魔王城の門番歴1000年の俺、勇者を撃退しすぎて気づけば魔王より強くなっていたらしい 作:あかさたな
「ついに辿り着いた! 待ってろよ魔王! 必ずこの僕がお前を討ち倒して見せる!!」
「おいおい俺たちも忘れるなよ勇者!」
そうだそうだと声が続く。
パーティ構成は勇者、武闘家、魔法使い、剣士といったところか。
全員が二十代半ばほど。若者のエネルギーが満ち満ちている。
「あー、お引き取り願えるかな?」
突然の声。魔王城の門の前にいたのは一人の男だった。ひょろっとした見た目の青年だが、ここにいる時点でただの人間ではないことは確かだ。
「城の門番か……! 君に恨みはないが、道を阻むなら容赦はできないぞ!」
「支援魔法をかけます!
(……あれ、300年前ぐらいに
流石に記憶は曖昧だった。何せ1000年も生きているのだ。印象的な出来事以外はどんどん忘れていくのも仕方ない。決して自分の頭が悪いからではないのだ。そうと信じたい。
「勇者、ここは俺一人に任せな。このゲントツ様が武の極みってやつを拝ませてやる!」
どうやら武闘家が一人で戦うらしい。
その身のこなし、伝わってくる闘気からおおよその力を計り知ることができる。
(
「いくぜっ!
武闘家の拳をもろに受け、門番の体が地平線の先まで吹きとばされ─────
「────それで終わりかな?」
「何っ!?」
そうはならなかった。
血の一滴も流れない。痛みもない。
(まぁ
「ゲントツ下がれ! こいつ、強い!! 流石は魔王城……一門番であっても、その強さは折り紙つきというわけか!」
「勇者様、援護します!」
勇者パーティが四人での戦闘体制に入る。連携に慣れたその様子は、やはりこれまでの旅の中で培われたものなのだろう。
「行きます!
剣の切っ先を中空でつまんで止める。この剣士も力量は武闘家と同じ程度のようだ。ならば自分の相手ではない。
「
魔法使いの放った火の玉は、門番の体にわずかな傷も残さなかった。
「火炎無効!? みんな、敵は火炎に対する耐性を持ってます!」
「いや、ただ火力が足りないだけ……」
「僕がやる! うぉぉぉぉ!!
勇者の剣に稲妻がほとばしり、刀身全体が一周りも大きくなった。
しかしその力も門番からしてみれば先ほどの攻撃たちと大差ない。
「さ、刺さらない!?」
「あー、その剣ちゃんと磨いてる? 刃こぼれが過ぎるんじゃないかな?」
「火炎に加えて、刺突の耐性だと? 複数の耐性を高度に併せ持つというのか!?」
「騙されるな勇者! 多分
武闘家の言葉に勇者がニヤリと笑みを浮かべる。
「なるほど、スキルなら納得がいく。魔法、物理問わない攻撃の完全無効化……。恐るべきスキルだけど、強力なスキルほど必ず厳しい条件がある。回数制限か、莫大な
そこにあるのは自分たちの攻撃に対する自信。自分たちの攻撃をいとも容易く防ぐ相手などいないという思いが、スキルによる無効化だという結論を導かせた。
(俺の話聞いてたのか? ただのレベル差なんだけど……。ここまで完全に無視されると流石に悲しいな……)
「はぁぁぁ!
「
「
「うぉぉぉぉ、これで決める!
立つ続けに四つの異なる攻撃が門番の体に叩き込まれた。だがそれでも。
「き、効いてねぇだと!?」
「あ、ありえません! いくらなんでもここまでの攻撃を全て無効化するなんて!」
「……どういうトリックですか?」
「怯むな、もう一度だ! 敵は平静を装ってるけど、僕にはわかる! 恐らくもう限界が近いに違いない。敵のスキルが切れるまで攻撃を続けるんだ!」
もう二、三発。もしかしたら一発かもしれない。あと少し攻撃を当てれば無効化スキルが切れるはずだ。その思いで勇者パーティは攻撃を続ける。しかしいくら攻撃を当てても、門番が倒れる様子はない。
「……気が済んだ? さっきから言ってるように、単純に君たちのレベルが俺と比べて低過ぎるんだ」
実力差があるから攻撃が効かないのだ。そう言われて勇者は怯えるようによろめいた。
「あ、ありえるはずがない……。そ、そうだ! 幻術だ! これは幻術に違いない! ミルーナ、幻術破りの魔法を!」
「は、はいっ!
