神秘探求したいミレニアムモブ生徒とゲマトリアがガッチャンコ   作:禍禍冴月

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To Be Continued?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の独特な匂いが鼻先をくすぐる。

 消毒液の香り。清潔なシーツの重み。窓先から射し込む日光。

 穏やかな呼吸音。かりかりと走るペンの音。

 

 

 実に静かで落ち着いた空間だ。

 読書や実験データを纏める雑務が捗るというもの。

 

 現在の病室は、私一人に割り当てられたものなので、周りにそう神経質に気を配らなくて良いのもまた気が楽である。

 

 

 

 ベッドのサイドテーブルには『月報ミレニアム理論』、『ミレニアム新製品カタログ』、『ミレニアムサイエンススクール部活動会報』、『怪奇! 神秘目録決定版! 〜キヴォトスに蔓延るオカルティズム!』といった雑誌類。

 気まぐれにそれ等を捲りながら、左手でタブレットを操作。インスピレーションの赴くままに新たな機器のアイデアを書き込んだり、以前のデータを精査したりなど。

 開発用機器は持ち込めていないので、アイデアをすぐさま形にできないのがもどかしいが、そこはそれ。

 

 

 

 そうしてる最中で、右手をぎゅぅ、と握り込まれる感触。

 

 視線を向ければ、私の手を握ったユメさんがにこにこと微笑んでこちらを覗いている。静かに、私が目を向けてくれた事自体が嬉しいとばかりに笑っている。

 私は穏やかに話しかけた。

 

 

「どうかしましたか、ユメさん?」

 

「え? ……ふふ、○○ちゃんがちゃんと居るんだなぁ、って」

 

 

 にへり、と表情を緩めては握り込んだ私の手をゆったり撫でてくる。

 それからぴっとりと私の方へと体を寄せて、殊更に顔を綻ばせた。

 

 

 ユメさんは、私が目覚めてからは……いや、目覚める前からずっと、このように私に付きっきりだ。

 

 私が意識を取り戻していない内はもうベッドから一時も離れない勢いだったらしく、私がこうして起きている時もべったりだ。

 

 何ならひしと抱き着いて密着状態だったのをどうにかなだめすかして、手を握るくらいに落ち着かせている。

 片時も私と居ないと不安で不安でダメになってしまうのだとか。

 

 

「うーん……退屈ではないですか? 私に四六時中着くよりも、アビドスの皆さんと過ごすとか……」

 

 

 ユメさんは失っていた記憶を取り戻した。

 ホシノさんとの接触により、彼女はかつてアビドス高校の生徒会に所属し、ホシノさんと2人で借金を返済しようとどうにかこうにか模索していた過去を思い出した。

 

 

 私が研究を進める最中、ユメさんと傍に過ごしていたのは、一重にユメさんの記憶が戻るまでの一時凌ぎ。

 

 けれど自身の記憶と過去を取り戻し、私以外にも頼れる人も話せる人も増えた現状、ただ私の傍に居るだけなのはどうなのだろうか。

 

 

 ホシノさんとも何がしか深い関係もあったと見受けられるし、そちらに行ってはどうか……なんて思いを込めて声をかけるも、ユメさんはふるりと首を横に振った。

 

 

「○○ちゃんが退院するまで……んーん、○○ちゃんが退院しても、一緒に居るよ」

 

 

 と、このように。

 積み重なった観光雑誌の内の1冊、『キヴォトス寄り道名所〜ミレニアム自治区編〜』を片手に、にこにこ微笑んで。

 どうにも重力を感じさせるような眼差しで、私を見つめてくるのである。

 

 

 うぬぬ、と内心唸る私。

 

 

 どうにも関係が拗れてしまったような気がする。

 私の想定ではホシノさんと引き会わせて記憶を取り戻してもらい、後はお互い収まるべきところに収まりハッピー! のはずだったのだけど。

 一体何処で欠け違ったのだろう。

 

 そりゃあ、ユメさんは神秘を注ぐ事で仮死状態より復活した極めて異例な成果であったし、何より不安を感じさせて脆い精神を壊してはならないと丁重に扱ったが……ここまで効果を示すとは全く想定外であった。

 

 

「……繰り返しになりますけど、無理に私と一緒に居ようとしなくても良いんですよ? ユメさんは自分の記憶を取り戻したんですし……」

 

