神秘探求したいミレニアムモブ生徒とゲマトリアがガッチャンコ   作:禍禍冴月

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何処かの終着点/何処かへの始発点

 

 

 

 

 

 

 

 かたん、かたん。

 

 

 

 

 

 

 かたん。かたん。

 

 

 

 

 

 

 

 規則正しい音。心地の良い、何処か聞き慣れたような音が、聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 かたん、かたん。

 

 

 

 

 

 

 ……そうだ、電車の音。

 線路のレールの上を、電車の車輪が通過する時の、独特の衝撃音。

 

 小気味よいその音が、静かに、静かに、子守唄のようにゆったりと鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 かたん、かたん。

 

 

 

 

 

 

 音が鳴る度に、僅かに揺れる体。それに揺り起こされるように、ゆっくりと、穏やかに意識が浮上してくる。

 

 

 

 

 

「──────ん、ん……」

 

 

 

 

 

 閉じていた瞼を開ければ、柔らかな光が飛び込んでくる。

 眩しくはない、心地の良い陽光じみた光が、車窓から体に射し込んでいる。

 

 

 

 どうやら、電車の座席に座っているらしい。

 

 

 膝の上に置かれた両手は、いつも着ていた、袖が大いに余る程の白衣に包まれていた。

 

 持ち上げて、中を覗き見る。

 

 

 肌色だった。

 

 いつも通りの、私の手。

 テクスチャの剥がれていない、私の手。

 

 だというのに、あまり驚きはなかった。

 

 

 ……驚くべきだったのだろうか。

 けれど、何だか夢のような、ふわふわとした感覚が抜けなくて、不思議な心地だ。

 

 

 俯いたまま、体を見回す。

 白衣を捲り、中身を確かめてみたが、見える所は全て肌色だった。剥離したテクスチャ特有の、青白い色は何処にも無くて、慣れ親しんだ私という形がそっくりそのまま。

 この様子では、目に見えない所も、全て元通りになっていることだろう。

 

 

 体も、しっかりと動いている。不自由なところも、痛む箇所も何も無く、馴染み深い私の体として問題なく機能している。

 

 

 特に冷や汗が出るとか、せっかく剥がしたのに、とかいう焦燥と苛立ちは、全くもって皆無だった。

 

 いざとなればまた剥せるから? 

 再現性のある現象だから? 

 

 それはそうだけど、何か違うような……ともかく、言い様もない、しかし不快ではない気持ち。心穏やかと言ってもいいくらい。安心しているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「────良かった。眼を覚ましてくれて」

 

 

 俯いて考え込んでいると、前の方から声がかけられて、反射的にそちらの方へと顔を上げる。

 

 

 私と対面するように、人が座っていた。

 

 

 特徴のある、肌を晒さない形の、かっちりとした白い制服。

 

 腰元まで降ろされた長髪は、空にも似た青色で、淡い夕暮れのような桃色のインナーカラー。

 

 穏やかな微笑みを湛える顔、その頭上に戴くヘイローは、白い円環と、それに跨るような青色の十字が力強く浮かんでいる。

 

 

 陽光に照らされた車内の中で、神秘的なまでの雰囲気を纏ったその人こそ。

 

 

 

「……連邦、生徒会長?」

 

 

 

 失踪した、連邦生徒会長その人。

 キヴォトスに先生を呼び込んだとされる、あの人。

 

 

「こんにちは、○○ちゃん。……初めまして、の方が良いかな?」

 

「少し、お話しない?」

 

 

 ふわりと笑ったその人は、澄み渡る空の景色のように、車窓に映る地平線の彼方のように、綺麗で、儚く思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、連邦生徒会長と2人、並んで座ってみる。

 

 

 車窓から覗く景色は、陽光がきらきらと反射する地平線を映していた。

 

 黒服さんと出逢う前、神秘の探求の為にとひたすらに、がむしゃらにキヴォトスの凡ゆる地域を練り歩いた私だが、少なくともこの景色に見覚えはなかった。

 

 キヴォトスではあるはずなのに、どうにも現実感が薄いような、夢の中であるような不可思議な感覚で、どうにも収まりが悪い。

 

 

 何処かのようで、何処でもない。

 何気無い風景だ。

 

 

