怠けたがりVtuberは天下取るのに大忙し 作:レイメイミナ
「……あなた、本気で言ってるの?」
ㅤ私の言葉に、時雨先輩は平坦な声で返す。
ㅤ────卒業を考え直す。
ㅤそんなこと、私だけじゃありえないことぐらいわかっている。でも、だとしても……こんな形で自分の推しを終わらせたくはない。そんなことファンならきっと……いや、誰もがそうじゃなかったとしても、何人かは思うはずだ。少なくとも、私がそうだから。
「私の意思が固いことは、さっき散々言ってきたはずよ。それでもあなたは、私に考え直せと言うの?」
「……はい、厄介オタクなので」
「…………」
ㅤお互いに譲らない。その状況に、時雨先輩は眉間に皺を寄せた。きっとその胸中は穏やかではないだろう。
「……あなたは、知らないのよ。本当の意味で炎上したタレントの心を。心からそれを心配して、親身になろうとしたって、人間はエスパーにはなれない。苦しみを伝えることも、感じることだってできない。今更そんなこと言われたって、私は戻る気にはなれないわよ!」
「だとしても、私は終わらせたくないんです」
ㅤ時雨先輩の痛みなんて、わかるはずがない。……いや、違う。そうじゃない。
ㅤわかりたくないんだ。
ㅤわかったらきっと、私は彼女に賛同してしまう。だからここは、何も知らない馬鹿で無責任な厄介オタクの自分でいたい。
ㅤそうじゃなきゃ、彼女を救えない。
「あなたにして欲しいゲームがたくさんある。やってほしい企画が、コラボが、配信が!ㅤまたあなたをリアルタイムで追いたい!ㅤ私もライバーだから、これまでとは違う形になるかもだけど……私は、あなたにまだライバーでいて欲しいんです!」
「ッ……!」
ㅤ吐き出す言葉は、止めどなかった。
ㅤ亜刃時雨がいなくなってからの『ぶいすた』は寂しかった。前みたいな勢いが無くて、『ASTRUMS』も『オーラス姉妹』も盛り上がりに欠ける……そう言えば失礼になるけど、正直『刀蘭剣華』の頃から考えれば目も当てられない惨状だった。
ㅤだから私は、ライバーになりたくなった。
ㅤ元々自分を変えたいとは思っていた。でも、それ以上に自分の大好きな世界が廃れていくのが我慢ならなかった。そんな傲慢な考えが自分の中にあるなんて知りたくなかったけど……でも、それもこれも全部、突然消えてしまった推しのせいだから。
「……そこまで言うなら、わかってよ。わかりなさいよ!!ㅤそんなことはできないって!ㅤもう配信なんて無理なんだって!ㅤ雑談をやめた、収益化を自分の手で止めた、コメント欄を封鎖した!ㅤそれだけやっても私は、私はッ……!」
「それでも構わない。私は、推しが生きていることさえわかれば充分だから!」
「あなたは馬鹿なの!?ㅤそんなライバーがいていい訳がない!ㅤ亜刃時雨はもう、死んだのよ!」
「死んでない!!!!」
ㅤ人生で一番大きく出た声が、時雨先輩を怯ませる。
「私は、あなたの声がまた聞けて、嬉しかったですよ」
「……全然そんな態度じゃ、なかった癖に。飽きられてることぐらいわかって──」
「うるさい」
「えっ」
「飽きてたまるか。あなたの活動期間4ヶ月のうち、配信したのは99回、277.3時間。私は全てを通しても未だにあなたを推している。その意味がわかりますか?」
「え、怖……」
ㅤ今時雨先輩の本音が聞こえた気がするけど気にしない。
「私は、あなたのトークが好きです。隙あらばネットミームが飛んだり、ダジャレだったり一人芝居だったりが急に来て、勉強のお供に聞こうとしたアーカイブが面白すぎて1ページも進まなかった。ライバーになったからこそあれだけのことができるあなたを尊敬できるし、より推せる。それにゲームの腕だって、ただ下手なんじゃなくて絶妙に誰もはまらない罠にはまるし変なところでグダって面白いし、特に〇ービィの初見プレイはリピートしてるうちにどこでどうやってデスするのか暗記してしまいました。102回のうちの53回目、それまで苦戦してた空中浮遊したまま敵を倒すを完遂できて浮かれてたらそのまま穴に落ちたのがフラグ回収が鮮やかすぎてめっちゃ好きです。今でもたまに思い返したりリピートしては笑って活力貰ってます」
「待って私そんなに死んでたの?」
「ホラゲー実況なんてただでさえゲームが下手なのにさらに恐怖で進まないのも加算されてそのグダグダ具合はすごいです。何回も何回も水を飲んではトイレに行ったり推しキャラの抱き枕持ってなんとか恐怖を和らげようとしたのに結局ビビりまくって椅子から転げ落ちたり、とにかくコンマ1秒まで面白い配信でした。あと雑魚ゾンビ倒すのに1時間半かけてたのも無様で面白かったです」
「そんなに時間かかってたの!?」
「ソシャゲの配信もすごかったですね。ガチャで爆死したりミニゲームに悪戦苦闘するのはもちろんのこと、キャラを愛でているときの姿はなんというかこう……この人キャラ守る気あるのかな、ってなりました。今でも私のキャラ崩壊の許容度はあれです。ロリは頭を撫で、巨乳は胸を撫でる。ミニスカ女子は太ももを撫でるし、どっちもすごい子はどっちも撫でた後舐め回すように全体をマウスカーソルでじっくりなぞる。鼻息えぐかったしノイキャンされてましたけどよだれ垂れてたのも私は知ってますよ」
「待って!ㅤそれだけは墓場まで持っていきたかったのに!」
「ソロだとイキイキしてるのにコラボ配信では人見知りしまくるのも面白かったです。今だと割と仲良くなってるんですかね?ㅤ一期生とのコラボとか常に声が上擦ってたし特に朱夏先輩との絡みは半分くらい悲鳴だったじゃないですか」
「あれは、スタジオ配信であの人がすごく抱き着いてきたから……」
「抱き着いてきてたんですか!!?!???!!?ㅤいいんですかそんな薄い本が厚くなるような展開あなたの帰りを待つ亡霊のオタクみんなそれ知った瞬間成仏しますよ!?」
「ぼ、亡霊……」
ㅤ時雨先輩がその言葉に反応する。それを待ってた。
「そうですよ。亜刃時雨の復活を望む人はたくさんいます。私もそうですし」
「でも、それと同じくらい、私を嫌う人もいる」
「いませんよ」
「……え?」
「好きの反対は無関心って言うじゃないですか。結局連中は不平や不満を成功者に投げ付けて面白がってるだけなんですよ。投げられなくなったら放置して別のターゲットを探しに行く蝗害。だから、もうあなたを傷付ける人はいません」
「……でも、そいつらが付けた傷は……」
「私が、治してみせます。どんなに酷い傷口でも、私が縫ってみせる。それが……ファンがするべき最高の推し活だと思いませんか?」
「……!」
ㅤ後に私は、勢いに任せて出たこの言葉を、一生後悔することになる。
ㅤそれでもなお、お釣りが来るくらいの出来事が待っていた。
「…………じゃあ、ひとつだけお願いできる?」
ㅤ──────亜刃時雨の、復活が。