ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる   作:生カス

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4 我慢をやめた日

 乾いた破裂音が、連続で鳴った。

 銅貨が六枚分。六回。

 

「ぎ、ぎゃあぁぁ!?」

 

 その瞬間、衛兵たちが一斉に苦悶の声を流し、剣を落とす。

 ガランガランと、その音は酒場中によく響いた。

 

「……は?」

 

 俺を泥棒に仕立て上げようとしたクラインの連れは、何が起こったのかわからない、というような顔をして、呆然と俺を見つめている。

 酒場にいる他の客も同様だった。メルシーも、そのお友達も皆、事態が把握できていないようで、フリーズしている。

 

「があぁ……!」

「い、痛ぇ、痛ぇよお……!」

 

 そんな中で、衛兵たちはそんな風に呻きながら、剣を持っていた自分の手を庇うようにして、うずくまっている。

 手からは痛々しいほどの血が流れ出ており、そこにはしっかりと、『はじく魔法』で放った銅貨が埋まっていた(・・・・・・)

 

 見回してみると、六人の衛兵全員が、同じような体勢になっている。

 貫通したり外したりで、衛兵以外に怪我人はいなそうだった。

 上々、ちゃんと狙い通り、衛兵だけをダウンさせたみたいだ。

 

「な、何だこれ、話が違う……どういうことだレイナ!? この男、魔法もスキルもない無能者のはずだろう!?」

 

 衛兵のうちの一人、恐らくリーダー格であろう男が、痛みに耐えながらクラインの連れを睨んだ。

 

「わ、私だって知らないわよ! こ、こいつが攻撃魔法なんて使えるはずないんだから!」

「現に使ってきただろうが! クソ、無能のクズで点数稼ぎできるって話だったのに、なんでこんな目に……」

 

 すると、彼女と言い合っている衛兵から、そんな言葉が漏れた。

 ……なるほど、大方読めてきた。

 

 恐らく、あのレイナがこの衛兵に話を持ち掛けたのだろう。

 俺の罪を適当にでっちあげるから、検挙率の点数稼ぎにでも利用しろとか、恐らくそんな感じのことを。

 

 彼女がなんで俺をそんなことまでして陥れるのかはわからないが、正直もう、どうでもよかった。

 人の悪意に真っ当な理屈を求めるだけ、時間の無駄だ。

 

 そんなことよりだ。いつまでもここにいるわけにはいかないだろう。

 ここが騒ぎになれば、衛兵が増援を連れてくるかもしれない。

 そうなる前に、ここから逃げなくちゃいけない。

 

 なにより、行かなくちゃいけない場所がある。

 

「ごちそうさん。酒、美味しかったよ」

 

 社交辞令でそんなことを呟いて、俺は金をテーブルに置いた。

 このくらい置いておけば、まあ足りるだろう。

 

「ま……待て貴様!」

 

 すると衛兵の一人が、俺を逃がすまいと立ち上がり、健気にも俺に向かってくる。

 

 魔法発動、発射。

 

 間髪を入れず、今度はそいつの脚に、『はじく魔法』で銅貨を放った。

 そして、それが皮切りになった。

 

「き、キャアアアッ!」

「や、ヤバいぞアイツ、殺される!」

「助けて、誰かぁ!」

 

 先ほどの静寂と打って変わって、酒場は阿鼻叫喚の嵐となった。

 あーあ、やっちゃった。もうこの酒場来れないなあ……。

 なんて現実逃避気味に考えながら、どさくさに紛れて店を出ようとした。

 

「ッ……ま、待ちなさいよ!」

 

 が、その瞬間、クラインの連れが、俺の前に立ちはだかってきた。

 その表情はまさに憎悪に満ち満ちているといった感じで、今にも殺しに飛び掛かってきそうな雰囲気だ。

 

「あ、アンタ、こんなことしてただで済むと思ってんの!?」

「……まあ、済まないでしょうね」

「なんなのその態度……! どんなアイテム使ってインチキしたのか知らないけど、調子に乗るな!」

 

