冠に至りし我が愛馬   作:如月十四

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春の一時

 

 トレセン学園内にある一室。

 暖かな日が差し込み、少しだけ開けられた窓から心地のいい風が部屋に吹く。

 机に向かい手を動かしている男の姿が一つ。上等なスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた姿で書類とパソコンに向かっていた。その手はよどみなく動き、彼がその仕事に就いて幾何かの時間が過ぎていることが分かる。

 

 ふと、彼が書類に落としていた視線を部屋に掛けられていた時計に向けた。もうこんな時間か、と彼が呟きを溢し仕事に集中していたことがうかがえた。

 椅子から立ち上がり、長時間の作業で固まった体をほぐすために腕を動かし体を伸ばした。

 

「さて、と」

 

 今日の分の書類仕事は終わり、これから担当が来るまでしばらくの時間があると思いながら、伸ばした体からパキパキと小気味よい音が鳴る。

 いつもならもう少し時間の掛かる仕事が今日は早く終わり思いがけず時間が空いた。

 机から離れたソファに座り、さてどうしようと考え始めたとき。トレーナー室の開けられた窓から柔らかな風が吹く。それは心地良く、眠りに誘うようだった。

 天気も良く暖かい気温、気が抜けた体がにはそれがなんとも心地良くて。

 たまには昼寝もいいか、と担当が来るまで時間があるしと思いながらほんの少しだけ眠ろうと思いソファに身を倒す。

 

 少しだけ少しだけ、10分だけと誰かに言い訳するように思いながら体がソファに沈み、微睡んでいく。

 男が完全に眠りに入った頃には例え男の言い訳を聞いていたとしても、その眠りが少しだけと思う者はいないだろうと思うほど眠りは深くなっていた。

 

 

 コンコン、とトレーナー室にノックの音が響く。

 返事を迎えるために自身の耳がつい動く。

 ノックとした女はいつもなら元気な声が聞こえるはずが何も聞こえないことに疑問に思う。

 居ないのだろうか。

 まあいいか、と居ないなら室内で待っていようと部屋のドアを開ける。

 

 部屋に入ると女の、ウマ娘の耳に人の寝息が届いた。

 ウマ娘が目を向けると男、自分のトレーナーが無防備にソファに横に入っているのが見えた。

 珍しい、いつもならうるさいくらいの笑顔を向けてくるのにと男に近づきながら声を掛ける。

 

「おい、何寝てんだ。起きろ」

 

 勝ち気な声、彼女の、シリウスシンボリのどこか自身に溢れた耳心地のよい声が響いた。

 いつもなら居眠りなどしない男に呼びかけても身じろぎ一つもしない。

 

 疲れてたのか、とここ最近の男を事を思い出す。自分との三年間が終わり、朝も夜も仕事をしていたトレーナーがようやく一息つけたのだろう。

 起こさないでおいてやるか。そう思いながら男の顔を眺める。

 

 柔和な顔立ち、少し高い背丈。柔らかな笑顔。いつも自分に向けてく声や顔を思い浮かべながら男が寝そべる頭の横にそっと腰を下ろす。

 

 すぐ横にある顔を見て、手を伸ばす。普段の彼女からしても魔が差したと思えるほど自分がしない行動だった。手をトレーナーの顔に当て、頬に触れる。

 彼女の瞳は目に映る者の愛おしさに溢れ、口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。

 

「お疲れさん」

 

 彼女の声音には優しさが溢れていた。

 その光景からは彼女の男と歩んだ三年間から築いた絆の深さが窺える。

 

 自分の普段はしない行動に何をしているんだと思いながらも、手は男の顔に触れたままだった。

 自分のパートナーとも言える男にまだ触れていたかった。

 

「んっ」

 

 男が身じろぎをした。起こしたかと思い手をどけようとするが男が彼女の掌に頬をすり寄せてきた。しかもその顔は安心したように笑いながら。

 

「シリウス」

 

 自分の名を呼ばれた。まるで甘える子犬のようだと頭の片隅で思う。

 男は完全に熟睡している。今のは寝言だったのだろうと考える一方で、こいつ私の名前を、と体の奥から言葉に出来ない愛おしさがこみ上げてきた。

 自分が触ったら子犬のように安心しきった顔で笑い、自分の名を呼んだのだ。何も思わない方がおかしいと思いながら、いまだ自分の手に顔を当てている男を眺める。こんなにも無防備で部屋に鍵も掛けずに眠るとは襲って下さいと言っているようなものではないか。

 誰に言い訳するでもなく、自分の理性の紐が少しずつ解けていくのを感じる。

 本当に襲ってやろうかと思ったところで男の瞼が開いた。

 

