神秘探求したいミレニアムモブ生徒とゲマトリアがガッチャンコ   作:ハイパームテキミレニアム

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『名も無き歓喜』Lunatic 2凸

 

 

 

 

《────せい───》

 

 

 

 

 

 

 

《せんせ────くださ───》

 

 

 

 

 

 

 

《起きて───い───》

 

 

 

 

 

 

 

 

《先生!!起きてください、先生!!》

 

 

 "…………っ!"

 

 

 甲高いアロナの声に呼び起こされ、先生意識が急速に浮上する。

 

 

 

 "何、が…………。"

 

 

 意識がまだぼんやりとする。

 どうやら硬い地面に倒れ込んでいるらしく、体の節々が細かな痛みを訴えてきている。

 周囲を見渡せば…………瓦礫まみれの廃墟地帯。

 遠目に、天高くそびえる巨大な砲塔と……さっきまで居た建物らしき廃墟が見える。

 完全に崩れ、新たな廃墟と瓦礫が作り出されたようだった。

 周りに生徒の姿は見当たらない。

 

 

《先生!!良かった、意識を取り戻したんですね!お怪我はありませんか!?》

 

 "……大丈夫、アロナのお陰で問題ないよ。"

 

 "守ってくれてありがとう、アロナ。"

 

 

 傍にあったシッテムの箱を拾い、無事を伝えれば、アロナはぺたんとへたり込んだ。

 

 息を落ち着けると、意識を失うまでの一部始終を思い出した。

 

 

 ○○が腰部に装着していたドライバーを操作した直後、○○の力が、急激な増幅と膨張を引き起こして。

 ○○のヘイローから放たれた、膨大な神秘の閃光が、周囲全てを巻き込んで、破壊の限りを尽くした。

 

 幾本もの光線と爆発が入り交じり、巻き込まれた生徒と先生は吹き飛ばされた。

 先生の体自体はドローンによる電磁バリアと、シッテムの箱……アロナによる極めて強力な防護壁が守ってくれたらしいが。

 

 

 改めて守ってくれたアロナにお礼を伝えるが、アロナは慌てた様子で先生に危険を伝えた。

 

 

《さっきは何とか守れましたが……バリアを貼れる程のエネルギーはもうありません……!どうにか、安全な所を見つけて退避を……!》

 

 

 防護壁を貼る力は残っていない。回復する時間も掛かる。……その間、先生は全くの無防備となる。先程の○○の攻撃どころか、銃弾一発だけでも命を落とし得る状態。

 

 だからどうか退避して欲しい、と青ざめるアロナを前に、先生はゆっくりと首を振った。

 

 

 "……ごめん、アロナ。まだしないといけないことがあるから、先生として、それはしちゃいけない。"

 

《で、ですが先生……!》

 

 

 そこに、駆け寄ってくる足音が複数。

 先生の声を聴き付けた為か、正確に先生の元へと向かってきた。

 

 

「先生……っ!!」

 

 "ホシノ……!それに、皆も……!無事!?"

 

 

 息を切らし現れたのは、ホシノを始めとしたアビドス委員会のメンバー。ノノミが、意識のないユメを背負っている。

 先生の姿を見付けると、皆一様に安堵の雰囲気を見せた。

 

 

「良かった……先生、全員無事……とは言い切れないけど、少なくとも動けてる」

 

「はいっ、私達も大丈夫です。ユメさんも……あの衝撃で、気絶してしまっているようですが……」

 

 

 先生とアビドスの皆がお互いの無事と状況を伝え合っている中。

 すとん、とホシノの膝が崩れ落ちた。

 

 

 "ホシノ……!?大丈夫……"

 

 

「わた、わたし、謝らなくちゃ」

 

 

 ぼろぼろとうわ言がホシノの口から零れ落ちていく。ほとんど言葉の形を成していないそれは、懺悔と後悔に満ちたものだった。

 

 

 ホシノの精神は、このミレニアム合同作戦が始まる前から、黒服にユメの情報を渡された時から、既に限界を迎えようとしていた。

 

