怠けたがりVtuberは天下取るのに大忙し 作:レイメイミナ
「ついに、来たのね……」
「はい。来ましたけど」
「これを押せば、枠が立って……そしたらコメントが流れてきて……」
「…………」
ㅤ初配信かよ……。
ㅤ今日は待ちに待った時雨先輩の復帰配信だ。復活宣言からここに来るまで大体1ヶ月……結構経ったな!?
ㅤそして当の本人は現在絶賛ナーバス状態。なんというか、推しのこんな姿見るのは一ファンとしては少々複雑に感じる。でも弱ってるときこそ推しを支えるのがファンの務めってものじゃない?ㅤまぁそれはいいんだけど……いいんだけども……。
「それで、なんで私いるんですか……?」
「精神安定剤」
「精神安定剤……?」
「そう。私はもうナマリ無しでは生きられない……責任、取ってよね?」
「なんでそんないかがわしい言い方を……」
ㅤあの日以来、この人は何かおかしくなった。交流があったわけじゃないっていうか、あの日がほぼ初対面ではあったんだけど、一応配信で人となりは知っていたつもりだった。それが今やこんな事に……、どうして……?
「それで……いつまでそうしてるんですか」
「今、心の中で私の中のペルソナと戦っているからちょっと待っててくれるかしら」
「なんですかそれ」
「クっ……あなたなんて、私じゃない!」
「それ呑まれるやつじゃないですか」
「知ってたのね」
ㅤせめてこういうやり取りは配信でやりたかったものだ。まぁエピソードとして話しときゃいいか。それよりずっと戦ってもらっては困る。
「えいっ」
ㅤ時雨先輩に割り込んで、待機所を作成するボタンをクリックしてやった。
「あっ!」
「私だって初配信はノリと勢いでゴリ押したんですから」
「……わかったわよ」
ㅤいくら推しと言えどあまり甘やかしてはいけない。あれだけの愛を語って本人をその気にさせた以上、最後までサポートするのが私の務めだ。まさか配信にまで呼ばれるとは思わなかったけど。
・キタ━(゚∀゚)━!
・全裸待機
・帰ってくる…俺達の黄金時代が帰ってくる…!
・涙止まらん
「
「ナマリ、少年漫画の知識が深いあなたならわかるはずよ。『10の声援が1の罵倒に敗れる』ことを」
「いやまぁわかるっちゃわかりますけど……時雨先輩のことですし大丈夫ですよ」
ㅤ時雨先輩は言い聞かせられた子供のような目をして、こちらを見た。ちょっとウッと来た。この人リアルでもそこそこ顔が良い……。
「……ナマリ」
「なんですか」
「ハグ……してくれたら、頑張る」
「……え」
ㅤハグ……?
ㅤ…………いや、え、ハグ????????
「い、いやっ、それはさすがになんというか、ライン越えっていうか……!」
「やっとそれらしい動揺をしてくれたわね」
「あっ……」
ㅤそれが狙いか……。
「時雨先輩……」
「ふふっ、冗談よ。あ、でもハグして欲しいのは本当」
「えぇ……一ファンとして、ちょっと、そんな度の越えたことはさすがに……」
「どれだけ過ストレス状態で薬に頼っても寝れない人でも、ぬいぐるみとハグしながら寝ることで改善されたケースは何個も存在するわ。ハグは薬をも凌駕する最強の精神安定剤なのよ」
「まぁ、そんな話はありますけどね……」
ㅤそんなふうに言いくるめられた私は、おずおずと躊躇いながらも手を広げ、ハグの体勢を作る。すると時雨先輩がゆっくりと噛みしめるように腕を回してきた。
ㅤ……うぅ、やっぱ恥ずい……。
ㅤ否応無しに聞こえてくる心臓の音。多分、音量の比率は私の方が大きいことだろう。やばいな、これ最悪、時雨先輩のリスナーに刺されるぞ。夜道に気を付けた方がいいかな。
「…………」
ㅤ雲の上の人だと思っていた。
ㅤ毎日可愛くて、面白くて、たまにカッコいい、私の最推し、亜刃時雨。その人が今、私の腕の中に収まって、温もりを与えてくれている。ここまで来ると、どういう感情でいればいいのかわからない。優越感か、多幸感か、困惑か、失望か……。
ㅤでも、悪い気はしない。何せ推しの頼まれ事なのだから、断る理由がない。
ㅤライバーになって良かったと思うことは、今までも何回かあったけど、今日は特にそう思う。多分きっとこれからも、そう思える日が何度だって訪れるだろう。
ㅤだから、もう少しだけこの確かな胸の膨らみを──。
「すぅぅぅぅ……」
「え?」
「はぁぁぁぁ……」
「ちょっ、ちょ!?」
ㅤ吸うのは反則だって!!?