 向かい側の窓に映り込む私の顔は、やはりというべきか、元の顔に戻っていた。

 テクスチャの解れも、破れもない。私そのものがそこに映っていた。

 

 

 もちろんヘイローさえも、割れたり、砕けてもいない、元の形に戻っている。頭上にあるそれに手を伸ばせば、微かな硬い感触が指先に返ってくる。

 つん、とつつけばほんの少しだけ抵抗を伝えて、感触を教えてくれる。

 

 ……そのまま外縁部をなぞってみるも、あんまり刺激を感じない、というか、自分で自分を擽っているみたいな手応えの無さ。

 思いっきり力を篭めて握ったらどうなるか、どの程度の圧力なら耐えられるのか気にはなったが、やめておいた。

 

 

 

 手を降ろしてから今更気が付いたが、腰に装着していたドライバーがない。

 肌身離さず着けていたからか、どうにも体が軽いようで、解放感がそこはかとなく。

 端末もないし、身の気まま、気楽な感じ。

 

 

 

 

「あれ、聞きたいこととか、いっぱいあると思うんだけど……聞かないの?」

 

 

 

 連邦生徒会長が少しばかり首を傾げて、こちらを覗き込んできた。

 

 ずいぶんと砕けた態度で、親しい友人同士のように緩い口調。するりとこちらの方へと滑り込んでくるような、距離感の近い方だ。

 

 私が知る連邦生徒会長は、噂や口伝て、あるいはテレビでの演説やらで見聞きした印象で形成されていたから、ほんのり驚きがある。この人ってこんなに緩い方だったんだ。

 

 何となく抱いていた、きっちりかっちりとした超人じみたイメージはすぐさま崩れてく。ただ、そこに失望なんかは無い。

 興味深さは湧いてくるので、お言葉に甘えることとしよう。

 

 

 

「せっかくですし、色々聞きますけど……まず、ここは何処なんでしょう?」

 

 

 座席に2人並んで座り、視線を交わしながら声を出す。

 連邦生徒会長は、悪戯っぽく瞳を細めて微笑んだ。

 

 

「さて、何処でしょう。当ててみて?」

 

 

 逆に質問を返されたぞ。何だこの人。

 

 

「見て、感じて、考えて、推理して、推察して、結論を導き出して。そういうの好きでしょ?」

 

「それはそうですけど、どっちかと言えば探偵じゃないですかそれ?」

 

 

 まぁ確かに、今この状態が未知の現象といえばそうである。

 

 

 記憶にある限り、私は先生達に一歩及ばず、ドライバーの自爆機能を稼働させられ、そのまま負けた。

 死を思わせるあの感覚。走馬灯らしくゆっくりと巡っていた思考。何もかもが薄れ行く、冷たくて静かな消失感。

 

 あの時、私のヘイローは砕けて、この夢とも現実ともいえないこの場所に居るのだろうか。

 

 此処はあの世かこの世、その狭間か。

 

 

 

 それとも死んだ生徒が行き着く場所なのか。

 

 ……それは無いか、と被りを振った。

 

 

 

「個人的な感情に過ぎませんけど……あの世とか、死後の世界の線は無しかな、と」

 

「ふふ、どうして?」

 

 

 どうしてか、と問われると……私個人の、主観的に過ぎない論理にはなるけれど。

 

 

「貴女が死んでいるなんて、あんまりにも夢が無いじゃないですか」

 

 

 連邦生徒会長死亡説は割とポピュラーな噂話だ。

 あくまで噂。説得力の高いものではないけれど、死にまつわるゴシップな話は人を惹きつけるからか、ネット掲示板とかだとこの話題は割かし見かける。

 

 

 あまりにも突然で唐突な失踪や、連邦生徒会が総力を上げて捜索しているのにこれまで一向に見つからない事も相まって、実は不慮の事故で死んだのを隠蔽しているだとかなんとか。

 

 実は連邦生徒会長なんて最初から居なかったなんて陰謀論じみたものもあったりするけど。

 

 

 まぁ何にせよ、連邦生徒会長が死んでます、なんてのは、私的には実に馬鹿らしくて、ロマンが無い。

 ので、此処が死後の世界って説は否定したい。

 論理的ではないけど、そういう心情なため。

 

 

 私が認識しているこの光景が、死に際に見ている夢のようなものだとしても……何故全く関わりの無い連邦生徒会長が出てくるのか。そこは先生とか、ミレニアムの誰かじゃないのか、とも思うし。走馬灯というにもしっくり来ない。

 

 じゃあ、何故私は、そもそも連邦生徒会長と一緒にこの場所に居るのか? 