 ユメとの再会。ミメシスとの衝突。なし崩しに始まった戦闘。○○から告げられた真相。ユメの蘇生の事実。○○の行為の真意。

 そこから導き出される、自分が行った不義理。

 自分がしてしまった不義理な立ち振舞いを、「過ぎた事だ」と開き直れる程に不真面目ではなく。

 

 

 罪悪感と後悔によってぐるぐると撹拌され続ける渦のように乱れる精神を、何とか繋ぎ止めていた。

 

 既に限界を迎えて、今にも解れんばかりに張り詰め続けていた一線が、このタイミングで途切れてしまった。

 

 

「ひどいこと、しちゃった、わたし、わたし」

 

 "ホシノ……。待って、自分をそんなに責めすぎちゃ……。"

 

 

 極めて精神的に危うい状態のホシノに慌てて駆け寄ろうとした先生の前に、シロコがホシノの襟を強引に掴み上げた。

 

 

「……しっかりして、先輩」

 

「ごめん、ごめんなさい、わたし、わたし、もう……」

 

 

 ホシノの瞳は虚ろに光を映さず、うわ言と謝罪を垂れ流している。

 シロコは眉を潜めて、それから息を吸って…………パンッ、とホシノの頬を鋭く張り倒した。

 

 

「ちょっ、シロコ先輩!?」

 

「シロコちゃん……!」

 

「ん、ごめん。ちょっとだけ待ってて」

 

 

 突然の行動に驚く周囲を留めて、改めてホシノに向き直る。

 ……ホシノは僅かに正気を取り戻して、意識をシロコに向けた様子だった。

 張られた頬に手を当てて、ポロリと零す。

 

 

「……ごめん、ね、シロコちゃん……こうされるのも、仕方ないよね……」

 

「正直まだやり足りない。けど、今は抑えておく」

 

「ユメって人とも、○○とも、色々あったのは分かった。けど……今はそうしてる場合じゃない」

 

「……まずは、○○を止めてから。でしょ」

 

「それから、皆でじっくり話し合って、先輩が謝りたいなら、謝って」

 

 

 ぐっ、と襟を引き、一言一句を聞き逃す事を許さないとばかりにシロコが詰め寄る。

 ホシノの視界が、少しずつ周囲を見れるようになってくる。

 シロコの真剣な眼差しが、ノノミとセリカも同様に、けれど心配そうに伺う顔が。

 先生の、優しい顔が。

 

 

 "……ホシノ。"

 

 "ホシノは、どうしたい?"

 

 

 語り掛けられる声が、狭まった視界を解いて、耳に通っていく。

 はくはくとうわ言の為に動くだけだったホシノの口が、しっかりと意思を出していく。

 

 

「……ちゃんと、謝りたい」

 

 "うん。……それは、どうして?"

 

「みんなに……○○ちゃんに、先輩に……ひどいこと、しちゃったから……」

 

「全部、全部、ちゃんと謝りたい……」

 

 "うん。うん。ありがとう、ホシノ。自分のしたいこと、しっかり言葉にしてくれたね。"

 

 

 贖罪の意思を込めた言葉を、先生はしっかりと受け取った。

 

 

 "……その為にも、まずは○○をどうにかしないといけない。お願い、皆の力を貸して欲しい。"

 

 

 先生からの言葉に、ホシノはこくんと頷いた。アビドスの皆も、力強くそれに続いた。

 

 

 

 

 

『先生!?無事か!?』

 

『皆さん、ご無事ですか!?』

 

 

 声を聞き付けた通信用ドローンが、続けて先生の元に現れる。

 ○○の攻撃……膨大な神秘を周囲に撃ち放つ光線によって、シールドを張り巡らせた子機を全て撃ち落とされたものの、親機であるドローン本体は何とか損壊せずに済んでいた。

 

 ドローンが先生とホシノ達の周囲を旋回し、ひとまず大きな怪我が無いことを確認し終えると、一安心とばかりにウタハは息を吐いた。

 

 

『良かった……うん、無事で何よりだ、先生』

 

 "私は大丈夫だよ、皆。……そっちの状況はどう?"

