ザコ魔法使いだがヤバ女たちにやたらと目をつけられてる 作:生カス
「これは一体どういうことなのですか!?」
ある早朝、ヨーキトー王国内にある、勇者パーティーが利用している宿屋の中から、そんな怒号が聞こえてきた。
怒りと困惑がないまぜになったその声は、栄えある勇者パーティーに属する女戦士のものだ。
「これ、とは?」
「すっとぼけないでいただきたい! この新聞です!」
何の話かいまいちわかっていない勇者リエスタに対して、女戦士は持っていた新聞紙をテーブルに叩きつける。
そこには、現在王都で噂になっている指名手配犯、レン・ユーリンの似顔絵が載っていた。
それだけであれば、女戦士もここまで声を荒らげることはなかっただろう。
彼女がこうなっている本当の原因は、レンの似顔絵の下に書かれている、短い文章にあった。
「よりにもよってこんな重罪人をパーティーに引き入れようだなんて、何を考えているのですか!」
「あぁ、そのことですか」
ヒートアップする女戦士とは対極的に、リエスタはごくごく冷静な口調で返した。
「何をも何も、そこに書いてある通りですよ。彼には更生の余地があると、昨日会ってみて思っただけです」
「昨日って……ダンジョンの不法侵入者の件ですか? なんと、こいつが下手人だったのか……」
「えぇ、残念なことに取り逃がしましたが」
「か、仮にリエスタ様の仰る通りだとして、なぜパーティーに? 牢にでも入れて、法の裁きを受けさせれば済む話ではないですか」
この反応の通り、女戦士はレンを勇者パーティーに引き入れて更生させる、ということにはめっぽう反対していた。
彼女から見れば、このレン・ユーリンなる札付きは、盗みを働いて捕縛されそうになったところを、衛兵を6人負傷させて逃走した、重罪人だ。
罪を犯してそれを償うどころか、追手を傷つけてまで罰から逃げる男に、どう更生の余地があるというのか。
よしんばそれがあったとしても、なぜわざわざ自分たちのパーティーに入れて、世話をせねばならないのか。
ギルドによれば、このレンという男、子供が言葉よりも先に覚えられる『はじく魔法』しか使えないのだという。
だからなのか万年最低のDランクのままで、所属していたパーティーはもちろん、ギルドの冒険者全体から疎まれていたとか。
勇者パーティーは、言わずもがな魔王討伐のために世界中の精鋭で構成された、もはやランクという概念には当てはまらない最強のパーティーだ。
そんな中に、こんな何のために生きているかもわからない、有象無象にすらなれない男を、なぜ入れなければいけないのか。
自分は勇者パーティーに選ばれるために、血を流す想いで努力してようやく入れたというのに、なぜこんなぽっと出の男が……。
そんな思いもあって、女戦士はここまで憤っていたわけだが、そんな彼女の思いを知ってか知らずか、リエスタは静かに口を開いた。
「もちろん、ただの罪人であればそれで十分でしょう。ですが、彼は違います」
「どういうことですか?」
「先ほど言ったことを考えてみてください。昨日私は、彼を取り逃がしたのですよ。
リエスタに言われて、女戦士は目を見開いた。
「……状況が味方したのではなく、この男の純粋な実力で、あなたを退けたと?」
「えぇ、その通りです」
「あり得ません、そんなの! こいつは『はじく魔法』しか使えない元Dランク冒険者ですよ!? まかり間違ってもリエスタ様を撃退する力など、あるはずが――」
