、そういう陰口は本人がいないところで言った方がいいんじゃないかと思うんだけど。
まあ、別に聞こえたって、何かできるわけでもないけれど。
なんたって、スキルも魔法もほとんど使えないようなやつなんて、その辺の子供にだって負けるだろうし。
向こうも、もし逆切れでもでもしてきたら返り討ちにしてやろう、くらいに思っているのだろう。
「おかわり、来ないな」
何かから逃避するように空になったコップに目を向けて、ふと、さっき自分が頼んだおかわりが来ないことに気づく。
しょうがない、店員さんにもう一度言って……。
「……いいや、もう寝よう」
少し考えて、もう飲むのはやめよう、と思った。
さっきから、全く酔える気配がないし、すこしも気持ちよくならない。
これ以上飲んでも、明日が辛くなるだけで、何かが好転することもないだろう。
もういい、ヤケ酒なんかしていたって、良いことなんかひとつもない。
今日はもうさっさと寝て、明日から真剣に職探しをしよう。
そう思って、小銭を出し、勘定をしようとした。
――その時だった。
「レン・ユーリンッ!」
突如、酒場の入り口から、そんな怒声が聞こえてきた。
周りも、なんだなんだとざわついて、一様にその方向に顔を向ける。
例にもれず俺もそちらのほうを見ると、そこには、出来ればもう会いたくなかった人物がいた。
俺が元々所属していた、クラインのパーティーメンバーであり、昼に彼と一緒に絡んできた女の子のうちの一人。
その子が、何やら数名の衛兵を連れて、鬼の形相でこちらを睨んでいたのだ。
「見つけたわよ、この泥棒ッ!」
なんだって、泥棒?
何のことだ、と疑問に思う間もなく、クラインの連れは衛兵と共に、ずかずかとこちらへ近づいてきた。
突然、脳に衝撃が走った。
遅れて、頬に痛みと熱を感じる。
それが彼女に頬をぶたれた故だと気づくまで、数秒かかった。
「……え?」
「このクズ野郎、今までの仕返しのつもり!? 絶対許さないからね!」
「ち……ちょっと待ってくださいよ、一体何の話――」
「はぁ!? ここにきてしらばっくれるわけ!?」
訳が分からず聞いても、クラインの連れは怒りが頂点に達しているのか、全く聞く耳を持ってくれない。
何なんだ、一体? 何が起こっているのか、さっぱりわからない。
「レン・ユーリン。貴様には窃盗の嫌疑がかけられている」
すると、クラインの連れの代弁をするように、そばにいる衛兵のうちの一人が、そう言ってきた。
「今日の昼頃、貴様がギルドから追放された後、こちらにいるレイナ氏の部屋から宝石がいくつか盗まれていた。ギルドは貴様を第一容疑者とし、捕縛命令を下したのだ」
「な……!?」
高圧的に言う兵士の言葉に、俺は言葉を失った。
もちろん、俺は窃盗なんてしていない。昼はメルシーのところで魔草巻を買って、その後はファニと一緒にいたのだから。
「そんな、濡れ衣ですよ。俺はずっと外にいたんだ。彼女の部屋に入るどころか、建物に近づいてさえいません!」
「証拠は? 部屋に入っていない証拠がないのであれば、窃盗に加えて虚偽報告として捕縛する」
「そ、そんな……」
無茶苦茶だ……やっていないことの証拠なんて、あるはずがないだろう。事象そのものが存在しないのに、どうやって証拠ができるっていうんだ。
「……そ、そうだ。そこにメルシーって子がいます! 彼女の店で俺は魔草巻を買ったんです! 彼女が証言してくれるはずです!」
何とか必死にアリバイを証明しようと、俺はメルシーに助けを求めた。
彼女ならしっかりと俺が店にいたことを知ってるはずだ。
「……君、本当かね?」
「うぇ!? え、ええっと……」
「もし
だが、メルシーは衛兵の威圧感に気圧されているのか、言葉が詰まっているようだった。
「チ……まどろっこしいわね」
すると、今度はクレインの連れが苦虫を嚙み潰したような顔をして、メルシーに近づく。
「アンタさぁ、空気読める人間よね?」
「え、えぇっと、その……」
「あの無能が泥棒だって、本当のことを一言言えばいいのよ。あんなクズ、庇ってやる価値なんてないでしょう?」
待て、待て待て待て。
どういうことだ、おかしいぞ。まるで、最初っから俺が捕まることが、決まってるみたいな言い草じゃないか。
「彼女の言う通りだ。本当のことを言えば、捜査協力として謝礼を払う。わかるね?」
と、衛兵がメルシーに対して、そんな追撃を放つ。
それが、決め手となったのだろうか。
「……そう、ですね。あの人今日、うち来てないと思います」
メルシーは目を伏せながら、確かにそう言った。
「よし、レン・ユーリン。貴様は虚偽の報告をした。捕縛する」
「全く見苦しいわね。せいぜい檻の中で野垂れ死になさい」
衛兵とクラインの連れはそんなことを言って、俺を取り囲んできた。
……なんだ、この状況?
窃盗? 俺が?
今までずっと、能力がないなりに必死に生きてきた。
なるべく社会に迷惑かけないように、どんなに理不尽な目にあっても、法を守って、我慢し続けてきた。
その結果が、これか。こんな結末か。
「……わかった」
俺はもはや、諦めたように、そんなことを口走ってしまった。
いいんだ、もう。どうせ、ここで逃げたって、ろくな未来なんか待ってないんだ。
どうせ罪人になったら、それこそどこにも仕事の口なんかない。
野垂れ死ぬのが、路傍の隅っこか檻の中かで変わるだけだ。
どうせ生きてたって、俺がやるべきことなんか、ひとつもないんだ。
俺が、やるべきことなんて……。
――今日の深夜、日が昇るころまで、西の門の前で待ってるから!――
なんだ? なんで俺、今になってこんなこと、思い出して……。
「何を突っ立っている。さっさと来い!」
衛兵がそう言って、俺の腕を掴もうとする。
だが俺は、それを無意識に払いのけた。
「……ほう、抵抗するか」
その言葉を皮切りに、衛兵たちは剣を抜く。
なぜだろうか、不思議と恐怖はなかった。
「抵抗した場合、切り殺してもいいことになっている。覚悟はしてるんだろうな?」
「やっちゃってよ、衛兵さん。こいつもう面倒くさい」
衛兵のそんな声も、クラインの連れのそんな言葉も、何も耳に入ってこない。
本当に、無意識に、俺は動いていた。
考えることもなく、俺は懐にある銅貨を六枚、
衛兵は、全部で六人。
「罪人を排除する! 死ね!」
そんな言葉と共に、衛兵たちが一斉にかかってくる。
俺はただ、衛兵たちに向けて――。
六回、魔法を撃った。