 

『そちらに関しては私から報告します、先生』

 

 

 通話に割り込んだヒマリ。コンソールを休む間もなく叩き続けながら、現状を言葉にする。

 

 

『ハッキングが完了するまで、残り620秒です』

 

 

 最速で、短く、簡潔に。この作戦が正しく進行し、成功するまでの時刻を述べる。

 

 

『このまま行けば、○○のデバイスの制御権を一時的に奪う事ができるでしょう』

 

『それまでどうにか○○をその場に留めておいてください』

 

「結構、長いわね……大丈夫かな、コレ」

 

「ですが、方法がそれしかないのなら……やるしかないですね」

 

 

 目標タイムとして示されたのは約10分間。

 

 難しい表情をするノノミとセリカを前に、先生も反芻するように10分という言葉を口の中で転がした。

 

 その時間が、今の先生にとっては途方もなく長いものに感じられた。

 

 

『……申し訳ありません、先生。ですがどうか、お願いいたします』

 

 "分かった。……無理はしないでね、皆。"

 

『いいえ、先生。無理を押してでも実行しますとも。それが私達にできることならば、なおさらです』

 

 

 先生が力不足を責め立ててはいない事は理解している。

 だがヒマリは、自らの持てる力の矮小さを心底から嘆いた。

 

 

『……まずは、○○の元へ向かいましょう。あの攻撃で皆散り散りとなってしまいましたが……○○の位置は依然変わっておりません。とにかく、また○○が何か特殊な動きを起こさないように、注意を惹かねばなりません』

 

 

 ミレニアムにおいて、ひいてはキヴォトスにおいても右に並ぶ者は居ないと目される程の腕前を持った天才ハッカーたるヒマリ。

 ミレニアムが誇るハッカー集団たるヴェリタス。

 ビッグシスターたるリオ。

 エンジニア部を始めとした後方に控えた生徒達による補助。

 

 およそ電子戦において万夫不当、常勝不敗の絶対的布陣。

 どのような難攻不落のプロテクトであろうと、瞬く間にすり抜け、掌握し支配できてしまうであろう人員の油断なき全力稼働であっても、それ程に時間がかかる。

 ただの一生徒が作ったデバイスをハッキングし、あまつさえ制御権を一時的に奪い取る事ができれば御の字という想定。

 

 

 表情に出さずとも、ヒマリは自らの非力を僻んだ。

 

 これ程に翻弄され、うず高く積み上がった自信にヒビを付けられ、無力感と敗北感を植え付けられたのは、人生においてあっただろうか。

 

 

 それこそ。

 あの日、デカグラマトンに接触された時。

 抵抗する間もなく、手も足も出せず、ただただ一方的に部室内のシステムを掌握されたあの時以来の事。

 

 

 

(そう……デカグラマトン。そして預言者達。……○○はその力の一部を手にして……実際に、使いこなしているように見えましたが……)

 

 

 コンソールに忙しなく手を走らせる中で、ヒマリは回想する。

 ○○が手に入れたとされる、デカグラマトンの預言者達の力について。

 

 

(預言者の名を冠したあの武装。加えて、身に纏っていたパワードスーツからも、預言者特有の波長が発せられていた)

 

 

 ○○が手にしていた武装の数々。

 

 ゲブラ・バスター。

 ケテル・クラウン。

 ケセド・アクチュエータ。

 ビナー・パニッシャー。

 

 そして、○○が装着していた『サイエンス・フィクションアーマー』たるパワードスーツ。

 

 

 それらからデカグラマトンの預言者が放つ波長……言うなれば、力の気配。それを濃く強く示していた。

 

 

 それ等を使用した○○の強さは、先程の通り。

 

 デバイスにより増幅された神秘のエネルギーを無尽蔵に供給され、それと共鳴を起こしたパワードスーツは、装着者に堅牢堅固の守りを与え、凡ゆる攻撃を受けようとも意に介した様子はまるでなく。

 

 パワードスーツの装甲表層に表出していた不可思議なヘイローを模したような紋様は、単なるデザインではなく、正しく預言者の力の一部を表出させた故のもの。

 

 

 言うなれば、神の如き圧倒的な力の発露。

 

 そうしてそれを見せ付けんと振る舞い、自身の身を省みず、実験と称す行為を繰り返している。

 

 まるで、自らが大いなる力を持った神であると誇示するかのように。

 

 

(○○……)

 

 

 ヒマリは心の内で独り言ちる。

 

 

(今の貴女を突き動かす思考は、衝動は……果たして本当に、貴女一人のものなのですか……?)