 寝ぼけ眼をこするように体を起こし、シリウスを視界に入れたところで、ふにゃっとした顔で笑いかけた。

 

「あれ、シリウス。来てたんだ」

 

 その様子にまた理性が緩みそうになるが己を律し、

 

「おう、さっきな。にしてもお前疲れてんのか。こんな無防備に寝るなんて、ちゃんと休めてんのか?」

 

 男は時計に目をやりあちゃーとした顔で

 

「ちょっと時間が空いたから仮眠を取ろうとしただけだよ。ちゃんと夜もしっかり寝てるから大丈夫」

 

 男は立ち上がりそう言った。

 嘘はついてないな、こいつ顔に出るし、とシリウスは男の顔を見ながらトレーナー室に来た要件を切り出した。

 

「今日のトレーニングだが昨日と同じでいいのか?」

 

「いや、昨日はハードだったし今日は軽めにしておこう。ストレッチしてグラウンド集合で」

 

 本来ならメッセージアプリでいいものを口頭で伝えられる。練習施設と校舎の間にトレーナー室があるからと彼女はついでだとばかりに練習前に声を掛けていく。

いつの間にか男とと自分の間で習慣になっていたものだった。

 

 わかった、と言いながらグラウンドに向かうシリウスを見送り、次からはちゃんとアラーム掛けておこうと男はバインダーなどの道具を持ち部屋を出る。何か変なこと呟いてないよねと部屋を出るまで耳がピコピコ動いていた彼女を見て不安に思うのだった。

 

 

 日が沈み始める、いつもならまだ走っている時間帯。練習後のストレッチを終え、バインダーに記録を書いている自分のトレーナーに近づく。

 

「今日はこれで終わりか?私はもう寮に帰るぞ」

 

 今日はトレーナー室であんなことがあり悶々としているのだ。帰ってナカヤマとでかい賭けでもしようかと考えながら。

 

「あ、待って。シリウスって明日暇?」

「特に用事はないな。どうかしたのか?」

 

 ポーカーか麻雀か,何にしようか考え始めたシリウス。にんじん五本賭けるぞ、と息巻いていると

 

「明日一緒にでかけない?」

 

 横から急現れた子犬がにんじんをバットにして私を殴ったかのようだった。それはもうフルスイングで当たりよく私は場外まで飛んでいった。

 

 

 夜、寮の部屋の中。

 その後、なんとか返事を返し待ち合わせを決めたもののシリウスの頭の中は混乱状態だった。

 今まであんな風に男から誘われたことはなかったのだ。

 

 夢じゃないよな、と男との一幕を思い返す。

 ちゃんと誘われたことも覚えているし、自分といつもつるんでいる後輩たちがグラウンドを出るとき、話を聞かれたのかニヤニヤしていたことも覚えている。あとで絞めると考えながらベットに広げた余所行きの服を見比べていた。

 明日着る服を選んでいるのだが、かれこれ一時間は悩んでいる。

 

「いつまで悩んでんだよ」

 

 同室のナカヤマフェスタがうんうん唸っていた彼女を見かねたのか声を掛けてきた。

 

「そんなに明日のデートが楽しみか?」

 

 ニヤニヤしていた。後輩の奴らから聞いたのだろう。からかいの笑みが浮かんでいる。

 うるせぇ、と言いながら目は服から離さない。こっちはいろいろあって悩んでんだ。

 いつもよりも反応がないこと感じたナカヤマはマジだったのかよ、と驚いていた。

 

「その様子じゃ明日まで悩んでるだろうし、私が選んでやる」

 

 シリウスがナカヤマに目を向けると笑みが顔に浮かんでいた。

 こいつ、遊んでやがるなと思ったところで思い悩んでいたのも、決められないのも事実。聞くだけ聞いてみるかと思い、

 

「どれだよ」

 

 聞くとナカヤマは本当に聞かれるとは思っていなかったのか驚いていた。しかし彼女はすぐに笑みを浮かべると並べられた服を指さし、

 

「これだ」

 

 シリウスはベットの端にあった、一応並べていた服を指さされあっけにとられていた。それはシリウスが以前買い物に出かけた際、気まぐれで買った服であった。今の今までお蔵入りになっていたのだ。

 本当にただクローゼットから出していただけで明日着る気はなく、なんとなしに並べただけだった。

 そんな服を選ぶなんてとナカヤマを睨むように見る。

 

 すると彼女は心底愉快であるという表情を隠しもしないでいた。

 はぁ、と自分の口からはため息しか出なかった。

 

 




初めて小説を書いてみました。
拙いですが読んでいただけると幸いです。
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