安全圏扱いはやめてくれ! 作:銀髪ムチムチTS女子
誰かが言っていた。
人生は減点法で採点すれば大抵赤点だが、加点法で採点すればだいたい合格点だと。
今、俺の人生は赤点だろうか、合格点だろうか。
「どっちかと言えば、どっちだ?」
自宅のリビングに置いたソファーに腰掛けながら、考えを巡らせていた。子供を引き取ってからと言うもの、よく分からない事に巻き込まれている気がしてならない。
そもこの世界に生まれた事自体が貧乏クジだ。運転免許証の試験を受けに行ったら数十段上の難度を誇る国家資格の試験を受けさせられた様な、赤点どころかそれだけで0点レベルな気がしてならない。この世界でどう生きるのが正しいのか、全くわかっていない。
そんな俺に遠慮なく投げ込まれた声がある。シキだ。
「クリスは何だか柔らかいな!」
「シキ、いい加減降りろ」
「
コイツ、この前俺の戦う姿を見てからと言うもの、気に入ったのか俺にべったりになりつつあった。銃の使い方を教えて欲しいとせがむ様にも。そう言えば、この世界のエルフも弓使いが多いんだった。飛び道具に憧れるのは種族の
今シキは、俺が開いて座っていた股の間に座り胸をクッション代わりにもたれ掛かっている状態だ。端的に暑苦しい。この辺りは気候も一年通して穏やかで過ごし易いんだが、子供の体温とは馬鹿にならないもので、まるで湯たんぽが乗っかっている様な心地だ。
他2人は借りて来た猫より遥かに大人しくしている。彼らを見習え……と言いたいが、逆に2人は大人し過ぎるきらいがある。まだ子供だぞ、俺が小学生くらいの頃はもっと馬鹿みたいに遊んでたが。逆にそこはシキの無邪気さを見習うべきだ。
「……ヨイヤミ、タリス、お前らは何かやりたい事はないのか?」
「ぼ、ボクは、ない……です。ごめんなさい」
「私も、彼に同じくです」
1人は若干遠慮してる感があるからマシだが、もう1人は完全に無欲に片足を突っ込んでいる。……世が世なら手が掛からない子供って事で良い子扱いされるかも知れないが、これが良い子だと言うなら世の中がつまらな過ぎる。もう少しくらい楽しくやっても良い歳だろう。
「シキみたいに外に出たいなんて事もないのか?」
「……」
「私も、彼に同じくです」
「おいヨイヤミ何も言ってないぞ」
ヨイヤミの表情はここに来てからまるで変わらない。確かに見知らぬガタイの良い女と一つ屋根の下はプレッシャーに違いない。
前世基準にすれば見知らぬガタイの良い男と少女3人が一つ屋根の下に暮らすと言う18禁ゲームのあらすじの様な状況だ。どう考えても犯罪の匂いしかしない。
「一応家主は私で、ルールに従えとも言った。だが、我儘を言うなとは言ってない。それが無理なら無理と言うし、出来るならやるつもりだ。その……何か無いのか?」
この前のシキみたいに暴走されて困るのはこっちだ。言ってくれた分には真面目に検討したい。
しかしこれは聞かれて困るタイプの質問だと言ってから気付いた俺だったが、少し間を置いて様子を見る。
「はい! 我は銃の使い方を……」
「却下だ。まだ早い」
「えー、クリスのケチ!」
「弾だって職人が作ってるんだ。安くない」
シキの考えはある程度分かって来た。飛び道具に興味があるようなので、パチンコでも持たせて遊ばせておくかすれば良いだろう。それなら手作りで済むし安上がりだ。
と、そんな事を考えていると視界の端で身じろぐヨイヤミの姿が映る。その姿は子供とは言え淫魔なだけはあり、どこか艶めいて見えた。だから何だという話だが。子供相手に発情なんて馬鹿馬鹿しい。
「……そ、そそ、その。ボク、ケーキが。……ごめんなさい」
「何で謝るんだ。ヨイヤミはケーキが食べたいのか?」
「神父さん、から、聞いたこと……あって」
ケーキ。前世の物に比べれば当然クオリティは落ちる。
と思いきや、割と出来が良い。俺だけが転生者なんて思い上がりはしていないので、真っ先に他に転生者が居る可能性を疑ってみたが、これは半分当たりで半分外れな結果だった。