「その『はじく魔法』でやられたとしたら、どうしますか?」
リエスタがそう言うと、女戦士は口を噤んだ。
『ありえない』、『そんなはずはない』。いろいろな言葉が脳裏に浮かんだが、女戦士はついぞそれを声として発することができなかった。
リエスタの真っすぐな瞳が、それを嘘と断ずることを許さない気がしたから。
そんな女戦士をしり目に、リエスタは続ける。
「彼が使う攻撃魔法のルーツが『はじく魔法』なのは間違いないでしょう」
はじく魔法。
魔法を扱っている土地の生まれでさえあれば、ほぼすべての人間が赤子のころに勉強がてら習得する。基礎中の基礎の魔法。
『はじく』という文面とは裏腹に、それは斥力由来のものではない。
傷ひとつもつけられないような、ごくごく小さな魔力の爆発を起こして、手の中に生じた内部圧力を元に物体を動かす、という理屈で発動する魔法だ。
本来であれば、たかだかそれだけの魔法。
一般人が指でデコピンをするよりも弱い、何の役にも立たない魔法だ。
「ですが、彼は……レン・ユーリンは、その魔法を未知の領域まで練り上げています」
レン・ユーリンの『はじく魔法』は違う。
物体に重複して『はじく魔法』を付与し、その威力を高めているの。
物体を押し出す前に回転させて、飛距離と威力、精度を向上させている。
指の形や手の位置、物体を持つ場所などを調整して、最小限の爆発で最大限の威力を発揮できるようにしている。
エトセトラエトセトラと、とにかく、その目で見たリエスタにすら、把握しきれない技術が込められていたのだ。
「勇者のパーティーに入る条件は、アナタなら当然ご存じですよね、イライザ?」
「……絶対的な強さと、未知の魔法かスキルを持っていること」
女戦士は悔しそうに、リエスタの問いに答えた。
理解してしまったのだ。リエスタがなぜここまで、レンをパーティーに加入させたがっているのかを。
理解したがゆえに、それを拒絶したくて、仕方がなかった。
「
「……わかりました。であればもう、何も言いません」
リエスタのその回答に女戦士はそう返事をした。
そう返すしかなかった。という方が正しいかもしれない。
そこまでの強さを持ったものが、牢に押し込めた程度で抑えられるはずもない。
強大な力を持った罪人を勇者パーティーに引き入れるというのは、罪人の監視としても、罪人の社会復帰としても、パーティーの純粋な戦力向上としても、そのどれにも有効なのだ。
リエスタがそこまで見通しているであろうことは、普段から彼女を見ている女戦士からすれば明白であった。
だからこそ、彼女は反論できなかったのだ。
ただひとつ、気になる点があるとすれば……。
「しかし、そもそも彼に協力する気はあるのですか?」
「その点は心配ないでしょう。必ず彼の方から、コンタクトがあるはずです」
唯一気になっていたことを聞くと、リエスタは一切の淀みなく、そう答えた。
その確信を持ったあまりに綺麗な瞳に、女戦士はもはや、理由を聞く気すら失せてしまった。
勇者様がそういうのであれば、信じよう。彼女は神に愛されて生まれてきた、貴い存在だ。
その彼女が、心配はいらないというのだ。ならば私は、勇者パーティーとして、最善を尽くすだけだ。
女戦士はそう考え、それ以上、レンについて考えることをやめたのだった。
そんな中、リエスタはレンのことを思い出し、考えていた。
――あの人は私を凌辱したがってますもの! 絶対私に迫ってくるに決まってます!