 

 

「ふふ、答えは出たかな、○○ちゃん?」

 

「……一旦保留で。もう少し材料が欲しいところですし」

 

 

 此処がキヴォトスの何処かしらだとしても、何故私の体が、テクスチャが元通りになっているのか。

 

 ……心当たりとしては、アレだ。

 

 青輝石。

 

 あの石の中身に詰まった神秘は、私にはテクスチャの再定着、及び再生を施した。研究室や、ドライバーに組み込んでいた粒子化収納装置『しまえる君Z』の中にたっぷりしまい込んでいたから……それを使ったのか。

『しまえる君Z』は破損すると内部にしまい込んでた物が溢れてきてしまうし、自爆で全損したなら、しまってた物は全部排出されたことだろう。

 ……回収してくれてるかなぁ、皆。色んな武器とか集めた材料を入れっ放しにしてたし、全部回収してくれてるとありがたいんだけどな。

 今になってすごい不安になってきた。

 

 

 そうでなければ、大人のカードだ。

 

 先生の持つ、先生だけが持つ、奇跡を起こすオーパーツ。

 アレがあるならば、私一人程度の、生徒一人のテクスチャを再び貼り直すなんて容易なことだろうし。

 

 あの力を直接見た身としては、確信できることだ。

 

 ……まぁ、単に、ここに私の意識のみが移っているからテクスチャが貼られているように見えるってことかもしれないけども。

 

 

 

「じゃあ、次の質問ですけど……」

 

 

 一人でぶつぶつ考えていても仕方がないので、次に移る。

 変わらず見つめてくる連邦生徒会長に向けての、素朴な疑問。

 

 

「先生にシッテムの箱を託したのは、シャーレという場所を作ったのは、本当に貴女なんですか?」

 

「うん、私が先生に託したもの。先生のために残したものだよ」

 

「なら、何故……先生と共に、キヴォトスの運営をしなかったのですか? 貴女が失踪せずとも良かったように思うんですよね」

 

 

 こうして彼女が健在ならば───肉体的か、精神的のどちらかか定かではないけれど───突然引き継ぎもなく失踪しなくとも、先生と二人で手を取り合ってキヴォトスの問題解決に勤しんだ方が良いんじゃないかと。

 連邦生徒会長が失踪したことで事故率、事件率共に跳ね上がってたし……そこに何も分からない状態の先生をいきなり放り込むのは、少々酷ではなかろうか。シッテムの箱があるとはいえ、先生って弱い身体だし。

 

 先生の事を見極める為にあえて、なのか。

 それとも一緒に居られない理由があるのか。

 

 

「……私が居ると、ダメだから」

 

 

 彼女は、悲しげな声を絞り出した。

 

 

「私の選択だと、ダメなんだ。だから、大切なのは……先生の選択。先生の選ぶ道。そう悟ったから……私はここに居るの」

 

 

 それが正しいのだと、心底から、純粋に信じ切っている言葉だった。

 ……いや、まるで実際に見て、聞いて、確信を通り越して事実として知っている。

 そんな口振りだ。

 

 

「先生なら、辿り着けるはず。捻れて、歪んだ先の終着点とは違った、希望に溢れた奇跡のような結果に」

 

「だから、全部託してきたの」

 

 

 本当に、心からの信頼と確信に満ちた、期待の言葉。

 

 連邦生徒会長は、祈るように、瞼を閉じた。

 

 

 

「……ごめんね。○○ちゃん。貴女には謝らないと」

 

 

 また唐突に、連邦生徒会長はぽつりと零して、私を見つめた。懺悔に塗れて、けれども後悔はしていないような、そんな瞳で。

 

 

「……何かされた覚えは無い……とは思うんですけど、ひょっとして?」

 

 

 彼女の謝罪先。私がこれまでしてきた実験と、実証。それを思い返すと、ちょっとばかり思い当たる節が出てきた。

 

 

「……私は、誰一人として犠牲になって欲しくない。少なくとも、先生が居る間は、先生の目の届く範囲の中で……誰一人として、失いたくなかった」

 

