神秘探求したいミレニアムモブ生徒とゲマトリアがガッチャンコ 作:禍禍冴月
「ねぇ、知ってる? ミレニアムに潜む、幽霊の話」
少しだけキメて、得意気な声を出してみる。
学校からの帰り道。いつも同じ道を通って帰る、隣の彼女に向かって、話を切り出してみれば……いつもと同じように、呆れた感じでため息を吐かれた。
けれど彼女がオカルトな話題が好きなのはとうに知っているのだ。興味がないように振舞ったってそうはいかない。
「その出だしでまともな話だった事、一度もないよね……またネットで拾ってきた嘘の怖い話?」
「ひどーい!? 今回のは本当に本当の話だもん!」
嘘とは心外な! といきり立つ。
真剣に非実在系な存在の噂を追って、その真相を確かめた結果を、あまつさえ嘘と言うなんて!
腕を振り上げ抗議してみるものの、彼女は意に介さない。
「前もそれ言って……で、最終的に出てきたのがちょっとデカイ犬ロボだったじゃんか」
「謎の正体は暴けたしいいでしょ!?」
前回、彼女と一緒に確かめたのは、ゲヘナ自治区を徘徊する謎の四足歩行生物。
薄ら大きいそのサイズと、全身に見慣れない色合いの宝石じみた何かを装着した犬ロボというのが正体だったけど。
ともあれ、謎の四足歩行生物という謎は解明されたし、嘘でも何ともないというのに。
全くもう、とぷりぷり怒ってはみるけど彼女に効果はまるでなし。
「……それで? 今日はどういうやつなの? しっかし幽霊とか、ほんとにベタなやつじゃん」
「もー、なんだかんだ言って興味あるんじゃん、素直じゃないなー」
「…………」
「ごめんって。怒ったら無言になるの怖いからやめてって」
「…………」
「謝ってるじゃん! 謝ってるじゃん!」
踏み込んできた彼女に、ちょっと気を良くしてからかってみたら今度は彼女がむくれてしまった。この時の彼女はひたすらに謝り倒すのが吉だ。何とか機嫌を良くしてもらわなくちゃ、最後には何かスイーツを奢る羽目になる。財布が薄くなるので勘弁だ!
しばらく手を合わせていれば、ようやく背けていた顔をこっちに向け直してくれた。これが機嫌を直したサインだ。よしよし。
とはいえ、訝しげに嘘を疑う顔は変わらない。ここらで嘘でない決定的な言葉でも出してやろう。
いつもは……確かに信ぴょう性が低いと言わざるを得ない情報源から見聞きしたものばかりだけど、今回ばかりは違うのだ!
「コレね、被害者も私の身近に出たんだから! 嘘じゃないよ!」
「んで、その被害者って誰で、何がどうなったのさ」
「被害にあったのは私の友達の友達で……って、前の友達の親戚の親族よりは格段に近いでしょ!? そんな顔される謂れはないってば!」
「何にも言ってないのに……」
「あー、続けると……その子、ミレニアムの方にある廃墟地域って所に行ったの」
「廃墟地域って……あぁ、立ち入り禁止のところだっけ。それで?」
「そ。その子は友達からある噂話を聞いて、それを確かめるためにこっそり入り込んだの」
「幽霊の噂話?」
「そう。実は結構前から廃墟地域には幽霊が出るって噂があったから」
いわく。
ミレニアムの廃墟にて、瓦礫の森を徘徊する青白い幽霊ありて。
科学に見捨てられた廃墟の中、自身の研究を禁忌と見なされ理解されなかったミレニアム生徒の無念が集まり、形を持った存在である。
その幽霊は、自らの研究を押し進めるために、夜な夜な廃墟を彷徨い、廃墟に迷い込んだ哀れな犠牲者を研究材料として攫ってしまうのだ。
……だとかなんとか。
ありきたりと言えばそこまで。
けど、火のない所に煙は立たないとも言うし。噂として囁かれている以上、そこには何かしらが存在しているのだ。
そうして身振り手振り全開の熱弁をもってしても彼女のやる気を大いに引き出すことはできなかったが、踵を返して帰らない辺り、付き合いの良さを感じさせてくれる。
「さ、私達で真相を確かめに行こうよ!」
そう言って、彼女の手を取って歩き出す。
極めて胡乱な顔をしてる彼女だけれど、何だかんだといって
思い立ったその日が吉日なのだ、行きたいと思った時に行かねばなるまい!
いざ行かん! ミレニアムの廃墟へ!
