冠に至りし我が愛馬   作:如月十四

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トレーニングで

 

 一夜明けて朝。

 例え自分の中で何かが変わろうと世界は回って日は過ぎて、時間は進む。

 どれだけ悩んでも、悩みが解決しても、外に目を向ければ悩む前から世界は何も変わっていない。

 ただ自分だけが世界から取り残されたような、置いて行かれたような気持ちになる。それと同時に自分の悩みなど世界が回るには何も関係はないのだと言われているようで少し物寂しくなる。

 つまり、何が言いたいかというと、今日は週の始まりの月曜日。学校があり授業がある日だ。

 

 

 シリウスシンボリに取って朝はルーティンから始まる。いつもの時間に起きて身だしなみを整えるのだ。顔を洗って肌の手入れ、鏡の前で寝癖を直しながら髪をすく。今日はいつもより入念に。

 それが終われば制服を着て軽くメイクをする。

 鏡の前で自分を見る。身だしなみ良し。

 これがシリウスシンボリの朝のルーティンであった。

 

 もう一つ朝の恒例というものがあるのだがそれはシリウスには関係しない。

 すると、シリウスが最後のチェックを鏡の前でしていると同室のナカヤマフェスタが起きてくる。

 彼女はのそのそとベットから降りて洗面台に向かう。顔を洗い出てきたのか制服に着替える。

 そして最後に彼女のトレードマークであるニット帽を被ると部屋を出て行った。朝食を食べに向かったのだろう。

 

 これがシリウスの朝もう一つの恒例だった。

 身だしなみに気を遣う自分とニット帽を被るだけのナカヤマ。最初はなんとも言えない気持ちになったがもう慣れたものだ。

 シリウスも朝食を取るために部屋を出た。

 

 

 制服を着ているということは授業があるということ。

 トレセン学園がレースをするウマ娘を育成する場であっても学校であることには変わりがなく。

 この身がいくらレースを制していようと身分は学生。学業というものは付いて回るのだ。

 

 時が進んでシリウスは廊下を歩きながら考え事をする。

 いつもと代わり映えのしない本日の授業が終わり、トレーナー室へ向かう最中である。

 昨日の夜、決意を固めて、外堀を埋めるなどの事は頭に浮かんだものの、トレーナーの男相手に具体的にどうすればいいのか、恋愛経験ゼロなシリウスには分からず悩んでいるのだった。

 そうこうしているうちにトレーナー室にたどり着いてしまった。

 

 気持ちを切り替え、いつもと同じようにトレーナー室の扉をノックする。

 

「はーい」

 

 気の抜けた間延びした声が耳に届く。前回は聞こえなかったものだ。

 シリウスがノックをすれば男が反応する。いつものやり取りにシリウスはなんだか安心してしまう。

 

 扉を開けると男が机で仕事をしていた。男がシリウスを見る。

 

「あ、シリウス。ごめん、ちょっと待ってね、すぐに終わるから」

 

 そう言うや否や男が一度こちらに向けた視線を手元に戻した。

 言われた通り待っていようとソファに腰を下ろす。

 なんとなしに部屋を眺めていると昨日買った一つのマグカップが視界に写った。

 もう一つは、と頭を動かし探すと男が仕事をしている机の上。男の手元付近にそれを見付けた。

 もう使っているのか。

 頭を戻して使われていない新品のままのマグカップを見る。

 ペアのマグカップであることが自分に男を意識させる。

 気恥ずかしくなり顔を上げると、男もちょうど仕事が一段落付いたのか声を掛ける。

 

「待たせてごめん。じゃあグラウンドに行こうか」

「いや、待ったと言ってもほんの少しだったからな気にすんな」

 

 あのままだったらより男を意識して居舞うところだった。

 そうして二人でトレーナー室を出てグラウンドに向かう。

 

 

 シリウスが練習着に着替えてグランドに出ると、先に着いていた男が複数の生徒のウマ娘と話している様子が見えた。

 

「昨日シリウス先輩とデートしたんですよね。どうだったんですか~?」

 

 どうやら自分の後輩が男に絡んでいるようだった。

 男が自分のトレーナーになることで取り巻きのウマ娘と男の交流も増えたのだ。たまにトレーナーが付いていない後輩のウマ娘の指導をしたりということがある。今絡んでいるウマ娘も男が指導したウマ娘であった。

 しかも、男との距離が近い。腕と腕が触れ合うような距離で話しているのだ。そのことに少しイラッとしながらシリウスは声を掛ける。

 

