ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる 作:生カス
「少し待って……『ランプル』」
洞窟に入ってすぐ、ファニがそう呟くと、彼女を中心に周囲が照らされた。
『ランプル』は確か、ちょうどこういう暗い場所で使える照明魔法だったっけか。
本当、この子はいろんな魔法が使えるんだな。
「うわぁ、すごい……」
ロロンは照らされたジクシン洞窟の周囲を見回しながら、そんな声を漏らしていた。
声にこそ出さないが、彼女の気持ちはよくわかる。
なんたって、ジクシン洞窟の中は、別世界が広がっていたのだ。
白い石のようなもので構築された床に、これまた真っ白い大理石のようなもので造られた壁や柱。
その様相は、もはや洞窟ではなく、遺跡といった方がいいかもしれない。
「古代文明の遺跡らしいよ、ここ。一説によると、駅だったっとか」
「駅? こんなデカい施設を地下に造って、馬車を繋いでたってのか?」
ファニの言葉に、思わずそう返してしまった。
駅っていうのは、何人も乗れる大きめの馬車とそれを操る御者が常駐していて、金を払って乗せてもらうサービスだ。
たったそれだけのものに、古代人はこんな巨大な建造物を地下に造ったという。
古代はそんなデカい馬がいたんだろうか?
「さぁ、そこまでは。ただ遺跡の構造を見るに、巨大なヘビの魔物に乗ってたんじゃないかって話もあるらしいよ」
「ヘビ?」
「馬用とは思えない大きくて長い通路がたくさんあって、そこを辿ると『ガナシワ遺跡』や『アーキバラ神殿群』に繋がるみたい」
「そりゃ面白い話だ……しかし博識だね、どこでそんな知識を?」
「……まぁ、趣味でいろいろね」
と、ファニはどこか言いにくそうにしていた。
……しまった、いらんことを聞いてしまったかもしれない。
「そ、そうです! 姐さんは凄く頭が良いんです!」
「うわ!?」
「そのすごい美貌と美しさに加えて、すごく頭が良いし強いし、すごくすごいんです! わかってくれますか!」
いきなりロロンが俺にズイッと近づいて、めちゃくちゃに捲し立ててきた。
ど、どうしよう、どう反応すればいいんだ、これは……。
あとどうでもいいけど、美貌と美しさって意味一緒じゃない?
「ロロン、静かに」
「ひぇッ!? あ、す、すいません……」
すごい、ファニが一言呟いただけで、嘘のようにロロンが静かになった。
……なんだろう、言っちゃあ悪いけど、めちゃめちゃに他人にじゃれて、それで飼い主に怒られた犬みたいだ。
なんだかロロンにいぬ耳と尻尾が生えてるような、そんな幻視を覚えてしまう。
「そんなことよりレン、ヒュドラを倒す算段はついてるの?」
「ん、あぁ、そうだな……ファニ、ヒュドラってどんなモンスターなの?」
「今更だね、まぁいいけど……硬いうろこを持った、たくさんの首を持った魔物だよ。一撃が速いし重いから、長期戦は避けたいタイプだね」
「弱点はないのか?」
と聞くと、ファニは「うーん」と、少し考えこんでから口を開いた。
「……一応、心臓が真ん中にあるから、そこを直接狙えればいいけど……そこの鱗は本当に鉄みたいに硬いらしいから、普通は首をひとつずつ落とすのがセオリーかな」
「ふむ……なら、こいつが使えるかも」
ファニに答えながら、俺は上着の内ポケットから、あるものを取り出して二人に見せた。
「これは……?」
「な、なんですかこれ? 鉄でできた、どんぐりみたいな」
ファニとロロンは、不思議がって聞いてきた。
俺が出したものは、円筒の先がすぼんでいる、まさにロロンの言う通り、どんぐりみたいな形の鉄クズだった。
ただ、どんぐりと少し違うのは、先端がどんぐりよりもずっと尖っていること。
そして、どんぐりよりも二回り以上大きく、重いということだ。
「これをはじく魔法で使うんだ。弓で言うところの矢ってところかな」