「おぉ……雰囲気あるねぇ、廃墟らしい廃墟って感じ」
放課後の道から駅まで歩いて、ミレニアムまで向かって。そこから地図アプリを頼りに郊外の方にある廃墟へと歩いて行けば、ようやく辿り着けた。
すっかり夜は更けて、明かりは落ちている。廃墟群も相まって、如何にもな雰囲気がぷんぷんと漂っている。
これだよこれ!
道すがら、彼女に向けて噂に出てくるミレニアムの幽霊がどんな存在か、どのようなことをして来るのか、雰囲気も付けて語ってきたのだから、さぞかし彼女もこのホラーチックで退廃的な廃墟の雰囲気に圧されているに違いない!
「……それで? その……ここに出てくる幽霊って何してくるの?」
「あれ!? さっき説明してなかった!? 聞いてなかったの!?」
「明日のお昼何食べようか考えてて……」
「珍しく静かに聞いてるなって思ったらこんのー!」
だというのに彼女は、呑気にも明日のご飯のことを考えてぼーっとしていた!
なんてことを、許されないぞこれは!
いきり立って怒りのポーズを取れば、彼女はひらひらと手を振って、前を歩き始めた。
「そんな怒んないでってば。ほら、幽霊見つけるまででいいからもっかい話してよ」
「ぬぐぐ……三度はない三度は。仏も怒る」
しかし、意外と侵入するのは簡単なものだ。
連邦生徒会直々に閉鎖しているという話だったけど、柵も無いし、警備や監視の目も見当たらない。ひょいと入り込めば良いので助かるけど。
持ってきていたライトで前を照らして、瓦礫で転ばないように気を付けながら、私は改めてミレニアムの幽霊にまつわる話をありがたく語ってやるとした。
「いわく、いわく。ミレニアムの廃墟に潜む幽霊は、研究材料を見つけるために夜な夜な彷徨っていて……」
「ん、まぁ、そこまでは聞いたけど……もし捕まったらどうなるのさ」
「そう、そこがポイントなの」
廃墟を彷徨い、徘徊する幽霊にもしも捕まってしまえばどうなるのか。
「それは誰にも分からない。一体どんなことをされるのか、誰にも想像の付かない。分かっているのは、捕まったら最後、死ぬよりも恐ろしい目に合う……ってこと」
「……何それ。全然分かんないじゃん」
「うん。捕まって帰ってきた人が何も話してくれないからね」
「……え、帰ってきた人、居るの? いや、そうじゃなきゃ噂は広まらないけどさ……」
「そうそう。私の友達の友達も、この廃墟地域に向かって……数日経って、道端で倒れてるのを見つかったみたい」
彼女が怪訝な顔をし始めたので、追加で説明してあげる。といっても、ほとんどが聞いた話なのだけど。
私の友達の友達──言い方が面倒だからAちゃんと呼ぶ──は、ホラースポット巡りを趣味にしてる子で。私達と同じく幽霊の噂を聞いて、何時もの度胸試しとして廃墟地域へと向かった。
一日経って、帰ってこなかった。
二日経っても、帰ってこなかった。
その後、数日間は音沙汰無し。音信不通。
Aちゃんの知り合いも流石に心配になってきて、ヴァルキューレに届出を出そうとした頃合に、Aちゃんはミレニアムの道端で見つかった。
命に別状は無かった。単に意識を失っていただけだったし、廃墟をねぐらにしてた不良にでもこてんぱんにされたのかと思ったけど。
目を覚ましたAちゃんは、とてもとても怯えていた。誰かが話しかけようとすると錯乱するくらいには酷かったらしい。
特に、金属音を鳴らしたり、機械が傍にあると、命乞いをするほどだったとのこと。
今までAちゃんは色々と怖い目にあっても、酷い目にあっても、飄々としている子だった。それを知っている周囲は心配と同時に、そこまで怯える何かがあったんだという好奇心も湧いてたみたいで。何とかして事情を聞けないか、Aちゃんを元に戻せないかと根気強く付き合って。
───幽霊が、いた。
それだけは、Aちゃんから聞き出せた。
他に聞こうとすると、怯えて蹲っちゃうから、詳しいことは分からない。
けれどミレニアムの廃墟には、捕まえた人に恐怖を刻み込むほどの恐ろしい目に合わせる幽霊がいるんだって、噂は広まることになった。
「……その友達の友達……って、実在してる、の?」
「うん。昨日会ってきたよ。……まぁ、聞いていた事以上の情報は、何にも聞けなかったよ」
語り終えた私は、ほんのり顔を顰めてる彼女に向けて、得意気に言葉を締め括ったのだった。
「だから、幽霊を見つけても、決して興味を持たれてはいけない。ひとたび、研究材料として認められてしまえば……想像も付かない恐怖の実験に利用されてしまうから……ってね」
そこまで言ったきり、彼女の足がぴたりと止まった。 顔も何処と無く強張ってる。
ふふ、場所の雰囲気も相まって流石に怖いだろう。
「……。ねぇ、あれって幽霊……だと思う?」
そう言って、彼女がそっと指を指した先。
その先に、青白い人影がぽつんとあった。
ミレニアムの制服と白衣らしいものに身を包んだ、ぼんやりとした、異様な雰囲気を纏った人が、立ち並ぶ廃墟の傍に立っていた。
遠目からでも常人と分かる、その雰囲気。
生者たる私達とは全く異なる、青白い出で立ち。
この世ならざる、異界の住人!
