怠けたがりVtuberは天下取るのに大忙し 作:レイメイミナ
久しぶりね。
鬼との戦いが長引いて、しばらく配信ができない状態だったの、ごめんなさい。
悲しいことは沢山あったけれど、私は変わらず前を向いて生きていくわ。
それが二人のためでもあるから。
「3Dのお披露目、お疲れ様でした」
ㅤ滴る汗をタオルで拭う私に、そんな声が投げかけられた。
ㅤ彼女は私のマネージャー。かつては『刀蘭剣華』全体のマネジメントを担当していたが、メンバーの卒業により私だけとなってしまった。私に似て寡黙で無愛想だが、ことメンタルの強さにおいては私に大きく勝る。まさしく出来る女エージェントといった人物だ。
「復帰前後でも、あれだけ動いたのは初めてね……」
「ライブ無しという異例の配信でしたが、殺陣が出来たおかげでどうにかなりましたね」
「黒歴史もたまには役に立つわね」
「触れないでおきます」
ㅤ練習時間が取れなかったためにダンスができず、歌のレッスンもできなかったので配信はかなり歪な内容となってしまった。小学生の頃に通っていた剣道教室の浅い知識と、中学生の頃独学でやっていた殺陣の知識が功を奏してどうにかなったが、急遽駆り出されたスタントマンは廃人と化した。まぁ本人らは「時雨さんが幸せならOKです!」と言っていたのでさしたる問題ではない。
「それで、例の件なのですが」
話を切り替えるようにマネージャーさんが口を開く。
「例のって、あぁ……」
「誠に勝手ながら、もうすでに身元を特定しており、後は時雨さんの返事ひとつでいつでも訴訟を起こせる状態です」
「え、怖」
あまりにも用意周到だったので引いてしまった。
とはいえ、そこまでしてくれる献身的な事務所には感謝している。時々本当に怖くなることもあるが。
「マネージャーさんはどうしたいの?」
「そうですね、指の毛一本に至るまでむしり取ってやりたいと思っています」
「うわぁ」
何を当然のことをと言わんばかりのテンションでそう言ってきた。この人、ポーカーフェイスなのも相まってたまにホラーに片足突っ込んでる発言を平気でしてくる。まだ高校生の身としては、そこまで愛されていることに少しばかりの恐怖を感じるのだ。
「そう思っている人は多いと思いますよ。小洗井ナマリさんだってその一人でしょうし」
「ナマリは……まぁ、『地獄に落ちろ』ぐらいは言うでしょうけど、そこまで過激ではないはずよ。少なくとも私の中では」
「……何度も言っておきますけど、時雨さんは少しばかりご自身の価値を見誤ってると思います」
「はぁ」
「少しは愛されている自覚を持ってください。ファンのおかげで復帰できたんですから」
「……わかったわよ」
愛されてる自覚……と言っても、まだ完全に復帰できたわけではない。まだ心の中ではアンチに怯えている自分がいて、悪魔のように囁いてくるのだ。休止当初に使っていた眠剤も最近また使うようになった。コメントは皆温かいが、それがいつ裏切ってくるかと気が気でない。
叢雲がいてくれたら、きっともう少し楽だったはずだ。
霧雨がいてくれたら、きっと誤魔化すことができていたはずだ。
でも、もう二人はいないから。
私が一人で、やるしかないのだ。
*
と、思っていたのだが。
「サシコラボ、ですか」
「はい。ステラさんから是非復帰祝いがしたいと申し出がありまして」
『ぶいすた』一期生にして創設者、私をライバーにした張本人。名を『光里ステラ』。
インターネットに生きる者なら彼女の名を知らぬものはいない。それくらい圧倒的な光を持つ存在で、それでいて儚さも併せ持つ絶対的で刹那的な、現代の生きる彗星。それが彼女だ。
そんな彼女から、なんとサシコラボの申し出が出たのだ。
「言ったでしょう、『少しは愛されてる自覚を持て』と」
「違う、そうじゃない」
もしかしてマネージャーさんは割と脳筋思考なのか……? いや言ってきたのはステ姉でしょうけど、昨日の今日で証明してくるのは話が違う。少しは光里ステラという存在の大きさを考えてほしい。
「足りなかったですか?」
「何が? 何が足りないっていうの?」
これ以上何を望めと言うのだこの人は。人間国宝でも連れてくる気なのか?
「でもいいじゃないですか、例の件で一番心を痛めていた人ですから。元気な姿を見せてあげたらきっと喜びますよ」
「お誘いは喜んで受けるけれど……。本当にいいの? あの人、最近特に弱ってるって」
「自分もそう言いましたけど、頑なな意思で聞いてくれませんでした。そういうことですよ」
そういうこと、と言われても……。
ステ姉の持つ儚さの正体、それは病弱なことだ。
正確に言えば重篤な不整脈。普段は特別製のペースメーカーで脈拍を調節しているのだが、たまにそれが効かなくなることがあるのだ。なので彼女は体に負担をかけないように配信時間は二時間を超えないようにしており、またパニックホラー系のものは全面NG。体力の問題で3Dはお披露目済みだがライブは不可。もちろん大きな負担のかかるロケなども禁じられている。
逆に言えば、そんな制限があるにも関わらず大きな影響力を持っているということで、それだけ彼女がとてつもない存在だという証明でもある。とはいえ、彼女が病弱であることに変わりはないのだが……。
「あの人を弱らせた原因の一端は私よ。正直、後ろめたさが……」
「だからこそです。会いに行けば、あまりの尊さに寿命が伸びるかもしれませんよ」
「……メロついてるあの人はちょっと見たいわね」
「メロつくんですかね?」
「さぁ」
それが自分かどうかは議論の余地があるが。まぁ、会ってみないことには変わらないだろう。
「では、隣の部屋で待ってるそうですので」
「え、来てたの?」
「多分もうOBSも揃えてていつでもできる状態なんじゃないですか?」
「あなたを超える用意周到さね……」
「あの人には誰も敵いませんからね」
隣の部屋に向かうために立ち上がる。そうしてマネージャーさんに別れを告げようとした瞬間……。
バァン!
「二人とも失礼だね! この世界にボクを超える君のリスナーなんていないって自負があるくらい君に毎日メロついてるよ!!」
勢いよく開かれた扉の先には、『しぐちゃん♡』『斬って♡』と書かれたうちわを持った光里ステラが立っていた。
その光景を前に私は、
「おおう……」
と、声を漏らすことしかできなかった。