 そう言って彼女は、自身の武器である杖を取り出して、魔法の詠唱を始める。

 あれは、クラインのパーティーにいたときに、見たことがある。高位の炎魔法『プロミネンス』だ。

 こんな街中であんな火力の炎魔法を使うとは、彼女も相当キレてるらしい。

 

「踊れ紅! 嘆け炎よ! プロミネ――」

 

 まあ、人のことは言えないが。

 

 発動。

 

 彼女の魔法の詠唱が終わる寸前、俺は彼女の杖目掛けて、はじく魔法を放った。

 弱々しい破砕音と共に、杖は真っ二つに折れる。

 

「あ、な……」

「正当防衛ってことで、すいません」

「ひっ……」

 

 そんな声を最後に、彼女は腰が抜けたように、その場にへたり込んだ。

 この分なら、しばらく追ってくることはないだろう。

 

 彼女の横を通り抜けて、ようやく、雨が降っている外へと出た。

 どうやら酒場の混乱が、もう街の外にまで伝播しているようで、辺りは雨音に紛れて、人の怒号がそこかしこから聞こえてきていた。

 こんな有様だ、増援の衛兵がいつ来てもおかしくない。

 さっさと逃げないとだな。

 

「あ……」

 

 と、ふと後ろの方から、そんな声が聞こえた。

 何かと思って後ろを振り向くと、そこには、メルシーがいた。

 

「メルシー?」

 

 俺が名前を呼んでも、メルシーはそれに応えない。

 彼女はただ、怯え切った表情で、俺を見ていた。

 

「ひっ……レ、レン……」

 

 と、メルシーは続ける。

 

「さ、さっきのは、違うの……あんな風に、衛兵に詰められたら、誰だってああなるでしょ? だ、だから、許して……」

「……別に気にしてないよ。それより、ここも衛兵が来て面倒になるだろうから、メルシーも早く逃げ――」

 

 と、俺が会話途中に右手を動かした途端。

 

「キャアァっ!?」

 

 メルシーは、そんな恐怖でひきつった顔をしながら、俺から後ずさった。

 

「……メルシー?」

「こ、来ないで! 来ないでよ! 誰か助けて! 殺される!」

 

 彼女はそう叫んで、その場にうずくまった。

 そこで俺は、ようやく自分のしたことに気づいた。

 

 ああそうか、もう俺、メルシーのところで、魔草巻を買えないんだな。

 

「……メルシー」

「ひっ……!?」

「今までありがとう、達者でな」

 

 俺はそれを最後に、その場から走って逃げた。

 

 

 

 

 ――どれくらい逃げただろうか?

 気づけば周りから人の気配は消え、雨音だけが耳に入ってくる。

 

 逃げる途中で、魔草巻が吸えるスペースを見つけた。

 そういえば、酒場で火打石を買ったので、今度はしっかりと吸えるのだということを思い出した。

 

 ちょうどいい、口が寂しくなってたところなんだ。

 人がいないから道端で吸ってもいいんだが、マナーは守らなくっちゃな。

 

「ふぅ」

 

 灰を捨てる壺の近くに立って、魔草巻を取り出す。

 

 取り返しのつかないことをやってしまった。もう戻ることはできない。

 だというのに、俺の心は、何故かひどく晴れやかだった。

 どこか、重荷が無くなったような、そんな気がした。

 

「……湿気てる」

 

 まあ、この雨なら当然か。

 

「ハハ、アッハハハハ……」

 

 なぜか、妙におかしい気持ちになって、笑いがこぼれてしまう。

 なぜだろうか、越えてはならない一線を越えたというのに、今はひどく気分がいい。

 生まれて初めて、生きている実感を持っている。

 

 はぁ……さて、行くか。

 西の門の前だったっけ? ファニはまだいるだろうか?