「幽霊だ……!!」
「……幽霊ってヘイローあるもんなの?」
「ヘイローって精神とか意識の表れ? みたいなもんだし、あるんじゃないの? ……ともかく、激写激写……!」
即座にカメラアプリを起動して、被写体を中心に捉えて、拡大、からの撮影。
「……う、わ……」
画面には目に映ったものよりも鮮明な光景が映し出されていた。それを2人して見た瞬間、思わず悲鳴じみた吐息が漏れてしまうほどに、異様なものだと確信できた。
小さく項垂れた体勢で佇む幽霊の姿は、写真の中だというのに、見ているだけで背筋がぞわぞわとするような不気味さを感じさせて。
長く垂れた髪の隙間から覗く目は虚ろで、どこを見ている訳でもないのに……見据えられているような、怖気が胸の中に駆け巡るみたいで。
体の輪郭を形成する青白さは、遠目からではホログラムにも思えたけれど、そういう技術に明るくない私でも、これは違うと断言できる!
これは間違いなく、幽霊だ!
その証拠写真を、ミレニアムの廃墟に潜む幽霊の所在を掴んだのだ!
「……ねぇ。幽霊を見つけたら、どうするんだっけ?」
写真から目を離して、幽霊が居る方へ視線を戻した彼女は、ぽつりと尋ねてきた。
「幽霊を見つけても、興味を持たれたら絶対にダメ。だから目を合わせちゃダメ。声をかけてもダメ……ってくらいかな」
あっちの様子を伺ってた彼女が、深刻な声色で呟いた。
「こっち、見てる」
「こっちに、来てる」
目線を、彼女が見ている方へ向けた。
青白い色をした足が、歩いてきてる。
こっちに向かって、迷いなく、まっすぐに。
静かな廃墟の中で、音もなく、近付いてきている。
私たちを見つめながら、向かってくる。
息を合わせるでもなく、お互いに駆け出した。
「幽霊に興味を持たれたらどうすんの!?」
「わ、わかんないわかんない!」
「じゃあもう撃ったらいいじゃん!」
「ゆ、幽霊に銃って効かないのが通説だってば!」
「やってみなきゃ分かんないでしょ!」
瓦礫に足を取られそうになりながら、必死に走る。とにかく追いつかれないように、来た道を引き返す。
いつものように幽霊の正体を確かめようとか、直前までの気持ちが嘘のように消え失せていて、まるで怖気が体を支配しているみたいで。
逃げなくちゃ、と本能で感じた。
こういうのはとにかく逃げれば良い。迫ってくる危険から、ひたすらに逃げれば……
「……ひっ、ぁ」
様子を伺うために、後ろを横目に見やって、後悔した。
幽霊の顔を、はっきり見てしまう。
長い髪を垂らした顔の隙間から、得体の知れない瞳が、まっすぐ私を、私達を見つめていて。
無機質で、冷たくて、何の温度も宿してないような、青白い瞳。
それを見てしまって、お腹の中から、底冷えするような寒気が全身を駆け巡ってくる。
隣で走ってた彼女も、同じ思いなんだろう。
2人して立ちすくんじゃった。
足を動かそうとしても、上手くいかない。
「う、わぁぁ!!」
悲鳴と一緒に銃声が鳴って、そのうるさい音で意識が戻ってくる。
音の出処を見れば、パニック気味な彼女が愛用のマシンガンを撃ち抜いていた。
銃口の先。
銃弾を受けたはずの幽霊は、痛がる様子もなく、ただ何の変哲もないように、何も無かったように、こっちに向かって来てる。
「……当たって、ない?」
「いや、多分当たった……けど、全然効いてない……?」
かち、かち。
しばらく続いてた銃声が止んで、軽い金属音が虚しく耳を打つ。弾切れだ。
それでも全く手応えが全くないらしく、彼女の怪訝そうな顔は、次第に恐怖で歪んで、引きつった息を出した。
慌てて前を振り返れば、幽霊がゆったりと速度を上げて、距離を縮めてきている。
弾かれたように足を動かした。
もつれて転びかけたのを支えてもらいながら、全速力で駆け出していく。
「どうすんのあれ、どうすんのあれ!?」
「とにかく逃げないと……!」
真っ直ぐに駆けて、走り続けても距離は縮まっていない。逆に振り切れてもいない。
幽霊はゆっくり静かに、足音もなく向かってきてる。
「……だめ、全然引き離せない……!」
