安全圏扱いはやめてくれ! 作:銀髪ムチムチTS女子
俺とエルシーはデカい。何がデカいかと言われれば諸々がデカい。
この狂気の世界、男性には割と華奢な奴が多い。これは文化として長い間男性が肉体労働に従事させられてこなかったからだろう。とは言え、身長などはほぼほぼ前世と変わりない。大抵の場合、手厚く育てられている為、発育は意外にも悪くない。
対して女性は前世よりやや体格が良い連中が多い。170辺りは余裕を持って超えて来る。が、それでも尚俺達は純粋な人間としてはデカい部類に入る。190くらいはあるんじゃないだろうか、エルシーは180後半、対して胸のデカさはエルシーが勝り、足周りは何故か俺の方がもっちりしている。
俺としては背丈以外は平均で良かったんだが……暑い場所だと胸の下と太腿の内側が蒸れて困る。胸元を開いて谷間を晒すのは痴女だけだと前世では思っていたが、蒸れるのが嫌で谷間を晒す様になってからは快適さが段違いになって常時その開襟スタイルになっていた。そのせいで余計に威圧感が増してしまったらしいが、気にしても仕方ないだろう。
結局、俺達がデカいから何だという話だが、デカい=威圧感である。
どんな時と場所でも、自分より大きな人が急に接近すればビビるまでとは行かなくても驚きはするだろう。ましてや、それが自分を捕食しかねない化け物であれば、恐怖を覚えるに違いない。この世界で生きる男性とは非捕食者の様な物。
つまり。
「し、神父様、を。いじ、め……」
意気揚々と飛び出したは良いものの、圧倒的な威圧感を放つ俺達を前に、引っ込みがつかず挙句に涙目になりつつある子供を宥める手段は無いという事だ。
「えっ? アタシ達見て泣いちゃったのあの子?」
「そうみたいだな」
例えるなら、筋肉モリモリのマッチョマンと元グリーンベレーな男が並び立って威圧を掛けてる様なものだ。大の大人だって死を覚悟するだろう。
現状を正しく認識したとて、子供が泣き止む訳じゃない。ここは神父に任せるのが吉だ。
「なあ、神父さん、どうにか宥めてやってくれよ」
神父は首を捻ると、何かを思い付いた様子で言葉を並べる。
「このまま孤児院に居るのでしたら、子供達とやり取りする事もあるでしょう。ここで練習をして行きませんか?」
「……なぁんだそりゃ」
すると神父は、俺の耳元に口を寄せて囁く。
「ここだけの話、私も貴女の噂が気になっていて……見せて頂きたいんです」
だから何の噂なんだ。と言った所で意味もないから、ここは乗せられておこう。男の耳打ちを羨ましそうに見ていたエルシーを置いて、俺は子供の前まで行き、膝を突く。
ここまでは良いが……いや、何言えば良いんだ。まあ子供だから分かりやすく行くべきか。なんて考えながらの一言だった。
「取り敢えずだが──泣きたいなら泣け」
そう言うと子供は潤んだ目を見開いて、エルシーからは批難する様な視線が向けられる。
コイツは男だけじゃなく子供にも甘い、暇があれば街の各地で子供と遊んでいる。そうした柔和な感じをアピールポイントにしてたら草食系男子だらけのこの世界でも今頃彼氏持ちだったかも知れないが、本人はその事に気付いてない。
「もう、泣かせてどうするのよ」
「けど、コイツは泣きたそうにしてるんだ。我慢ばかりが美徳でもないだろう」
そんな俺たちを困惑しながら涙目で見ている子供。別に漫才を見せたい訳じゃない。
「泣いていい、人目を憚らず泣く経験の一つや二つ、珍しくもなんともない。
一周目の話だが。と言う注釈はここでは省かせてもらう。エルシーと神父が意外そうにしているが、俺の事を血も涙も無い人間と思っているのだろうか。遺憾の意だ。
俺はもう少し子供に近付いて、その背中を摩る。力加減に困ってフェザータッチみたいになっているのはご愛嬌だ。前世で子供と触れ合う機会なんて無かったしな。
「……神父さんが襲われてると思ったか? 私達の風体を見たらそう見えても仕方ないが。随分と勇敢じゃないか、最後に泣きべそかいてるのはアレだが、あの啖呵の切り方は悪くなかった。後は腕っぷしだけだな。後はこれも経験だと思って……泣けばいい」
