安全圏扱いはやめてくれ! 作:銀髪ムチムチTS女子
──自分の人生の殆どは独りだった。特段それを後悔した事は無いし、寧ろ自分の好きに生きられた事は満足している。最後が事故死とケチが付いたこと以外は。
死人に口無し。たかが人間1人の命、終わればそんな少しの後悔もする暇は無かっただろう。なのに、俺は今もこうして自分の死を確かに記憶し、振り返り、ほんの少し後悔している。
そう、本当なら死こそがピリオドだった。
「……はぁ」
「どうしたのよ、そんな暗い顔して」
「そんな酷い顔か?」
ふざけた話だ。二度目の生なんて、しかもかつての記憶を残したまま
「檻に閉じ込められた冤罪者みたいな顔」
「見た事あるのか?」
「無いけど」
なるほど、確かに目の前の彼女が言う通りの顔を俺はしているのかも知れない。なにせ、この世界は狂っているのだから。
世界観が魔法のあるファンタジーだから? いや、違う。
男女比1:9、10人に1人しか男の居ない世界。そこでは前世で権力の座に着いていた男性の存在がまるで無い。あらゆる社会システムはほぼ女性主導で運営され、男性は社会全体の保護対象の様に扱われる、そんな世界だ。
そんな世界では女性が男性と触れ合う機会もそう無く、そこら辺に暗黒面一歩手前まで拗らせた二足歩行の獣が居たり、到達不可能なビジョンに耽り、1人遊ぶ淫魔の様な輩が居たりもする。行ったことはないが、学園なんてのは栄養士の専門学校の様な男女比の有り様で、男子が居ない事もザラだ。
まあ、この世界からすれば狂っているのは自分なんだろうが。
女子であれば男子に興味があるのは当然。何なら自我を忘れて襲いかかる可能性を常に自覚しろとの教育が行き届いた昨今。元が男であるが故に男に対してびた一文程の興味も無かった俺。
幼い頃は少し変わった子供と認識され、少し背が伸びる頃には他人と違う自分を演出したい"そういう年頃"のレッテルを張られ、孤児院から巣立ちした頃には異常者一歩手前の視線を受けていた。
「また、誰かに怖がられたの?」
「いや、男に興味が無いって言っただけで白目剥かれたんだ。いくら何でもあれは酷いだろ?」
「ヒュエッ……!?」
「おい、お前まで白目剥いてんなよ」
「……っは! いや、いつ聞いてもアンタのその言葉って嘘も強がりも無いから、全く信じられなくてね」
とまあ、こんな有様である。
俺自身、こんな調子で生きて来て気を病まなかったのが奇跡に思えてならない。普通なら、こう言うのは身体に心が引っ張られるモンだろうとは思っていたが、若さのみに引っ張られるばかりでついぞ前世の男の価値観を引き継いだまま大人になってしまった。
果ては異常者、付いたあだ名は
「この世にお……私みたいな奴、幾らでも居るだろうに」
「そう? 世界広しと言えども、男の人を
「まあ、その辺の石ころや木に欲情する奴なんて居ないからな」
そんな歪な男女比の世界、男の肩身はさぞ狭い事だろう。そう言う意味では女に産んでくれた母には感謝している。
おかげで俺は今、こうして自己責任の名の下に自由に生きる事が出来ている。
「で、どの依頼をこなす気だ?」
「ふっふっふっ。聞いて驚きなさい!」
「悪い、腹痛くなったから帰る」
「ちょっとぉっ?!」
腰に縋り付く金髪デカ乳デカ女が驚異的な力で俺の足を止める。俺が男の身体であれば何か感じるものもあっただろうか。今の俺には嫌な予感以外の何も感じない。
「何だ次は!? この前『男を虜にする十の黒魔術』とかふざけた本を真に受けて俺に掛けようとしたばっっっかりだろ! これ以上何を運んでくる気だ!」
「それは一時の迷いだから! 今度は安心安全間違い無しだから!」
「余計に不安になってくるだろ!」
はぁはぁ。息を継ぎながら思う。不毛に過ぎるやり取りだ。目の前のアホ乳が持って来るのはトラブルばかりだと知っているのに、いざ目の前にそれがやってくればこの様。人間、死神に備える事は出来ても貧乏神を前に平然を装うのは難しいらしい。
「分かった。頼むからポーションの準備をさせてくれ」
「そ、そこまで言う?」
「もしかして私の耐性を過小評価してるのか? 並の人間なら胃が蜂の巣になってる所なんだぞ?」
彼女は裾を払い立ち上がる。ロクな事は起きないと予想していた、だが。
「……そんなに怯えなくて良いじゃない。寧ろ朗報よ、何せ今回の依頼は──」
──神父さんの運営している孤児院の護衛依頼なんだから!
