怠けたがりVtuberは天下取るのに大忙し   作:レイメイミナ

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亜刃時雨③

ㅤ今日は『てんから』メンバーによるカバー楽曲の収録。

 

ㅤと言っても3人とも別録りで、後はMIX師さんが編集してズレとかを修正してくれるそうなので私はソロで事務所を歩いていた。

 

ㅤ参考に舞華のだけ聴かせてもらったけど、やっぱ元アイドルだけあって歌上手いよなぁあいつ。エロエロ大魔神じゃなかったら尊敬に値するって常日頃から思っている。

 

「はぁ……安定してカラオケで90とれるぐらいじゃないと、アレには追いつけないかな」

 

ㅤなんて独り言を言いながら歩いていると、肩に小さい衝撃が走った。

 

「いたっ」

「あ、すみませ……え?」

 

ㅤ人にぶつかったみたいで、振り返ってみると私と同じくらいの歳の少女が立っていた。ライバーさんかな?

 

「あなた、その制服……」

「え?ㅤえぇ、まぁ」

 

ㅤなどと、曖昧な返事をする。

 

「…………そう、だからあの人が」

「はい?」

「なんでもないわ。ごめんなさい、知り合いに似ていたから」

「は、はぁ」

「それじゃ。また会うことがあれば」

「はい、また……?」

 

ㅤ彼女はそう言うだけして、その場を去っていった。

 

ㅤな、なんだったんだ一体。多分年齢からしてライバーの誰かだとは思うんだけど……。

 

「………………………………まさか」

 

ㅤあの少し低くて透き通った声……私は聞き覚えがある。

 

ㅤでも、まさか……いや、そんなはずは。

 

「でも、もしかしたら……」

「何がですか?」

「うわぁっ!?」

 

ㅤ急にマネージャーさんが話しかけてきた!ㅤ脅かさないでよもう!

 

「ま、マネージャーさん」

「すみません。唸っていたみたいでしたから。さっきの収録、何か納得行かないところがあれば今からでも撮り直しますか?」

「……いえ、なんでもないです」

「そうですか?ㅤでは、私は別件がありますので」

「は、はい」

 

ㅤそうしてマネージャーさんも去っていった。全くなんなんだ今日は……。

 

 

 

ㅤ別の日。

 

ㅤ歌枠のためにスタジオを借りようとして事務所に来た私は、配信開始までの時間を持て余していた。

 

ㅤ暇だぁ……。同じ環境ってだけでパソコン自体は事務所のものだからゲームだってできない。やっぱり何かソシャゲとか始めて見た方がいいのかな。

 

「誰か先輩方に聞いてみ……アース先輩が食い付きそうだな」

 

ㅤスマホ音ゲーをキリがないくらい勧められそうだ。それはちょっと面倒……ではないけど、あんまり多くのもの始めてもプレイしきれないし、とりあえず今話題のゲームとかでも始めてみようかな。

 

「……ん?」

 

ㅤ一瞬、見慣れた服装が見えた気がした。

 

ㅤ黒い長髪、摂食障害を疑うほどの細い体型、そして……私の高校と同じ制服の女性。見たことはないけど、間違いなくうちの学校の生徒だ。そして何やらスタッフと話し込んでいる様子。

 

「──んはこ──まで──」

「──いで──。この──ちつか──らい──」

 

ㅤよく聞こえないけど…………揉めてる?

 

ㅤ聞き耳を立てていても詳細がわからないほどの距離。けれども、穏やかじゃないのは確かなようだ。まぁ、なんかめんどくさそうだし放置しとくか……あと居心地悪いし早めにスタジオの方に──。

 

「あなた」

「ひゃいっ」

 

ㅤ急に声をかけられた。さっきの女性だ。いつの間にかスタッフさんとの話を終えて、私の方まで来ていたらしい。

 

「さっきの、聞いてた?」

「……揉めてることはわかりましたけど」

「そう」

 

ㅤ低く、鋭い声をしている。その声帯はきっと刃物の形をしていることだろう。刺されたら目を覆うくらいの血が出てきそうだ。

 

「……また会ったわね」

「そう、ですね」

 

ㅤやっぱりこの前のあの人か……。

 

「私が誰かわかる?」

「憶測の域を出ないので、なんとも……」

「ふーん、目星はついているのね」

 

ㅤ回りくどいな……身バレなんてここに申し込んだ時点で覚悟してるんだから、さっさと言ってくれればいいのに。

 

「私は『亜刃時雨(あじんしぐれ)』。一応、三期生よ。知ってる?」

「知ってます。推しだったので」

「そうだったの、ありがと」

 

ㅤ憶測の通り、彼女は亜刃時雨だった。時雨先輩は私の隣に座って、こちらを向く。

 

「私のファンなら、今の『刀蘭剣華』がどうなっているのかも、知ってるわよね」

「叢雲先輩と霧雨先輩が卒業、そしてあなたが無期限活動休止でしたよね」

「そう。まぁ、実質私も卒業したようなものよ。ただ、この名前を捨てられずにいるだけ」

「…………」

 

ㅤわかっていた。

 

ㅤわかっていたけど、実際に本人から聞くのは……ファンとしてはこの上なく辛い。本当はやめたがってるんじゃなくて、誹謗中傷をした人間に対して開示請求するために活動休止した……なんて希望すらも打ち砕かれた私は、何も言えずにいた。

 

「……でも、そんな足掻きもじきに終わる」

「え……」

「私は高校三年生。これからの進路を決めなくちゃいけないのよ。面倒くさいでしょう?」

「……それって、つまり」

「一応大学進学のつもりよ。でも家を出る以上、バイトはしなきゃいけない」

「それじゃあ……」

「そう、近いうちに私は卒業するつもり。過去と決別して、見知らぬ誰かとして」

 

ㅤ…………そんなことだろうと、思っていた。

 

ㅤ亜刃時雨は、あの騒動の中心だ。卒業でなく活動休止だったのが不思議なくらいの誹謗中傷を受けて、心を痛めた。だから、こんなことは誰であろうとわかる話なのだ。

 

ㅤなのに、それを受け入れられないでいる。

 

「……ごめんなさい。せっかく推しに会えたのに、こんな話」

「……いえ、わかりきってたことなので」

「最後にあなたと話せて良かったわ。私にも……ちゃんとファンがいたって、わかったから」

 

ㅤやめて。最後なんて、受け入れないでよ。

 

「……じゃあ、もう会うことはないでしょうけど」

 

ㅤそう言って、時雨先輩は席を立つ。私は、俯いたまま。

 

ㅤ時雨先輩は歩き出す。まるでもう思い残すことはないかのように。まるで、処刑台に向かう死刑囚かのように。

 

ㅤ亜刃時雨が、終わりを告げようとしている。

 

「待ってください!!」

「っ……!」

 

ㅤその言葉は、考えるよりも先に出た。

 

「……考え直して、くれませんか」

「…………何を」

 

ㅤ私も立ち上がって、振り返っていた時雨先輩と向き合う。彼女の瞳は、黒く淀んでいた。

 

「卒業を」

 

ㅤ『Virtual stars』四期生の子洗井ナマリとして。

 

ㅤ同じく三期生の、亜刃時雨のファンとして。

 

ㅤ今この場で、私は、『推し活』を果たそうとしている。

 




亜刃時雨
・『Virtual stars』所属三期生
・ユニット名『刀蘭剣華』所属
数々の犠牲の果てに生まれた人口剣華。生まれついての戦闘マシーンとしてひたすらに奪うだけの日々を送っていたが、ある日「自分にも何か生み出せるかもしれない」と考え配信活動を始めた。
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