「うっ、ぅぅ……」
泣き顔が周りに見えない様、子供の顔を俺の胸で隠す。俺も出来るだけ見ないようにしていた。
子供はさめざめと泣いていた。意外にも俺の胸に顔を埋めて。
男女の立場が幾らかあべこべでも、産んで乳をやるのは大抵の場合は母親の仕事のまま。デカい胸に威圧感があるってのは社会で育つ価値観で、染まり切っていない子供の頃であれば多少は受け入れられる物なのかも知れない。
そして、泣く子供の背中をそのまま摩る事暫く。
子供の泣き声が止んだ。
「もう大丈夫か?」
「……うん」
「よし、偉いぞ」
そうして頭を撫でる。……もう、男だとかどうとか気にする段階でも無いな。女子っぽく見せた男子がこうした場所に紛れ込んでるって噂は聞いたこともある。
「へぇ、アンタって子守の才能あったのね」
呑気にこんな台詞を吐くエルシーも気付いていないだろう。身体を触った感覚と近くから見た感じとしてはほぼ男で良いだろう。骨格にほんの少し女子に無い違和感があった。特にくびれの有無辺りは顕著だ。比較対象は幼少期の俺である。
「思いつきのまま動いただけだぞ?」
「いえいえ、見事でしたよ」
「神父さんまで……私を揶揄わないでくれ」
そう言って神父は手を差し出す。いっそ胡散臭いくらいに満面の笑みで。
「やはり貴女しか居ない。この護衛依頼、よろしくお願いしますね」
俺も手を差し出した。その圧に負けて。
「こちらこそ」
「ちょっとアタシは? ねえ忘れてない?」
……と、同時に俺はふと思った。
この依頼、泊まりにはなりそうもないな、と。
何故かは分からないが、強いて言えば神父の態度が現状の深刻さに対して軽過ぎたからか。
「では、こちらへ」
俺達は孤児院の奥へと案内された。豪奢なステンドグラスの下の扉を開くと、外……孤児院の裏手へと抜け出した。そこには幾人かの子供が遊んでいたが、その中に数人、明らかに浮いた存在が居た。
浮いているというのは、雰囲気がとかではなく、見た目が違う存在が居た。いや、1人は本当に浮いていたが。
「……待て。おい神父さん、あれはなんだ?」
「おや、あれ呼ばわりなんていけませんよ」
「俺が見た限り、耳が長いのと、角が生えてるのと、白い羽が生えた奴が居るんだが」
神父は笑顔のまま、うんうんと頷いていた。隣に居たエルシーは目の前の状況への理解が及ばない様で、硬直したままだ。
「ん、其奴が新しい我の遊び相手か?」
「お姉さん……だれぇ……?」
「新たなる人の子よ、私は貴女を歓迎します」
それだけじゃない。全員少年だ。
「エルフ、インキュバス、天使、彼らはとある諸事情で故郷を離れた迷い子達です。私は彼らを匿い、子供達と同じように育てていました」
並んだ種族名はどいつもこいつも有名だ。主に女側のヤバさが。
エルフは云100年前まで大陸に点々と存在していた隠れ里に引き篭もっていた種族だったが、昨今では外界へ男を求め旅立つ程に性に飢えた女の居る種族だ。その男女比約1:999。
インキュバスは最近まで魔界では絶滅していたと思われていたが密かに人間界へ逃げ延びていた事が判明した種族で、対となるサキュバスのヤバさは言わずもがな。全世界欲求不満な世界で尚淫魔と呼ばれる凄まじさだ。その男女比約1:999999。
天使はよく分からない。古い文献にはその存在が示唆される事が度々あったが、その姿は全て女性の姿で描かれていた。余りに情報が無く、詳細は分からない。その男女比測定不能。
「……で、俺達にコイツらを見せて何がしたいんだ?」
「貴女に、彼らを引き取って頂きたいのです」
……何か、聞き間違えたか。今神父は、笑顔で俺に死ねと言った様に聞こえたんだが。なあ、エルシーはどう思う、って白目剥いてんじゃねえか。
「勿論、いつまでもとは言いません。襲撃者の心配が無くなれば、また戻って来て貰いたいと思っています」
