ねぇ、ココア。聞いて欲しい、私の話を。 作:さすらい/ココア
手術前後の記録
ねぇココア、聞いて欲しい。私の話を。
時間前になって呼ばれて手術室に行く。
手術室はいくつかあって、テンプレみたいな鉄の扉が開くと多くの手術室への入口のドアが広がってた。
部屋はアルファベットで割り振られてて、私はEだった。開いていたところを見るに、E部屋に入る前に見えた閉まっている手術室の中では他の手術が行われていたんだと思う。
部屋に入ると医師が待っていた。1人だった。しかも友達のお父さんだった。内心マジかよwwってなってた。
中央のベッドに誘導され、横になると後から来た看護師さん達によって色々な器具が取り付けられていった。そして酸素マスクも取り付けられた。
酸素マスクを通じてなのか、点滴を通じてなのかは緊張で覚えてないけど色々な薬が投入されていった。私の意識があったのはねむくなる薬までだ。先生が言ってた通り、入れられた時から全身がビリビリして行って、意識が手放されていく気がした。
最後に「怖え……」と自分で呟いたのを覚えている。そしてその後「でも のお父さんだから大丈夫だ……」と自分でもくっさいと思うぐらいのセリフを吐いたとこまで。
次に意識が戻った時にはもう終わっていた。友達のお父さんの「終わったぞー」という声が聞こえた。
でも意識が戻っただけで正常ではなく、腕はONかOFFの2択であるように立つか倒れるかしか出来なかった。その間は加速されたかのように、止めることが出来なかった。声も呻き声しか出なかった。
その後手術室から運び出された。視界が強制スクロールのゲームのように流れていくのを感じた。知らない天井がいろんな方向に運動してやがる。おもれえ。
その後エレベーターで自分の病室まで運ばれた。病室の階層と手術室の階層までそこそこあったはずだが、一瞬の出来事のように思えた。いや本当に一瞬だったんだって。
その後もしばらくONOFF状態は続いた。体は全く言うことを聞かない。口には血が溜まって息ができない。はっきり言って最悪だった。親知らずの痛みで寝れなかった夜よりも瞬間風速では勝っていた。
感覚を忘れてきてるな……急がないと。
しばらくはそんな感じで、少しずつ感覚が戻って行った。
確か終わったのが17時で、1時間ずつ色々と解禁されていく感じだった。
18時から安静解除、19時から絶飲解除、20時から絶食解除だった。ちなみに今は21時13分です。Qさま見てるよ〜
17~18時はだいぶ地獄だった。麻酔で意識は朦朧としてるし、さっきも書いた通り瞬間風速が凄かったから。
しかも血が溜まってて息はしずらいし、なんか呼吸も浅いから寝たらそのまま呼吸忘れて死ぬんじゃないかって気持ちになってすごく寂しくなって怖くなった。その時はテレビもついてなくて無音だったから余計に。
だからナースコール押して、テレビのリモコンと持ってきてたシャワーズのぬいぐるみを手元に持ってきてもらった。割と近くにあったけど動けなかったから看護師さんの力が必要だったんだよね。
そして持ってきてもらった時にどうしても不安が爆発しちゃって、看護師さんにお願いしてお手をお借りして手を握ってもらってた。快く同意してくれた。内心アレかもしれないけど。
そしたらメンタル不安定の河川が氾濫を起こしてしまって、なんか泣き出してしまった。泣いてる間ずっと看護師さんが慰めてくれたけど、握ってもらってる間はずっと泣いてたね。かけてもらったお言葉も聞こえてないぐらいに。
涙も落ち着いた頃、看護師さんは帰って行った。
そんで私はテレビを付けて垂れ流しにしてた。住んでる地域のつまらない番組だったけど、無音の部屋で過ごすよりはまだマシだった。見てはなかった。正直聞いてる余裕なかったし。
しばらくはシャワーズを撫でたりギュッとしたりしながら過ごしてた。嗤いそうな人は一連のことを体験してみるとよろしい。ちなみに私はオススメしない。4本一気に抜くことで一生の親知らずの苦痛を集約出来るとしても、苦痛を経験してるこの刹那が割とキツい。書いてる今も割と精神的によろしくないんじゃよ。
そしてこの辺りから血が溜まりすぎてキツくなってきたのでまたナースコールを押した。多分さっきの人とは別の看護師さんだったと思う。さっきの慰めてくれた人をAさん、今回来た人をBさんと呼ぼう。ちなみにナースコールはしばらくBさんが来る。
この時に血をティッシュに吐き出していいことを知った。言われなきゃ実行していいか分からなくて行動できない人間なので私……。吐き出せるようになってから少しずつ楽になってきた。そろそろ18時、安静解除の時間だった。ちなみにBさんにもお手をお借りしてた。ずっと不安だったので、はい。
安静解除の時になると、鼻の先に突っ込まれてた酸素の管が外された。入院患者を想像したら付属して想像されるようなアレである。マジなんだぜアレ。
どうしても動きたい欲があったので安静解除になったその瞬間から病室の外に出て歩き回ってた。血は絶えず吐き出したくなるし、鼻からも出てくるからティッシュとゴミ袋を点滴の棒に付けてもらった。なんていう名前なんだこれ、椅子や机についてるようなちっちゃい車輪がついてて動かせる点滴のやつなんだけど。点滴台とか?
