冠に至りし我が愛馬   作:如月十四

3 / 9
夜の瞬き

 

 男が予約したレストランはドレスコードなどは必要なく、カジュアルな装いでも大丈夫な場所だった。

 運ばれてきた料理を食べながら二人は歓談する。

 

「ここの料理はうまいな。こんな店があるなんて知らなかったぞ」

「ここは結構穴場的な所でね。ドレスコードもなくて気軽に来れるんだ」

 

 オシャレで落ち着いた店内、その店の個室の中で声が響く。

 舌が肥えているシリウスも料理のクオリティに驚いている。

 

「こんな店があるならもっと早く教えてくれよ」

「俺も知り合いに聞いたばっかりでさ。最近まで知らなかったんだ」

 

 天井の照明に照らされた二人の顔は満ち足りているようで、会話を続けながら運ばれてくる料理に舌鼓を打っていった。

 

 

 夜空が煌めく、月光が照らす道。

 レストランから出た二人はトレセン学園への帰路についていた。

 トレセン学園までの途中にある公園を横切る途中、シリウスは言葉を投げかけた。

 

「今日はありがとな。ディナーもおごってくれて。」

「俺も今日は楽しかったからさ。来てくれてありがとう。」

 

 シリウスは今日の事を思う。つい頬が緩んでしまう。

 すると、男がシリウスを見つめながら口を開く。

 

「今日出掛けたのは君の気分転換にって言ったけどさ、本当は俺が君と出掛けたかったからなんだ」

 

 その言葉にシリウスはなんだかドキリとしてしまった。

 

「こうして三年間が終わってシリウスもドリームトロフィーリーグに行くでしょ。今よりも合う時間も減って寂しくなるなって思ったんだ。だから君との思い出が欲しくなって今日誘ったんだ」

 

 男は胸の内を打ち明けた。確かにドリームトロフィーリーグに移籍するとこれまでのように毎日と顔を合わせることもなくなるだろう。

 自分との日々が大切だと、会えなくて寂しいと、そう言う男の姿にいじらしさを感じる。

 

「なんだまだまだ子犬だったみてーだな。安心しろよ、移籍したってまたこうして出掛けりゃいいじゃねぇか」

 

 久しく言っていなかった子犬という呼びかけ。いつの間にか言わなくなっていたものだった。

 男も久しぶりに聞いたなと目を細めて笑う。

 

 また行けばいいじゃないか。こうして二人で。少なくとも私はお前から離れる気はないのだから。

 

「そうだね。また一緒に行こう」

 

 男が目尻を下げ柔らかく笑う。その笑みに心が動く。いつもいつも男の挙動に目を、心を奪われてばかりだ。いつからこんな風になったのだったか。

 月光の柔らかな光が二人を照らす。かすかに揺れる風が周りの木の葉を揺らす。まるで二人の会話に聞き耳を立てているようだ。

 

「ほら、さっさと帰るぞ」

 

 先程の会話が気恥ずかしくなりついつい急かしてしまう。もっと二人の時間を味わいたいのに。

 

 公園を出てトレセン学園の姿が見える。

 ああ、もう終わりか。もっと一緒に居たい。話していたい。こいつと時間を過ごしたい。

 どうして楽しんでいると時間は早く進むのか。

 心の声が脳内を埋めていく。もっとと、欲が出て止まらない。

 しかし、どれだけ望んでも終わりは来てしまう。

 いつの間にか着いていたトレセン学園の寮の玄関前。

 

「じゃね、シリウス。今日はありがとう、すごく楽しかったよ。」

 

 男との時間が終わる。

 ついそれがいやで言葉が口をついて出た。

 

「待て、私は・・・・・・」

 

 私は、何だろうか。一体、何を言おうとしたのか。

 意識せず出た言葉に、続きを口に出せない自分に、感情が過っていく。

 

「・・・・・・いや、私も楽しかった。また明日な」

 

 なんとか紡いだ言葉は不自然ではなかっただろうか。口に出せない感情が胸の中に募っていく。

 

「ああ、おやすみ。また明日」

 

 言えぬだろう。自分たちはトレーナーとウマ娘といえど教師と生徒。言っても相手を困らせてしまうだけだろう。

 男が背を向けて去って行く。男もトレーナー寮に帰るのだろう。その背を見つめてしまう。

 目に込めていた感情から逸らすよう目線を外す。

 自分もさっさと寮に入ろう。玄関を開け室内に入っていくシリウス。

 ガチャン、と自分で開けた扉が閉まる音がした。

 

