冠に至りし我が愛馬   作:如月十四

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真実は

 

 休みから一夜明け、平日の今日。空模様は曇天で太陽は見えない。

 

 昼時のトレセン学園は腹ぺこのウマ娘で溢れかえる。厨房からまるで戦場のような空気が漂う時間。

 そんな中、手早く昼食をすませたシリウスはトレーナー室へ向かうため廊下を歩く最中であった。

 

 ちなみに昨日の震えが止まらない後輩は丁寧に温めておいた。何故か最後までシリウスを怯えた目で見ていた。

 

 一晩たってもシリウスの怒りは収まらない。朝から不機嫌である。

 腹に溜まった感情が消化できずに積もっていく。そんな状態がひどく気持ち悪い。

 とっとと昨日の事を問い詰めてやろうとトレーナー室を目指す。

 

 廊下を歩くシリウスの視界の先に二人の男女が映る。

 一方は肩までの黒髪にメガネを掛けた小柄な女であった。

 その女の特徴は昨日、自分が見た物と後輩から聞き出し――丁寧に教えて貰った情報と一致する。

 そしてもう一方の男は自分のトレーナーであった。

 

 

 

 

「昨日ははありがとうございました。先輩が通るまで途方に暮れてましたから」

「いえいえ、気にしないで下さい」

 

 犬飼は昨日の事でお礼を言われていた。目の前の女性は今年度から入ってきた新人トレーナーで、たまたま雨の中傘がなくて困っていたのを助けたのだ。

 

「お世話になったのにそういうわけにもいきません。お礼に何かさせて下さい」

 

 彼女とは最近知り合った。トレセン学園に来たばかりで何やら悩んでいた様子だったので少しアドバイスをしたのだ。自分もトレーナーになった頃は右も左も分からずで心細かったのを覚えている。そんな過去を思い出し少しでも新人の助けになればと助言をしたのだが。

 それ以来、自分を慕ってくれているようでこうして話し掛けてきてくれる。

 

 自分がトレーナーになって初めてともいえる後輩。自分がトレセン学園に就いてからも新人は入ってはきてはいたが自分の担当の事で忙しかったことと、優秀な新人なようですぐに自分の担当ウマ娘を見つけたこと。担当がいるトレーナーに先輩風を吹かして絡むなど敵情視察とも取られそうで遠慮していた。それらの理由が重なり関わり合う機会が少なく、先輩らしいことはあまり出来てはいなかった。

 

 後輩に先輩と慕って貰えると、つい嬉しくなってしまう。

 

「美味しいお店を知っているんです。そこでお食事とか・・・・・・どうですか?」

 

 彼女が上目遣いで聞いてくる。

 ちょっとした事なのに律儀だなぁと思いながら口を開こうとすると。

 

「おい」

 

 自分の背後から聞き慣れた声が掛かる。自分の担当の声だ。

 シリウス、と振り向いて声を掛けようとする。

 そんな自分を無視してシリウスが先程まで話していた彼女に前まで近づく。

 自分からはシリウスの背中しか見えない。

  

「初めましてシリウスシンボリさん。私は――ヒィッ」

 

 後輩がシリウスに話し掛ける。

 そういえば二人は初対面だった。なにやらか細い悲鳴の様な物が聞こえてきたが・・・・・・聞き間違えか?

 突然聞こえてきたものに首を傾げていると無言だったシリウスが口を開く。 

 

「・・・・・・悪いな、私はコイツに用事があるんだ。連れて行ってもいいか?」

 

 シリウスの背から見える後輩の頭がコクコクと上下に揺れる。

 なにやら顔が青ざめてはいるが一体どうしたのだろうか。

 

「せ、せんぱい、私は用事を思い出したので失礼します」

 

 後輩はそう言うとシュタタタッと廊下の奥へ消えていった。声を掛ける間もなかった。

 

 するとシリウスに腕を掴まれる。

 シリウスはそのまま歩き出し自分はそんなシリウスに引っ張られるように移動する。

 どうやらシリウスは不機嫌なようで自分と目を合わせもしない。

 

「シリウス?どうしたの?」

「・・・・・・」

 

 腕を引かれ歩きながら声を掛けるが反応はない。

 

 何か気に障るようなことをしたかなと考えているとシリウスの足が止まった。

 そこはいつのも自分とシリウスが利用するトレーナー室だった。

 

 シリウスが扉を開けるとカーテンが掛けられた薄暗い室内が目に入る。今日は午前中に用事があり、室内は昨日の夜にカーテンを閉めたままになっていた。

 

 シリウスに引かれるままに部屋に入る。

 シリウスが扉を閉めるとガチャリと音がする。普段はめったにしないトレーナー室の鍵が掛けられた。

 えっ、と思う間もなくシリウスに腕を引かれる。

 するとドンッと胸を押されてソファに座らされる。

 

 急なことに驚いているとグイッとシリウスに自分のネクタイを引っ張られる。

 強制的にシリウスと顔を合わせる形となる。

 

 シリウスの片膝がソファに上がり、片腕が自分の背にあるソファの背もたれに置かれる。

 端から見るとシリウスが自分に乗りかかっているような姿勢に見えるだろう。まるで逃がしはしないと言わんばかりのようだ。

 

「・・・・・・さっきの女は誰だ」

 