そして点滴台(仮称)を押しながら廊下をウロウロしてた。手術前は点滴台を動かすのも、点滴が刺さってる左腕を気にしちゃって慎重に推してたんだけど、手術後は何故か自信持って押せるようになってた。覚醒したかこれは。
ひとしきり廊下をウロウロしたあと、下の階に降りて誰もいない広い待合室をウロウロしてた。体はすごいダルかったけど、なんか動いてないと気が済まなかったんだよね。でもやっぱりダルいから椅子に座って息ついてから動いて、息ついて動いてを繰り返してた。そうしてるうちにちょっと気持ち悪くなってきたから病室に戻った。
その後は椅子に座ったりベッドに寝転んだりしてゲームをしたり動画を見てた。なんかしてないと気が狂いそうだったんだよね。なんも集中出来なかったけど。寝転んでも前述の通り怖くて寝れなかったし。
絶飲解除の19時になっても、10分15分ぐらいは看護師は来なかった覚えがある。私としては早くお茶飲んで落ち着きたかったけど、勝手に飲むのも怖いからね。ソワソワしながら待ってた。
少ししたら看護師さんが来た。Bさんとまた別の人が来てた気がする。そして開口一番「なんか飲みました?」と言われた。
やっぱ飲んでよかったんかい。
その辺りからお茶を飲んでまた一息ついてた。看護師さんの手をお借りしながらね。やっぱ怖いんよ。
あ、ごめんちょっと待ってね。腫れが強くなってきた。ナースコール押す。
戻ってきた、ごめんね。なんか上顎下顎の間にちっちゃめのボールを入れてるみたいな腫れが出てきて……。どうやら薬が切れてきてるらしい。早く済ませないとねこの話。続けられないぐらいの痛みになっちゃうと困る。
余計な話を減らせ? ごもっとも。でもこうでもしないと私のメンタルが持たないのよ。今も鼻血止まらないし。
さて続けようか。お茶を飲み出したあたりで友達から連絡が来た。しばらく趣味の小説書きながら友達と話してたね。主に下ネタ。
小説書いてると言ってもやっぱりダルさは抜けなかったから、だいぶ省略しながら書いてたかな。地の文が異常な程に少なくなってた。ほぼ台本になってたね。
そうしてたから19~20時の間はあっという間だったかな。結構助かったよ、友達の存在はありがたいね。
20時になってからはご飯が届いた。刻み食っていうのかな? 具材が細かくされた汁物、限界までほぐされたお魚、白米オンリーのお粥、それに入れて食べるのであろう海苔。割と美味しかった。白米オンリーのお粥を除いて。
いやまぁ海苔入れるの前提なんだろうけどね。味なしの食べ物は食べてる間に吐きそうになっちゃうほど苦手なんですよ私。
また看護師さんが来られてたよ、ごめんね空けちゃって。点滴変えてくれてた。あ、この人はまた別の看護師さんだね、Cさんとでも呼ぼうか。21時あたりからはCさんが来てくれてる。
話聞く限り、私が今(腫れと鼻血を除いて)ピンピンしてるのは点滴のおかげなんだってね。精製ブドウ糖やらpHやら浸透圧比やら書いてあるよ、なんかすごいね。
本当に医療従事者の方には感謝しかないよ。健康体の時は縁もゆかりも無いけど、大変な時に助けてくれるからね。あちらからしたら仕事かもしれないけど、仕事とはいえ同じ人間だからね、感謝はしたいよね。
ちなみにご飯はあんまり食べれなかった。食欲が出てこなくてね。
えーっと、今は20時の話だっけ? でも話すことなくなってきたんだよな。もそもそご飯食べてただけだし……。あとはゲームしたりとか友達と話してたりとか。
あ、そうそう。体のダルさが抜けなかったんだよな。だからどっかのタイミングで友達と話できなくなったんだよね。本当申し訳ない気持ちだ。
こんな所かなぁ、手術前後のことは。
21時からはこれ書いてるからさ、話すことないんだよね。てか話そうとしたら無限ループになるのよ、エンドレスエンドレス。
20時って8時じゃん、横に倒したら∞だよね。くだらない? あっそう。
また書くよ、気が向いたらね。
思ったように書いたから読みづらいかも、ごめんね。