 

 寮の自分の部屋に着く。

 ドアノブに映る自分の顔がどこか沈んだ様に見える。

 そんな自分を握り潰すようにドアノブを掴み扉を開ける。

 

「どうだった? トレーナーとのデートは。いくとこまでいったか?」

 

 部屋に入るなりナカヤマから興味の視線と言葉が届く。

 人を見るなりこれかと呆れながら答える。

 

「ただ買い物して飯食っただけだ。お前の考えるようなことはねぇよ」

 

 部屋着に着替えようとクローゼットに向かう背中に落胆の声が投げかけられた。

 

「何だよ、何もなかったのか。どっちもヘタレかよ」

「教職の人間と学生だぞ。何かあった方がやばいだろ」

 

 それはどちらに向けた言葉か。

 

「だけどよ。お前は・・・・・・」

 

 珍しくナカヤマの尻すぼみになっていく言葉。

 何かと思い振り返ると先程とは打って変わった視線。珍しく心配の眼差しがシリウスを捉えている。

 

「いいのか。もう三年間も終わって、これから会う時間も減って、お前のトレーナーも新しいウマ娘を見つけるぞ。ただ側に居れればなんていつまでも続かねぇぞ」

 

 驚いた。ナカヤマがここまで踏み込んでくるなんて。そうありはしなかった。

 

「私もお前らの関係にやきもきしてんだ。だから、今日の事に口を挟んだんだ」

 

 昨夜の服選びはからかいではなかったのか。

 いつもは見せない同室の様子にシリウスは思う。コイツに心配されるくらい私は情けなかったか。

 

「あんまり外野がとやかく言ってもあれだがよ、もうそろそろ踏み出してもいいんじゃねぇか」

 

 そう心配の声音が私の耳に届く。その眼差しは本気で私の身を案じているようだ。

 そんなナカヤマの様子が珍しくて、私はつい、ふふっ、となんだか笑いを溢してしまう。

 ナカヤマがなんだ?と首を傾げる。

 

「分かっているさ。あんがとよ、心配掛けたな。ちょっとナイーブになってた」

 

 帰ってきたときとは違う、どこか吹っ切れた様にシリウスは言う。

 先程までの鬱屈とした気持ちはいつの間にかどこかへ飛んで消えていた。

 今まで見たことがない位、自分を案じる同室の姿にやられたのだ。

 

 そんなシリウスの姿に毒気が抜けられたのかナカヤマは戸惑いながら言う。

 

「お、おう。まあ、今すぐにとかは思ってねぇよ。ちょっと最近のお前どこか気もそぞろだったからな。その様子じゃ大丈夫だろ。いらん世話だったか?」

 

 本当に自分は何をしていたのか。何に悩んでいたのか。

 先程までの自分が馬鹿らしくなっていく。

 

「いや、お前のおかげで吹っ切れたさ。お前の言う通りだ。私は欲しい物は手に入れる。それが勝利だろうと男だろうとな」

 

 そうだとも。年の差や世間の目など些事に過ぎない。思えばいらぬ事に囚われていた。常識など自分にはどうにも良かったのだ。

 自分は全てを手に入れる女だ。そうしてGIも凱旋門もそうして手にしてきたのだ。それがどうしてありふれた価値観などで自分が好いた男を諦められようか。

 私はあいつを手に入れる。必ずだ。

 

 先程とは違うシリウスの様子にナカヤマはまあ、元気ならいいかと目を逸らす。なにかやばいスイッチを押したかのようだが自分はただルームメイトを励ましただけ、と現実からも目を逸らす。

 まずは外堀からと聞こえてくる声に知らんふりをしながら。

 

 変なところで真面目なシリウスはトレーナーと自分の関係に悩んでいたようだが、トレセン学園は周婚活会場だと言われる程、トレーナーとウマ娘が結ばれている。

 そんなこと今のコイツには別に言わなくても大丈夫だろ、とナカヤマは思いながら、思案に耽るシリウスに声を掛ける。

 

「おーい、考え事は後にしてよ、風呂に行こうぜ」

 

 シリウスが時計を見れば大浴場の使用時間が迫っている。

 ナカヤマもすでに準備は終えているようだ。

 

 シリウスもいつのも道具を取り出して腕に抱える。

 入るときとは明らかに違う足取りで部屋を出て大浴場へと向かう。

 

「全く、心配して損したぜ」

 

 ナカヤマもそんなシリウスを追いかける。

 そんな二人の間には互いを思う友情が見えた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。