全速力で逃げれば何とかなる? いや、もう全力で走ってる。なのに逃げられない。離れられない。このまま走り続けたって、いつかは疲れて、追い付かれて……
「あっち! あっちの建物の方に入って撒こう! このままじゃ追い付かれる!」
「……! おっけー、転ばないでよ……!」
薄暗がりの視線の先に見つけた、一棟の廃ビルを指差す。
他の廃ビルに比べれば、しっかりと形が残っている綺麗めな建物。
そこに入って、幽霊を誘き寄せて……どうにか視線を切って、撒く。
捕まったら何をされるのか、なんて試す気も起きない。早く幽霊から逃げなくちゃ、って感情しか湧き上がってこない。
「どうする? 二手に分かれるとか……!」
「いや、一緒にいよう。はぐれたら終わりだから……! あれ、あれに隠れよう!」
朽ちてフレームだけになった入口の戸を潜り抜けて、建物の中を走って、3回ほど中の角を曲がって。
「はやく、はやく……もう、ちょっと詰めて……!」
「いや、ちょ、静かにして……!」
そこに打ち捨てられていたロッカーの中に二人で隠れた。音を立てないように、慎重に扉を閉めて。暴れるように胸を打つ鼓動を、荒い息を必死に押さえ込みながら、二人きりで隠れ潜む。
「………………!」
ロッカードアの隙間から覗き込んだ先。
向こう側の角から、幽霊が音も無く歩いてきた。
暗闇の中、薄ぼんやりと青白い光に包まれた体をするりと動かして。
私達のことを見失ったらしく、けれどまだ探している。その場の様子を伺うように、ゆっくりと首を回して。
その瞳が、隙間を覗く私達とかち合ったように見えた。
「ひ…………っ!」
そのまま溢れそうになった悲鳴を、咄嗟に噛み殺した。お互いにお互いの口を塞いで、出る音を最小限にするように努めた。
目線も逸らした。
バレていない。
バレていないはずだ。
だからあっちに行って。
…………幽霊はまた音もなく動き出して、角の向こうへと消えていった。
薄ぼんやりとした灯りのような体が、暗がりの中に進んでいって、やがて見えなくなった。
幽霊の姿が完全に見えなくなっても、一度止まってしまった体が動かせなかった。
今動いてしまえば、戻ってくるんじゃないか……なんて考えが、こびり付いて離れなかった。
「…………っ、は、ぁ……」
「……戻って、こない、よね……」
何分ほどそうしていたのか分からない。
呼吸すらも忘れてしまったようで、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで、必死に酸素を取り込んだ。
恐ろしくてがちがちに固まっていた体が、やっと動かせるようになった。
音を立てないように、そっとロッカーのドアを開ける。立て付けが悪くて、キィ、と軋む音が酷くうるさくて、煩わしかった。
「……ひとまず、撒けた……みたい」
「……さっさと出よ、絶対夢に見るってあんなの……」
彼女がいつもみたいに軽口を叩いているけど、全く覇気がない。けど、私も同感。ただ対面しただけで、あんなに恐ろしい思いをするなんて……。
いざ噂の幽霊に出会えたってのに、好奇心よりも、恐怖が勝ってる。
「……ごめん、まさかあんなに恐ろしいものだと思ってなかったし……幽霊が戻ってこないうちに、早く出よ。なるべく静かに、音を立てないように……」
恐怖から、潜めた声は早口になってくる。
とりあえず、ここから離れないといけない。
彼女の手を取って、外に向かって歩き出そうとして。
ガツン、って鈍い音が後ろから響いてきた。
「へ?」
振り返れば、彼女の体が脱力して、だらりと前のめりに倒れ込んだ。
彼女が立っていたそのすぐ後ろに、青白い人影が居た。
幽霊が、間近で私の顔を覗き込んでいた。
「あっ、あぁぁっ!?」
意味もない声が口から漏れて、慌てて彼女の体を引いて走ろうとして……脱力した体が重たくて、足がもつれて、尻もちを付いた。
腰が抜けて、動けない。
「ひっ、い、いや……」
幽霊が、私達を見下ろしている。
その目が恐ろしくて、怖くて、逃げられない。
何より目を惹いたのは、幽霊が手に持っている、変な武器、みたいなもの。
拳銃の銃身から垂直に、剣らしい肉厚の刃が伸びている。
