安全圏扱いはやめてくれ! 作:銀髪ムチムチTS女子
「私の下で働かないか?」
ドライアドを倒し帰還したクリス達は、何故か冒険者ギルドの客間へと案内されていた。そこに入った瞬間、男騎士が言った言葉だった。
「……どういう意味だ? 騎士にでもなれと?」
「騎士、と言えばそうかも知れないな」
男騎士はつかつかとクリスに歩み寄り、懐から取り出した何かを見せる。
それは、紋章であった。交差した槍と剣の後ろに盾を描いたもので、これはこの国の王の血筋に限り携帯を許された代物でもある。
「は?」
「……君と彼女の力量は確かだ」
クリスは口を開けなかった。今世は冒険者とは言え前世はただの社会人。推定王族と思われる人物に対してどう対応すれば良いかなど知る由も無い。
詐欺師と見たほうが幾分か信じられる状況だったが、仲間が居るせいで軽率な行動を取るわけにもいかないと、クリスは額に汗を滲ませ男騎士の言葉を待った。エルシーもまた同様に。
「君が良ければ、だが」
柔らかに微笑む彼の姿は、先程までの馬鹿みたいに捕まっていた彼とは似ても似つかない。本来ならば剣を取る様な立場でないのだから、それも当然である。
「……一つ、質問を」
「答えられる範囲なら答えよう。君たちは命の恩人だ」
「それは、この前と今回、貴方が森にいた事と関係があるのか?」
「ああ」
一つ肯首して、男騎士が語る。
「質問を返してしまうが、男として生まれただけで剣を持つ事を認められない。そんな国はどう思う?」
「……どう?」
「私は、自由が欲しい。私の自由ではなく、民の自由が」
コイツさっきから王族感隠す気無いなと内心で慌てふためきながらも、クリスは動揺を噛み殺していた。男騎士の瞳は真剣そのものだからだ。
「この国の在り方に、私は疑問を持っている。だから私は国を変えたい。しかし、それはきっと私が
「だったら、次に任せれば良い。使命に縛られるのは不自由だろう?」
クリスは、つい口に出していた。そんなもの到底無理だと。この世界はそういう世界だろうと。そう考えていた。
「道半ばで終わろうと私はそれで良い。そうすべき立場にあるのだから。だが、誰もやらなければ何も始まらない。私は火種になりたいと思っている」
高尚過ぎて口が出せないというのはクリスも初めての経験だった。
意味が分からないという事ではなく、理解したからこそ回答に窮するクリス。
「民の未来を少しでもより良い物に変えることが、高貴なる者の役目だと私は信じている」
クリスは考えた。まず、彼は王族に連なる者だと。既にその時点で感情の許容量は振り切れつつあるが、堪えて更に思考する。
彼のビジョンとあの森の中に居た事、それが何を意味するか。
──恐らく、彼自身が力を付ける為か、或いは実績を作ろうとしているか。
少なくとも、この国の上に立つ為の行為なのだろうと彼は考えた。
「……君も
それを聞きクリスは反射的に銃を抜こうとしたが、伸ばした左腕を自身の右手で止めていた。
彼の語る願いとは、全く以て現状を理解しない者と女である者には響かない。シキにもエルシーにも、彼の言葉の意図する所は届いていない。
しかし、クリスには届いていた。
「……悪いが、遠慮させてもらう。私には縁遠い話だ」
だからこそ、彼は断った。これ以上は抱えるつもりもないと。
「そうか。ならまた気が変わったら教えてほしい。ここから連絡を取れる様にしておこう」
「期待しないで欲しいが」
「期待するのはこちらの自由だろう?」
「報われない期待程惨めな物も無いぞ」
「だが賭ける価値は十分にある。私はそう思っている」
「もうそれで良い」と、呆れ混じりで部屋を出た彼の姿を最後まで見送った男騎士は1人考える。
「やはり人を動かすには情報と利益か……そうだ」
この際、都合が良いと男騎士は冒険者ギルド内でクリスについて聞き込もうと考えた。女性ではなく、男性の職員達に。
彼らとは同性という事もあり、男騎士は着々とクリスについての評判を集める事が出来た。