 シリウスの閉じられていた口が開く。それは静かに問われる。まるで嵐の前の静けさのように思えた。

 

「新しく入った後輩のトレーナーだよ。昨日困ってた所を助けて、それでお礼を言われてたんだ」

「後輩か・・・・・・、その割には随分と距離が近かったな」

 

 シリウスのネクタイを握る手に力がこもる。

 

「まあ、初めてのまともな後輩だし、よく話はするかな。先輩って俺を――」

「お前は!私のモンだろうが!なに他の奴に尻尾振ってやがる!!」

 

 シリウスの大きな声が薄暗い室内に響く。

 

「昨日も二人でベタついて、さっきもあの女と嬉しそうに話しやがって!」

 

 何かが決壊したかのように、先程の静かな様子とは違い荒ぶった声が犬飼の耳に届く。

 外で荒れる天気がガタガタと部屋の窓を揺らす。

 

 シリウスの瞳が揺れている。いつもの自信に溢れる勝ち気な瞳ではない。不安に揺れて、荒れた感情が見える。

 お前は私の物だと、そう言われることは何度かあった。そのどれもが自信に溢れた傲慢不遜のようなものだった。

 だが、今のシリウスはこれまで見てきたどの姿とも違う。一人で雨に濡れる迷子のようで。 

 

「お前は!私のっっ!?」

 

 だからだろうか。自分の手はシリウスを抱き寄せていた。

 何かしてあげたくて。シリウスを安心させてあげたくて。

 自然と自分の腕は動いていた。

 

 シリウスが驚いているのを腕の中で感じる。自分の膝の上にシリウスが乗っかっている。

 

 片腕はシリウスの背中に回したまま、もう片腕をシリウスの頭に持っていく。

 

「大丈夫だよ。俺はシリウスの物だから」

 

 赤子をあやすかのように、ゆっくりとシリウスの耳に触れ頭を撫でる。

 ゆっくり、ゆっくりとそれを繰り返す。大丈夫だよと自分の気持ちが伝わるように。

 それが伝わったのかシリウスも両腕を自分の背中に回す。

 

 外からは降り出した雨の音が聞こえる。静寂に包まれた部屋、自分とシリウスが何も言葉を発さない中、雨音だけが鳴っていた。

 

 

 

 

 いくらか時間がたった頃、シリウスが口を開いた。

 

「・・・・・・悪い、落ち着いた」

 

 声音からもその様子がうかがえた。

 

「腕も、強く掴んで悪かった」

 

 シリウスが頭を撫でていた手を取り、申し訳なさそうに言う。袖口から覗く手首は強く掴まれて赤くなっているが明日には消えているだろう。

 

 それから昨日シリウスが自分と後輩が一緒にいるのを見たこと、そしてそのことを問い詰めようとトレーナー室に行こうとしたら二人が話しているのを見つけたことを聞いた。

 

「あの女のトレーナーにも後で謝っておく」

 

 後輩もちょっと突然のことに驚いていただろうし自分からも一言謝っておこう。

 

 

 それから何も言わない時間が過ぎた。

 離れようとするとシリウスの背中に回された腕の力が強まるので席を立てずにそのままだった。

 

 シリウスがトレーナーから離れたのはそれから一時間はたった頃だった。

 

 

 

 

 その夜、寮の部屋でシリウスは悶えていた。

 

 廊下で話す二人を見て感情が抑えられなかったのだ。トレーナーもなにやら嬉しそうだったし、女も明らかにトレーナーを狙っていた。 

 

 その後のことは思い出したくもない。子供みたいに嫉妬して声を荒げて、考えるだけで恥ずかしくなってしまう。

 だけど、トレーナーに抱きしめられた事には驚いた。あんな行動今まで見たこともなかった。抱きしめられ頭を撫でられると安心してしまって。これが世に聞く母性、いや、父性か。

 しかもトレーナーと離れるのが嫌で長時間抱きついてしまった。

 

 シリウスはうおぉぉぉ、とビタンビタン、ベタンベタンと悶え続ける。

 それは同室のナカヤマフェスタが帰ってくるまで続いた。

 

 

 

おまけ

 

ある新人トレーナーの日記

「最近私は調子に乗っていた。中央のトレーナーになれて、しかもあのシリウスシンボリさんのトレーナーさんと関われて。あの人、人懐っこい犬みたいで可愛くて、先輩って呼ぶと嬉しそう笑うし。

 顔もいいしGIトレーナーだしで狙っちゃう?、行っちゃう?みたいに思ってた。彼氏ゲットだぜって。

 私も容姿は悪くないし、小動物系だしで、ボディタッチを多めに距離も近くして、押せ押せしたら落ちるだろうと。

 だけど初めてシリウスシンボリさんに合ったとき私は見た。あれは修羅だ。射殺さんとする目が私を見ていた。

 てめえ、私の男に何してんだゴラって言ってた。目が言ってた。すごく怖かった。

 ごめんなさい先輩。私殺されたくないので関わるの最低限にします。今まで良くしてくれてありがとうございます。でも蹴られて死にたくないんです。許して下さい。」

 

ちなみにシリウスが後で彼女を謝りに訪ねたとき彼女は「ぴぎゅああぁぁ!」と鳴きました。

 

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