 

 

 デカグラマトンの預言者達の力を内包した物を体の内側へ取り込み、膨れ上がる神秘のエネルギーに体を蝕まれ、衝動に突き動かされるように暴れる○○には、果たして。

 

 

 一体どれ程正気が残っているのか、どうか。

 

 

 今のヒマリには、○○の正気を正しく判別する術も無ければ、判断を下す事もできなかった。

「全知」の名が聞いて呆れるようだと自嘲するように眉を下げながら、ドローン越しに○○の姿を見つめた。

 

 

 遠景故にシルエットはぼやけてはいるが、その悍ましい造形と放たれる異様な圧力は翳りもなく。

 

 およそ人の形をしているだけの、神秘の塊。その形も、未だ膨れ上がり続けるエネルギーによって少しずつ削れ落ち、この世界の枠組みより外れようとしている。

 

 

 何よりも痛ましい、果てしない自傷行為。

 

 その行為に喜んで身をやつし、自ら死に向かいながら、それでも尚、止まらない。

 

 

(……あの時の私の判断は、間違っていたのでしょうね)

 

 

 ミレニアムでは研究が浅く、未だ解明されていない事の多い神秘について、談義したあの日。

 

 

 

 ────『生徒、ひいてはキヴォトスに満ちる神秘の探究……ふふ、いいですね、○○。今関わっている件が落ち着いたら、私も詳しく調べてみましょうか』

 

 ────『えっ、本当ですかヒマリさん!?』

 

 

 

 神秘を探究したいと意気込む○○へ微笑み、気楽な言葉を投げかけて……それから何をしたのか。

 

 ○○に対しては、何もできなかった。特異現象のみならず、デカグラマトンの預言者等、ミレニアム、ひいてはキヴォトスを脅かすものへの調査に注力する余りに、可愛い後輩を気に掛ける事ができなかった。

 

 そうして、今がある。

 

 

 

 あの日、あの時。

 ○○に力を貸していたのなら。

 生徒に対しての先生のように、献身的な協力をしていれば……今の状況には、陥らなかったのではないか。

 

 

 無力感にも等しい感情が、ヒマリの心を底冷えさせていくようだった。

 

 

 記録映像の画面越しに、好奇心と心配から○○の纏っていたホログラムを剥がし、その内側にあった剥き出しのテクスチャを見たあの時。

 

 それからミレニアムの監視カメラをハッキングして、○○が映っている記録を端から端までつぶさに調べ上げた。

 

 

 ○○は、積極的に交流を交わしていた。

 元々、内気な性格ではなかった。エンジニア部という都合上、誰かと関わる事も多かったが……明らかに、以前よりも生徒との接触を増やしていた。

 

 ミレニアムに限らず、ミレニアム自治区に訪れた他校の生徒にも、分け隔てなく。

 明るく、笑顔を浮かべ、朗らかに……手を取り、距離を詰めて、交流を行っていた。

 

 

 大人しかった○○が積極的に喧嘩ごとへ首を突っ込み、時にはパワードスーツを纏いながら立ち回っていた。

 

 ……今までに見られなかった、攻撃性の発露が見受けられた。

 

 少なくとも、ミレニアムで勃発した不良同士の抗争の場に自ら巻き込まれるように動き、二の句も告げさせず容赦無く叩き潰すような、向こう見ずな立ち回りはしていなかった。

 

 

 記録を辿れば辿るほど、○○の体は剥がれ、生徒としての姿が失われていく。

 少しずつ。少しずつ。

 それは○○の言う実験が着実に進んでいったという証左で、自らの身を文字通り削りながら、実験を進めて行ったという事実が浮き彫りになっていて。

 