「銃を使う冒険者? ああクリスさんの事ですか! あの人、初対面の時はぶっきらぼうで怖いなあって思ってたんですけど……仕事で遅くなって夜道を歩いている時、柄の悪い人に絡まれそうになった所を助けてくれたんです。それからつい彼女の事を目で追うようになっちゃって……」
「クリスさんの事が聞きたい? あの人は凄く真面目だよ、口では他の冒険者を真似てるのか、悪ぶってるけど育ちが隠せてないね。冒険者が苦手な数勘定もすぐやっちゃうし、本人は孤児院育ちだとか言ってたが、どこかの貴族の出だろうな、あれは」
「この前彼女を通りで見かけたんだ。普段とは似ても似つかない私服っぽい姿で辺りを見回していて怪しいと思ったからつい追いかけたんだが……こっそり男しか入らない様な甘い香りのするカフェに入って一人でホールケーキを食べてたんだよ。甘い物が好きってバレたくないみたいだったな」
「……いやあ、この前それとなく誘ってみたんだけど振られてさ。子供連れて来た時は正直頭が爆発しそうだったよ。他の奴もちらほら誘ってたりするけど、全然だね。そこら辺の神父より身持ちが硬いんじゃないかな」
男騎士がそれとなく聞けば堰を切ったように湧いて出るクリスの評判と秘密の数々。男騎士も王族として生まれた身である以上、人権の一部は無いものと承知していたが、クリスについても一部の人権が欠けているのではないかという奇妙な連帯感を覚える程に。
魚群を映す水面に投げ込まれた餌の如く奪い合いが起きるのが男に対する女の反応だが、女に対する男の反応は実に静か。
しかし静かなれど水面下では火花が散っている。男騎士は自らを品評するかの様な視線を先程から男性職員より向けられていた。これは
最後に、男騎士はほぼ彼女の専属になってるという女性職員の下を訪ねた。彼女の巨大な胸部に半端ではないプレッシャーを覚えながらもクリスについて尋ねた男騎士に彼女は朗らかな笑みと共に語る。
「あの子は素直じゃないんです。他の人に期待されるのが嫌いなんです。だからいつも断ったりダメ元で良いならって渋々受けたりしちゃうんですよ。本人は分かってないみたいですけど」
一つは、彼女の性格について。
「ただ、あの子は優しい子です。女や男に関係なく接していますし……貴方もあの子が子供を連れている所、見ましたよね? あの子供は、彼女が男性の気持ちを理解する為に引き取った子だそうです。きっとあの子にとって女と男はどっちも同じ
もう一つは、彼女の思想について。
ある程度情報が集まった所で、男騎士はクリスはこの冒険者ギルドの男性に広く受け入れられていると分かった。クリス本人は否定したであろうが、本人が居ない以上はどうしようもない。
男騎士は、益々クリスの手助けが欲しくなっていた。
この世界の思想に染まり切っていない純粋な女性。稀有な存在である事に間違いはない。今のクリスはそう男騎士の目には映っている。これも本人ならば全力で否定していただろう。
「……参考になった。感謝する」
身内の力を使うか、或いはどうにか口説き落とすか。男騎士の直感では、なりふり構わず囲い込もうとすれば決裂する気がしていた。
徐々に近付き、外堀を埋める。最終的にはそこに考えを纏めた彼だったが、それはクリスの前世で言う所の肉食系女子の動きに近い物があり、事を知ればクリスはただただドン引く事になるだろう。
(食い付きはされなかったが、噂を頼りに自らを餌にした甲斐はあったな。しかし、罠に嵌る馬鹿な男を装う作戦は失敗している、権力にも靡きそうにない……甘味の為に誘う、これはアリか。いや、警戒されるかも知れないな。ここは無難に友人から始めて行く形を取るべきか)
男騎士は、思った以上に食い付きの悪いクリスにどう対応を変えていくべきか思案しながら帰路についた。自らの容姿や立場に若干の自信があった分、少し肩を落としながら。
──クリスは前世の経験故に男社会とは幾分か気楽な物と考えていたが、この世界にその常識は通用しない。男社会もまた、想像し得ない程複雑に絡み合っている。それを彼が知るのは、まだ先である。