 まだ、パーティー加入が間に合うか、聞いてみよう。

 

 そう思いながら、俺は雨の中、西門に向かって走っていった。

 

 

 

 

 

 西の門に走って向かっていくうちに、段々と雨が弱まっていくのがわかった。

 それに伴って、先ほどまで雨音に隠れていた周囲の音が、鮮明に聞こえてきた。

 

 もうそろそろ西の門のはずだ。

 耳を澄ましても、俺を追いかけているような声や、パニックによる悲鳴などは特に聞こえてこない。

 どうやら、なんとか撒けたらしい。

 

「あ、姐さぁん、まだ待つんですかぁ……?」

 

 と、不意にそんな声が、近くから聞こえた。

 聞こえた方角的には、ちょうど西の門のところだ。

 誰だ? 知らない声だが……。

 

「さっきも言ったでしょ? 朝日が昇り始めるまでは待ってて」

 

 と、先ほどとは別の声。

 ファニの声だ。

 ということは、もう一人の方は、大方彼女のパーティーメンバーか。

 

「どっちにしろ、彼がいないとこの仕事は成功しない。お願いだから、もう少しだけ我慢して」

「……そのレンって人、そんなに強いんですか?」

「心配?」

「だってはじく魔法しか使えない人なんて、とても戦力になるとは……あ、いえ、決して姐さんを疑ってるわけでは、ないんですが」

 

 ファニの声と一緒に、彼女のパーティーメンバーであろうもう一人が、話していた。

 聞いてみたところ、俺の加入に対して、あまり乗り気ではないらしい。

 

 まあ、無理もないか。はじく魔法なんて最弱魔法しか使えないやつが加入しますと言われたら、そりゃ渋い顔をするに決まってる。

 しかし、とはいえ、俺ももう取り返しのつかないところまで行ってしまった身だ。

 今更、踵を返すわけにもいかないだろう。

 

「まあ、大丈夫だと思うよ。それに多分、そろそろ――」

 

 ファニが話しているのを聞きながら、俺は彼女たちの元へと進んでいった。

 

「ファニ」

 

 と、俺はそこにいる二人に声をかけた。

 そう、西の門で待っていたのは二人。ファニと、もう一人は知らない女の子だった。

 

「!……レン、待ってたよ」

 

 俺が呼びかけると、ファニは嬉しそうな顔をこちらに向けて、そう言った。

 なんだか、あんな表情を向けられることなど今までなかったから、新鮮な気持ちだ。

 

「ロロン、彼がレンだよ」

 

 そう言って、ファニは隣にいる、パーティーメンバーであろう女の子に俺を紹介した。

 暗くてわかりにくいが、明るい桃色の髪をした、どこか気弱そうな子だった。

 

「ひぇ、お、男の人!? あ、うぅ……」

 

 ファニに紹介されるも、ロロンと呼ばれた子はそんな声を上げて、ファニの後ろに隠れてしまった。

 どうやら第一印象の通りの子みたいだ。

 

「あー……ごめんレン、この子、ちょっと人見知りでさ」

 

 と、どこかバツが悪そうにして、ファニは続けた。

 

「紹介するね、彼女はロロン・ベイビー。うちのパーティーでテイマーをしてもらってる子だよ」

「テイマーって言うと、動物や魔物を使役できる、あの?」

「そう、そのテイマー」

 

 ファニはそう言いながら、自分の後ろに隠れているロロンの頭を撫でる。

 

「え、えへへ……」

 

 ロロンは撫でられた途端、先ほどの怯え顔が嘘のように、緩みきった顔をした。

 ずいぶんと可愛がられているようだ。

 

 しかし、テイマーか。冒険者でもなかなかいない、結構な上級職業だったはず。

 ファニの上級魔法といい、かなり高レベルなパーティーのようだ。

 改めて、なんで俺が誘われたのかわからないくらいだ。

 

「にしても、ずいぶんと派手にやったみたいだね」

 

 と、急にファニが、そんなことを聞いてきた。

 

「え、何の話だ?」

「酒場に攻撃魔法をぶっ放した狂人が出たって、もう街中で噂だよ? あれ、レンでしょ?」

「……あー、いやごめん、何のことだか」

「私の魔法、忘れた? 『マッピング』と『トラッカー』」

 

 ……忘れていた。そういえばファニは、最上級の追跡スキルを持っていたんだった。

 俺がいつどこにいるかは、彼女にとっては手に取るようにわかるってわけだ。

 どうにも、ゾッとしない話だ。

 