そういうと、二人は目を丸くしてこっちを見てきた。
意味がわからんって顔をしている。
うーん、俺って説明下手くそなのかもしれない。
「……まぁ、ヒュドラ
「ふぅん? ま、レンがそういうなら信じるよ」
「だ、大丈夫かなぁ……」
ファニは一応納得してくれたが、ロロンは未だに懐疑的らしい。
まあそれは仕方ないだろう。彼女の信頼を担保するような肩書も実績も、特に持っていないわけだし。
「さ、早く行こうか。あんまりゆっくりもできないし」
そうだ、ファニの言葉で思い出したが、このダンジョン探索はあくまで不法侵入なんだ。
見張りの衛兵は騒げないように拘束したが、いつ不測の事態でバレるかわかったものではない。
「よし、わかった」
そう言って、俺はファニとロロンについていった。
どのくらい歩いただろうか。
気づけば結構な深度まで来ていて、周りの雰囲気が明らかに違っていた。
なんというか、妙に重苦しく、殺気立ってるような。
「……なんか変だ。ここまで来ているのに、全く魔物に遭遇してない」
ファニの呟きで、違和感の正体に気づいた。
そうだ、思えば、ここまでの深度に来ているのに、一匹の魔物にも遭遇していない。
普通ダンジョンには、そこに君臨するボスのような存在がいて、それを頂点として、他の有象無象の魔物が独自の生態系を築いているものだ。
なのに、ここには不気味なほど、魔物の気配がない。
なんだろう、他と違う何かがあるのか?
「ここだ……」
と、ファニは目の前の巨大な扉を見た。
周りを見てみると、ここの他に道はない。
間違いない。ここがヒュドラの部屋だ。
「開けるよ、準備はいい?」
「は、はははい!」
「わかった」
ファニの言葉に、ロロンと俺はそれぞれ答えた。
すると、ファニは門をゆっくりと開いて、慎重に中に入った。
「……いない」
「え?」
「なんだって?」
ファニに思わずそう言って、ロロンと俺も中に入った。
門を開けて、部屋を見てみると、確かに中にはヒュドラどころか、魔物一匹いない。
酷く広いその空間は、不気味なほどに静かだった。
ただひとつ、そこは、その静けさに似合わないほど、おびただしい量の血で染まっていた。
「どうなってるんだ? もう他の冒険者が倒しちまったのか?」
「いや、そんな話は聞いてないよ。ヒュドラレベルの魔物を倒したなら、すぐにその冒険者の名は国中に知らされるはず。一体……」
「じゃあ、何が起こって――」
いるんだろうか。そう言いかけた。
――その一瞬だった。
「伏せてッ!」
ファニの怒号。
それを聞いて俺とロロンは思わず、身を伏せた。
次の瞬間。轟音が聞こえた。
鼓膜が破れるかと思えるくらいの、激しい衝撃の音。
つられて音のほうを見ると、言葉を失った。
ついさっきまで俺たちがいた場所の、壁が
「な、なななんですかぁ!?」
ロロンの叫び声が聞こえる。
クソ、一体何がどうなってるんだ!?
攻撃だ、当たったら一発で死ぬような、凄まじい威力の攻撃。
どこだ、どこから……。
「……なるほど、こいつか」
目を上に向けると、
なんてことはない、いなかったんじゃないんだ。
天井に潜んでいた
血塗れのヒュドラが、そこにはいた。
「……ごめんレン、ロロン。見誤ったかもしれない」
「どういうことだ?」
ファニに聞くと、彼女は酷く悔しそうな顔をしていた。
「聞いたことがある。ダンジョンのボス格の中には、稀に暴走状態に入って、他の同ランクの魔物とは比じゃないくらい、凶暴で強くなるやつがいるって」
「あのヒュドラがそうだってのか?」
「ダンジョンに一匹も魔物がいないのは、そういうことだったんだ。何のことはない、アイツが全部食べちゃったんだよ。クソ、ギルドが手をこまねいていたのは、こういうわけかッ……!」
なんとも、驚きだ。そんな魔物が存在するなんて。