「はぁぁ、想像以上に最高だわ……!」
「どこの美食家ですか!」
「全部拾ってくれるわね。……いやね、人生で一度くらいはやってみたかったのよ」
「よりによってなぜ私で……」
「悪かったわ。でもありがとう、おかげで潤った」
「何が?????」
ㅤそうこうしているうちに、配信開始時間は迫ってくる。
「ほら、もう始まりますよ」
「そう……」
「わかりやすくしょぼんとしますね」
「気分はさながら初配信よ。デビューして日が浅いあなたならわかるはず」
「言わんとしてることはわかります」
ㅤまぁ確かに緊張するだろうけど……私の推しなんだから、もっと堂々と胸を張ってほしいものだ。
「さっきみたいに画面の切り替えはやりませんからね。自分の配信枠なんですから」
「えぇ。当然、自分でやるわよ」
ㅤマウスカーソルが動き、開始のボタンで止まる。
ㅤ…………ごくり。
ㅤ
ㅤㅤ────カチッ。
・キタ━(゚∀゚)━!
・キタ━(゚∀゚)━!
・遅かったじゃないか……
・待ってたぜぇ、この瞬間(とき)をよォ!
ㅤ急加速するコメント。画面が切り替わり、時雨先輩と私の2Dモデルが映し出される。
ㅤ始まったんだ、亜刃時雨の配信が。そして、そこに私もいるんだ。本当にどうして私なんだ……。
「完全復活!!ㅤパーフェクト亜刃時雨!!!ㅤ参上!!!!」
「おわあっ!?」
ㅤ声デッッッカ!!!?
ㅤさっきまでの萎縮してた時雨先輩どこいった!?
「月の下より!ㅤごきげんよう!!ㅤ亜刃時雨よ!!!ㅤ……だっけ!!!?」
「合ってますから落ち着いてください……」
「何せ休止から1年も経ってるんだもの!ㅤどんな!ㅤテンションで!ㅤやってたかわかんなくってェ!!」
「とりあえず声を落ち着けてー!!」
・うるせぇ!
・ほんとにやかましくて草
・でっけぇ声!!!
・その前に隣の後輩について説明しろ
「そうだったわね。ナマリ、自己紹介してくれる?」
「うわっ、急に落ち着くな!ㅤ……あーもう!ㅤ時雨先輩の休止中にデビューしました子洗井ナマリですよろしくお願いします!」
「そう、彼女は子洗井ナマリ。私の最推しよ!」
「最推し!?」
ㅤこの人テンションどうなってんの!?
「いいわよね。タイツに見せかけてニーソな辺りとか」
「そこ?ㅤそこなの?」
「オーバーサイズの服に隠れた巨乳とか!」
「セクハラすぎるんだけど……」
「さて、じゃあ本題に入っていこうかしら」
「切り替えが早すぎてついていけねぇ」
・後輩ちゃんドン引きで草
・がんばれ
ㅤ終始こんな調子でやってたら体力がいくらあっても持たない……。っていうか私、突発的に呼ばれたから何やるかまるでわからないんだけど。
「私何も知らないんですけど、本題ってなんですか?」
「えぇ。私が休止中に色々あったみたいで、その中には私関連の企画も多数動いていたのよ」
「はい」
「というわけで今回はその中から今やれるものをやるわ」
「なるほど。それで何をやるんですか?」
「新衣装」
「……はい?」
「手始めに今回は新衣装を2着ほどやるわ」
ㅤ……………………は?