 

 目覚めてから、同音異義語的に伝えている言葉をかけてみるけど……ユメさんは再び首を振って、答えた。

 

 

「うぅん。私は私のしたいことをしてるだけだよ、○○ちゃん」

 

 

 今私に着いているのは、罪悪感からでも、歪な使命感じみた思いからでもなく。自分の選択であるからだと。

 そう言われてしまうと、私としては返す言葉も無い訳で。

 

 

「ひゃわわわ」

 

 

 おもむろに手を伸ばし、もちもち、と頬を揉んでみたりしても、ユメさんは嫌がる所か楽しげに、くすぐったそうに声を漏らすのみ。

 流れで頭も撫でてみるも、嬉しそうにはにかむばかりで振り払う様子は微塵もない。

 

 肉体的接触を過剰にしてみても拒まないんじゃないか、なんて懸念も湧いてくる。

 ……いや、今ここで試す気は起きないけど……。

 

 

「……テレビでも見ましょっか」

 

 

 まぁ、この際難しい事はいいや。時間に解決を祈っておこう。でなければ先生とかウタハ先輩とかに相談でもしよう。

 備え付けのテレビを点けて、ユメさんが好きそうな番組を探して適当にザッピングをするなどして、話題を逸らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな私達のやり取りを、さらさらとペンが綴る音が記録していく。

 

 

 

 病室の隅。椅子に座ったノアさんが、私達の方を見つめながらひたすらに手帳へペンを走らせている。

 

 

 

 怖かったので、全力で意識を逸らした。

 

 

 

 

 賑やかなテレビ画面からの音と、楽しげなユメさんの声、ペン先から奏でられる音。

 

 それらを背景に、意識を過去の方へと向けてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 □■□■□■□■□■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めてすぐは、正しくてんやわんやといった具合だった。

 

 

 

「ユメさ───んむぎゅっ」

 

 

 椅子が床に倒れる音と共に突撃するユメさん。

 弾丸のように飛び出したユメさんが私に抱き着き、視界が一面ユメさんに覆われる。

 

 すごい抱擁力だ。力いっぱい抱きしめられて包まれている。

 

 しばらくそのままでいると、もぞりとユメさんが動き、頭を私の胸元に押し当てる。

 続けて両手が顔を触れて、穴が空くほどに顔を見つめられながら、緩やかに、感触と温度を確かめるように撫でられていく。

 

 

「ユメひゃん?」

 

 

 傷付けてしまわないようにといった具合で恐る恐る頬をなぞられながら声をかければ、それを聞いたユメさんが目を瞬かせて……赤くなった目元を潤ませて、あっという間にぼろぼろと涙を零し始めた。

 

 そうして湧き上がってきた感情が、とめどなく溢れ出して、あっという間に端を切り……大声をあげて、わんわんと泣き出してしまった。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

 

 何か言葉を口にしようとしても、感情が追い付かずに嗚咽と泣き声だけが出てきてしまう。子どものように、ひたすらに泣いて、泣いて。

 

 

「よかった」

 

 

 

「よかったよぉ……」

 

 

 その最中、ユメさんはそう言葉を零して、また強く私の体を抱き締めて、泣きじゃくってしまう。

 

 

 これには私も慌てた。

 

 散々心配もかけて、数度に渡っての止める言葉も振り払ってあのように実験を強行したというのに、ユメさんから感じられるのは心配と安堵が入り混じったものだけで。

 

 すがり付いて、泣きじゃくるユメさんからは失望や激しい怒りなどは一片足りとも見当たらなくて。

 どうしたら良いだろうかと、困ってしまう。

 

 

「……えぇと、ユメさん。すみません、心配させてしまいましたね」

 

 

 そっと声をかけながら、背中に両手を回して抱き返す。

 廃墟地域の研究室の中、二人で過ごしていた時のように。孤独に不安がるユメさんを落ち着かせてあげるために、お互いに抱き合いながら眠っていた時のように。

 苦しくないように優しく、深く抱き留めながら背を摩る。

 

 

「ほら、泣かないでください。ちゃんとここに居ますから」

 

 

 しゃくり上げるのは変わらないが、しばらくするとだいぶ落ち着いてきていたようだ。

 けれど依然、私の胸元に突っ伏しているばかりで、少し困ってしまう。私にできるのは、ただユメさんを撫でるだけ。

 