リエスタは、「フン」と鼻息荒く、そんなことを考えていた。
勇者リエスタは、
彼女が勇者となったそもそもの背景として、父親が持っていた英雄譚の書物を見て、勇者に憧れたというのがある。
その英雄譚にしては薄い書物のタイトルは『女勇者の奉仕 ~最初は嫌だったのに……~』というものであった。
ちなみに書物はリエスタが母親に読み聞かせを願ったところ、問答無用で捨てられてしまったあげく、父親は半殺しにされ、正座させられていた。
どうしてそうなったのかリエスタは涙ながらに聞いたが、父親も母親も教えてはくれなかった。
そんなこんなでリエスタの勇者像は妙に屈折してしまっており、彼女の中で勇者は、必ず『書物の中の敵役』のような人物を
リエスタにとってレンはまさにそんな敵役であり、これを見逃すことなど、到底彼女にはできないことだった。
――私の身体を弄んだあげく、心まで汚そうとした男、レン・ユーリン! 来るなら来なさい、私は耐えてみせます! どんなことをされても、本当に
勝手に覚悟を決めるリエスタの息に、妙に熱がこもっていることを、女戦士は知る由もなかった。
――王国内でレン・ユーリンの話題が上がっている場所は、当然勇者パーティーだけではなかった。
同時刻の冒険者ギルドでも、冒険者たちの間で、しきりにレンの名前がその口々から飛び交っていた。
「レン・ユーリンっていただろ、あの無能の。例の話知ってるか?」
「勇者様からパーティーに加入しろって言われてるやつでしょ?」
「わからねえ……なんであんな万年Dランクの底辺野郎が、勇者様に目ぇつけられてるんだ?」
ギルドが冒険者に提供している食堂内にて、その話題が方々から聞こえてきて、耳を打つ。
あるものはエールビールの肴として、あるものは単なる話の種として。
「衛兵を殺しかけた罪で札付きになったって話も聞いたぜ。勇者パーティーの加入は、勇者が彼を更生させるためだとか」
「方便に決まってんだろ、そんなの。ただのチンケな犯罪者相手に、入ってくれたら金貨100枚あげますとか宣うか?」
「じゃあ、なんでわざわざ、あんなヤツを……?」
「ひょっとしてアイツ、本当は結構強かったりしたのか? 俺アイツが戦ってるところ、見たことないし……」
あるものは嘲笑交じりに、あるものは驚愕をもって、あるものは仮説を立てて。
様々な反応はあったが、その根幹にある感情は、皆一緒であった。
レンは、本当にただの無能な底辺冒険者だったのか?
そんな疑問が、彼らの胸中に渦巻いていた。
「おい」
そんな中で、酷く不機嫌そうな、低い声が鳴った。
さっきまで話していた冒険者たちが、怯えたように体を強張らせながら、そちらを向く。
「く、クラインさん……」
「俺の目の前でその話題を出すな。酒が不味くなる」
震えた声で自分の名を口にする冒険者に、クライン・レオーネはただそう言い放った。
テーブルに足を乗せながら、苛立ちをぶつけるように酒をあおる彼の姿は、平時の人当たりの良さを知る冒険者たちにとっては、衝撃的であった。
クラインも常であれば愛想よく周りに接し、ギルド内での自分の好感度を下げぬように下げぬようにと振舞っている。
好かれている方がいろいろと都合が良いし、少し良くしただけで絆されるようなバカ冒険者やギルド職員を味方につけておけば、ギルド内での多少の不祥事や荒事も、笑って見逃してくれるから。
実際今でも、クラインはギルドの人気者として君臨し、高ランクダンジョンを踏破し、名声に寄ってきた女を侍らせ、快進撃を進んでいると言っても過言ではない。
だからこそ、クラインはレンが話題になっている、今のこの状況が許せなかった。
良いストレス発散になるサンドバッグだったので、つい最近までパーティーに居させてやったが、無能が一丁前に給料を求めてきたので、うざったくなってギルドに追放するよう進言した。
そんなゴミがまさか、経緯はどうあれ、勇者にスカウトされるなんて。そんなことを思いながら、クラインは酒を一気に飲み干した。
「おい、さっさと追加の酒もってこいッ!」
「く、クライン、飲みすぎだよ。いったん休も、ね?」
「黙ってろレイナ!」
「ヒッ……!」
自分を取り巻く女の一人であるレイナの言葉も一蹴し、彼は運ばれて来た酒を再び傾ける。
「そもそもレイナ、お前はあの無能を牢屋にぶち込ませる予定だったよな?
