安全圏扱いはやめてくれ! 作:銀髪ムチムチTS女子
「ねぇ、最近どうした訳? 依頼も受けずに朝から晩までギルドなんて、そんなやる気ないおばあちゃんみたいな働き方して」
「……働いていない様に見えるか?」
「見えるけど、何かしてたの?」
「いや、何も」
「なんなのよ、もう!」
ぷりぷりと腹を立てるエルシーだが、俺がこうしてる間、彼女は度々話し相手になってくれていた。普段は悪戯な笑みを浮かべている彼女が時折こちらを心配そうに見る時があるのが、少しだけ申し訳なく思う。
「ねえ、本当に……何かあったの?」
「いや、何も無い。無いと思いたい」
この王国は自由だ。市井で王政に対する不満を口にする事が許されている程度には。別の国では風紀を乱すという理由から猥談の一つも口に出せないなんて事もある。帝国とかはそうだ。教国なんてのもあるが、国教の女神様が産めよ増せよの思想である為、こちらは比較的オープンだ。
だが、そんな王国にもタブーがある。
例の召喚魔法だ。禁じられたこの召喚魔法について公言すれば外患誘致の罪で死刑すらあり得るのである。公言せずとも、噂を見聞きした上で然るべき場所へ報告を行わなかった場合、投獄か罰金刑となる。
存在すら許さないとでも言うべき対応だ。だがここはファンタジー。数百年の時を超えて生きる存在が当たり前の様に存在する世界だ。書物に残さずとも、人伝の記憶として残されてしまう。
勿論俺は市民の義務を全うした。募る不安を振り切り、冒険者ギルドからあの男騎士へ知らせを送ったのだ。ひとりやふたり所ではない召喚魔法の行使があったとなれば、直接上に伝えた方が対応が早いと考えて。
それから数日しての今日だった。
「……この冒険者ギルドにクリスという者は居るか」
開かれた入り口、逆光を背負って立つ女騎士が居た。シルエットは黒一色だが、これは光の加減ではなく、本当に黒だからだ。そう、黒騎士だ。
黒騎士は1人現れればその後からまた1人と現れ、最終的に5人になった。
詳しい話は省くが、黒騎士隊はこの国の特殊部隊で、そこの所属者についてはトップシークレット。名前すら追えないと言う。剣や魔法に限らず様々な武具、更には銃などにも精通しているとされ、国に害を齎す存在を確実に屠るのだとか。今回であれば、召喚魔法の関係者だろうか。
全員、全く同じフルアーマー、せいぜい武器が違う程度である。
「っ、な、何やったのよアンタ!」
小声で叫ぶと言う器用な真似をするエルシー。
俺は遂に来たかと覚悟を決めていた。態々あの男騎士へ連絡を入れたので精々事情聴取程度で悪い事にはならないと思ってはいるが、実際の所どうなる事やら。
「エルシー、私が留守の間、家と子供の面倒を見といてくれ」
俺はエルシーに鍵を渡す。
「……帰って、来るのよね? ちゃんと帰って来なさいよ?! じゃないとアタシ、何するか分からないわよ!」
エルシーはやや取り乱した様に口走るが、
「私がクリスだ」
手を挙げた俺に、周囲がぎょっとした目を向けてくる。
「同行者を1人連れて行きたいんだが、構わないか?」
「ああ、その旨は承知している。ただ、監視は付けさせて貰う」
同行者、言うまでもなく、あの眼鏡を掛けたエルフである。こうなる事は見越していた為、向こうには渡してある物がある。音送りのマジックメダルだ。折れば対となったもう一つのメダルが断続的に音を発し、向こうもメダルを折るとこちらのメダルも一度だけ音を発する。
昼に近い事もあり、折ったメダルからすぐ音が発された。待ち合わせの場所で彼女を拾い、向かうべき場所へ向かうとする。
俺を見送るエルシーはしおらしく最後まで心配そうな目をしていた。何も言えなかったが、先生も恐らくはそうだろう。なるべく早く帰って安心させるべきか。
多分行き先は王都だろう。この街から幾らか馬車に揺られた先にある。土産でも買ってエルシーたちや子供たちの機嫌を取ろう。
………………
…………
……
「……なんて考えてた私が馬鹿だったな」
俺は今、馬車ならぬ竜車に揺られていた。そこらの宿屋より豪奢な内装で、トカゲの様な竜──地竜に引かれるその広々とした空間には、黒騎士が1人、エルフが1人、そして俺……で終わらない。
「アンタ、やっぱり男じゃなくて女に興味がある訳? ふ〜ん、そう」
端に座るエルフを見て何故か半眼でこちらを見ているエルシー。というか何だその目は、別に悪いことはしてないぞ。
「タリス! ヨイヤミ! 見ろ! でっかい山があるぞ!」
「これが外の世界ですか、とても穏やかですね」
「ぐるぐるしてる、陽の光、まぶしい……お部屋に帰りたい……」