「私にできることはもう限られているけど……できる限りの事はしたかった。○○ちゃんが、居なくなる事はどうしても避けたかった。だから、貴女に少し干渉したの」

 

「貴女のやりたかった事を妨げてしまう事になっても、しなくちゃならないって思ったから」

 

 

 ごめんね。

 そう区切られた後に、彼女の空色の髪が垂れ落ちた。

 

 

 …………。

 

 

 ……当の私は、というと、まぁ。

 

 

 腑に落ちたので、そこまで衝撃は無いというか。

 そこまで申し訳無さげにされると居た堪れない。

 なので彼女の肩を押し上げて、元に戻してやるようにした。

 

 

「いやいやいや、謝ることでもないでしょうに、頭を上げてくださいって」

 

「……怒ってないの?」

 

「思う所は……まぁあるにはありますけど、先生の為なんですよね?」

 

 

 連邦生徒会長が確かに頷いたので、私はそれで良しとした。

 

 

 

 ……違和感はあった。

 テクスチャの剥離。それに関わる事象について。

 多量の神秘、合成した神秘を取り込む事で、テクスチャを剥離する事ができたが……その為に必要な神秘の量は、あまりにもばらつきがあった。

 

 そして、『ハンドレッド』と名付けた、百人分の神秘を詰め込んだ合成神秘を摂取してもなお、私のテクスチャは剥離し切る事はなく、その後に神秘を取り込んで後押ししても、強引に増幅した神秘で私自身を壊そうとしても、テクスチャの剥離は進み切らなかった。

 

 

 先生が居るキヴォトスで、生徒が無惨な様にならないように。

 先生が知る生徒が、生徒でなくならないように。

 先生の前で、生徒が散らないように。

 

 ハッピーな結末へと向かう道筋が破綻しないように。

 

 

 連邦生徒会長は、先生を想っての行動であった。

 納得できたし、何故そうなったのだろうか、という理由も理解できたので、それで良い。

 

 

 

「……まだ、研究は続けるつもりなの?」

 

「え? はい、それはもちろん。……アプローチの仕方は変えますけれどね、当然」

 

 

 ぱちくりと瞬いて、連邦生徒会長は私を改めて見やった。

 

 ……正直、冷静になった今になって思えば、最後の方の私は全くもって正気ではないし、あまりにももったいない事をしようとしていた。

 

『テラー・デストロイ』を全力で地表に向けてぶちかますってなんだ。

 おおよそミレニアム自治区が灰燼と化すわ。

 人的被害はどれ程か。

 というか、研究したい神秘の為に神秘を壊そうとは何事か。ほんとに。そりゃあ先生も他の皆さんも怒りますとも、止めますとも。

 

 

 なので、怒られない方向に、止められない方向にシフトすれば良い。

 幸いにしてデータとアイデアは豊潤なので、そこからいくらでも作って見せましょうとも。

 

 一先ず目指すは神秘を取り扱った製品の特許出願! 

 

 

 

「……それは、やっぱり?」

 

「えぇ、ロマンですから」

 

 

 私は胸を張って、自信をもって、はっきりと答えてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かたん。かたん。

 

 

 

 

 

 

 かたん。かたん。

 

 

 

 

 

 

 

 電車が進む。心地良い音を立てながら、何処かへと向かっていく。静かに、私達を。

 

 

 その速度が、次第に、少しずつ、ゆったりと落ちていく。景色がだんだんゆっくりと流れを緩めていく。

 

 

 ふと車窓を見遣れば、遠くの方に駅らしき入口が見えてきた。駅名は伺えず、淡い光に遮られてよく分からない。

 

 

「……そろそろ、戻る時間みたいだね」

 

 

 連邦生徒会長は微笑んで、抱え込んでいたタスクが一つ、無事に済んだ時のように穏やかな表情で私を見つめた。

 

 

 

 

 

 かたん。

 

 

 

 

 かたん。

 

 

 

 

 かたん。

 

 

 

 

 

 

 電車はゆるゆると速度を落として行き……駅に差し掛かり、そのまま優しく止まった。

 

 

 

「行ってらっしゃい、○○ちゃん。あんまり待たせると、悲しませちゃうよ」

 

 

 

 言葉静かに連邦生徒会長は告げた。

 