これは、あまりにも衝撃的だった。
自分を尊敬したくなって来るだろう、そう言いたげにデカ乳を張り出す女に、俺は手元のポーションを呷り、ビンタして言う。
「……悪い事は言わない。自首しろ」
肩を掴み、正気になれと言わんばかりに揺らしまくる。
「は、はぁ!? アタシ何も悪い事してないんだけど!?」
「依頼は早い者勝ちだ、それにそんな依頼が落ちて来たら良くて殺し合いが始まる筈だ。間の悪いお前に限ってそんな、そんな依頼を受けられるとは思えない。何か良くない事をしたんじゃないのか?」
「ひ、酷い! ここまで信頼されないなんて!?」
どーして! と嘆く彼女を俺は憲兵の元まで引き摺ろうとするが、こんな依頼、殺してでも奪いとられかねない。嫉妬が拗れて夜道で襲撃を受ける可能性もある。どうにかこの依頼、受けさせない様にしなければ──。
すると、彼女は突然言い放った。
「……これ! アンタ宛の指名依頼なのよ!?」
「──嘘だろ?」
俺は自由に生きて普通に死にたい。
だと言うのに、何故だろう。
どうやら運命は俺を殺したいらしい。
「
「私に? いや、いやいや。待て、何かの罠だ」
「罠って、神父本人に渡されたのよ!」
「……あ、あぁ、どうしてそんな」
俺の今の名は、クリス・フロントライン。しがない冒険者であり、前世に縛られた転生者である。
はっきりと言えば、俺は狂人なのだろう。それでもだ。
「泣きそうなのね。アタシもよ。まさかこんな日が来るなんて」
「ははは、ああ、そうだよ。まさかこんな日が来るとはな」
それでも、この世界は狂っている。俺は死ぬまでそう思い続けるのだろう。俺はこの日、そう思った。
………………
…………
……
俺は歩く。隣に相方、エルシーを連れ立って。
「神父さん、すっごく可愛い人でね。だから私は心配なの」
「えぇ、何がだ?」
「クリスが初恋に落ちないかって……叶わぬ恋なんて、ヒュドラの毒よりおっかないもの」
「無い、無い、天地がひっくり返っても明日人類が滅ぶとしても無い」
冒険者。俺の今の生業であるが、これは非常にシンプルな仕事だ。
大陸の各地から集まる依頼……護衛や採取、害獣退治に遺跡の調査などなど、本職に頼むより幾らか安く頼めるからと冒険者達の依頼斡旋所、冒険者ギルドに持ち込まれた大量のそれらの中から、冒険者は自らの技能に合致した依頼を受注する。
俺で言えば害獣退治や調査、デカい金髪女もといエルシーで言えば護衛や採取だろうか。
ただ、冒険者ギルドはただ入って来た依頼を斡旋するだけではない。依頼主と冒険者の依頼をマッチングするのも冒険者ギルドの仕事だ。
だと言うのに依頼主は直接エルシーに渡して来た。それだけで既に恐ろしい。
「……やっぱり罠じゃないか、これ」
「も〜っ、いつまで言ってんのよ」
暗澹とした気持ちを抱えたまま、俺はこの街の外れにある教会に向かっていた。街を見下ろす小高い丘の上に建つその教会は、孤児院でもある。
街では有名な場所ではあるが、孤児院が有名というよりはその主こそが有名である。何せ神父なんてものは、ただでさえ少ない男の中でも数少ない。多くの教会ではシスターが暴走しない様、そもそも受け入れないか、受け入れたとしても半軟禁レベルの生活を強いられる。
そんな生活、俺なら1日もしない内に音を上げている。
それでも孤児を支えたいと1人孤児院を運営しているのだから自身の身の安全には相当に気を使って生活している筈だ。
なのに、そんな神父がどこの馬の骨とも知らない女に依頼を投げるだろうか。全く謎である。
「よし、到着〜! さ、神父さんに挨拶しましょうよ!」
辿り着いた教会は、前世とほぼ変わらない様式の教会だった。ただ、そこに居る神は女神である。陸海空の遍く男を婿に取った伝説のある女神らしい。俺にはどこぞの蒼き狼の類似にしか思えなかったが、男旱に喘ぐ女衆から見れば間違いなく神の御技に違いない。
因みに、教えは命の尊さを説く至って真っ当な教えである。
「はぁ、何事も無ければ良いんだがな」
かくして、処刑台に登る罪人の様な気持ちで俺は教会の戸を叩いた。
「すいません、神父から護衛依頼を受けて来た者ですが!」
そう声を上げると、扉の向こうからカツカツと足音が近付き、閂を外す様な音の後、扉が開かれた。
「お待ちしていました、どうぞ、こちらへ」
カソックを着た青年が現れ、俺達の顔を見るなり奥へ案内してくる。青年はやや童顔で、柔和な笑みを浮かべていた。確かに愛嬌はある。隣のエルシーは既ににやけ面が抑えられていない。俺も多少は喜ぶ素振りでも見せるべきか。
「悪いが、まずここで話を聞かせてくれないか?」
「ちょっとクリス?」
「何をさせられるか、それが分からなければ受ける受けないの判断も出来ない」