窓際の座席に膝立ちになって景色を楽しむシキとタリス、そして俺の膝の上には乗り物酔いでノックダウンしているヨイヤミが居た。出先でも子供のお守りをしなくちゃならんとは、これは予想外だった。
それもこれも隣で俺を睨んでいるエルシーの仕業だ。エルシーは子供たちを連れ出し、街の門で俺が乗った馬車を待ち構えていたのである。ここぞと言う時の行動力には舌を巻くが、このタイミングじゃないだろう。しかも、あの男騎士はこの事態を予想していたのか、黒騎士たちはあっさりとエルシーらの同行を認めてしまった。
「何よ。先に勝手したのはそっちでしょ」
「……いや、普通遠慮とかあるだろ?」
当のエルシーと来たら、明らかに拗ねていた。初めて出会った頃より擦れた態度である。
「今更遠慮なんてする事あるの?」
「それはそうだがな、今回は少しヤバいんだ。分かるか? 『し』から始まって『ん』で終わる類の魔法だ。お前なら分かるだろ?」
顎を摩り考えるエルシー。何か閃いたのか、ぱちん──指を鳴らす。
「まさかアンタ『
「んな訳ねぇだろボケナス! 俺が! どんなアブノーマルに見えるんだ!」
「いやアンタ大概アブノーマルでしょ」
「──俺?」
おっといかん、監視役の黒騎士も乗ってるんだった。こんな言葉遣いしてたら詳細を話す前に牢獄にぶち込まれる。
ここは、一応貴族の女性らしく背筋をピンと張り、爪先まで意識した振る舞いで、気高く、お淑やかな振る舞いを。短い間だったが、実家の冥土……じゃなくメイドから受けた地獄の特訓を思い出せ。そうして投獄ポイントを少しでも下げる努力をすべきだ。
上司や客先に謙るなんてやって来た事だ。平常心、平常心……よし。
手を口元に、口角を少し上げて……
「……いえ、私がどの様に見えてらっしゃるのかしら、エルシー様?」
「うわキモッ!?」
「ぶっ殺しますわよ?」
「──ぶっ殺す?」
不味い、秒で化けの皮が剥がれそうだ。俺の数年間のお嬢様フィルターを通して野蛮な言葉は濾過するんだ。声色と口調は柔らかく、ここはフロントライン家の長女として、微笑みを浮かべて……
「……貴女は木棺派かしら、それとも石棺派ですか?」
「いや余計に怖いんだけど。というかいきなりその口調は何なの?」
「はぁ……今から、どこに向かうか承知していまして?」
街道に残る轍が次第に増えて行く。人通りがそれだけ多い、この国の中枢へ近付いているという事だ。
王都──カ・ダリカの高い城壁が見えて来た。子供2人の視線も自然とそちらへ向く。エルシーや沈黙していたエルフもまた同様に。
俺はと言えば、特別何かを思う事もない。実家がそれなりな物で、見慣れていたからだ。かと言っておセンチになる事も無いが。
「ちょ、これって王都行きの竜車だったの?」
流石に能天気なエルシーでも事が飲み込めた様で、とんでもない事が起きているんじゃないか、と察し始めた。
「お分かりになって? お降りになるなら、今でしてよ?」
「まだ続けてるし……いや、アタシは降りないわよ。アンタは銃と盾と貧相なナイフだけなんだから、いざと言う時はアタシの御立派が必要でしょ」
「まあ、頑固ですこと」
「……うぅ、その口調、何とかならない? 鳥肌が立ちそうなんだけど」
「堪え性がありませんわね……。ま、今はこうしておくか。本番が近付いたらまた戻すからな」
「ふぅ、アンタはやっぱりそうじゃないと」
この間、子供たちは俺たちの苦労などもつゆ知らず近付く王都に歓喜していた。眼鏡のエルフは何故か子供……シキの事を見つめていた。腕輪の幻影もあるのだから、エルフとバレているとも思い難いが。
そしていよいよ竜車は王都の外壁を囲う堀に架けられた橋へ差し掛かる。
この竜車は特別なのか、外壁の入り口に設けられた検問から伸びる列を無視して通っていく。特別扱いされている様だが、おかげで余計に緊張してきた。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。出来れば無害な奴が良い。
………………
…………
……
「着きました」
竜車の扉が外に待機していた黒騎士の手で開かれる。
俺たちもぞろぞろと降りて行くと、目の前にはどこかの高級ホテルかの様なレストラン。王家の紋章がこれ見よがしに軒先に掲げられている辺り、如何にも上流階級向けの風だ。
「……この格好は不味いか」
流石にこんなレストランに何時もの格好は似つかわしくない。軽装のエルフやエルシーと比べても浮いてしまう。ドレスコードは指図されてはいないが、社交の場には最低限のマナーもある。
俺はマントを外し端を掴んで空に広げる。身体全体をマントの
「それは魔法か?」
一部始終を見たエルフは首を傾げていた。こうした物は向こうには存在しないのだろうか。