そんな様子を気にも留めず、神父は話を続けていく。
「ああ、襲撃者については私が対処しますのでご安心を。こう見えてもドラゴンスレイヤーですから」
「……色々言いたいが、今言いたいのはそこじゃない」
俺は頭を振った。頭が痛くなって来た。俺にアイツらを預けるなんてのは金銀財宝を野晒しにする様なものだ。その無謀さを分かってない訳がない。
「いえ、貴女でしたら心配は無いでしょう。貴女はかのフロントライン家の長女、その武勇については言わずもがな。そして
しれっと心を読んでるなよ。こめかみが熱を帯びる感覚は久々だ。
「私が問題視しているのは、襲撃をきっかけに孤児院に彼らが居ると露呈してしまう事です。かと言って彼らの様な存在を信頼の置けない者に預けるのも許容しかねる選択肢でした」
どうやら神父の中では、既に決まった話らしい。俺は我慢ならずに引き返そうとしたが、服の袖を引かれて足を止める。
「我と遊ばぬのか?」
エルフの少年だ。絵に描いたような金髪翠眼の美少年に尖った耳がアクセントになっている。他の面子もそうだが、一つ見間違えれば美少女にも見えるだろう。出来れば見間違ったまま帰りたかった。
「……やはり貴女しか適任は居ませんね」
「そのしたり顔をやめてくれ。仮に私が関与しなくても彼らはこのまま孤児院暮らしだ。それで良いだろう、それに襲撃者を俺達が対応して終わりじゃダメなのか?」
「私も最初はそう考えました。ですが、私達の寿命は彼らとは違い過ぎる。私が彼らに何かを教えられる時間はそうありません。だからこの機会に知っておくべきなんです。孤児院の外側の世界を」
知らずに生きていけたなら、それが一番幸せなんだろうに。知らない権利だってあるだろう子供にも。反論は幾らでも出せるが、神父が次に口走った言葉が、俺の口を押さえた。
「彼らには
「──自由、か」
俺が男として生まれていれば、俺はどんな人生を歩んでいたか。きっと今よりは窮屈に違いない。
「我と遊ばぬのか?」
見下ろせば、エルフの翠眼と目が合ってしまった。
……いや卑怯だろ。子供の自由をダシに使われたら、大人としては何も言えない。
誰も言えないだろう、このままお前は種馬になるんだ、なんて。
「……必ず、孤児院に戻らせるんだろうな?」
「えぇ、必ず。女神に誓って」
俺は馬鹿みたいに長い時間を掛け、首を縦に振った。
♦︎♢♦︎
「やっぱり、恋人にするならムチムチの無知っ漢でしょ。私色に染めてさ〜」
「いいや、肉付きが良い方が抱き心地も良いに決まってるって」
「合法的な少年が一番よ。可愛いじゃない」
何とも下らない会話の響く酒場。俺は1人、好きでもない酒を呷っていた。
アイツらの引き取りは明日。俺の家でも今晩中に用意が必要だからだ。
あの時、散々言われていた噂について。
俺は知っている。俺が何と呼ばれているか。
「……えへへ。お姉ちゃんと〇〇〇な〇〇〇〇プレイしましょうよ」
「や、やめて下さい」
男に興味の無い『冷血処女』。これはあだ名の一つだ。
「人が落ち込んでる時に、楽しそうだな?」
「え? あいたたたたっ!?」
絡み酒が過ぎた客に背後からアームロックを掛ける。半分八つ当たりだ。
「好き勝手して、俺は羨ましいぞ、お前が」
「ちょっ、やめて! 曲がらない方に曲がっちゃう!」
もう一つのあだ名がある。これが俺の悩みの種だった。
「お前、酔っ払いは他の女に任せてろ」
「は、はい。ありがとうございます。
……あの、もしかして貴女は──」
俺の面を見た若い男の店員が、はにかみながら言う。
「──『
誰が言ったか、男でも気兼ねなく関われる女だから安全圏内。
女からすれば、タマ無しめいた罵倒と同レベルのあだ名だ。
けれど男からすれば、救いの一つにでも見えるだろう。
周りの視線が突き刺さる。妬み嫉妬軽蔑。
そのおかげで周りの女からは更にやっかみが生まれていく。
「……せめて、もう一つの方で呼んでくれ」
この世界ではどうしようもなく終わっているあだ名だった。
略してセフレ