「衛兵のあの様子じゃ、そうとう暴れたんじゃないの?」

「ご想像にお任せするよ……」

「ふぅん?」

 

 なんて、揶揄うように彼女は返事をする。

 ただ、バカにしてるのとはまた違う、妙にくすぐったい感じ。

 なんだか調子が狂う。

 

「じゃ、ここにいるのもなんだし、移動しようか。ロロン、お願い」

「か、かしこまりましたぁ! ご案内しまぁす!」

 

 ファニの言葉に、ロロンは嬉しそうに答えて小走りで駆けていった。

 

「近場に馬車を置いてあるんだ。まずはそこに行こう」

「わかった」

 

 俺はファニにそう言って、彼女と共にロロンの後についていった。

 

「ところで、今回の仕事の話だけど」

 

 俺は道すがら、ファニに今回の依頼の話を聞いてみることにした。

 

「ダンジョンに入って、そこにいるお目当ての魔物を倒すのが目的なんだっけ?」

「うん、まあ大まかに言うとね」

「それって、どこのダンジョンのなんていう魔物なんだ?」

「ダンジョンは『ジクシン洞窟』、そこにいる『ヒュドラ』を倒したいんだ」

「ヒ、ヒュドラぁ!?」

 

 ファニの言葉にそんな言葉を出したのは、前を歩いていたロロンだった。

 急に大声を出されたもんでびっくりしたが、彼女の顔を見るに、それ以上に驚いているようだった。

 

「ロロン、声が大きい」

「ま、待ってくださいよ姐さん! ヒュドラって言ったら、ギルドから接触禁止令が出されてるレベルのモンスターじゃないですかぁ! そんなの倒すの無理ですよぉ!」

 

 ロロンが涙声を震わせながら、そう捲し立てる。

 そういえばギルドでそんな張り紙があったっけか。どうせ縁のないものだと思ったからあんまり見てはいなかったが。

 

「大丈夫、倒せるよ。ね?」

 

 と、ファニはそう言って俺に目配せをしてきた。

 どこか妖艶なその感じに、妙にどぎまぎしてしまう。

 

「えぇ~、この人がですかぁ?」

 

 ファニとは異なり、ロロンは俺に対して、懐疑的な目を向けてきた。

 まあ彼女の反応は正しいだろう。知らないやつの実力を信じて命を預けろなんて、無茶な話だろうし。

 

「で、でも姐さん。ヒュドラって、ランクで言ったらAを超えて、Sランクに届きうるかもしれないって言われてるんですよぉ? きつすぎませんか?」

「あぁ、Sランク以下なら、多分なんとかなると思う」

 

 ロロンの言葉に、俺はそう答えた。

 なんだ、ずいぶんと大仰に話すもんだから、とんでもない次元で強いのかと思った。

 Sランクくらいなら、俺も『はじく魔法』の練習で、何回か一人で倒しに行ったこともあるし、大丈夫だろう。

 

「は、はい……?」

 

 ただ、俺が答えると、ロロンは何を言ってんだこいつという顔を、俺に向けてきた。

 え、あれ? 俺そんな変なこと言った? 不安そうだから大丈夫ですよアピールしようとしたんだけど……。

 

「大丈夫だよロロン、安心して」

 

 そんなことを考えていると、ファニは柔らかい声で言って、続けた。

 

「きっと、面白いものが見れると思うよ」

 

 そう言う彼女の顔は、まるでこれからイタズラをしに行く子供のような、そんな笑い顔だった。

 そんなこんなを話しているうちに、馬車が見えてきた。

 

 

 

 

 

 王国のある位置から、馬車の中で揺らされて数十分ほど。

 気づけば、周りは馬車用の道を照らす松明のみだけが地面を照らすのみで、少し先は真っ暗闇だった。

 街のあの明るさとは、比べるべくもない。

 

 なんてことを考えていると、馬車が停まった。

 

「あ、姐さん、着きましたぁ」

 

 御者をしていたロロンが、馬車にいるファニにそう呼びかけた。

 

「ありがとう、今回も快適だったよ」

「うぇへへ、ありがとうございます……」

 