「いえ、魔法具という物ですの。地味ですが非常に便利ですわよ?」
「そ、そうか……」
「引かれてるわよアンタ」
「そう。子供たちの面倒はお願いいたしますわ、エルシー様」
「はいはい、ここまで来たからには付き合うわよ」
鎧は消え、代わりに青薔薇のバレッタと同色のドレスを纏った俺は、紺色のマントを小さく畳んでレストランに入る。貸し切りなのか、人の気配がまるでない店内。その中央にあるテーブルに2人、並んで座っている人物がいた。
一方はこの間の男騎士。勿論、鎧は着ていない。そうしていればただの黒髪の中肉中背の優男にしか見えない。彼は笑みを浮かべて俺たちに小さく会釈した。
もう一方は、赤髪の女丈夫。真っ赤なドレスこそ着ているが、滲み出る戦士の気迫という物が隠せていない。なんなら今ここで切り掛かって来てもおかしくないとすら思える。
俺はエルフと顔を見合わせそこへ向かう。エルシーは子供を連れて間仕切りに隠れた席へ向かわせた。
「この度は、この場を設けていただき感謝いたします」
「私からも感謝を」
俺が両手を合わせてお辞儀すれば、エルフの彼女もそれに合わせて頭を下げる。中々柔軟な振る舞いだ、前世ではエルフに頭でっかちのイメージもあったが、彼女はそうではないらしい。こちらとしても楽が出来て何より。
「そう硬くならないで欲しい。顔を上げてくれないか?」
頭を下げたままの俺たちに送られた彼の言葉、ありがたく頭を上げるとする。
「……しかし、まさかこんな事になるとはね」
彼に送った知らせには大体の経緯は記している。今回は改めての事情聴取、嘘偽りのない事を確認する為の場だろうが、あの赤髪が気になって仕方ない。
「ええ。私としても寝耳に水でした」
「だが、思っていた形とは違ったが、君との縁を結んだ甲斐があったとも言える。話を聞かせて欲しい、さあ、座ってくれ」
「では、失礼して」
「失礼する」
着席すれば、彼の質問が始まる。
と言っても内容は先の通り答え合わせの様なもの。当事者が居る分、より信憑性が増しただけの事だ。これによって王国も本格的に召喚魔法の使い手の捜索に乗り出せる。俺たちに出来る事はもう無い……筈なんだが。
それだけでここまでするだろうか。という根本的な疑問が頭に浮かぶ。
「……付かぬことをお聞きしますが、この場を設けられた理由を聞かせて頂いても?」
「あ、ああ。それはだね」
一瞬だけ顔が引き攣った彼の言葉を遮り、無言を貫いていた赤髪の女が声を発した。
「貴女が
鷹の目の如き眼光で、彼女は俺を見据えていた。殺気すら混じっているのではないかと思うほどの圧を感じる。
「いえ、その様な無礼な真似は……しておりません」
「彼女の言う通りです姉上、それに彼女は善意の通報者です。幾ら姉上とはいえ、その様な態度は」
彼に対して大体無礼な事をしていた様な気はするが、今は忘れよう。
「本当ならもっと絞ってあげたい所だけれど、貴女には役目がある。それを見極めてから判断は下しましょう」
「……役目?」
この背筋を這い上がる嫌な予感も忘れられたらどれだけ良いか。
「この国の第二王子、アルバ・ダリカから貴女に依頼があります」
「……っ、なんでしょうか」
「貴女には今回の召喚魔法使いの捕縛、あるいは討伐に協力して頂きたい」
彼は意を決した様子でそう言った。
……まあ、そんな所だろうと思ってたが。
なんだって第二王子が俺に目を付けてるんだ畜生。もっと他に良いの居たろう、王都で探せ、王都で。最近こんな事ばっかりだ、今年は厄年なのか、おい。
「この様に急いだやり方は本意ではありません。しかしこれは千載一遇の機会、逃す事は出来ないんです」
「断れば……どうなりますか」
「その場合は黒騎士隊が対応するだけです。力量も疑うべくもありません、ただ組織である以上、どうしても融通は効かず小回りも効きません。貴女の様な信頼出来る協力者が別に動いてくれれば事態の早期決着に繋がることでしょう」
確かに、事件の解決が早まるのは良い事だ。俺自身の精神衛生にも。ここで無視して帰って、何も起きないようにと震えて過ごすのはどうしようもなく嫌だ。後、断れば隣の赤髪にぶった斬られそうな気がした。
ここは乗せられるとしよう。
「報酬はそちらに一任しましょう。私の働きを評価し、それに合わせた対価を頂ければ。もし不満があれば、払って頂かなくとも結構です」
だが、次は無しだ。
断れないのなら、それとなく面倒な事を言って距離を取らせる。報酬を貰えなければそのまま手切れで良い、貰えたら貰えたでそれとなく納得しない雰囲気を出して距離を取れば離れられる筈。
俺はこの依頼を受ける事にした。