 ○○の体が、テクスチャが剥がれるにつれて、○○の力は増していった。

 

 

 

 そして。

 時折、不定期的なタイミングで、不自然にその動きを止める○○の姿があった。

 

 誰の目も届かないような路地裏で、人の行き交う繁華街で、果てにはミレニアム校内で。誰かと話している最中にも、無作為にその現象は起こっていた。

 

 手入れを怠り、軋んだ機械がぎこちない動作をするような。

 軽やかに動く人形に繋がれた糸が唐突に千切れたような。

 不可解で異質な仕草を経て、ただぼうっと虚空を眺める瞬間が、度々記録されていた。

 ただ意識を薄れさせているのとは異なる、ヘイローの点滅と明滅も引き起こしながら。

 

 数瞬、長ければ数秒ほど、○○はそうした現象を引き起こし、それから慌てたように懐から桃色に光る小石のようなもの───神名のカケラを飲み込み、正気を取り戻していた。

 

 

 全く異質な、ヒマリでさえ初めてみる『特異現象』が、そこにはあった。

 

 

 

(………………)

 

(いえ。今考えても、詮無きことですね)

 

 

 あのようになってしまった○○の姿を、テクスチャが剥がれ落ちた○○の顔を記録映像越しに見たあの日から、ずっと目を逸らしていた可能性。心にへばりつく様な後悔を呑み下す。

 脳裏に浮かび上がるいくつものもしもを、心の内に押し込める。

 

 

(今は成すべき事を成すのです、明星ヒマリ)

 

 

 唇を噛み、失意の底に沈み込みそうな意識を浮上させる。

 

 そうして切り替え、先生に再び通信を繋ごうと口を開いた矢先。

 

 

『────エイミっ!?』

 

 

 凄まじい轟音を伴って、エイミが瓦礫の山へと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 □■□■□■□■□■

 

 

 

 

 

 

「んん、ん、ぐ、ぅ」

 

 

 ○○が異物と化したヘイローから膨張させた神秘を解き放ち、周囲を瓦礫の山に変えた直後。

 爆心地の中心で、○○が小さく震えながら立ち尽くしていた。

 

 

 増幅と膨張を終え、不完全なテクスチャ剥離に加え、未だ馴染み切っていない神秘と身体。

 ドライバーの機構を無理やりに稼働させた末に、更に増幅を引き起こした。

 

 全身に少なくない痛みと疲労感が渦巻いていく。

 異形のヘイローは、エネルギーを吐き出し切り、焼け爛れたようにぐずぐずとなり、力なく漂っている。

 ズクズクと痛む手足は、青白い輪郭が僅かに崩れ、同じ色の液体がぼたぼたと地面に零れ落ちている。

 

 

「ふぅ、ふぅ、っ……」

 

 

 息を整える。

 すると、肉々しい脈動を起こしたヘイローが、時間を巻き戻すように再生していく。

 輪郭が綻びかけていた肉体も、明確な形を取り戻して、手足の形に固まり、思い通りに動くようになる。

 

 

 ぐらぐらと視界が揺れる。思考がおぼつかない。

 ヘイローが再生した頃にそれもすぐに収まった。○○の中の神秘は、枯れず衰えずにその勢いを保っている。

 

 

 それどころか、○○の中には先にはない充足感と達成感が満ちていた。

 

 そびえ立った壁を乗り越えた時。暗闇の中で一筋の光明を掴み取った時。理解できないものが、少しだけでも理解できた時。

 

 そうした時の悦びに近い感情。それと同時に、あと少しで何かの確信を掴めそうな、もどかしい疼きが胸の中を埋めていくようで。

 

 

 もう一度アレをやってみれば、何か分かるだろうか。

 

 周囲を瓦礫の山に変えた神秘の放出。

 あれ程の衝撃を、もう一度自分に与えれば。

 

 

 ドライバーの方へと視線を降ろし、天面のボタンに手をかけようとした時。

 視界の端に、桃色のヘイローが映り込む。

 右側の瓦礫の裏。○○の様子を伺うように隠れている。

 

 あの形は、あの神秘は、確か。

 

 

「エ、イミさん」

 