 

 がたん、と椅子が倒れる音の直後に、病室の外へと駆け出していく誰かが居たのも、そこに気を回す余裕が無かったけど。

 

 今思えば、ユメさんと共に私の傍に居たらしいノアさんが皆を呼びに行ったのだろう。

 

 

 そうして私がユメさんをなだめすかしていれば、病室の外から慌ただしい複数の足音が駆け込んで、中へとなだれ込んできた。

 

 

 "───○○っ!! "

 

 

 先生を筆頭に、ウタハ先輩にコトリさん、ヒビキさんにユウカさん、ヴェリタスの皆にその他大勢がみちみちになりながら病室に転がり込んでくるようで。

 あの日戦って下さったメンバーがほとんど揃っていた。いなかったのは……ヒマリさんにリオさんくらいだったか。

 ホシノさんはなんかすんごいぎこちない挙動で入ってきていた。

 

 

 

 それからはまぁ、皆に囲まれながら心配されて、目覚めて良かったと安堵されて、担当の看護師さんを交えて体調を確認されて、ひとしきり検査を終えて異常が無い事が見受けられた。

 

 

「……良かった、本当に。目を覚ましてくれて……」

 

 

 ウタハ先輩を筆頭に、皆が皆、思い思いに心配の言葉を投げかけてくるのに、ご迷惑をおかけしましたと低頭平身に徹するばかり。

 ……しかし皆が皆すんごい深刻そうに、そして深い安堵を示し続けてくると何処と無くもぞもぞとしてもどかしい。私はもうこんなに元気だというのに。

 

 

「そういえば、私ってどれくらい寝てたんですか?」

 

「……ざっと3週間よ。その間、ユメさんがずっと貴女に着いていてくれたのよ。……それとノアもね」

 

「うわぁ。それはまた……ご迷惑をお掛けしまして……」

 

 

 納得だ。結構な期間を昏睡していたのなら、過剰に感じる程の心配も向けるというものだろう。

 

 

 

 

 ……それで、何か、すごい気になる視線が、ずっと私を射抜いている。

 

 この話をしている間も、ずっと。

 

 

 

 

 

 ノアさんが、見てくる。

 

 

 

 

 

 すっごい、見てくる。

 

 

 

 笑顔で、真っ直ぐ。

 

 

 

 部屋の隅の方に陣取りながら。

 

 

 

 すっごい、見てくる。

 

 

 

「……あの、ユウカさん、あちらは……」

 

 

 手にした手帳にペンを手早く走らせながら私から目を逸らさないノアさんが恐ろしくて、とても本人には聞けなかった。

 今の今まで私を射抜かんとばかりに注がれる視線に耐えかね、声を潜めて尋ねると、ユウカさんは微妙な、何とも微妙な顔付きになった。他の皆さんもそっと口を噤んだ、何とも言えない表情である。触るのが怖いみたい……

 

 

「……貴女、その、テクスチャっていうのを剥がしていた姿、あったでしょう?」

 

「はい、まぁ、そうですね。実に9割強は剥がれていたことでしょう」

 

「……その姿が、ずっと目に焼き付いて離れないのよ、ノアは」

 

 

 

 お…………っとぉ? 

 そっか、ノアさんの記憶力だと覚え続けるんだ。あの結構刺激的な光景を。

 

 

 

「だからその、ね。無事な姿を目に焼き付け直して記憶を塗り替えようとしてるのよ。……貴女が寝てる間から、ずっと」

 

「ずっと!?」

 

 

 言っている間にノアさんが接近している。

 凄い速さだ。咄嗟に反応できない。目の前にまでやって来ている。

 

 ……よく見たら目が笑ってない! 圧が凄い! 怖い! 

 

 

「○○ちゃん」

 

 

 あっ話しかけてきた! いつも通りの声なのがより怖い! 

 

 この場合は色々と心配させた私が悪いんだけども! 

 

 

「何か異常は、無いんですね?」

 

「えっ、あ、はい。今は何とも」

 

「そうですか。良かったです、本当に」

 

 

 にっこりと、改めてノアさんが微笑みを浮かべた。

 

 手帳に新たに書き加えてからそっと体を引いて部屋の隅に置いた椅子に座り直した。

 

 

「……今完全にこんこんと説教される流れだと思ったんですけど」

 

「じゃあその分私が言い聞かせなくちゃね?」

 

「手心とかは!?」

 

「そこに無ければ無いわね」

 

 

 ユウカさんからの説教倍乗せが確定した。

 鬼! 悪魔! セミナー! 