しかし何も起こらない。当たり前だ。幻術など一切使っていないのだから。
「信用されないのは結構悲しいな。じゃあ、今度はこちらから行くぞ!」
門番は腕を振り上げる。
「人の言葉はまず信じて見るのが大事だぜ。疑り深い勇者達にはお仕置きだ!
「う、うわああああああああああ!!!!」
その日、空には無数の流れ星が見られたという。
勇者パーティは、壊滅した。
◇ ◇ ◇
「ま、魔王様! なんですかあれは!?」
秘書官の甲高い声が耳に響く。静かにしろとジェスチャーをするも、興奮した秘書官の目には入らないようだった。
「あー、秘書官イルススよ。なんのことじゃ? わらわに何か質問があるのかの?」
「あるのかの、じゃありませんっ!!! あの門番です!! なんですか彼は! 勇者パーティを相手に善戦するどころか、ほとんど子供扱いしてましたよ!!」
どうやら秘書官イルススはとある門番の戦いを目撃したようだ。
この秘書官は優秀だが真面目すぎるあまり、信じられないものを目にした時暴走するきらいがある。頭の中の考課表に「緊急時の対応に難あり」との一文を書き加えながら魔王アルメアはイルススに向き直った。
「おぉ、お主が見たのは門番スライムのモーバのことじゃろ? あやつ、結構強いからのぉー」
「結構とか、そういう次元じゃありません! なんですか彼は!?」
なかなか落ち着いてくれない秘書官。「一応わし上司なんじゃが、最高権力者なんじゃがのー」という魔王の呟きも届かないようで、イルススは大きな胸をぐらぐらと揺らしながら詰め寄った。
その様子を見て、魔王は自分の胸に目を見やる。絶壁だ。そこには起伏のない断崖絶壁がそびえていた。
「……なんかむかついてきたのぉー。こやつ、クビにしてやろうかな」
「魔王様、説明してください!! 彼は何者なんですか!?」
ぐらんぐらんと肩を揺らされ、魔王の頭ががくがくと揺れた。
「じゃから言っとるじゃろ? あやつはモーバ。門番スライムのモーバじゃよ」
「説明になってません! 勇者ですよ! 魔族にとっての絶望、勇者たちが攻め込んできたんですよ! これまで数々の魔族の強者、歴戦の英雄たちがやられた、あの勇者です! 国中のものたちが怯え、魔王様の勝利を待ち望んでいるのです! そんな勇者が、なぜ門番ごときにやられるのですか!?」
なんと言ったものか、と魔王は頭を悩ませる。
秘書官は生半可な説明では納得してくれそうもない。ここは真実を話すべきだ、と魔王は判断した。
「あー、まぁ要するにじゃ。あやつがこの国で最強の魔族というわけじゃな!」
「なっ!? す、スライムですよ? 同胞を悪く言いたくありませんが、雑魚モンスターの典型じゃないですか! そのスライムが最強だとおっしゃるんですか!?」
「んー、そう言われてもそれが真実じゃからのぉー。ほら、突然変異っておるじゃろ? モーバはスライムの突然変異ってわけじゃ!」
「勇者を圧倒する突然変異など聞いたことがありませんっ!!!」
イルススはまだ納得できないようだ。確かにスライムが勇者を倒すというのは理解し難いかもしれないが、魔王としても事実なのだからそうとしか答えようがない。
「まぁ、あやつはかれこれもう何百年も門番をやっておるからのぉー。その間に強くなったんじゃろ。というかそもそも味方が強いのじゃ、何かいけないことがあるかの?」
「……何百年? 待ってください! ということは、まさかこれまでの勇者も全てあのスライムが!?」
「…………そういうことになるのぉ」
イルススの頭に殴られたような衝撃が走った。
「ま、まさか。では先代の魔王様と勇者の死闘、かの伝説にうたわれる“ウルキルの戦い“は──」
「──モーバがやったのぉ」
「……200年前の“ハイラーマの聖戦“は?」
「モーバが一息で勇者をやりおったわ」
