パルデアで天才たちは悩んでいた 作:風見鶏さんの作品おすすめです
「きょうキハダ先生体調不良で休みなんだって〜」
「あの人風邪とか絶対ならないと思ってたわ、いっつも同じジャージだし」
昼休憩の教室。ガヤガヤとしたクラスメイトの談笑は、自分用のテーブルに溶けるようにぐったりと倒れかかるアオイの耳には入らない。
だが彼女をそうさせているのは、その会話が全く重要でもなく、くだらない話だからでもない。
転校してから初めての、宝探しという課外活動があと数日で始まるという大事な時期に、どうしても無視しきれない悩みが彼女の心にのしかかっているせいで、頭はそのことを考えることで精一杯だったからだ。
3日前の言葉を思い出す。
「君はネモを追いかけてはいけない」
その才能の大きさから孤独になった友人を助けるため。なんて他人本意の理由でライバルになるなんて夢を持てば、君はきっと理想と現実の差に苦しみ、挫折し、絶望して、トレーナーとしても取り返しもつかないことになる。
そのような教師の助言を受けたことにより、2人は休日の前、仲違いをしてしまったのだ。
たかがバトルを始めて数ヶ月の人間が、バトルを生業とし、10数年生きていた彼の言葉を聞き入れないのは、きっと良くないだろう。
だが、友を諦めろという非情な行為は、まだ子供な彼女にはどうしても聞き入れ難いのだ。
「しかもあんな顔...」
続けて彼女は、今日の朝教室に入る少し前にすれ違ったシュンスケのことを振り返り、小さな怒りの声を漏らす。
なにかとても楽しそうな笑顔だったのだ。
自分は休日でもさんざん悩み、どう謝るか、どう話すかをじっくり1人で考えていたというのに、彼はあんなに気持ちよさような、普段よりニヤついた顔を見せていた。
彼にとってはあの会話も教師としての小さな仕事のひとつだったのだろうか。あの時わたしたちは仲違いして、決裂したと思っていたが、それは大人としてはどうでもいいものだったのだろうか。
それは10数回の、空き教室で行ったレッスン。
時間にしても短いものだったかもしれないが、教本には書いておらず、インターネットでは見つかりにくい、本格的で、実践的な知識を丁寧にわかりやすく教えてくれていた彼に、ある程度彼女は信頼を置き、そして尊敬していたのだ。
教師としての経験が無いと言ってたからからか語り口はフランクで、他の教師より接しやすく、少し歳の離れた友人とまで思っていたかもしれない。
そんなことを悩ましく熟考していると、もう聞きなれた昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴る。
5限目は課外活動直前。最後のバトル学の授業だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さぁ、おそらくこれでクラス全体でまとまってこのグラウンドで授業するのは課外活動が終わったしばらく後になるだろう。
数日後には彼らはここを出て、宝探しへ奔走する。
キハダ先生は珍しく休みなので僕が仕切る形だ、最後が僕というのはなんだか先生には申し訳ないが、正直ありがたい、"やりたかったこと"がいくらかスムーズにいく。
今日は 一日中武者震いが止まらないし、ニヤニヤしっぱなしだ。
「よし!それじゃあみんな、宝探し前最後のバトル学だ!張り切ってバトルしていこうか!」
「「お〜〜!!」」
生徒の熱気は最高潮、今日は呼び掛ければいつでもこんなに大きな声が返ってくる。
「あ、ネモさんはちょっとこっちきてね」
そう彼女を呼ぶ声が小さかったからか、他の生徒たちはそれに反応を見せず、もうグラウンドに走り去っている。
「どうしました?」
ネモは不思議そうにこちらを見る。彼女には飛び止められる心当たりがなかったからだ。
「バトルしようか」
「えっと...今からする予定ですけど...」
「僕と」
「え?」
「最後に僕とバトルしてくれないか、チャンピオン。手加減なしの、全力で」
「......はい!!」
ネモはとびきり口を大きく開け、喜びをあらわにする。
きっと僕は今、生徒に見せられない顔をしているだろう。
交戦的で、粗暴的な、子供らしいあの顔。
けれどもこれが、僕の本質だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当にいいコートだね」
グラウンドに設置された、バトル用コートの真ん中で、シュンスケは目の前に向かい合うネモに話しかけた。
「ですね!でもいいんですか、先生と生徒のバトルなんて」
「クラベル先生から許可はとったよ」
本当だ。許可を取るときに「生徒たちのためにもぜひお願いします」とまで言われた。
「君はすごいよね、僕だって子供の頃通ったスクールの中くらいなら、自分が強すぎてつまらないなんて思ったことはあるけれど、カントーを巡った後はそうならなかった。いいライバルたちも、絶対に勝てないと思う人もいたんだ」
「そうですか...」
「こんなことを教師が言うのはよくないかもしれないけど、君は僕の憧れなんだ。殿堂入りした、最強のチャンピオン」
心の底からの感情を素直に言葉として紡ぐ。
素直な賞賛に「なる...ほど」と返す彼女は、どこか恥ずかしそうだ。
「だから君が学校で誰ともバトルしてもらえなくて、孤独だったと聞いたとき、僕は何とも思わないふりをしたけれど、すごく悲しかった」
言葉は続く。
「いくら環境のせいだとしても、僕たちトレーナーの憧れであるチャンピオンが、強さの象徴が、全力で楽しそうにバトルをできていないのが、心底嫌だと思った」
「それは否定になるかもしれないから。強さだけを求めて生きてきた僕たちの人生が、存在意義が、間違いだったと言われるようだったから」
淡々と、彼は語る。
「だから君は、幸せにならないといけない。僕らのために」
「そして僕は挑んで、君を楽しませないといけない」
「教師としてじゃなく、ひとりのトレーナーとして、チャレンジャーとして」
ネモは何も返さない。
普段と違う、2人がコートに集まる光景を不思議に感じたのか、生徒たちが集まってきた。その中にはアオイもいる。
踵を返し、中心からコートを囲む線の方向へと向かうと、ネモも歩き出す。
それぞれが指定の位置に立った。
先ほどとは距離が空いている、シュンスケは人生で1番というほど大きく声を張り上げ、ネモに言葉の最後を伝える。
「楽しもうかチャンピオン!!全力でいくよ!!」
「はい!!」
ほぼ同時、2人のポケモンが、繰り出された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2人に気づいたのは、落ち込んだ心の中、少し遠くからクラスメイトのバトルを眺めていたアオイだった。
バトル用の大きなコート、そこへ6つのボールを持ったネモとシュンスケが歩いていったからだ。
いつもは離れた位置で生徒を眺めて、質問が来たら答えて、また眺める、そんな彼とは全く違う行動。
なにか予感があった。
ピリピリとした、緊張した空気。
いまから起こることが自分を変えてしまうような、そんな気がした。
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