 

 

「じゃ……そろそろ言いたいこと、言わせてもらうわよ、○○」

 

 

 

 そう。私が受け答えを行えるに足る状態だと御墨付きを頂けば、待っていたのは当然説教である。

 

 思い出すのも恐ろしい、多対一の説教だ。浴びせられた言葉の奔流は筆舌に尽くし難い。

 

 

 別段、研究や開発、エンジニア的活動を強く咎めるものではなかった。

 

 説教の主題となったのは、何故自身の危険を度外視してまで実験を押し進めたのか。何故報告や連絡をしなかったのか。などなど。

 テクストやテクスチャを剥離させていくために、私の身が壊れる程に負荷をかけながら尚、実験を行い続けたのか。

 そうする以外にも、何か他に方法は無かったのか。

 周りを頼ったり、より安全な方法を見つける道は無かったのか。

 それができない訳が、あったのかどうか。

 

 それに対する私が持ち合わせている答えとしては……。

 

 

「そのぅ……サプライズ的に成果を発表したかったので隠してたと言いますか……」

 

 

 別に、深い理由とかは無いのだ。

 ずっと探し求めてた神秘について研究できるという環境から舞い上がってしまって……どうせならばよりセンセーショナルな成果を披露してみたかった為に隠し通そうとしてたというのが大部分なので。

 念願叶って研究できる分野に対して、中途半端な物をお出ししたくなかったし。

 

 

 そのような事を伝えると、全員が無言で空を仰いだ後、ありがた〜いお話が再開された。ひぃん。

 

 

 

 

 

 その話の流れで、無報告で色々と実験やら巨大兵器開発をしていた私に対する沙汰も言い渡された。

 

 

 あの場に居たメンバーで協議を重ねた結果。

 何と、シャーレに出向し、奉仕活動を2ヶ月間行わなければならないというのだ。

 

 

「……意外と軽いですね?」

 

 

 思わず漏れ出た言葉に「妥当な所よ」なんてユウカさんが反応を返した。

 

 

「確かに、未認可での巨大火器製造、加えて1回きりだけど発射した事は問題……けど、最終的にキヴォトスの何処かに損害を出した訳でも無いし、神秘に関する研究も禁じてるものでは無いし……」

 

 

 人の往来が多い所で、破壊目的で無差別にその技術を行使した訳でもなく。

 その他諸々の事情を込みにしつつ最終的な裁決に悩んでいた所、シャーレが関わっていたことを切っ掛けにして、占めて2ヶ月間のシャーレ奉仕活動という形に収まったのだとか。

 

 

「ただし、暫定的な処置みたいなものよ。反省の色が見えなかったり、期間中に問題行動を起こしたら延長もあるから、そのつもりで!」

 

「……問題行動って、どこからどこまででしょう?」

 

 

 エンジニア部の皆さんを伺うと、曖昧な微笑みで返された。

 うーん、神秘の取り込みはセーフか……? 

 

 

「とにかく! 過激な実験やらは控えて、大人しくしてなさいってこと! ……全く。神秘についての研究はそこまで規制をかけるつもりは無いんだから、周りに被害とかインシデントとか発生させなければそれで良いの。分かった?」

 

 

 おや。と私は思わず瞬いた。結構珍しい反応だ。

 危険性がある研究に関しては鋭くメスを入れてくるのがユウカさんなのだけど……どういう心境の変化だろう。

 

 

 

「まぁ……お陰様と言うべきか、神秘の有用性、危険性諸々は知る事はできた。……神秘の効用が及ぼす影響はまだ困惑が大きい部分はあるけれどね」

 

 

 皆の視線がユメさん……神秘の注入により復活した生き証人に及ぶ。

 ちなみにユメさんは私が一人一人から掛けられるお説教を耐えるべくひたすら撫で繰り回していたせいか、てろんてろんになっている。すごい緩んだ顔だ。

 少なくとも人前でお見せできる顔ではなくなっている。

 

 

 "少なくとも、危険なだけじゃない。人を助けることができる技術なのは、○○が残していた資料からも確認できたからね。"