 電車の扉がぷしゅりと開かれ、淡い光が差し込んでくる。到着駅のアナウンスは流れないけれど、何となく行き先は察せられた。

 扉から出れば、私は戻れるのだろう。

 皆が求める、私の元へ。

 

 

「……貴女は行かないんですか?」

 

 

 さりげなく手を取ってみたが、やんわりと解かれた。

 私よりも、貴女を待っている人の方が多いだろうに。

 

 

「……うん。さっきも言った通り、戻れない。戻っちゃいけないの」

 

 

 頑なな様子で首を横に振って、その場から動かない。静かな拒絶と断絶を感じさせてくる佇まいで、何となく二の句が継げない。

 

 

 今にも泣き出しそうで、悲しそうで……諦観を受け入れて、それでも尚、諦め切れないような、寂しい顔をしているように見えて。

 超人的ではない、弱々しいただの少女としての連邦生徒会長が、そこにいた。

 

 

 

 ……なんでこんなにもさらけ出してくれているんだろう。初対面の私に胸襟を開きすぎじゃない? 

 それとも……身近に居た連邦生徒会の人達には、こんな風に接していたのか。

 

 

 

「……一応言いますけど、貴女を待っている人はたくさん居ますよ?」

 

 

 何となく立ち上がる気が起きず、そのまま足をぷらぷらと揺すりながら、そう伝えてみる。

 

 

 例えば、連邦生徒会の人。

 神秘を求めて色々と試行錯誤する最中で、連邦生徒会のアーカイブを閲覧させてもらった事がある。

 その折、連邦生徒会関連の人達は、そう周囲に気を配っていなかった当時の私でも印象に残るほど、口々に囁いていた。

 

 

『こんな時、連邦生徒会長が居れば──』

 

 

 そんな感じの同音異字の言葉。

 切実な思いだったり、また一目顔を見たいという願いだったり、積み重なる仕事に対する愚痴や帰ってこないことへの嫌味だったりもしたのだろう。

 

 けれど、連邦生徒会長を求めているというのは誰しも変わらないとは思う。

 

 何なら、他の自治区の生徒達だって、彼女という超人を頼りにしていたし。

 

 

 けれど彼女は依然として深く座り込んだまま。

 此処から動くつもりはないらしい。

 

 

「私程度が戻るべきと仰るなら……優先度的には、貴女こそ真っ先に戻るべきとは思いますけどね」

 

 

 わざとらしくおどけて肩を竦めてみるものの、連邦生徒会長は困ったような微笑みのまま変わらない。

 

 

「それでも、私は戻っちゃいけないの。居たら意味が無いの。また間違ってしまうから。誤ってしまうから」

 

「……だから先生に託すと?」

 

 

 こくり、と確かに頷いて。

 羨望と、希望を抱いた瞳が、眩しいものを見るように細められた。

 

 

「私の選択では、私の答えでは……キヴォトスを救うことはできなかった。けれど、先生なら……歪んで、捻れてしまった終着点とは違った……奇跡のような結末に辿り着けるはず、だから」

 

 

 

 

 光の先から、囁くような小さなざわめきが聞こえてくる。

 知っている声が、たくさん混じっている。

 それは私の事を呼んでいて、泣いていて、案じていて、悔いていて。

 私の事を暖かな光が足先にまで届いてきて、縋ってくる。

 

 何となく、心の奥がきゅっと締め付けられるような心地に見舞われた。

 

 

「ほら、皆が呼んでる。貴女を望んでる。……あんまり意地悪してると、きっと怒られちゃうよ」

 

 

 扉の先を見て、連邦生徒会長は微かに顔をしゃくった。

 

 

「……分かりました。それでは、そろそろお暇しますね」

 

「こら。さり気なく私まで連れていこうとしないの」

 

 

 立ち上がると同時、彼女の腕を引きながら歩こうとするものの、やっぱり優しく逃げられてしまう。

 

 

 ……。

 

 

 

 もう一度彼女の手を掴む。

 

 解かれる。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 掴む。

 

 逃げられる。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 がっ、と強めに鷲掴んで引っ張る。

 

 

 

「いいでしょ一緒に行きましょうよ同時に戻れば皆大喜びですよほらほら早く早く!」

 