 ロロンはそう返事をしながら、ファニと共に馬車から降りた。

 実際俺も、今まで乗ってきた馬車の中では一番スピードも速く、快適だったと思う。

 

 テイマーには、獣を使役するために騎乗スキルを持っている者もいると聞いたことがある。

 恐らくその一環だろうが、ここまで繊細に馬を御せるだけでも、彼女のテイマーとしてのレベルの高さが窺えるというものだ。

 

「俺も、おかげで全然酔わずに済んだよ、ありがとう」

「うぇ!? あ、は、はい、どうも……」

 

 俺がお礼を言うと、ロロンはびっくりしてしまったようで、目を逸らしてそれだけ答えた。

 ひょっとすると、少し馴れ馴れしかったかもしれない。

 

「……ファニ、俺もしかして、彼女に悪いことしちゃったかな?」

「いや、私以外の人と話すのに慣れてないだけだよ。気にしないであげて」

 

 なるほど、いわゆる人見知りか。

 となれば、初対面の男と話すのもなかなか苦痛だろうし、必要以上に話さないでおこう。

 ……まあ俺も初対面の人が怖いってだけなんだけど。

 

「着いた、あそこだ」

 

 なんてことを考えていると、ファニがそう言って止まった。

 彼女の指さした方向を見ると、なるほど確かに、そこにはお目当てのダンジョン、『ジクシン洞窟』の入り口があった。

 ……が、しかし、あんまりいて欲しくない存在も、そこにはやっぱりいたわけで。

 

「え、衛兵さんがいますね、やっぱり……」

 

 ロロンの言う通り、ダンジョンの入り口には衛兵が二人いて、見張っていた。

 ダンジョンは冒険者以外が入れないよう、ギルドから派遣された衛兵が見張っていることが多々ある。

 特にジクシン洞窟はAランクダンジョンとして名高いからか、監視には特に力が入ってると聞いたことがあった。

 

 ……しかし、なんだろう、そんな高ランクダンジョンだというのに、妙に警備が薄いような?

 普通だったら入り口の見張りだけでも、もう少しいていいような気がするが。

 

「どうやら、誰かさんが街で暴れてくれたおかげで、そっちに人員が割かれたみたい」

「……あぁ、なるほどそういうことか」

 

 ファニのその言葉に、俺はついさっきまで、自分が酒場で行っていた所業を思い出した。

 あれが原因でここの警備が手薄になってくれたらしい。

 結果的にダンジョンに入りやすくなったのだから喜ぶべきなんだろうけど、どうにも複雑な気分だ。

 

「ど、どうします? 殺りますか?」

「いやいやいやいや」

 

 思わずロロンに対してぶんぶんと首を振ってしまった。

 初手殺害は物騒すぎるだろ。そういうのはせめて最終手段まで取っといてほしいものだ。

 

「……いや、殺しはいろいろと厄介なことになる。もっと尾を引かない方法にしよう」

「というと?」

 

 ファニにそう聞くと、彼女はおもむろに俺を指さした。

 

「レン、あの二人を『はじく魔法』で殺さない程度に無力化できる?」

「え、あぁ、できるとは思うけど……」

 

 その提案に、俺はそう答えざるを得なかった。

 

 確かに、はじく魔法の出力を調整すれば、衛兵二人を気絶させることはできるだろう。

 だが、俺のはじく魔法は、結構大きな音が出る。

 

 聞き取りやすい甲高い発射音が出るわけだから、仮に他の衛兵が近くにいた場合、一発で全員に気づかれることになる。

 とりわけ、ここまで静かで音も響きやすい環境だ。どれだけ遠くまで聞こえるかわからないのだ。

 あまり得策とは言えないだろう。

 

「あぁ、音にに関しては、大丈夫」

 

 どういうことだ? と思っていると、ファニは自身が纏っている灰色のストールを脱ぎ始めた。

 

「このストールは、『サプレス』っていう、消音魔法の加護が付与されてる。これを手に巻けば、あの音をかなり抑えられるはずだよ」

 

 そう言って、彼女は脱いだストールを俺に渡してきた。

 

