怠けたがりVtuberは天下取るのに大忙し 作:レイメイミナ
「あ、しぐさんおはようございまーす」
「ええ、おはよう」
「…………」
「?ㅤどうしたの?」
「いや、突っ込んだ方がいいのかなって」
「いいんじゃないすかね」
ㅤ放課後、昼下がりの事務所にて。
ㅤ私と時雨先輩は来たるべき復帰配信に向けて諸々の用事を済ませていた。そんな折に出会ったのが、(多分)アーストロン・ゾディア先輩だ。それで今の私の状況はと言うと……。
「……なんでそんなくっついてるの?」
「わからない?ㅤ不安だからよ」
「ちなみにその人は?」
「あ、子洗井ナマリです。なんか推しに好かれてるせいで1ミリも動けません」
「あー君が!ㅤあのリズム感良い新人」
「まだそれ言ってたんすね……」
ㅤ今の私は、時雨先輩にコアラのごとく右腕をガッチリホールドされている状態だ。どちらかと言えばコアラは私の方なんだが。
「どうだい?ㅤ軽く音ゲーでも」
「右腕解放してくれたらやれるんですけどね」
「やだ」
「こんななので」
「しぐさん……」
ㅤアース先輩が苦笑する。
「そういえば、復帰配信ってもうすぐなんでしたっけ」
「えぇ。今週末よ」
「色々大変だったんじゃないです?ㅤ凍結してた企画とか新衣装とか一斉に動くわけだし」
「それは大丈夫。所長は初めから私を復帰させるつもりで動いていたわ。どの企画もすぐに動かせる状態で止めていたの」
「あの人こわぁ……所属タレントへの執着に関しては業界でも指折りなんじゃないですかね」
「私もそう思うわ。強面で無愛想だけれど、あんなに親身になってくれる人中々いないって常々思うくらい」
「…………」
ㅤやばい、”芸能人”って感じのトークが始まってしまった。私がいる状態で。私だけ全っ然話に入れない中所長っていうまだ全然知らない人の話をし出している。私がいる状態で!(大事なことなので(ry)
「今度やる3D配信も所長がなんとか確保してくれたから早めにできたの。感謝しかないわね」
「3Dもやるんだ!ㅤじゃあ一緒にライブとかも……」
「……ライブ」
「あっ……まぁ、すぐにってわけじゃないから」
「わかってるわ。そういうことにはこれから慣らしていくつもり。ナマリと一緒にね」
「…………え?」
ㅤ今、私の名前出た?
「後輩なのに責任重大だ。頑張りたまえ」
「あっ、は、はい」
「じゃ、私は大事な大事な案件があるので失礼します!ㅤ子洗井ちゃんも、やりたい音ゲーあったら言ってね!ㅤいつでもコラボしてあげるから!」
「は、はぁ」
「じゃあね!」
ㅤ…………。
ㅤ音ゲー、別にやりたいわけじゃないんだけどなぁ……。
「時雨先輩、後輩と面識あったんですね」
「えぇ。デビュー時期は違くても同じ三期生だもの」
ㅤそんなことを言われると未だにオーラス姉妹を先輩呼びしている私が律儀な阿呆に思えてならない。うぐぅ。
「あなたのことも知っていたわ。声とか佇まいとかで」
「そうだったんですね……」
「まぁ、一番はマネージャーに『似ている』って言われたからだけど」
「え?」
「知らなかった?」
「……いえ、エゴサしてたらそういう意見もありましたけど。でも自分と推しが似ているだなんてそんなことあるわけないって思ってました」
「そうね。私もそう思う」
ㅤごめん、それはちょっと傷付く。
「ナマリは、私よりもずっと図太くて強かだもの」
「そう見えます?」
「少なくとも私がナマリの立場だったら、自分の推しに向かってあんなに啖呵切れないわ。ナマリは配信では自分を没個性だって言うけれど、その一本芯の通った強い意志は間違いなく他にはない個性そのものよ」
「は、はぁ……ありがとうございます……?」
ㅤというか、時雨先輩って私の配信見てくれてたんだ……!ㅤそれめっちゃ嬉しいんだけど!
「これは私の勘だけれど、ナマリはきっと将来、あの『光里ステラ』に匹敵するライバーになれると思うわ」
「えっ、いやそんなこと!」
「真に受けないでいいわよ。ただの拡大解釈だもの」
ㅤ時雨先輩は、そんな言葉を残してから「それじゃ」と言って去っていった。
ㅤさすがに評価しすぎというか……なんでそんな好感高いんだ私……?
※
ㅤナマリと別れて、マネージャーと打ち合わせをして、帰宅して……から、配信用の諸々の整備をしているのが今の私。
ㅤ配信には専用のソフトを使ったりするのだけど、そのアップデートをしていないままだったので、その膨大なデータをダウンロードしたりキャッシュクリアをしたり……。それに、半周年記念の新衣装も、一周年記念の3Dだって残っている。
ㅤなんだかデビューした頃に戻ったみたいだ。
ㅤあの頃はマネージャーや先輩に聞いたりして、てんやわんやしながらなんとか配信をしていた。サムネイルを作るのも大変だったし、配信中は失言がないか、キャラが過度に崩壊してないかといっぱいいっぱい。あの頃の配信は正直見るに堪えない黒い歴史となっている。
ㅤナマリの配信は、それに近しかった。
ㅤ最初、新人がデビューするとなってもさほど興味がなかった。どうせやめるから、もう関わらないから……と、自分に言い聞かせ誤魔化していた節はあったが、実際その通りなのだから、わざわざ自分から知ろうとなんてすることはなかったと思う。
ㅤそんな中、マネージャーから言われたことがある。
『子洗井ナマリさんのスタイルは、時雨さんに似ていると人気なんですよ』
ㅤ意識せざるを得なかった。
ㅤそれがその通りならきっと、彼女も酷い目に遭う。大量の心ない言葉が押し寄せて、反撃しようという意思すらも砕かれる。誰かがそんな目に遭うのは、もう見たくない。私はそう思った。
ㅤだが、彼女の初配信を見て、そんなものは覆った。
ㅤ彼女はきっと、それすらも乗り越える存在なのだと、私は悟ってしまった。
ㅤ緊張しているのは当たり前だったけど、それでも感じるのは強い自我だった。絶対にライバーになりたいと、ライバーとして成功したいと……そして理想の自分になってみせると。
ㅤ初配信なのに、もうリスナーとの距離が縮まっていた。その後の同期との絡みからして、リスナー側も弄りやすいキャラ、弄ってもいいキャラだということを感じ取っていたらしいが、私はそれ自体は悪い兆候だと考えていた。それが誹謗中傷に繋がることだって珍しくもないのだから。
ㅤでも彼女は、そんなリスナー達をも完全に自分のモノとしていった。
ㅤ同期と距離が近く、その上レスポンスも豊富で強烈。恐らくキャラをあまり取り繕っていないタイプなのだろう。それはつまり、本人のキャラそのものが強烈だということ。
ㅤ彼女が……子洗井ナマリが私に似ている?
ㅤそんなはずがない。だって彼女のタイプはどちらかといえば…………光里ステラのそれだからだ。
ㅤ私がなれなかった存在……圧倒的な光で心に自身を焼き付ける、そんな人間なんて、光里ステラ以外に私は知らなかった。
ㅤ彼女が、現れるまでは。