 

 まだ神秘を取ったことのない、生徒。新鮮な研究対象。

 

 それ目掛けて、○○が飛びかかった。

 

 ほとんどワープに近い挙動と速度で瓦礫の傍に跳び、手で掴み、振り払った。

 

 突如として遮蔽物が消し飛び、姿が露わになったエイミは、対応が追い付いていない様子だ。

 

 

「エイミ、さん」

 

 

 その隙を突いて、○○が襲い掛かる。

 

 

「うぁ……っ!?」

 

 

 ○○の肩先から垂れ下がるだけだった、異形の触肢。それが有機的に蠢き出す。

 螺旋に捻れ連なったそれが花開くように展開し、伸縮自在にしなりながらエイミの体へと纏わり付き、勢いのまま地面へと引き倒した。

 

 

「ぅ……このっ……はな、して……!」

 

 

 人の手が、蝙蝠のような皮膜が、鳥のような羽が、ケーブルが、エイミの体を這い回り、絡み付く。

 およそ生気を感じられない物体がうぞうぞと有機的に蠢き、エイミが暴れる動きも容易に組み伏せていく。

 腕を掴み、胴体を抑え付け、首筋に指のように動く羽先が触れ、微かに締め付ける。

 常人とは異なり熱く発熱を起こしているエイミの肌にも構わず、拘束は深まっていく。

 

 

「○、○……!いい加減に……!」

 

 

 エイミが銃を握ったままの手首を返し、引き金を素早く引き抜く。

 怯ませようと狙った異形の触肢の付け根、頭部に弾丸が吸い込まれるものの、まるで意に介していない。

 

 それでも弾切れになるまで撃ち込もうとするエイミの手と銃を、新たに伸びてきた触肢が抑え付け、細長の触肢が指の合間に絡み付き、地面へ固定するように拘束を施した。

 

 

「いけま、せん。今から行う、のは……少々、繊細な、行為、ですので……」

 

 

 恐らく怯えさせないように、微笑みを浮かべながら言い放った言葉。それと共に、○○は空いた自身の片手をエイミの頭へと伸ばした。

 正確には、エイミの頭より少しばかり上部。桃色の光を湛えたヘイローに向かって、青白の指先が向かっていく。

 

 

「……っ!!」

 

 

 ヘイローに触れられる。

 

 ありえない行為。ありえるはずの無い事象。

 トキを瞬く間に無力化したアレが、来る。

 

 そう察知したエイミが一層激しく抵抗を試みるが、絡まった触肢はぎしぎしと音を立てるばかりで振り払えない。自由な下半身から脚を振り上げ、靴先が○○の体を叩こうとも揺らぎもしない。

 

 

「離し……っ!」

 

「それ、では、失礼して」

 

 

 抗議の声を聞き届けることもなく、指先がヘイローに触れ、緩やかに握り込んだ。

 

 

「〜〜〜〜っ!?!?」

 

 

 今までに味わったことのない刺激が、頭の天辺から迸り、爪先まで駆け抜けていく。

 体内から霧散することもなく、心臓のような、自分にとって大切なものを直接触れる指先の感触が、直に伝わってくる。

 肉体的反射によって比較的自由な両脚が強く浮き上がり、爪先がピンと伸びた。

 

 

(っ、でも、思ったより、は……っ!)

 

 

 ヘイローを握られ、形をなぞられていく、後にも先にも体験する事の無いだろう未知の刺激がエイミの全身を苛めていく。

 しかし予想していたよりも、耐えられないようなものではない。少なくとも、即座に意識を飛ばされる程ではない。

 

 

 だとしても、どうやって抜け出す?