クラインのパーティーにいたときにだって、そんな状態の魔物は見たことがない。
相当なレアものだな。まったく運が良いんだか悪いんだか……。
「ど、どうしますか姐さん!」
「ッ……だめだ、逃げよう」
ロロンの言葉に、ファニはまさかのそんなことを言っていた。
「ま、待ってくれよ、暴走状態の魔物ってそんな強いのか?」
「な、何言ってるんですか! あれ見てわかんないんですか!?」
ロロンが涙目になってそう叫ぶ。
彼女ほどのテイマーが、相当焦っている。ということは、かなりヤバいレベルなのだろう。
「Aランクが暴走状態になると、Sランクの上位レベルにまでなるんだ。私たちじゃ絶対敵う相手じゃないよ」
そうは言うが、ファニはよほど悔しいようで、ヒュドラを睨みながら、拳を握りしめていた。
ヒュドラを倒せないことが、よほど悔しいと見える。
であれば、俺が逃げる道理はない。
「なぁファニ、ヒュドラは体の中心にある心臓さえ狙えば一発だって言ってたよな?」
「……話聞いてたでしょ? だからそこは、鉄みたいに硬いって――」
「それを聞いた安心した」
その弱点が本当なら、まんざら無理そうでもない。
「……俺がやる。下がっててくれ」
「は、はぁ!? 何言ってるんですか!?」
ロロンの言葉を無視しながら、俺はポケットから、件の鉄くずを取り出す。
「正気なの? Sランクだよ? いくらレンの魔法でも、あのヒュドラ相手じゃ――」
「Sランク
「え……?」
困惑するファニに構わず、俺はただ、重く、鋭い鉄くずを右手に込めて。
「でかい的だ。外しはしない」
ヒュドラに向けて、構えた。
右腕をまっすぐに伸ばす。
向ける先は当然、ヒュドラの胴の中心、ど真ん中の心臓。
照準よし。
魔法の出力をSランク用に調整。
『はじく魔法』で、手に持った鉄塊に回転を加える。
発射用意。
「ッ――レン、よけて!」
ファニの叫び声。
その直後、ヒュドラに動きがあった。
たくさんの頭が統一された動きで、何かを口から吐こうとしている。
あの動きは……。
空気を切り裂く、音が聞こえた。
耳がつんざくような、それだけで身体が貫かれたと錯覚するほどの破裂音。
それと同時に目の前に広がる、大量の『水』。
そうか、最初にやられた攻撃は、これか。
凄まじい力で水を吐き出して、その水圧で得物を仕留める、至極単純な暴力。
なるほどな、まともに喰らえば、さっきの壁みたいに木っ端みじんになるってわけか。
上等だ。
魔法出力最大。
回転率上昇。
熱量負荷限界突破。
目の前まで、水の砲弾が迫ってきた。
「悪いけど、通らせねぇ」
甲高い、硬質な爆発音が響いた。
天地がひっくり返ったような感覚に、一瞬だけ飲まれそうになる。
押しつぶされそうになるくらいの反動が、身体を襲ったのだ。
直後、俺が放った鉄塊が、眼前の水を
それとほぼ同時に響く、衝突音。
鉄のように硬いものが爆ぜたような音が、耳に入った。
「ガッ……!」
そんな、断末魔のような声が聞こえた。
俺のでもファニのでも、ロロンの声でもない。
それは目の前にいる、ヒュドラからのものだった。
すると、ヒュドラがゆっくりと、天井から落ちてきた。
地面に激突する音と、大量の土ぼこりを巻き起こして、やつは地上に倒れた。
土ぼこりが、段々と収まってくる。
さっきの轟音が嘘だと思えるくらいの、静寂が場を支配した。
目の前には、
どうやら、倒せたみたいだ。
よかった、何とかファニたちの目的は果たせただろうか。
「……うそ」
と、ファニは動かなくなったヒュドラを見て、信じられないような目をしていた。
「い、一撃……!?」
ロロンに至っては口をあんぐりと開けて、なんか引いていた。
……あれ、俺ちゃんとヒュドラ倒したよな? なんかあんまり喜ばれてないっぽくない?
え、なんか倒すときの条件とかあった? え、ひょっとしてやらかした?