あの時はまだ実家暮らしだった為、書庫に入ってある著者の歴史書を読んでいたが、歴史の節々で転移者の存在が示唆されていたりする。ただ転移者らしき存在の殆どは男だったと言う。技術ではなく子種を求めて異世界からの召喚魔法を行使した結果だろう。因みに召喚魔法は今では禁じられた魔法だ。当時の王子と男の民衆が手を取り合い、関係する資料は全て
対して転生者の痕跡はまるで見つからなかった。
男の身で転生したならば、成長の過程でこの世界の狂気に気付いて目立たない様に立ち回るからか。女ならば、大多数の中に埋没するからか。
ただ技術のみがそこにある。子種と一緒に搾り取られた物な気がしてならない。その技術書は血ではなく白濁液によって書かれた物だろう。ある意味では血に違いないが。
この世界の闇の一端を垣間見る事になったが、興味深い話ではあった。途中から謎の濡れ場の説明が入る事を除けば。
話は逸れたがケーキだ。この世界では甘味は少しばかりの贅沢品。この世界でああ言った洒落た甘味は男がよく食べているイメージが広がっている。そのせいで女一人でケーキを食いに行こうものなら、忽ち嘲笑の的になる理不尽が存在していた。女は黙って肉、だそうだ。
だが、俺は甘党であった。
娯楽の少ないこの世界で楽しめる数少ない癒しだった。
この世間の目によって気軽に楽しめない自分が居るのが悲しい所だが。
ここで俺の脳裏に閃きが生まれた。
──子供と一緒ならば衆目を気にせずケーキを食べられるのではないか。
冒険者ギルドで俺があそこまで悪目立ちしたのはあくまでも冷血処女がよりによって子供を連れて来たと言うギャップがあったからだ。一般人のフリをして子供を連れて歩く分にはそこまで目立つ事も無い。
「ケーキ、食いに行きたくないか?」
「……ケーキ?」
「お菓子だ。甘くて柔らかいパンみたいな奴だ」
「ケーキ……っ!」
よく分かっていないシキも、何やら美味しそうなものだと分かれば目を瞬かせる。御し易いのは助かるな。
「よし、行くぞ」
「おー!」
俺はその場で私服に着替えようと服を脱いでいく。シキも服を着替え始めたが、残る二人は顔をやや赤らめて背けていた。
「……どうした。着替えないのか?」
「ひ、人の子よ。恥じらいはないのですか?!」
「ん? 別に着替えなんていつも……あぁ、お前たちが寝てる間に着替えを済ませてるから、見てはないのか」
どうやら大人びた性格と思っていたタリスは案外恥ずかしがり屋なのだろうか。だがなにかと気になるのか、手で顔を隠しつつもその隙間からチラチラと視線を通していた。
「悪いが慣れてくれ、元々俺はこんな調子でやってたからな」
「近いです! 近いです人の子よ!」
「そら、さっさとお前らも着替えるぞ」
ただ善は急げ、ではなく甘味は急げである。チンタラしてれば男達に甘味が食い漁られてしまう。
俺はタリスが着ていたワンピースタイプの服をひと息に脱がせる。
「ひゃぁぁぁっ?!」
口をわなわなと開き、内股になって胸元を隠すタリスの姿は少女みたいにかなり華奢だ。もう少し食べた方が良いんじゃなかろうか。そんな事をふと思う。
「あ、あまり見ないで下さい……人の子よ」
後、その呼び方も引っかかる。人の子よ、なんて二人称、どう考えても珍し過ぎて浮いてしまう。
「人の子じゃなくて。私はクリスだから、そう呼んでくれ」
「クリス、わ、分かりました! だから早く服を!」
「ああ分かってる分かってる」
いよいよ涙目になり出したので用意していた着替えをさっと着せる。胸は見ないように背中からだ。元男としては腑に落ちない感覚だが。
着替え終えたタリスは半眼でこちらを見ていた。
「クリス……貴女は少し恥じらいという物を学ぶべきです」
「……いや、揶揄い混じりだったのは謝るさ。悪かったな」
「揶揄っていたんですか?! 不純です! 天罰です!」
そう言ってタリスは小さな手で俺の足を叩くが、大して痛くない。キャラがまるで違うな。流石に天使なだけあってかなり貞淑なのか、潔癖なのか。なるほど、いつもの態度は少し背伸びしていた物なのか。今はかなり錯乱している様子だ。まあ、ほっとけば治るだろう。
お次はヨイヤミだが、こちらは何かぼーっとしている様子。