 

 

 ヘイローを掴む手から逃れたとしても、体を押し止める触肢を剥がさなくてはならない。

 まずヘイローを逃がそうにも、軽く握られているだけでじんじんと視界が白み、思考が散らされるような感覚がエイミに鈍く押し寄せてくる。

 

 

 詰みだ、と直感した。

 

 けれども。

 少なくとも、自分1人ではこの拘束から脱する事は不可能。

 けれど、注意は未だ自分1人に向いている。

 

 なら、今の自分に何ができるか。

 何がこの場面での最適か。

 

 ぱちぱちと慣れない刺激が弾け、潤む視界の中で、必死に回した思考。

 その中で選んだ択が合理的か、効率的か。そういった精査を走らせる間も惜しんで、ほぼ反射的に口を開いて、声とした。

 

 

 

「ね、ぇ……○、○……」

 

「……?はい、エイミ、さん」

 

 

 エイミが声を絞り出せば、○○は律儀に応答を示した。

 ……狙い通りだと、口元を僅かに弛めながら、エイミは立て続けに口を動かした。

 

 

「これを……どうする、つもり……?」

 

 

 自分の頭上。

 ヘイローを掴む、○○の手に視線を送りながら、エイミは尋ねた。

 

 ヘイローに干渉できるようになったとして、ヘイローに触れたとして、何をどうするつもりなのか。

 

 ふむ、と、○○は小首を傾げて……無貌の頭部をエイミに向けた。

 

 

「あぁ、そうです、ね。ヘイローに対して、何ができる、のか……確かめ、ようかと」

 

 

 エイミを見つめながら、恐らく微笑むように口元を上げる○○の姿。

 それを見たエイミが、内心で確信した。

 

 

(……よし。質問をすれば、それに答える……止めろ、って言うよりも、よっぽど時間を稼げる……!)

 

 

 ○○のデバイスにハッキングする為の時間を稼ぐ。

 今のエイミの目的は、それに終始すること。

 少しでも長く、1秒でも長く。

 何かされる前に、○○自身をこの場に縛り付ける。

 

 

 ヒマリが、後方に控えてる生徒が一丸となって、○○のデバイスにハッキングを行っている。

 

 エイミの耳に取り付けられたインカムからは、ヒマリによって告げられたハッキング成功までの時間を聴き取っていた。

 

 

(ハッキングは続いてる、なら……少しでも長く、○○を押し留める……!)

 

 

 だから、とにかく口を動かして、○○の注意を引き続ける。

 質問でも、疑問でも、見当違いのものでも良い。とにかく○○を足止めさせる。

 

 ○○はこの状態に陥っていてもなお、多少なりとも、会話が可能な理性を保てているようだった。

 先ほどの様子からしても、○○側に投げかけた問いや言葉には応答できるし、何より質問には応えようとする意識が見られた。

 今だって、声をかければ反応を示す。

 

 

「ヘイロー、を触れる、これまでにない、不可思議な、現象、ですから……まずは……」

 

 

 そもそもの○○も、話したがりな気質であった。

 同じ部活仲間のコトリ程に極端ではないが、興味がある事柄や作った物、これからどんな作る物、やりたい事に対する解説には殊更に口が回る。

 

 

「ヘイローに、アプローチする、ことで……ヘイローに、生徒に、どんな影響を、及ぼすのか……調べ、ませんとね」

 

 

 それを利用させてもらう。

 これが今できる精一杯だと、エイミは認識した。

 

 

「へぇ……っ、さっき、トキにしたみたいに……吸い取るつもり……?」

 

「それも、しますが……」

 

 

 相変わらず○○の手は緩まない。ぱちぱちとエイミの頭の中に白いスパークがちりついて、呼吸が落ち着かない。

 

 ○○の手が薄く光り、その光がエイミのヘイローに及んで、繋がる。

 途端に、エイミの体に虚脱感が襲い掛かる。

 ○○による、ヘイローからの神秘の吸収が始まった。

 

 

「う、あぁ、あっ……!?」

 

 

 エイミの口から無意識に声が漏れ出る。

 自分の存在を丸ごと吸い出されているのではないかと錯覚するような、逆らいようの無い感覚。頭の芯から弾ける微弱な電撃が体中を痺れさせて、抵抗する気概を奪い取っていく。この感覚に身を委ねても良いとさえ思えるように、思考が崩れて蕩けていく。

 

 

 そうして、少しずつ意識が薄れて…………唐突に、体を縛り付ける虚脱感が抜け落ちた。

 

 

「神秘を、奪えるの、なら。逆もできて、しかり、なのでは……と」

 