ただ、一旦詳細が聞きたい気持ちが優った。喜び勇んで着いて行こうとするエルシーの首根っこを掴み、何故依頼したのかを聞く。
「……やっぱり、貴女は噂通りの人ですね」
彼は、安堵した様子で俺の目を見ていた。
どうやら俺は噂になっていたらしい。冷血処女の噂は自分で言うのもあれだが、そこそこに有名らしいから不思議ではない。
「噂が何なのか知らないが、依頼を受ける前に話は聞いておきたい。何故護衛依頼を?」
「それは、この孤児院を守る為です」
何の躊躇いもなく真っ直ぐそう言い放たれた言葉に、俺は嫌な予感が当たってしまったと内心で肩を落とす。
事件性アリ。
「孤児院を守る、と言う事は、この孤児院に何か危機が迫っていると?」
「……いつからかは分からないのですが、この様な手紙が教会の門の下に挟まっていまして」
「手紙、か」
そうして神父の懐から取り出された手紙を開くと、白が一面に広がっており、目線を降ろしていくと、真ん中に非常に丁寧に書かれた一言が。
『犯す』
「っ?!」
ゾッと寒気が走った俺は思わず手紙を引き裂こうとしたが、証拠品の一つだと思い直し手を止めた。大丈夫、良くあるタイプの怪文書だ。
いや良くあってたまるか畜生。
「クリス!」
そんな俺を咎めようとしたか、エルシーも声を荒らげていた。
「悪い……久々にビビった」
「手紙に残った神父の人肌の温度ってどんな感じなの?!」
「お前犯人か?」
違った。こいつを信じた数秒前の俺はバカだった。その顔くらいある無駄乳捩じ切ってやろうか。
「違うわよ! ただ気になっただけで……ぐぇっ」
「悪い神父さん、連れが変なことを」
「いえ、お気になさらず」
取り敢えず俺はエルシーの頭を全力で抑え込んで下げさせるが、神父は特段気にしていない様子だ。多分言われ慣れてるんだろうな、この類のセクハラは。何かの間違いで俺が男に転生していたらそっち側に居たと思うと……ぞっとしない。
「それにしても、お二人は仲が良いんですね」
俺達のやり取りを見た神父はそう言う。そうは言われても、先の不適切発言をかました女が友人と言うのは俺からすれば結構マイナスイメージにしか思えない。神父は大らかに受け流しているが、俺が依頼主なら速攻で教会の扉を閉じていただろう。
「……今はまだこの手紙しか来ていません。被害も無く、それ故に証拠も足りず、憲兵も日に二度巡回に来ることしか出来ない状況で。もし、子供達に被害が出てしまってからでは遅いと思い、お二人を頼らせて頂きました」
この手紙の主こそが今回の依頼の理由か。納得は出来る。流石にこれを見る前と後では事態の切迫度合いがまるで違う。
常に女の影を警戒しなくてはならないともなれば、朝も昼も夜も油断ならない。そんな環境下ではおちおち休むのも難しい。
それでも最後に残る疑問と言えば、やはり何故俺を選んだのかという所だが。一体どんな噂が流布されているのやら。
「……分かった。そういう事情なら請け負わせて貰おう。ここにこいつ1人置いていくのもそれはそれで心配だからな」
「どう言う意味よそれ〜」
そんな文句を受け流し、俺は依頼を改めて受ける事に決めた。
何だかんだと言っても、この類の仕事は別に初めてではない。大体は巻き込まれたり、流れで引き受けたものだが。
このまま引き受けても問題無いように一通りの装備は用意している。護衛となれば、泊まり込みか。同伴者が罪人にならないかを心配しなければならない事にため息が出そうだ。
そんな算段をしていた時、神父の後ろから声が聞こえて来た。
「神父様に何してるの!」
そこには、少女らしき人物が1人。つぶらな瞳を見開いて精一杯の怒声を張り上げていた。
ああ、そう言えばここ孤児院だったな、と思い出す。別に俺達は悪い奴じゃない──同伴者は除く──と子供達に伝える必要もあるか。
そう考え直していると、少女は言った。
「神父様をいじめる人はぼ……わたしが許さないから!」
一瞬、俺の頭は真っ白になった。
……ぼ? まさかこの子供、
そんな余計な閃きが頭を過ぎる。一人称を母に矯正された
「──嘘だろ?」
俺は既に逃げたい気分だった。ああ、早まったな、と。
2024/11/25追記
この度はまことに申し訳ありませんでした。
再度文書を確認した所、冷血処女の振り仮名を本来であればコールドブラッド・ヴァージンと表記すべき所を、コールド・ヴァージンと表記しておりました。
主人公がムチムチ太もものケツデカを想定していたにも関わらず、血(ケツ)の振り仮名を忘れてしまった事、いたく反省しております。
まだ作者が気付いていない誤字脱字等ありましたら、是非誤字報告機能でお伝え頂ければ幸いです。