「い、いいんですか姐さん!? そのストール、とっても大事なものだって――」

「別にいいでしょ。壊されるわけでもないんだし」

「で、でも姐さんがいつも密着させているものを、初対面の男の人に渡すなんて、なんだか……」

「……いやらしいこと言わないの」

「あてッ!」

 

 と、ロロンはファニからチョップされてしまい、涙目で頭をさすっていた。

 

「ごめん、はいこれ」

「いいのかい? 初対面の男に」

「……ふざけてないで早くやって」

 

 顔を赤くして睨みつけてくるファニに圧され、俺はそそくさとそのストールを手に取った。

 

 こうやって手に持ってみると、その肌触りのよさに驚いた。

 衣服類の良し悪しはあまりわからない俺でも、これはかなりの品物だということがわかる。

 こんなもの持ってるなんて、ファニって一体、何者なんだろうか?

 

 ……と、そんなことを考えている場合じゃないな。

 とっととやることやるか。

 そう思いながら、俺はストールを右手にぐるぐると巻き付けた。

 

「い、言っときますけど、そのストールでエッチな妄想したら許しませんからね!」

「ちょっと黙ってて、もう!」

「むぐぐ!」

 

 ロロンがこれ以上何か言わないようにと、ファニは両手で彼女の口を覆った。

 妙に緊張感ないなあ……まあ、気を取り直してと。

 

 上着のポケットをまさぐると、紙くずが二つ三つくらい出てきた。

 ちょうどいい、こいつを右手にセットして、と。

 

 構えて、狙いをつける。

 風なし、いける。

 

 発動。発射。

 

 その瞬間、間抜けな、しかし静かな音が、ストールの中から僅かに漏れる。

 

「ぐぁッ!?」

 

 それとほぼ同時に、衛兵の一人が倒れた。

 

「な、なんだどうした!?」

 

 以上を察知した衛兵が、倒れた相方に駆けつけるのを見ながら、照準を合わせる。

 魔法発動。

 

「がはぁッ!?」

 

 頭にクリーンヒット。さっきと同様、こちらも倒れた。

 二人とも起き上がってくる気配はない。ノックダウンしてくれたようだ。

 

「な、なな、なんですか今の!?」

「うわびっくりした!?」

 

 すると、ロロンが信じられないものを見たような顔で、俺に近づいてきた。

 

「な、なにって、はじく魔法だよ。君たちだって使えるはずだろ?」

「う、嘘です! こんな距離から気づかれずに衛兵を気絶させるはじく魔法なんて、聞いたことないですよ!」

「使い方が違うだけさ。多分やり方がわかれば、ファニやロロンはすぐできるんじゃないか?」

 

 俺が使っているのは、別になんてことはない、ただの『はじく魔法』だ。

 ずっとこれしか使えなかったから、物のはじき方とか魔力の出し方とか、長い間いろいろ考えて試した結果、こうなったってだけの話だ。

 

 ファニといい、なんでこんな役立たず魔法に、そこまで驚いてるんだろうか?

 これより強い魔法なんていくらでも見ただろうし、なんだったら、彼女達の使ってるスキルや魔法の方が、何百倍も高度で強力なものだろう。

 彼女達だって使おうと思えばすぐ使えるだろうに、よくわかんないな。

 

「……え、姐さん。この人本気で言ってるんですか?」

「すごいでしょ? この無自覚っぷり」

 

 ロロンとファニは、なにやら俺を若干引いた目で見ながら、ひそひそと話をしていた。

 ちょっとそういうの傷つくからやめて欲しい。

 

「とにかく、ストールありがとう」

 

 と、俺はファニにストールを返した。

 

「どういたしまして……ちょっと焦げ臭いかも」

「あぁごめん、この魔法特有の発熱だ。冷やせばすぐ無くなると思う」

「ホント、変わった魔法だね」

 

 ファニはストールを身体に巻きつけ、「ふぅ」と息を吐いた。

 

「魔法で確認したけど、周囲に気づかれた様子もない。衛兵は縛って、中に進もう」

 

 彼女のその言葉を最後に、俺たち三人はようやくダンジョンの入口へと歩を進めることができた。

 ここからが本番だ、気を引き締めていこう。

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