「あ、あれファニ、ヒュドラって倒してよかったんだよね?」
「も、もちろんだけど……ちょっと待ってね、状況を整理するから」
なんだかファニは、頭の理解が追い付いていないって感じだった。
なにに困惑しているのかはわからないが、とにかくそう言われてしまった以上は、一旦おとなしくしておこう。
「……倒せたんだ、本当に」
すると、ファニはヒュドラに開いた穴を見ながら、かみしめるようにそう言った。
「す、すごい……やった、すごいすごいです!」
「お、おぉ……」
ロロンは俺に駆け寄ってきて、興奮したように手をブンブンと振っていた。
よかった、二人の反応を見るに、喜ばれてはいるらしい。一瞬引かれてるような反応されたから焦ってしまったが、杞憂で済んだようだ。
「本当にすごいです! Sランクをたった一撃で倒す人なんて、私聞いたことありません!」
「あ、ありがとう。けど、運が良かっただけだよ。あんまり真っ当な戦い方じゃないしね」
ロロンは褒めてくれるが、実際のところ俺のはじく魔法なんて、そんなたいしたもんではない。
なんたって幼児でも使えるような初歩中の初歩の役立たず魔法なのだ。
ロロンだってちょっと練習すれば、すぐに俺なんかよりも上手に使えるようになるだろう。
Sランクの魔物を倒せるのは、別になんてことはない、魔物が実力を発揮する前に、先制攻撃でやっているからに過ぎない。
他の高ランク冒険者のように、正面から真っ当な戦闘などしてしまった日には、俺は最低のDランクにすら勝てないだろう。
まあだから、ギルドにいたときは万年底辺だったわけだけど。
「すぎた謙遜は嫌味だよ、レン」
と、ファニが笑いながら言ってきた。
別に謙遜ではなく、事実を言ったつもりではあるのだが。
「実際レンの力は凄まじいよ。このランクの魔物をやすやすと倒せるなんて、王国の騎士団長クラスにだっていないんじゃないかな?」
「ずいぶんと持ち上げてくれるね」
「事実だからね」
ファニは「さてと」と言って、ヒュドラの方に顔を向ける。
「とにもかくにも、目的は達成した。あとは、ヒュドラの宝玉をもって帰って、依頼は達成だよ」
宝玉……確か、ドラゴン系の魔物を倒したときに手に入るレア素材だ。
討伐、つまり完全に仕留めないと採ることができないから、首級としても扱われるらしい。
こいつを欲しがる依頼ってのも珍しいが、一体誰からなんだろうか?
「ロロン、お願い」
「わ、わかりました!」
ロロンはファニにそう頼まれると、すたこらとヒュドラの宝玉を採りに行った。
投げたものを取ってこいと言われた犬みたいだ……なんて思ったことは、黙っておこう。
「あぁ、そういえばレン。魔力の回復アイテムはある? ないならあげるけど」
と、ファニは自分のポーチから、魔力石を出してくれた。
「いや、それはいいよ、ファニが使ってくれ」
「え、でも、あんな高威力の魔法を使った後じゃ……」
「これで十分さ」
そう言って、俺は
「それって、ほとんど回復しない嗜好用でしょ? 足りないんじゃないの?」
「俺は魔力の絶対値が低いからさ。これで十分なんだ」
まあ、気持ち的にこっちのほうが落ち着くってのはあるが。
とはいえ、割合的には結構な魔力を消費してしまったし、小休止がてら、一服しよう。
さ、至福のひと時だ。
火打石を使って火を……。
「……湿気てるんだった」
ガーンだな。どうしようか、やっぱり魔力石もらうか?
いやでも、俺に使ってももったいないしなあ……。
「ほら、火」
すると、ファニが炎魔法で、火を出してくれた。
「ごめん、ありがとう」
そう言いながら、俺は彼女から火を貰う。
優しく、ぼんやしとした青い炎が、魔草巻に灯った。
「別にいいよ。まだ仕事はしてもらうしね」
……仕事? え、仕事って、ヒュドラ倒して終わりじゃないのか?
「忘れたの、レン? 私たちは衛兵を縛り上げて、無理やりここに入ってきたんだよ?」
「それはもちろん、覚えてるけど……」
「で、私の経験上、そろそろ不法侵入がバレて、衛兵がダンジョンの出口で待ち構えてる頃だね」
「……おぉっと、嫌な予感」
「姐さん、宝玉採ってきましたぁ!」
俺の言葉を遮るように、ロロンがファニに人懐っこい笑顔をして駆け寄ってくる。
それはまるで、良いから現実を受け入れろと言われているようで。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、ファニは俺に笑顔を向けて、こう言った。
「んじゃ、逃げようか」
ファニは、すごく楽しそうだった。