「あっ、ちょ、や、やめて○○ちゃん! そんなに引っ張らないでー!」

 

「抵抗しないでください貴女が戻ってくれば私が戻ったインパクトも薄れるでしょうついでに私のお説教その他諸々もうやむやになるでしょうからほら早く早くほらほら!!」

 

「他人を売る気!? ダメです〜ちゃんと皆のありがたいお話聞きましょうね!」

 

「いーやーでーすー特にユウカさんからのお説教は聞きたくないんですー!!」

 

「私だってリンちゃんからのお小言は逃げたくなるけどー! だからって私が戻らないのはそういう問題じゃな……あっ踏ん張って全力で引っ張らないで! 破けちゃう! 破けちゃう!! お気に入りのなのに!!」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 

 ぎゃあぎゃあと数分格闘した後、お互いに座椅子に項垂れるなどして。

 

 改めて意思は硬く、テコでも動くつもりはないと分かれば、これ以上することはなかった。

 

 

「……本当に、戻らなくて良いんですね?」

 

「……うん。それが先生のためで、皆のためだから」

 

「……先生なら、貴女自身が居ることで起きる事象でも、しっかり対応してくれそうですけども」

 

「そうかもしれないね。でも、今のままの方が、確実だから」

 

 

 やはり、決意は変わらないようで。

 たっぷりとため息を吐いて、改めて立ち上がった。

 

 

「分かりましたよ、もう。じゃこれ以上は追求しませんし連れていこうとしません」

 

 

 ぐっと伸びをして、深呼吸。

 意識して気持ちを切り替えて、未練を拭っておく。そうしておかないと何時までも彼女に拘ってしまいそうだし。

 

 

「では、行ってきます。此処が何処にせよ、何にせよ、貴女と話せて楽しかったです」

 

 

 

 それでは、と視線を切って扉へと向き合う。

 扉の奥から溢れ出てくる光は、私を受け止めるように広がっている。

 

 そこへ一歩、足を踏み出して。

 

 

 

 ○○ちゃん、と背中に声が投げられた。

 

 

「私が頼むのも、烏滸がましいけれど……」

 

 

 眉を下げて、悲しそうに、寂しそうに、笑顔を作りながら。

 

 

「先生を、どうか、よろしくね」

 

 

 私は振り向いて、しっかりと頷いた。

 ……こんな私に託すのもどうなのだろうかとか、少し可笑しく思えたけれど。

 

 

「えぇ。では。またお会いしましょう」

 

 

 それでも託されたものは受け取って、前へ一歩踏み出した。

 

 扉を超えて、光の中へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □■□■□■□■□■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 意識が浮上する。

 

 途切れ途切れの意識が明確に繋がって、瞳を開ければ柔い光が視界に入り込む。

 

 

 

 清潔な白い壁と天井。

 

 薬品とアルコールの混じった匂い。

 

 規則正しい電子音を鳴らす心電図らしき機械の駆動音。

 

 温かな布団の感触。

 

 

 

 どうやら、此処は病院施設のベッドの中らしい。

 

 

 以前に運び込まれた病院と似通った雰囲気から、ミレニアムの病院だとは思うけど……。

 

 

 とりあえず、えぇと……皆は、何処に。

 

 

 

 

「…………○、○、ちゃん?」

 

 

 

 

 布団の傍らに埋まっていた翠色の塊が、バネのように跳ね上がった。

 

 

 ユメさんが、赤く腫らした目を見開いてたまま、こちらを見つめている。

 ……どうにも焦燥しているような、やつれた顔もしている。今にも泣き出しそうなほどに、表情が崩れていく。

 

 ……というか、片手も握られてるし、添い寝でもしていたのか。いやするか、ユメさんは私と一緒に寝ないと落ち着かないくらいだったし。

 

 

 とはいえ…………ユメさんには悪い事をしてしまった。思いを無下にして、彼女にとって酷な言葉もかけてしまっていた事だし。

 

 

 心配させてしまったのだから、ここは一つ元気な姿を見せてその心配を払拭するとしよう。

 

 元気に、そう元気。にこやかに笑顔を浮かべて、と。

 

 

 

「ユメさん、おはようございま───」

 

 

 

 

 瞬間。

 泣きじゃくった翠の塊が、視界いっぱいに飛び込んできた。

 

 

 

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