 

「そうですとも! そも技術に限らずモノは使いようによって身を傷付けてしまうものですが……何処かの誰かを助けられるモノにもなれるのですから」

 

「過激になり過ぎないように、今度は色々と見守ってあげれば……大丈夫かな、って思ってるよ」

 

 

 皆さんの言葉が温かい。

 ただ説教と名ばかりの否定的な弁論を浴びせるだけではない。

 皆さんは、私に理解を示して、それでも尚やってはいけないラインを踏み越えてはならないと、過激な手に染めてしまってはいけないと諭してくれているのだ。

 

 

「皆さん……」

 

 

 改めて、周りに恵まれていると感じる瞬間である。

 

 

「褒めのターンに入ったってことはお説教はここまでで?」

 

「いや、それはそれとしてまだたっぷりやるよ。次はヴェリタスの皆からだそうだ」

 

「えーん。せめて一纏めにしてお説教してくださいよー!」

 

 

 しかし世は無常。上げてから落とされた私はその後も詰め寄られてはお話を聞かせ続けていくのでした。まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □■□■□■□■□■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんこん、と病室のドアが叩かれる音に、現実へと引き戻された。

 

 

 "○○。調子はどう? "

 

 

 時計を見ると、先生達がお見舞いに来る時間になっていた。

 からりとドアが開かれ、先生を筆頭に、ユウカさんにウタハ先輩などの面々が顔を見せてくれる。

 ここの所毎日来てくれる面々に緩く手を振り、お出迎えをする。ユメさんもぺこりと会釈して、こんにちは、と挨拶を返した。

 

 

「えぇ、何も悪い所はありませんよ。血圧、心拍、ヘイローの照度も良好ですって。近日中には退院しても良さそうだそうで」

 

「それなら何より。大事がないのが一番よ。……ユメさん、○○の事をよろしくお願いしますね?」

 

「えへへ、任せて〜」

 

「あれ、私の保護者枠になってますユメさん?」

 

 

 今ではすっかり私以外の人とも関わりを持てた事で、ユメさんは早々にこの輪に馴染み溶け込んでいる。元よりお人好しでフレンドリーな気質なのである。

 この調子でアビドスの……ホシノさんの方へと戻ってくれれば良いけれど。と、元気良く返事をしながら私の腕をぎゅうと抱き寄せる彼女を見て、未だ期待薄だと息を吐く。

 やっぱり近い内に皆に相談かな。……こういうのって本人が傍にいる時にしていいものかな。その方が手間も省けていいのかも……

 

 ホシノさんとも、仲直りというか、生前にあった認識のすれ違いを正して和解はしていたのはこの目で見たのだけど。

 

 ……もしかすると、以前ユメさんと交わした約束が、彼女を必要以上に縛っているのかもしれない。

 なら目指すべきは、大人しく過ごして一刻も早く退院して、ユメさんとの約束を果たしてあげる事だろう。

 

 サイドテーブルに積み重なる、キヴォトス各地の観光雑誌の束を見るに、しばらく時間はかかりそうだけど。

 まぁ、色んな所を巡るのは私にとっても良いインスピレーションの素だし、いっか。それにまだ見ぬヘイローを眺めに行くのも楽しみだし。

 写真は多めに撮っておこう。楽しく過ごした思い出があればあるほど良いもの。

 

 

 その後も先生にユウカさんに……皆して私の体調を心配そうに何度も伺ってくる。

 問題は無いと言っているのだけど、体調に関しては微妙に信頼が失われている気がする。いや、まぁ、テクスチャ剥離の件とか隠しまくってたので自業自得ではあるけど。

 

 聞いた所によると、意識を失っている間の私は……どうにも、奇妙な状態にあったという。

 

 病院に運び込まれた段階では、呼吸をしていなかった。けれど脈拍は正常に働いていた。

 かと思えば、次の日には呼吸はすれども、脈拍が測れず。脳死判定を出すにも出せない、病院の方々も大変に困り果て、ついにはタチの悪過ぎるドッキリではないのかと疑った程に変な状態であったらしい。

 

 生と死の狭間、生きながら死んでいて、死んでいながら生きているような、植物人間とも言い難い。

 

 そんな中でも、ユメさんを中心に誰かしらが私の傍に居て、諦めず、見放さず、絶えず様子を見てくれていたのだと。

 

