大魔王妃と呼ばれた女 作:初恋を忘れられない強キャラは良いぞ中学
───夢を、夢を見ていました。なんだかとても長い夢を……。
なんちゃって。前世が地表に住む人間だった事を思い出した魔界の小娘です、よろしくお願いします。
いやぁビックラこいちゃったよね、なんせ教育係に“一族に伝わる秘術呪文”だかなんだかを契約するとか言われて魔法陣に座らされたと思ったらこれなんだから。まぁ思い出したとは言っても、前世の名前だとかどんな人間だったかとかは丸っきり失われてるんだけど。
けど、強く印象付いた景色がある。前世の、私になる前の私が見た光景が。
(……光)
青い空。緑の大地。見た事も無いそれらを照らす、白い白い
黒ずんだ岩山に溶岩が辛うじて光るこの魔界では、絶対に見られない光景。それを記憶に流し込まれて、少なからずショックを受けたから。
(太陽)
白い光点の正体は分かっていた。一族が蓄えた書物、かつて読んだその内の一冊に載っていた物。神が魔界から奪った天上の至宝だと。
その時はピンとこなかったけど今なら分かる。あの眩しさと温かさは、確かにこの世界に
「はっはっはっは!成功したぞ!!」
あ、教育係さん。すみませんね呆けてスルーしちゃって、でもまだ新しい呪文の一つだって身に付いてないのにどこが成功なんです?
「この呪文は契約したが最後、存在しない記憶が溢れて廃人と化す代物!甘ったれた箱入りの姫が耐えられる筈が無い!!」
ええ(困惑)。確かに詳細を説明されないまま儀式させられたけどそういう事だったんですか。えっもしかしてコレ“転生”じゃなくて“憑依”の可能性あったりします?人間の魂が呼び出されてこの身体に宿っただけとかそういうオチじゃないですよね???
「あとは私のメダパニで洗脳してしまえば思うがまま……鬼眼族の実権は私の物だー!!」
………そう(無関心)。
なんて言ってる場合じゃないのでその場でヒャダイン。勝ち確だと思って油断100%だった教育係が氷漬けになったのを尻目に部屋を抜け出し、父上にチクった。
後日、晒し首になってた。おお教育係よ、死んでしまうとは情けない。
…いや。死なせたのは私、か。
状況を整理しましょう。
私の名前はハドマ。鬼眼族の頭領の娘だ。
今の私が“人間が転生したハドマ”なのか“ハドマに憑依した人間”なのかは分からないけれど、とりあえず趣味趣向は例の呪文契約前から変わってないので“ハドマ”のままだと仮定しておく。じゃないと気が狂う。
鬼眼族とは、この地底魔界において一角(とは言っても超辺境のほんの一握り)を有する勢力の事。鬼の字に相応しくその頭部には1本または2本の角を携え、そこに蓄えた膨大な魔力を奮う。
一族が興された当初では魔界中央で暴れ回れてたらしいんだけど、時代が変わるにつれて追いやられて今や落ち目も良いとこだそうで。
まぁ最初に猛威を持てたのも初代頭領が唯一“鬼眼”という特異体質を持ってたからこそみたいだし。その初代サマ亡き後に続ける逸材が現れなかったんじゃ、衰退するのも然も在りなんとしか……ねぇ。
で、その鬼眼。なんと私が受け継いじゃいました。
「こんなもの無ければなぁ……」
額を撫でれば、そこはかとなくこんもり膨らんだ瞼がここにある。その現実だけは避けようが無い、否定のしようも無い。
なんでも
まぁそんな生きる戦術兵器こと私が爆誕してしまった所為で、その父である頭領と配下たる鬼眼族はそれはもう派手に調子に乗った。一族復権の時だとか声高に叫び散らして、持てる全てのリソースを周囲への侵略に注ぎ込み、戦争しまくったのだ。
その結果どうなったか?───まぁ、ハイ。詰みです。
(幾ら何でも敵を作り過ぎですよ、父上)
資源の不足が常態化している魔界は常在戦場、日常が戦国時代……という事を含めても横暴が過ぎた。蹂躙に次ぐ蹂躙、搾取に次ぐ搾取でもう味方のフリをしてくれる勢力さえ周辺にはいない。その理由は今この瞬間、私の癌かで嫌というほど繰り広げられていた。
奪い取り、取り立てた奴隷がこき使われていた。骨と皮だけになるまで削り取られ、その薄皮に鞭打たれて喘いでいた。
堪え切れなくなった者から倒れ、動かなくなる。そうなれば、看守に命じられた他の奴隷に引き摺られ、空いたスペースへ雑に投げ捨てられる。
そうして積み上げられた骸の山が、至る所に
……地獄か何かで?