近付いて屈むと、蕩けた目をしたヨイヤミは手を伸ばし、下着姿の俺の胸を鷲掴みにした。
「どうした? 体調でも悪いか?」
「ふ、ふふ。おねーさん。ボクのコト、食べたいの?」
「……なるほど、コイツもキャラ変か」
インドア派故の真っ白な肌に朱がさしている。2人よりも若干肉付いている肢体を揺らしながら、俺の右腕に紫色の細長い物を巻き付けた。それは尻尾だ。身紛らしの指輪はあくまで認知を歪める物でそこにある存在は変化しない。触れればこの通りである。というかヨイヤミに尻尾なんてあったのかと驚いている俺が居た。
そう言えば、インキュバスについて本で読んだ記憶を思い出した。
著者曰く『この世で最も哀れな存在』だとか。
インキュバスは摂食以外にも他者の生気を吸って生きる事が出来るが、そうした進化をしてしまったが故に、女の体臭やら何やらで発情しやすいという話だ。ただそれだけなら種族として繁栄していそうなものだが、厄介な事にインキュバスは生気を過剰に摂取しても身体を壊してしまう食虫植物の様な生態をしている。またその体質上、同じく生気を吸ってしまうサキュバスとの相性も悪い。数を減らしたのも当然だろう。
昔は裸になった女性が発情し動けなくなったインキュバスを襲うというインキュバス狩りが行われたとの記述もあった。どっちが淫魔だコレは。
……そんな生態だったなと思い出した俺は、潤んだ瞳で俺を見るヨイヤミの頭にデコピンをお見舞いした。
「痛っ……おねーさん。ボクのコト嫌いなの?」
「まだ好き嫌い言える段階でもない。子供の身体に興味もない」
先に俺は着替え、次にヨイヤミの服を着替えさせた。ヨイヤミはインキュバスの本能か、ただ着替えさせられた事に不満な顔をしていたが。
「おねーさんのヘタレ、甲斐性無し」
「どこで覚えたんだそんな言葉、というかいい加減元に戻れ」
尚、2人共に暫くすれば元に戻った。先行きの不安は募った。
………………
…………
……
そんなこんなあり、俺たちはようやく街に出る事が出来た。
初めて街にやって来た時のヨイヤミとタリスの反応は劇的だった。
「お姉さん、人、いっぱいで怖い」
「これが、街……人々が行き交っていますね……」
恐怖と感嘆という真逆の反応だったが。シキは余程ケーキが楽しみなのか、即興でケーキの歌を作って口遊んでいた。どれも子供らしい反応の範疇だ。パニックになったりしたらどうするべきかと考えていたが、杞憂だった。
俺は通い慣れた人目につかない道を通り、表通りの喫茶店に向かう。俺はつば広の帽子に加えてフードを外した紺色のマントをスカーフ代わりにして目元と口元を隠している。
石畳の道に軒を構えたカラフルかつパステルな外装の店だ。男1人では入るのが躊躇われる……いや、この世界では女1人で入るのが躊躇われるタイプの喫茶店。甘い匂いに誘われて行き着いたのが最初だったが、今では定期的に変装しながら通っている。
「いらっしゃいませ」
子供を連れて扉を抜ければ顔馴染みの男性店員が出迎えてくれる。
殆どは男性客で、女である俺が入って来るといつも緊張感が走っていたが、今回俺が子供連れである事に気付くと特に気にもせず料理やケーキに視線を戻していた。
……行ける、コレなら視線を気にせずケーキが食える。
素面に戻れば俺は俺を笑うだろうが、これ位しかこの世界に癒しは無い。これすら無くなれば俺はもう仕事をする以外に何もする事が無くなるレベルで。
「甘い香りですね」
「美味しそうだな!」
「わぁ……」
何の引け目もなく堂々と座った俺と子供たち。メニューは暗記済みである為、神父の教育の賜物か字も読める3人に渡しておき、俺はこの慎ましくも貴重な自由に浸っていた。
暇を感じて店内を見回すと、入り口の近くにあるカウンターに珍しく女が座って居るのが見えた。
明るい黄緑の髪で、長い耳にメガネを掛け、茶色のサイハイブーツやら長手袋に身を包んだ典型的なエルフスタイル。難しい顔をしながらサイケデリックな色をしたケーキをひたすらに口に運んでいる。傍らには包帯の様なものに巻かれた長物が立てかけられており、やや物々しい雰囲気だった。だがトラブルを起こさないのなら良心的な客の部類に入るだろう。