 全くもってありがたい限りである。あわよくば当時の映像やらデータやらを頂ければもっとありがたいのだけども。

 

 

「それで、色々とアイデアはまとまっているのかい? …………ふむ。うん、うん……」

 

 

 ウタハ先輩がさりげなく置いていたタブレット画面を覗き込み、取り留めなく記した新たな機器のアイデアや既存機器の改良案、そのスケッチを見て興味深げに頷いている。

 恐らく過度な危険性が無いかのチェックなのだろうけど、それ以上にインスピレーションを刺激されているような、楽しげな雰囲気。ウタハ先輩のそういう顔は結構好きな所だ。

 

 

「『補助型神秘薬剤』……へぇ、特定物質の性質を向上させる神秘の作用を用いて、既存の薬剤や機器の性能を向上させる、か……うん、面白いね」

 

「サンプル数が少ないので、実用化にはまだまだ時間がかかりそうですが……あ、この『ガーディアングラスくんZ』もいいですね、デザインはここをこうした方がもっと機能性が……!」

 

 

 ぴょい、とヒビキさんとコトリさんも加わって、これが良いあれが良い、あーでもないこーでもないとエンジニア談義が始まった。

 私のアイデアや改良案を見ては指摘や反応を返して、自分が開発中の機器のアイデアも見せてくれたり。

 

 少々騒がしい、楽しい時間。盛り上がり過ぎて看護士さんに怒られたりもするけど、それもご愛嬌。

 

 

 ……しかし、アイデアとインスピレーションが湧き出るのはいいものの、やっぱり実際に作ってデータを取らねば始まらない。

 もどかしいけど今は動けず、悶々とするばかりで何処か落ち着かない思いもあり。

 

 データはあればあるほど良い。潤沢な試行回数は、より良い物を作り出す為の試金石。

 

 

 その点、先生との戦いは実に有意義な時間だった。

 

 

 数多の生徒達を率いて、その本領を発揮させながら次々に攻勢に転じてきたあの戦い。

 ありとあらゆる自治区の生徒を1つの部隊として取り纏め、指揮を担う先生の指示により、縦横無尽に動かしていくあの鮮烈さと言ったら。

 

 短くも濃密な時間で、たくさんの有用なデータが取れた。サンプルが取れた。生徒達の力を見れた。先生の力を見れた。

 奇跡の力を、目の当たりにできた。

 

 

 あの時間を、もう少し引き伸ばせていれば。あの時、まだ使っていない武装も出していれば。あのデータも戦闘サンプルも取れていれば、また新たなものを作り出す切っ掛けが生まれたのではないのか。

 

 

 思い返せばそれだけ、もしもが頭を過ぎる。

 理性を焼き焦がしながら、ひたすらに先生に向かっていった、あの灼熱の時間。

 

 最終的に……まぁ、判断を誤って、口を滑らせた事で全力で止められて、強制自爆で倒れた訳だけど。

 それでも、とてもとても楽しかった。

 本当に。命をかけて、燃やして、ひた走って、無我夢中になって突き進んで、何と気持ちの良かったことか。

 

 

 私にとっての至福の一時。それを詳らかに思い返している内に。

 

 

 無意識に、口が動いた。

 

 

 

「……また、やりたいなぁ」

 

 

 

 直後、部屋の温度がひやりと下がった。

 私だけが世界に取り残されたような、凄まじい感覚が部屋を包み込む。

 

 

 私は慌てて口を抑えたが、吐いた唾は飲み込めない。

 覆水盆に返らず。

 声は確かに病室内に響き、私の呟きは静かに全員の耳へと伝播した。

 

 

「……○○ちゃん?」

 

 

 ユメさんの、何処か湿り気を帯びた声が耳元を叩く。

 

 皆が、じっとこっちを見ている。

 

 あぁまずい。すっごいまずい。

 

 だってこれ絶対怒られるやつだもん。

 

 だって先生が佇まいをゆっくり直して私に向き合ってきてるもん。無言で。

 

 

 "────○○。"

 

「あの、一旦無かった事にできません?」

 

 "○○。"

 

「ちょ、ちょちょっと勘違いしてませんか!? またやりたいっていうのはあの時の実験のことではなく──」

 

 "○○。"

 

 

「ひゃい」

 

 

 言い訳もすぐさま封殺されてしまった。

 かつてないほどの圧を感じる。

 逃れようがないのだと確信させるような、問答無用の絶対的な圧力が。

 

 これが……大人の力……! 