「魔王様、アルメア様ご自身が初めて勇者を撃退し、今も民の間でもっぱら語り草となっている“アルメアの怒り“は─────」
「おぉ! あれは傑作じゃった! モーバが勇者の無礼な態度に怒って、
話を聞くに従って、秘書官がわなわなと震え始める。
「し、信じられません!! ……ま、まさか私が知らないだけで、アルメア様ご自身もモーバと同じくらいお強いのですか?」
「あんな化け物と一緒にするでない! ……まぁわらわも自身が弱いとは思うとらんが、勇者パーティとの期待勝率は六割ぐらいじゃろうな」
魔王アルメア。幼い頃から卓越した魔法の才を見せた魔王。歴代でも屈指と噂される魔王アルメアが勝率六割。だとするならばそれを軽くあしらったモーバは────
「や、やはり信じられません。そんなことが……」
「信じてもらうしかないのぉー。あ、このことは他言厳禁じゃからな。今頃民達はわらわが勇者と激闘を繰り広げとると思っとるんじゃから」
「そ、そうです! 魔王様の権威は、民からの尊敬は、代々魔王様の一族が勇者を討ち倒してくださることによるもの! それが────」
「────それが、魔王によるものではないと。スライムによるものだと知られれば、王威が揺らぐ、じゃな?」
魔族の世界は実力主義だ。種族によって違いはあれど、多くの魔族が強者に従う習性を持つ。
ここ魔王国が多種多様な魔族を抱えながらも、一つの国として体裁を保っていられるのは魔王が強いからだ。
「魔族の王として、最も強い魔王! その権威こそが国を一つにしているのです!! 勇者を撃退していたのがスライムだったと知れ渡れば、それは王威が、国が! 揺らぐことになりかねません!!」
「お主のいうことは正しい。もちろん全ての者が反旗を翻すことはなかろうが……。わらわ自身にではなく、わらわの持つ力そのものに頭を垂れているものも少なくない」
「さ、最悪の場合、かのスライムを新しい王として国が二つに割れます!!」
その言葉に我が意を得たり、と魔王が頷いた。
「じゃな。しかし少し考えるのじゃ。
「え?」
「モーバは強い。あやつに新たな王となる意志があれば、その力のままに新たな国を興そうとすれば、それを誰が止められるのじゃ? むしろその強さを知れば、誰もがその足元に跪くじゃろう。しかし、そうはなっておらんのじゃ」
「……何か理由があるのですね?」
門番スライム、モーバ。
イクススには俄かに信じ難いが、かのスライムはまさに魔王というに相応しい力を持っているのだ。そのモーバが魔王の座を簒奪することなく門番などという地位に収まっている理由。
何かあるのだ。モーバを門番に縛り付けていられるだけの力が。溢れんばかりの金か、国中の美しい女か、それともスライム種を即座に殺す魔法でもあるのかもしれない。いずれにせよ何かがモーバを封じ込めているのだ。
魔王アルメアがゆっくりと口を開くのを、イクススは固唾を飲んで見守った。
「その理由は……」
「そ、その理由は……?」
モーバが甘んじて門番をしている理由。
それは────
「────あやつが、世間知らずだからじゃ!」
「は?」
◇ ◇ ◇
「おー、今回の勇者退治も見ておったぞ! 相変わらず頑張っておるようじゃな、モーバ!」
「ま、魔王様! こんなところまでわざわざ来て下さるなんて!」
一人の童女がモーバに声をかけてくる。見た目は可愛らしい童女そのものだが、しかし舐めてかかることなどできない。なぜなら彼女こそがこの魔王国の現魔王、恐るべき強さでこの国を統べる魔王アルメアその人なのだから。
そして魔王城の門番であるモーバにとって、アルメアこそ最も偉い上司に当たる。
「魔王様などと呼んでくれるな、モーバ。親しみを込めてアルメア様、と呼んでくれればいいのじゃよ?」
「そ、そのようなことできません! 魔王様をお名前でお呼びするなど、俺のようなスライムごときには……」