(吐きそう)
この光景を見る度に胃の腑が縮むようだ。前からそうだったのが、記憶復元後は一層ひどくなる一方で。
擁護も言い訳もするつもりは無いが、鬼眼族にだって後が無い。領地内で確保できる食料はごくわずかで、私が生まれる前は毎年口減らしと奪い合いが必須な有様だったのだ。
そんな救いの無い惨状に
数少なく分かち合えるだけの余裕も無いリソース、それを奪い合う世界。そうだ、ここは地獄なのだ。
お誂え向きに地の底で、そこに封じられ跋扈する私達は魔の物なのだから。
(太陽が、欲しい)
大地が富めば、山河が潤えば、食料が芽吹けば。
それを為す、光として降り注ぐ命の源。それさえ魔界にあったなら。
そんな願いを胸に、現実から目を逸らす為に、私は唯一の
──っとと、辛気臭いのはここまでにしておいて。そろそろお茶らけていきましょ、じゃないと色々もたない!
「
辿り着いた地下牢で、格子の向こうの暗闇に呼び掛けた。訳あって監視とかもいないので、そこのところ融通が利くのが不幸中の幸いだね。
んでもって反応が無いのでその場でお座り。時間にして四半刻ほど待って、ようやく観念したように彼は現れてくれた。
「……呆れた。俺が出て来なかったらどうするつもりだったんだ」
「出てきてくれたからマイ・ペン・ライって事でここは一つ。あっコレ今日の昼ご飯ね」
「はぁ」
ガシャリ、両足に繋がれた鎖を鳴らして現れた同じ鬼眼族の少年。彼の名前はバーン、私が知り合えた唯一の同年代だ。
こんな所に閉じ込められた彼は、他所からさらってきた奴隷ではないにも関わらず酷い扱いを受けていて、飯抜きもその一つ。だから見かねた私が自分が食べ残した分をこっそり分けてるんだけど、最初はこれも中々食べてくれなくて苦労したんだよねぇ。まぁ今はチビチビとだけど食べてくれてるからバランスは取れてるんだけどね。
「……で、今日は何の用だ。また戦いが嫌だと泣き付きに来たのか」
「んむふふふ。今日はね……ジャジャーンっ!!」
ご飯に続いて袋から取り出したのは一冊の本。城の秘蔵庫から持ち出してきた魔界の歴史書だ。一族の切札って事で英才教育*1を施されてきてる私だけど、この本が一番面白いんだよね。物語風に纏めてるから読み易いし、挿絵もあるから飽きないし。
「これ、一緒に読もっ!」
「勝手に読んでろ」
「ひどいッ」
そういう感覚を分かち合いたくて、本を隠し持ってここまで来たんだけど。肝心のバーン君はあんまり興味なさげだった。
「そんな事言わずにさぁ、ほらこれ見てよこの絵!この白い丸が前言ってた太陽なんだけどね、これが燦燦と照らしてた時代の魔界は今よりもっと食料が豊富で景色も多彩で……」
「太陽?」
「そう太陽!!バーン君もきっと見たら感動するよ、だから今二人で読んで想像してみようよ!」
「知らん。今無い物を妄想して何になる」
「つれないなーもー」
つまらない男だこと、と負け惜しみしてからこれ見よがしに読み始める。横目でバーン君がご飯を食べ始めたのを確認するのも忘れずに。
こうなったら私の一番好きな章である“ゼノバース編”に読み耽っちゃうもんねーだ。魔界が地底に封じられる前、世界を支配しようとした暗黒王ダーブラを倒すべく竜の騎士トランクスが現れた時代で~………
「……太陽、か……」
「興味出た!?」
「うわぁ無理な姿勢で急に振り向くな!」
俺の母は出産の時に死んだ。俺が生まれもった魔法力に、その産声に耐えられなかったらしい。
それだけならここまで疎まれる事も無かっただろう。だが“間”が悪かった。
時を同じくして、一族を率いるべく鬼眼を授かった御子が生まれていたから。
「お前の地位を脅かし得る俺の存在は、鬼眼族の頭領サマとしては邪魔極まりないんだとさ」
「………」
「だが前例に無い程の才能を秘めた逸材、ただ殺すのは惜しい。なんとかしてお前に力だけ移す手段を探し、それまでは戦場で使い潰す……お前の父親も考えたな、尊敬さえする」