 

 

 

 "……もう少し、お話しよっか。"

 

 

 あまりの威圧に先生が大きく見える。

 咄嗟に逃げ道を確保しようにも、目の据わった皆がベッドを囲んでいる。

 出入口も窓も塞がれている。

 何気にユメさんが私の手を包んでいるので逃げようにも逃げられない。詰みです! 

 

 なんて事だ、もう逃げられないぞ。

 

 

 

「ひ、ひ、ひぇぇぇえぇぇぇっ!!」

 

 

 

 私は泣いた。

 

 粛々と代わる代わる浴びせられる説教の雨霰に、さめざめと泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 

 ミレニアム廃墟地帯での実証実験を経て。

 

 私の顛末とは、以下のようになったらしい。

 

 

 

 

 

 あの日あの時、私は『ミスティック・ドライバー』の内部機構に仕込んであった自爆機能を遠隔操作で発動されたことによって、完膚なきまでに破壊された。

 

 主要機能、補助機構の全てに至るまで、徹底的に壊された。ドライバーの修復機構も、防御シールドも働かず、粉微塵になっていった。

 

 案の定、ドライバーに組み込んでいた粒子化装置に収納していた物品諸々はその瞬間から方々に飛び散り、私の体から零れ落ちていったらしい。

 ボスからドロップするアイテムみたいだな、なんて呑気に思う。

 

 

 この時の私にとっての誤算は、『ハンドレッド』の取り込みによって行われた大幅なテクスチャの剥離と共に、身体に装着していたドライバーが私と半ば融合してしまっていた事。

 それにより、自爆によるダメージが想定以上に増大してしまった事。

 

 そして、肌身離さず着けていたドライバーは、融合を果たしたために、私という膨大な神秘の塊を真に制御する機関として機能していた事。

 

 

 

 そうして、私という存在の制御機関たるドライバーの完全破壊は、神秘が詰め込まれた器の暴走を呼び起こした。

 

 私が作った物という、私という存在を私たらしめる楔、世界への証明が失われた事も大きく起因していたらしい。

 

 

 意識が消失し、ヘイローも消え、定められていた『生徒』という形を定義するための指向性を失いかけた膨大な神秘の塊。

 

 テクスチャが剥がれ落ち、抑え付けられていた枷が外れ、私の内側に秘められた神が、元の形を取り戻そうと蠢き始めた。

 

 いや、元の形なのかは、最早定かではなかった。

 テクスチャが剥がれ切った先、元々私の内側に秘されていた神が顕現するのか、それとも、様々な神秘が混ぜ込まれた末に新たな神が生まれるのか。

 

 名も形も分からない、未知なる神が、キヴォトスという大地の中に産まれ出ずる偉大な瞬間が訪れようとした、その矢先に。

 

 

「────○○ちゃん!!!」

 

 

 私の名を叫ぶ声が響いた。

 

 神秘を膨れ上がらせ、名も分からぬ神に向かって、私と定義する声が掛けられた。

 

 

 自爆の衝撃で目を覚ましたユメさんは、躊躇いもなく、私の元へと駆け出した。

 何度も、何度も、私の名を叫びながら。

 私だと疑いもせず、叫び続けた。

 

 神秘の蠢きは、名も知れぬ神の生誕は、私という名を与えられた事によりその兆候を止めた。

 

 

 

《先生! 膨大なエネルギーの動きが収まりました! 今なら……!》

 

 

 次に動いたのは、先生だった。

 

 掲げたのは大人のカード。代償を以て、奇跡を行使する、反則の手札。

 

 大人のカードがその力を発揮する。

 

 消費されたのは、先生が持つ大事な何か、恐ろしい代償ではなく……私から零れ落ちた、青輝石の山。純粋な神秘を封入した、奇跡の塊。

 

 青輝石が輪郭を解かれていき、数多の粒子となって飛散し……私に注がれていく。

 

 

 青輝石に封じられた神秘は、剥離されたテクスチャを再び貼り直す程の作用を持った、強力なもの。

 生徒を生徒として強く定義させ、結び付き、縁を繋ぐ神秘。

 それ等が片っ端から、私の体に注がれ続けて……

 