その両刃の刀身からは、ギザギザとした乱喰歯のような、ノコギリのような、サメの歯のような、ガラス片じみた鋭い刃が生えていた。
それを片手に、ゆっくり、ゆっくり、近付いてくる。
その姿を受け入れるしかなかった。体が釘付けになってしまったみたいに動かせなくて、息が詰まって、背筋が冷たくて、自分が自分でないみたいに、現実感が薄れてく。
怖い、怖い、怖い、怖い。
「……え、あ、あの、ごめ、ごめんなさい、手を出したのは謝ります、から」
歯の根が噛み合わない。上手く動かせない口を何とか総動員して、ごめんなさいって謝る。
幽霊は何も応えてくれない。
ゆっくり、こっちに歩み寄ってくる。
恐ろしい刃が、ゆらゆらと振れている。
「あ、ご、ごめん、ごめんなさい! 帰る、帰りますから! だから、やめて」
もう何もしない、関わらないから。
だからどうか、何もしないで。
それでも、何も応えてくれない。
幽霊は、何も言わないまま、近付いてくる。
「っ、ひ、ぃ」
何とか後退りして、距離を取らないと。
言う事を聞かない体を、幽霊から遠ざかるために、動かして、捩らせて。
とん、って背中に何かが当たった。
壁のように硬い感触じゃない、軽くて……小柄な感触。
「…………へ、ぁ」
振り返ると、青白い瞳と目が合った。
幽霊が、もう一人。無表情に私を見下ろしていた。
その手にも、前にいる幽霊と同じものを持っている。
悲鳴が出てこない。喉が引き攣って、息が上手くできない。
「ぁ、や、やぁ……」
気付けば、前にいた幽霊がもうすぐ目の前に来ていた。
前と後ろを挟まれてる。何かする前に、肩を掴まれて、抑え込まれた。逆らう気が起きないくらいに、強い力が細い腕から加わっている。
幽霊が持っている、恐ろしい刃先が、差し伸ばされてくる。
「ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!! お願い、やめて、離してっ、やだぁっ!!」
いくら叫んでも、体を捩っても離してくれない。
ギザギザとしたノコギリのような刃が、私の首元に向かって伸びてくる。
がむしゃらに暴れさせていれば、幽霊の片手が、わたしの頭を掴んで、固定するように握り締めてくる。
痛い、痛い、痛い。
傷付けて、痛みを与えることこそが目的の刃が、ゆっくりと首筋に押し当てられた。
「い゛、っ」
ざり、ざりって、尖った無数の刃先が肌に鋭く食い込んでくる。暴れたことで刃が肌を傷付けて、冷たい感触が背筋に走った。
「いた、痛い、ご、ごめん、なさぃ、やだ、やだ……」
指先すら動かせないくらいの恐怖が、私の体を支配してる。これから起こることが、何をされるのかが恐ろしくて、たまらない。
視界が滲む、息ができない、怖くて、怖くて、痛くて、いやだ、やだ、死にたくない。どうして、どうしてこんなことに……
「たす、け」
幽霊が、強く腕を引き抜いて。首筋に走った凄まじい痛みと一緒に、意識が飛び散った。
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『恐怖』を含んだ神秘の収集は、およそ順調。
収集を行った生徒は、以前と同じ方法で解放しておく。
しかし収集したものに封入された『恐怖』の密度といった各種ステータスは、梔子ユメから収集したものには及ばない。これまで収集したどの神秘も、及ばない。
対象生徒に与える恐怖へのアプローチを見直すべきか。死に対する恐怖は、生徒という対象からすると縁遠いものであるためか、このアプローチの方向性では効果的ではないのか。
肉体的負担よりも、精神的負担をかける方が良いのだろうか。
恐怖を煽る手段を変えるべきか、神秘を収集するための道具も、今の形で満足せず改良を進める方が得策か。
いずれにせよ、サンプル数が足りない。試すべきこと、考慮すべき点は満載。数で補う他ないだろう。
本体があの日あの時、敗れたために中断されてしまった、道半ばのままにされていた研究。興味深い実験対象。
その成果が実を結んだ時、どのようなものが見れるのか。
それを本体に見せた時、一体どのようなものを思い付くだろう。