零から最強に成り上がった男、才能あふれる令嬢に転生する 作:暁刀魚
バディスタという男がやってきてから、修練場の空気は冷え切っていた。
自分たちに対する、露骨な侮蔑の視線。
更には私――アリアお嬢様に対する尊大な態度。
それらが、鍛錬に励む兵士たちの怒りを買ったからだ。
ここにいる者たちは、多くが私を慕ってくれている。
私が美しい少女だからか、はたまた熱心に修練場を見ているからかはわからないが。
多くの兵士が、私を娘のように扱ってくれるのだ。
ありがたい話ではある、最強にしか興味がない私ではあるが、受けた恩を返さないほど恥知らずではない。
彼らは、私の意識が覚醒するまで、”私”を守り抜いてくれた借りがあるのだ。
加えて、周囲の人間から好かれることは、生きていくうえで絶対に必要なことだ。
何より、私自身が彼らを好いていた。
周囲から無能と蔑まれ、それでもこうして努力する姿はかつての自分を思い出す。
彼らの場合は、拾ってくれた恩を返すためではあるのだろう。
食い扶持のためでもあるかもしれない。
けれど、修練場で剣をふるい自身を鍛える熱意は本物だ。
だからこそ、彼らへの罵倒は許容できない。
そして何より、バディスタを穏当に黙らせるには彼らの協力が必要だ。
「……失礼、空耳だったようだ」
「でしたら、もう一度言って差し上げますね。彼らは貴方と違って、とても有能ですよ」
「そ、それは……私が無能だといいたいのか!?」
「ご自由に受け取ってください」
まぁ、実際に無能だとは言っていないので、仮に父様達の前で糾弾されたらすっとぼけるが。
それはそれとして、バディスタの顔はみるみるうちに赤くなっていく。
おつきの侍従も、私達のやり取りを見ていた兵士たちも、顔が真っ青だ。
申し訳ない。
「ふざけるな! いい顔をしたらつけあがりおって! 私が無能!? 何をバカな!」
「試してみますか? おそらく、貴方はここの兵士の誰にも勝てないと思いますが」
「バカを言うな! 私はセフィラナ様から、騎士団の加護を授かっているのだぞ!」
騎士団の加護。
以前調べてた時に少し引っかかった単語だが、今は気にしている暇はない。
「ここにいる連中は、全員が加護も使えない無能のゴミ! 私と比べることなどそもそも烏滸がましいのだ!」
「そういって、逃げるつもりですか?」
「――――こいつ!!」
こういった手合に、「逃げるのか」と挑発するのは特段に効く。
思った通りにバディスタは激昂し、私に拳を飛ばしてきた。
それをひらりと躱して距離を取りつつ、呆然としている兵士たちの方を見る。
いきなり、彼らにとっても思っても見ないことを言ってしまって、困惑されてしまっているかもしれないが。
ここはどうか、私のワガママに付き合ってほしい。
この男を撃退することは、あなた達にとっても悪い話ではないのだから。
「――貴方」
「え、お、俺ですかアリアお嬢様!?」
修練場を見渡して、丁度いい人物を見つける。
年の頃はバディスタと同じくらい、もしくは少し下の少年だ。
普段の鍛錬の内容と、彼の素質からして今回においては一番の適任だろう。
年齢も、ちょうどいい感じ。
「あの男と、一手仕合ってみてもらえる?」
「え、ええ!?」
困惑する少年の背中を押して、修練場の中央に引っ張り出す。
そして私は、周囲の人間へバディスタへ木剣を渡すよう指示した。
「そういうわけですから、バディスタ殿。彼と実際にやってみませんか?」
「――――いいだろう。将来の妻には、一つ躾というものをしてやらねば行けないからな」
「あら怖いですね」
いいながら、私は修練場の端に立てかけてある木の”槍”を手に取った。
それを兵士の少年にわたす。
「はい、貴方はこれを使ってみてちょうだい」
「い、いやあの! お、俺……槍なんて一度も使ったこと!」
「そう、ない。修練場で、あなた達をずっと見ていたから、知っている」
「じゃ、じゃあ!」
やっぱり無理だといいたげな少年を、私は押し留めた。
そこで、色々と少年に耳打ちをする。
その姿に、バディスタは鋭い視線を飛ばしてきた。
子どものすることに、嫉妬でもしたのだろうか。
「お待たせいたしました」
「……や、やってみます」
「ええ、お願い」
そうして頷いた少年を満足気に眺めてから、私は少し距離を取った。
「……ルールは、武器を落とした方の負け。よろしいですか?」
「は、はい!」
「いいだろう」
――勝った。
バディスタが、私の提案を受け入れた時点で勝敗は決した。
ルールのせいで負けが決定するのは、いささか卑怯かもしれないが。
強さとは、あらゆる状況で勝利することだ。
有利な状況を引き寄せるのも、戦いのウチ。
「では……はじめ!」
私の合図に、バディスタが飛び出す。
目がどこか血走っていて、明らかに冷静ではなかった。
「死ね!」
端的な殺意。
体中からマナがほとばしり、奴の右腕には”加護”の文様が服の下から光って見える。
超人的な加速でもって、数歩だけで距離を詰めてきた。
対する少年は、大きく息を吸って――
「やあああ!」
寸分たがわず、迫りくるバディスタの剣を槍で突く。
勢いよくぶつかった二つの得物は――
まさか先手を取られるとは思わず、油断していたバディスタの剣が弾き飛ばされる結果に終わった。