「……のぅ、モーバ。わらわとお主が出会ってから、もう30年じゃ。いい加減打ち解けてはくれんかのぉ? わらわ、お主から魔王様などと称号で冷たく呼ばれて寂しいのじゃ」
「なっ、お、お戯れを!」
自分のような木端役人、木端スライムを相手にここまで心を砕いてくれるアルメアは素晴らしい魔王だ。
「いやいや、本心じゃよ。ぜひわらわのことはアルメアと呼んでおくれ」
「あ、アルメア様……」
「おぉ、モーバよ! ようやくお主と仲が深まったような気がするのじゃ!」
その時アルメアの隣にいる女性が口を開く。
「ま、魔王様。こ、これは一体どういう……」
モーバは知らない顔だったが、口を開いた女性はイクススという秘書官だった。
「おぉ、モーバ。紹介しておこう。こちらイクスス。わらわの秘書官の一人じゃ。今後お主と仕事で関わることがあるじゃろうから、紹介しようと思ってきたのじゃ!」
「イクスス様ですね。俺は魔王城門番を拝命しているスライムのモーバです」
「ご、ご丁寧にどうも。私はイクスス、僭越ながら魔王付き秘書官を拝命しております。種族はサキュバスです。どうぞよろしくお願い致します」
その様子を見て、アルメアは嬉しそうにうんうんと頷いた。
「うむ! 両名とも魔族では珍しい穏健派じゃからな。きっとうまくやるであろうとわらわは信じておるぞ!」
ところで、と言葉を結んでアルメアは続けた。
「してモーバよ。
「はいっ!
「おぉ、そうかそうか。まぁわらわが戦うと力加減をミスって、
(───大嘘じゃないですか!!!!)
イクススは心の中で絶叫する。
この国を吹き飛ばす? 冗談じゃない。いくらアルメアが歴代で特に魔法に優れた魔王だとしても、まさか国一つを滅ぼすような魔法を使えるはずがない。
「さ、流石ですアルメア様! そんな大魔法、俺には想像もつきません!」
「ほっほっほ。そうじゃろそうじゃろ。わらわも腕には自信があるが、手加減には自信がなくてのぉ。お主のような
「んなっ…………!」
思わず、といった様子でイクススが驚きの声を上げる。その瞬間、アルメアが即座にイクススを睨んだ。
─────余計なことは言うなよ。
その目は
腐っても魔王だ。アルメアの本気の睨みは、一般サキュバスであるイクススには恐ろしい圧を感じさせた。
「い、いえ何でもございません」
「おぉ、そうか。……イクスス、もしやお主疲れておるのではないか? やはり休息は大事じゃからの、必要ならいつでも休暇を取らせるぞ?」
「は、はい。ご忠告痛み入ります」
秘書官の一人であってもその体調を気にかけ、必要ならきちんと休息をとらせてくれる。アルメアの寛大な心とその優しさにモーバは感動していた。
ちなみにイクススには「必要ならいつでも休暇を取らせる」という言葉は、「余計なことをするなら即座にクビだ」と聞こえてはいたが。
「うむうむ。忠勤に励むのじゃぞ! わらわはモーバの働きを信じておるからの!」
「はい!」
アルメアからの温かい言葉にモーバは感激する。
(こんな優しい方が王様なんて、俺たち魔王国の民はなんて幸せなんだ……)
モーバは先ほど戦った勇者たちを思い出す。
(疑り深い勇者たち……それに比べてアルメア様はなんて誠実で、寛大なお方だ! 人を信じるという姿勢を、あの勇者たちにはアルメア様から学んでほしいぜ!)
その信じる姿勢を学んだお陰で、現在進行形でモーバはアルメアに大嘘をつかれているのだが。世の中にはこんな言葉がある。知らぬが仏だ。
「ではのモーバ!」
「はい! イクスス様もお大事になさってください!」
「え、えぇ。モーバ様もお体に気をつけて……」
どこかげっそりとした様子のイクススを連れて、アルメアは城内へと戻っていった。
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