ハドマが俺を見初めたのは鉄火場だった。一族全員を滅ぼせる程の敵の奥の手、それに差し向けられギリギリで殺し切った。そんな死に体の俺に、最初に駆け寄ってきたのがハドマだった。
身体を包む緑色の光。極珍しいベホイミを彼女が使うのを、よく覚えている。
「つまりお前が俺と繰り返し会うのは、この時点だとお前にはリスクしか無いって事だ。なのになぜ執拗にここへ来る?」
以来、俺に何を求めているのかは知らんが、彼女は俺が普段閉じ込められている地下牢へ降りてくるようになった。同じ戦地に配された時、俺の位置を気にして援護の呪文を投げてくるようになった。
最初は、忠誠を誓わせようとしているのかと思った。力を譲らせる時に支障が無いように、それが叶わなくとも持続的に兵器として使えるように、恩を売っているのかと。もしそうなら此方としても気兼ねなく利用できるから、むしろ都合が良かった。最初こそ意地を張って撥ねつけたがな。
だが……違うらしい。
「お前は俺に何も求めない。何故だ?」
取り立てない。奪わない。
ただ、分かち合う。彼女が俺に対してしたのはそれだけだ。意味が分からなかった。
だから試すように問うた。それだけの事。
「身を以て盾になれと、その一つも言えんのか?」
頭領を尊敬していると言ったのは嘘ではない。感謝さえしている。戦場に立てば否応なく経験が詰める、その分だけ俺は強くなるのだ。やがてその強さが枷を上回れば、俺は全てを覆し鬼眼族を支配下に置けるだろう。その未来さえ見通せない頭領の愚かさに感謝こそすれ、恨む筋合いなどある筈が無い。
……だというのに、目の前の女は
「───ごめん、なさい」
呆気にとられる俺の前で、格子に囚われた咎人に向けて、それを打ち据える筈の高貴な身の上で。
膝を付いたのだ。許しを乞うたのだ。
「ごめんなさい」
「…何故謝る」
「ごめんなさい…っ」
俺は怒ってなどいない。恨んでなどいない。ならば彼女は誰に何を懺悔しているというのか。
理解できなかった。
「何故だ…ッ」
なのにどうして謝れる?どうして罪を背負える?
お前が偉いからか?高い立場に立っているから、その余裕があるのか?
「バーン、君っ」
………違う。コイツはきっと、姫ではなく召使いだったとしても、奴隷だったとしても俺と同じ囚人だったとしても、同じ事をした。
心底、俺の境遇を同乗し、憐れんでいたのだ。
「いつか貴方に、太陽を……!」
今思えば。ハドマが太陽の名を口にしたのは、この時が最初だった。
俺は知らない。太陽が何であるかも、何がお前を突き動かすのかも。
だが、お前がそれだけの罪を背負えるのなら。それは他ならない“強さ”無くしてあり得ない事じゃないのか。
強さこそが正義の魔界において、その強さもまた正義なのか。
ならば、お前の強さの、その正体は何だ。
知りたい。その強さは魔界で通用する物なのか。
であるならば、欲しい。その強さをねじ伏せ我が物としたい。
ハドマ。お前をいつか、この手に。
「───ふ、ふ」
「おやバーン様。何かお気に召した事でも?」
「まだ青かった頃の夢を見ておった。余にも黒い歴史があるという事よ」
「それは意外ですねぇ。ピロロもそう思うかい?」
「うん!バーン様は生まれた時から凄いと思ってたよ」
気の置ける配下であるキルバーンの前で転寝とは、我ながら酷い油断をしたものだ。奴がどう動いていようと眠りながら迎撃出来ただろうが、しかし隙を晒した事には違いあるまい。
しかし……あの女め、ここに来て未練を揺さぶってくるか。
「ああ…憎たらしい女に振り回された、無様な若人の記憶よ」
最後まで余の物になりはしなかった。本当に、本当に儘ならん奴だった。憎たらしいを超えて純粋に憎いまである。
だからこその
「他者を背負うなど“強さ”に
天を舞う我が
ピラァよ、全てを壊せ。潰し、破壊し、焼き尽くせ。
ハドマが余に見せた夢幻を、総て。
竜魔人トランクスの必殺技はもちろん