 

 ヘイローからの神秘の吸収を止めた○○が、そう口にした矢先。

 エイミの体に、今度は全く逆の現象が起こり始めた。

 

 

「うっ、く……!?ぁ、何、コレ……!?」

 

 

 ヘイローから、頭の天辺より少し離れた箇所からその下へ、光が満ちてくる。

 ○○の手から流れ込んでくる神秘。ヘイローを伝い、エイミの体へと雪崩込む多量の神秘が身体の隅々に行き渡る。

 

 充足感、満足感。幸福感にも近しい温かな感覚と共に、先の戦闘で負った傷が癒え、疲労が取れていく。

 

 

「どう、ですか?エイミさん」

 

 

 時間にして数秒。エイミに神秘を注ぎ終えた○○は純粋な好気を宿しながらエイミに顔を近付けた。

 

 

「……何だか、力が漲ってくる感じ……」

 

 

 言葉短く、素直にエイミは答える。

 体の隅々にまで力が篭もり、絶好調なまでに体調が回復したような、充足した身体に戸惑いが隠せない。

 何なら今まで生きてきた中で一番元気なのでは、と思うくらい。

 

 

「ふむ、ふむ。なるほど。この感じ、なら……じゃぁ、次は、これくらいに」

 

 

 ○○が嬉しそうに首を揺すった直後、手が薄く輝きを帯びる。

 バチリとエイミに電撃が迸ったかと思えば、凄まじい程の衝撃が体の内を駆け巡る。先よりも何倍もの量の神秘が、エイミの中に流し込まれていく。

 

 

「あ゛っ、う゛、ぅぅあ゛っ!?っ、か……!」

 

 

 無理矢理に注がれる神秘が、漏れ出る先の無い力が体の中を満たしてくる。痛みすら伴う急激な神秘の流入に、拒否反応さえ示し始めた。

 

 

「……うん、これくらいが、限界、ですかね。では……」

 

 

 ピタリと神秘を注ぎ終えた○○は、その出来栄えにまた頷いた。

 エイミという器が壊れない程度。けれどエイミという生徒の力、スペックを十全に引き出すに足る神秘の量。

 

 そこまでの際々を狙って注ぎ込んだ神秘は、立ち上るオーラさえも見えるようにエイミの体に漲り……神秘による防護膜も張り巡らせていた。

 

 ○○は、その状態のエイミから触肢の拘束を緩めて、腕のみを縛り上げた体勢で眼前に吊るし上げた。

 

 

「っ、何の、つもり……?」

 

「お互いに、耐久テストを、と」

 

 

 神秘の無理な流入による痛みに眉を潜めていたエイミの目が、驚愕に見開かれる。

 

 

《OVER DESTROY》

 

「……え?」

 

 

 ○○がドライバーの天面ボタンを押し込み、神秘が膨大な増幅を引き起こしていく。

 体の輪郭が力強く蠢き、脈動し、青白い光が色濃く輝きを増していく。

 

 

「っ、○○、何を……っ!?」

 

 

 またあの攻撃が、周囲を更地にしたあの攻撃が来る。

 

 

(しかも、この至近距離で……!アレを、あの攻撃を、全部私に……!?)

 

 

 明確な死のビジョンがエイミの脳裏に浮かび上がり、反射的に身を捩った。

 

 

 膨張する神秘の光が、集約していく。

 

 その先は、不気味に胎動するヘイローではなく、○○の右腕に。

 

 

「……まさ、か……!」

 

 

 きぃぃん、と耳障りなまでの力の高まり。

 増幅し、溢れ出さんばかりの超高圧力の神秘が、○○の片腕という狭い形の中に押し込められていく。

 それをゆっくりと振りかざす○○の姿に、エイミは恐怖を初めて露わにした。

 駄目だ、止められない。逃げられない。

 

 

「それ、では、行きます、よ」

 

 

 ぐぃ、と力強く足を踏み込んで、はち切れんばかりに光り輝く右腕を構えて。

 

 

 

 大地を揺るがす轟音と衝撃と共に、エイミは木の葉のように容易く吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

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