と、思っていたその時だった。
「やめてくれ! もう何度も断っただろ?!」
「そんな事言わずに、ついて来たら良い事してあげるからさ」
トラブルが足音立ててやって来た。逃げ込む様に店内に入って来た男と、それを追って来たであろう女。恐らくタチの悪いナンパだろう。
女は冒険者なのか帯剣している。対して男は丸腰、危うい状況だ。
しかも今から俺たちはケーキを食べようとしている訳で、あの女がフラれて暴れられては堪ったものじゃない。貴重な癒しの時間を邪魔してくれるなよ。
俺は席を立った。
♦︎♢♦︎
「先っちょだけ、先っちょで良いから!」
「何の話だよ!?」
男所帯の喫茶店で、武装した女に物申せる存在は少ない。見かねた店員が仲裁に入る。
「お客様、店内では他の方の迷惑になる行為は──」
「えぇ、私何か迷惑してる? そこまで言うなら、本当に……」
腹立たしさに任せ腰の剣に手を伸ばそうとした女だったが、ここに割り込む者が居た。
「やるなら外でやってくれないか。そういうのは」
目元口元を帽子と紺色のスカーフで隠した
「……何、貴女嫉妬してるの?」
ふんと鼻を鳴らす女。軽く剣を抜いて威嚇する様に鈍色を光らせる。
クリスは店を壊したくないと銃は抜かずに居たが、それが腰が退けていると勘違いして女は強気を崩さない。
「子供たちも居る。お前の振る舞いは教育に悪い」
出かける前の光景は棚に上げて語るクリス。何なら彼らにとって一番教育に悪いのはクリスの存在自体ではあるが、そんな事に気付く者がいる筈もなく、事態はより剣呑な雰囲気を帯びていく。
「……子供? まさか貴女、私に子持ちアピールしてる訳? ふざけてるの?」
ここに来て選択を間違ったと気付いたクリス。スカーフの中から銃を取り出そうとし──
「聞いていれば先程から、見苦しい」
──空気を切り裂く様な鋭い声が、場に一瞬の静謐を齎した。
「そうよ、そんなダサい格好でよく人前に出られるものよねえ」
カウンター側から聞こえた見苦しいと言葉尻の意味だけを取ってか、女はクリスを嘲笑う。
「いいえ、貴女の事です。……この世界には、どうしてこの類の痴れ者が後を絶たないのか」
疲れを含んだ声色で、メガネの位置を直したエルフの女は椅子から降りる。
「何よ貴女まで──えっ?」
と、息巻いて吠えた女の喉元には、エルフの女が握り締めたフォークの先端が突きつけられていた。
「ここは食事を楽しむ場。それが出来ない貴女は彼女の子供より道理を知らないと見えますが。二足の獣に差し出せる物など、ここには無いでしょう?」
女はさっきまで回っていた口を開く事も叶わず、突き出されたフォークがエルフの女の一歩に合わせて進むたび、一歩一歩と下がる事しか出来ない。
やがて、身体が扉を跨いだ時。
「くっ、覚えてなさい!」
女は耐えかね、尻尾を巻いて逃げ出した。
「……何故この世界の女性は皆、ああなのでしょうか」
酷く呆れた様子であったエルフの女は席に戻ろうとして、呼び止められる。先程絡まれていた男性だ。
「先程は、助けて頂きありがとうございました。そちらの方も……!」
男は、握手しようと手を伸ばすが、エルフの女は手を差し出さない。不思議に思った男が首を傾げていると、彼女は答えた。
「申し訳ありません。私達エルフには父を除く
『え?』
一体何人の声が重なっただろうか。その中にはクリスも含まれていた。そんな決まりがあるなどとはクリスは聞いた事が無かった。何なら里を抜け出し男性を漁ろうとする存在というのが昨今のエルフへの共通認識だ。
「……いえ。今のは、その、私個人の決まりで」
しどろもどろ、そんな言葉でしか表せない慌てようにクリスは更に違和感を募らせる。そもそも隣に立て掛けた長物についても、エルフは大弓を使わない種族である為、その点も怪しく見えてくる。
場の空気が微妙になった所で、エルフ(?)の女は席に戻り、サイケデリックケーキを食べ始める。
周りもそれ以上突っ込むべきではないと思ったか、皆視線をテーブルに戻していた。
──ただ1人、クリスを除いて。