晴れの日が少なく何日も続く雨天。街中で雨に濡れる紫陽花が梅雨の季節を告げてくる。
今日も朝から曇天が続き昼に雨が降り始めた。
しとしと、と降り注ぐ雨の音を聞きながらシリウスは街のカフェで本を読んでいた。
店は街の奥まった場所に構えており、雨のせいもあってか店内はシリウスの他に2,3人いる程である。
今日は学園も休みでトレーニングもなかった。落ち着いた場所で読書がしたいと思い外に出たのだ。
シリウスは雨は嫌いではない。レースでの雨は最悪だが読書をするときに雨の音を聞きながらだと、その時にしか味わえない空気感がより自身をリラックスさせるので気に入っている。
シリウスは店内に流れる静かで落ち着いた曲と雨の音をBGMに読書を進める。パラ、パラと指先が紙をめくる。
紙に目を落とし姿勢良く本を読むその姿はまるで深窓の令嬢かのようであった。
本を読み進めて幾分か時間がたった。三分の二は読み終えただろうか。
集中していたシリウスの耳に雨音が届く。
まだ雨は続いている。
喉を潤そうとして顔を上げたシリウスの視界に見覚えのある姿と傘が映った。
「・・・・・・は?」
それに視界のピントを合わせるとシリウスの心に驚きと動揺が走る。
次いで自身の口から漏れた言葉に怒りと困惑が乗る。
見覚えのある姿は自分のトレーナーで、雨の中を傘を差して歩いている。
だが、トレーナーの隣を女が一緒に歩いている。しかも一つの傘を二人で使う相合い傘だ。
女がトレーナーに絡ませている腕が見える。
女の顔はシリウスからは見えない。しかし、女の反対にいるトレーナーは楽しそうに話している。談笑しているのだろう、その様子が過ぎ去っていく二人の姿から分かる。
女がよりトレーナーに身を寄せる。
互いに歩調を合わせ、二人は和気藹々とした雰囲気を感じさせ街の中を歩く。
シリウスから遠ざかって行く。
シリウスは二人が曲がり角に消えるまで目が離せなかった。
不意の衝撃で席を立つことも出来ず、ただ呆然と視界に写る二人が消えるまで眺めることしか出来なかった。
◇
あれから自身を落ち着けようと本を読んでもちっとも内容が頭に入ってこなかった。頭の中を占めるのは雨の中、連れ添って歩く二人の姿。
あの女は誰だ?何故相合い傘を?まさか恋人か?そんな話は聞いたことがないぞ、とぐるぐると頭の中で言葉が舞う。
結局、集中できずにトレセン学園に戻ってきた。道中のことはあまり覚えていない。トレーナーと一緒にいた女は誰なのか、どんな関係なのか、そんなことばかり気になっていた。
傘を差して寮までの道を歩きながら考える。
自分が知らなかっただけでトレーナーには恋人がいたのではないのか。トレーナーも一人の大人でそういった相手がいてもおかしくはない。しかも中央のトレーナーで引く手数多。顔も良くて性格もいいとなれば飛びつく者だっているだろう。
そうやって何度も何度も同じ所を思考が回る。いくら考えても答えはでない。
自分以外がトレーナーを好きにしていると想像しただけで黒い感情が湧き出してくる。他の女がトレーナーの顔に、体に触れているなど許せない。
嫉妬。これは嫉妬だ。自分の中にある醜い感情がトレーナーへの執着を表す。
たった一つの想いでここまで醜くなってしまうのか。
心の中で吹き荒れる嵐に呆れて自嘲する。
パシャリとシリウスが水溜まりを踏む。
泥に濁った水溜まりが自分の心を表しているようで嫌になる。
するとシリウスに向かって声が掛かる。
「シリウスせんぱ~い」
いつの間にかグラウンド近くまで来てしまったのか、雨の中練習している後輩が自身に話し掛ける。
その者は後輩達の中でも元気な娘で少し空気が読めず、鈍く残念な娘であった。
「あれ、先輩お出掛けしてたんですか?」
「ああ、ちょっとな」
自分を慕ってくれる者に今の姿を見て欲しくなくて、応答が少し素っ気なくなってしまい後輩から目を背ける。
そんなことを気にもとめないのか後輩は雨に濡れても元気そうに話す。
「あっ、そういえばさっきシリウス先輩のトレーナーさん見ましたよ。」
ピクッ、と体が話題に反応する。今だけははトレーナーの話は控えて欲しかった。自分の醜い感情に嫌でも目を向けてしまうから。
「誰かと相合い傘してましたね~。二人の距離が近くて私きゃーってなっちゃいました。それで~」
誰かと?トレセン学園内部で?
トレセン学園は外部の者をそう易々と学園内に入れない。
そうするとあの時の女はトレセン学園関係者。
手を出したのか、私のトレーナーに。学園関係者が私の男を奪ったのか?
その瞬間、ギリィッッ!とシリウスの耳が後ろに振り絞られた。
「~でってあれ?・・・・・・シリウス先輩?」
何やら後輩が顔を青ざめている。
どうしたと言うのか。自分はこんなにも笑顔だというのに。
先程までの気持ちとはまるで違う、ただただ怒りだけが心の中にある。感情が一周回って笑顔になる。
トレセン学園の関係者ならばあの男が自分の物だと分かっているはずだ。そうなるように春から外堀を埋めているのだ。人よりも敏感なウマ娘はもう気づいている。そんなウマ娘から徐々に人にも広がっているはずだった。
だというのに、私の男を奪おうとする女がいる。
頭の中がガラリと変わる。ネガティブな考えから一転、舐めた真似をしてくれた事に思考が鋭く尖る。
まだトレセン学園外部の者ならここまでにはなってはいなかった。自身の策略も外にまでは向いてはいないからだ。
それによくよく考えてみればGIウマ娘のトレーナーにプライベートな時間など僅かにしかない。その僅かすらもウマ娘に捧げてしまえるような者だったのだ。
以前からの恋人だとしても、ほとんど時間が取れないことに業を煮やすだろう。もっとも三年間で女の影も見えなかったのだ。あの素直で優しさの塊の様な男が恋人をほっとけるはずもない。よって以前から恋人がいたという線はなし。
つまりはここ最近、自分との三年間が終わり仕事に余裕が出てきたのを狙われた。しかも内部の者に。
トレーナーの様子や時期的に見てまだ致命的にはなってはいない。狙われ出して間もないはず。妙に女からのボディタッチが多く見えたのも納得がいく。
まるで自分のナワバリで自分の獲物を横からかっ攫われたかのような気分だ。
吹っ切れてしまうとトレーナーにも怒りが湧いてくる。
私の物であるというのに、なにを他の女にベタついているのか。自覚が足りていない。分からせてやらねばと。
目の前でガタガタ震えている娘に目を向ける。どうしたのだろうか。こんなに震えて。まるで子鹿のようにプルプルと足までも震えている。雨に濡れて体が冷えてしまったに違いない。
私が温まるまで面倒を見てやらなくてはなるまい。先程の話でも聞きながらな。
後輩に肩を回し屋内に足を向ける。何故か震えが大きくなった。
しょうがない。よりじっくりと、こんこんと時間を掛けて温めてやろう。
端から見れば、それは八つ当たりと呼ばれるものだった。