「おい、何してんだ」

 

 後輩達と男がシリウスを見る。

 後輩の一人がシリウス先輩、と駆け寄ろうとするがシリウスの言葉に少し怒気が混じっていたことを察知した他のウマ娘達がその一人を押さえつける。

 あれよあれよとお邪魔しました~、と言いながら去って行く後輩達を見ながら呆れたように溜息をつく。

 

「あいつらになんか変なこと言われなかったか?」

「普通に話してただけだよ。シリウスのことを少し聞かれたくらいかな」

 

 あれだけ距離が近かった癖にと思う。少しむくれてしまう。

 

「おら、とっとと行くぞ」

 

 先程後輩と触れそうになっていた男の腕を掴み歩き出す。

 わっ、どうしたの、と言う男の声を聞きながらグラウンドを歩く。

 自分というものがありながら他のウマ娘と距離が近い。男が誰の物なのか周りにも男自身にも分からせなければならない。

 コースのふちまで歩き、そう思いながらトレーニングを始めるのであった。

 

 

「シリウス、ちょといいかな」

 

 トレーニングを続け、何本か走った後。自分が走っている動画を撮ったタブレットを持ちながら男が話しかける。

 

「ここなんだけど・・・・・・」

 

 男が画面を見せながら説明してくる。それにシリウスも身を寄せながら聞く。いつもとは違う距離で。

 

「・・・・・・って訳なんだけど、シリウス?!」

 

 男が驚いている。説明に集中して気が付かなかったのだろうが男とシリウスの距離は近い。隣り合っている腕と腕がくっついている。

 男に自分が誰の物か教えてやる。

 

「ちょっと・・・・・・近くない・・・・・・?」

 

 普段とは違う距離感。男は頬を染め困惑している。そのことにシリウスはニヤリとしながら答える。

 

「近づかねぇと画面が見えねぇだろ」

 

 そう言いながらもっと体を近づける。シリウスの尻尾が男の腰を抱く。

 男にシリウスの柔らかな感触と、運動して汗をかいているのに柔らかな匂いが伝わる。触れた箇所から男の緊張がシリウスに伝わった。

 動揺する男の態度がシリウスを煽る。

 まるで俺様系イケメンに迫られる少女マンガのようなシーンである。ようなではなく全くその通りなのだが。

 

「み、みんな見てるから・・・・・・」

 

 そう言われはたと気づく。周りを見ると注目されている。どうやら自分たちの距離間に驚いているようだ。

 シリウスの意識がそれた隙に男がシリウスから離れる。

 

「じゃ、じゃあシリウスは動画見てて、俺は道具取ってくるから」

 

 犬が逃げるように走りながら、男はシリウスから離れていく。どうやら攻めすぎたようだ。

 ちっ、とシリウスは舌打ちをしながら先程男から聞いたことを思い出しながら動画を確認していく。男を落とすがそれでレースが疎かになってはいけない。勝利も男も、全てを勝ち取ると決めたのだから。

 今はこれでいいと、シリウスは真剣に動画を見る。

 

 そうして戻ってきた男とトレーニングを再開する。男は先程の事を気に掛けてか、なかなか距離が詰められない。

 レース外でそんな攻防をしながらも時間は過ぎていった。

 

 

 結局、警戒した男の守りを崩せずにトレーニングは終わった。今は寮に戻っている。だが、目的は果たしたのだ。

 フハハハ、と風呂の準備をしながら部屋を出る。

 そんなシリウスの様子をナカヤマフェスタが胡乱げな表情で見送るのだった。

 

 

 男はトレーニングで使った道具の片付けをしてトレーナー室に戻ろうとしていた。

 何故かすれ違うウマ娘にひそひそと囁やかれながら。

 男の耳には聞こえないが何か言われているのには気が付く。汗臭いのかなと思いながら少し足が速まる。

 

 すれ違った二人組のウマ娘達は「ねえ、あれって、そういうことよね!、ね!」「前から距離が近いとは思っていたけど、遂に!?、遂になの?!」とウマ娘が感じれる嗅覚で匂いを感じ取っていた。

 二人に勘違いも入っているがシリウスがしたマーキングはちゃんと効果を発揮しているのであった。

 

 

 翌朝、いつもより入念に風呂に入り朝風呂もしてきた男に、自分の匂いが消えていることに腹を立て男を睨み付けているシリウスの姿がそこにはあった。

 なんでぇー!、と言った男の声がトレセン学園の空に響いた。

 

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