 私が、テクスチャに覆われていく。

 ○○という生徒のテクスチャが、貼り付けられて。

 

 その場にあった青輝石、数にして24000個程度。それ等が消費された末に。

 ○○が、キヴォトスという箱庭に適した形を取り戻していった。

 

 私は、○○という生徒として、○○という名でもって、キヴォトスに舞い戻った。

 

 

 そうして、実験は終わった。

 後は知っての通り、皆の手によって介抱され、ミレニアムの病院に運び込まれ……今日この時まで、入院を余儀なくされている。

 

 

 

 

 

「───以上が、貴女が意識を失っていた間、貴女自身に起きた事象……貴女がこうして、生徒という形で存在している理由となります」

 

「……ありがとうございます。はぁ……この目で見て、感じてみたかったですけど……贅沢は言えませんね」

 

 

 誰もが寝静まった、丑三つ時。

 暗い病室の中、人魂のような不気味さを伴って黒服さんは現れた。

 それから、私の知り得なかったあの時の一部始終を、つらつらと語ってくれた。

 実に愉しげに、少しばかりの落胆を乗せながら。

 

 

「データなどはきちんと取れたでしょうか?」

 

「えぇ、抜かりなく。先日に貴女のミメシスが提供して下さった物も含めて、実に潤沢なデータを頂きました」

 

「良かった。ここまでしてもらって提供できるものが無くては心苦しいですからね」

 

 

 傍らに深く寝入ったユメさんの頭を緩りと撫でながら、起こしてしまわぬように私達は小声で語らう。

 黒服さんが抱く落胆の念は、恐らく私も感じているものだ。

 

 

「しかし、良かったのかもしれません。あの時、貴女が未知なる神へと変貌したのならば……」

 

「まぁ……そうですね。興味深い事柄ではありました。良いデータも取れたでしょうが……」

 

 

 きっと、神秘の研究は……重く規制をされてしまうのでは無いか。とも考える。

 あの時の私は、私が私でなくなり、末に果てたとしても、きっと皆がそれ等全てを糧として更なる神秘の発展をしてくれるだろう……なんて、本気で期待をしていたけれど。

 

 この度、皆の心配を、涙を、怒りを受けて……その可能性は薄いのだと確信できた。

 

 

「……チャンスがあれば、またやりたいものですけど」

 

「おや、おや。ックク、あれほど叱咤を受けておいて懲りないのですね」

 

「何を言うんですか。結果は一例のみ、ではお話になりませんから。解析するにはもっと比較検証にデータとサンプルが……欠かせない物は沢山ありますから」

 

 

 やりたいが、再現性は低い。あの時と同じ状態は作り出せるならば作れなくはないだろうけど……信頼やら何やら、色んなものを犠牲にしなくてはならないだろう。

 

 ……それに、説教は懲り懲り。

 

 

「やるなら、極力皆に怒られないように……平和的に、安全に。そう思わせる方法でないと。いずれにせよ、研究を止めるなんてあまりにももったいないですし」

 

 

 黒服さんは、静かに笑った。

 満足気に、ゆるりとかぶりを振って、白い光を瞬かせながら、喉を鳴らして笑った。

 

 

「えぇ、えぇ。そうされるがよろしい。貴女が思うままに、貴女の信念のままに進むがよろしい」

 

 

 上機嫌に言葉を紡ぐ黒服さんの声を受けながら、無意識に手を握り込んだ。

 

 深く充足した力が、膨大な神秘の蠢きが、私の内側に胎動しているのを感じられる。

 

 何より、神秘に対する情熱が、胸の内に燻って、揺らめいて、滾って、燃え上がるのを感じられる。

 

 

「えぇ、ロマンのままに、私は動きますとも」

 

 

 更なる飛躍の為に。

 更なる高みへと続く為に。

 

 次のステップに進もう。

 

 私のロマンの為に。

 






あとは後日談をいくつか書く予定。
今の所決まっているものは、○○のシャーレ奉仕活動業務、テラー・デストロイのその後、ユメと○○の楽しいお出かけ。

他にこんな後日談が見たいなどがあれば活動報告の方にコメントを募集します。その中からいくつか拾い上げて書くかも。
募集した内容を全て書く確約ではないのでご了承下さい。
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