レンが王国で話題になったそもそもの発端、酒場でのレンの濡れ衣については、実はクラインがレイナに言ってやらせたものだった。
追放した直後のことだ。予定していたAランクダンジョンへと足を踏み入れたところ、いつもは楽勝だったはずの魔物に対し、全く歯が立たずに退却する羽目になってしまった。
クラインはそれをツキが落ちたせいだと思いこみ、そしてそもそもツキが落ちたのは、
要は単なる八つ当たりとして、レンは濡れ衣を着せられたわけだが、それが巡り巡った結果がこれだ。
万年Dランク冒険者で、無能で何の価値もないはずのレンが――形はどうあれ――あの勇者パーティーからの実質的な勧誘を受けている。そんな事実が、クラインをこれ以上なく不機嫌にさせた。
「そ、それは……」
「今頃だったらアイツ、衛兵に殺されてるか、牢屋で惨めに寝そべっているかのどっちかのはずだ。それが何でこうなってんだよ、アァッ!?」
「ヒゥッ……!」
クラインは怒号と共に、グラスに残っていた酒をレイナにぶっかけた。
当然ながらレイナは水浸しになって、涙目になりながら、身を縮こませることしかできなかった。
「レイナって意外と使えないんだね~?」
「全くだぜ、あんなゴミクズ一人捕まえられねえなんてよ」
レイナとは普段仲が良い、クラインのもう一人の連れの女であるルイルも、この時ばかりはレイナに辛らつな言葉を送っていた。
それに同調するクラインを見て、レイナはもはや、ここからすぐに逃げ出したいくらい辛かった。
「……あぁ、いや、悪い。言い過ぎたよ」
だからだろうか、クラインはそんな彼女の心情を察し、一転して優しい声色になる。
「どうせあの無能のことだ。危険な違法アイテムでも使って、浅ましくも場を切り抜けたんだろうぜ。何にせよ、レイナがあんな奴に傷つけられなくて良かったよ」
「クライン……」
クラインの気遣うような言葉に、レイナは一瞬にして頬を染め、甘えたような表情を見せる。
――そうだ、どれだけ乱暴な言葉を使おうと、クラインはなんだかんだと言って、私のことを誰よりも大切にしてくれている。だから私は、クラインのことが……。
彼女はそんなことを思いながら、クラインに寄り添って、その手を握る。
クラインは、自分のことを誰よりも思ってくれている。
真実がどうであれ、少なくともレイナはそう思うことで、自身の居場所を確認していたのだった。
「服濡らしちまって悪かったな。着替え買ってやるよ」
「いいの、別に……それよりどうせなら、このまま部屋で……」
なんてことをレイナは宣いながら、クラインに抱き着く。
周りにいる冒険者はそんな様子を見て、とりあえずクラインの機嫌が落ち着いたことにホッとしていた。
「……とは言え、このまんまじゃまずいよね~」
と、そんな中、誰にも聞こえない声で、様子を一部始終見ていたルイルが呟いた。
クラインたちがレンを無能と断じている中、彼女は一人だけ、違うことを考えていた。
もし、レンがこのまま勇者パーティーに入ってしまった場合。
そして、もし何かの手違いで、彼が大きな権力を手にした場合。
その矛先が、きっと自分たちに向くだろう、と万が一を予測していた。
ルイルがその思考になるのは無理がなかった。
自分より立場が下のものは攻撃してよい。
そんな思想が、彼女やクラインたちの根幹にあるからだ。
「ま、あんな無能がそんなことできるなんて、思えないけどさ~。逆恨みされたら、溜まったもんじゃないからね~」
レンが蔑ろにされていたのは、彼が魔法もスキルも使えない無能で、生きてるだけで迷惑な存在だから。
なのにそのことを恨むのは、逆恨みでしかない。それがルイルの考えであった。
「一応、対策はしとかないとね~」
誰にも聞こえない声でそんなことを呟くと、彼女は誰にも見えない位置で、手書きの地図が描かれた、メモらしきものを開いた。
そこにはレンを追跡していた衛兵から聞かされた、彼が逃げたと思わしきポイントが記されている。
「ま、あんなゴミクズ、とっとと殺しちゃうのが、世直しだよね~」
言いながら、ルイルは地図のある地点に、丸印を付ける。
そこに記載されている地点をしげしげと眺め、彼女はニヤリと口角を上げた。
そこは、