18.訪れた報復1
翌朝。
睡眠をほぼ不要とするアレサ以外の、万屋Kenshiのメンバーが全員起床すると、彼女たちはそのまま部屋を出ていき、寝間着から着替えにいく。
彼女らがこれから着るのは、道着。白染めのシンプルなソレを着た彼女たちは、再度部屋を移って、立てかけられている竹刀を一本ずつ取っていった。
「おはよう。さて、朝の訓練の時間だ。まずは準備運動から!」
大きめの畳が敷かれた、広い地下空間。その中心に立つ、道着を纏ったアレサは、機械の両手を叩いて指示を出した。
万屋Kenshiの日課。それは大多数で行う組手だ。といっても、武器は訓練用のものであれば自由。持っている竹刀で戦ってもいいし、素手でもいい。この取り組みは、メンバーに近接戦闘を教えるためのものだ。
アレサを目標に、全員が戦う。一対二十一という、傍から見れば一方的な戦いだが、これでアレサに勝てた者は未だに誰も居ない。
「ふッ!」
「オラッ! ッチぃ!」
突っかかってくる者をいなし、斬りかかってくる竹刀は鉄の手で弾く。両端から攻められれば立ち位置を変えてぶつけさせ、たまに竹刀を掴んで持ち主ごとぶん投げる。背面に回られればその場で空中前転しつつ後ろに蹴りを放ち、目の前の相手を踏み台にしてストンプをかける。空中に浮けばその分動けまい、と思っても、アレサは動く。宙に浮いたのを狙って突きを放った者は、竹刀ごと鉄の足に踏みつけられた。
「ぐがッ!?」
「まだだ。もっと精密に、素早く! 銃で戦う時のように、射止める気で打て! ──そこかッ!」
「!」
踏みつけ、屈んだままのアレサの背中を斬り落とさんとする影に、アレサは振り返らず両手を床に着け、後ろ蹴りを来る者へ向けて放つ。バチィッ!! と音がし、その存在を捉えたアレサは、横に転がりつつ対面した。
「なんでバレた」
「来ると思ってい、ッ! ったからな!」
「こっちもかッ!」
背後をフリデに、転がった先でサッカーボールキックを構えていたカト。二人のコンビネーションは完璧と言えただろう。フリデの攻撃は回避される前提、その先でカトが迎撃する作戦だったのだから。
しかし、カトの右脚をアレサが掴み、彼女は容赦なくカトを片手で振り回し、フリデに投げ飛ばした。
「うわぁあっ!?」
「うっぐッ!」
絡まるように転がり、
「くたばれェッ!!」
「無暗に得物を投げるな」
無手。故に最速の、右徒手空拳がアレサの胸部へ放たれる。──エリの一撃は、アレサの空いた手に掴まれ、彼女はその場に圧しとどめられた。
「それができるのは、意表を確実に突ける相手にだけと教えたはずだ。私がそうだとでも?」
「くっ、なクソ!」
「だが、良い投げ方だったな」
ごきんっ
人体から出るべきではない音がし、エリは目を見開いて苦悶の表情を浮かべる。アレサが手放すと、彼女はその場に崩れ落ちた。
「キヴォトスの者は最初から打たれ強い。だからこそ、
「っでぇ……! てめっ、簡単に手ェ捻りやがって!」
「別にいいだろう。肉離れくらいなら一日で治るんだから」
アレサの言う通り、キヴォトスに生きる人々は、往々にして頑丈である。個人差はあるものの、銃弾一発がデコピン程度までダメージ軽減されるのだ。右手が左手にシフトチェンジされようとも、ちゃんと元の位置に戻せば一日で治る。
その性質を利用して、アレサは従業員に容赦ない稽古をつけていた。打たれ強さと、剣の扱いを強化するための、
アレサが元いた世界では、これをビークシングを使ってやらせていた。ベッドに磔にし、腹を空かせたビークシングに
武器の扱いに関しては、北の海岸線へ行き、カニバルという食人族が蔓延る地域にあえて一人で行き、五十体以上のカニバルとひたすらスパーリングすることで鍛えていた。なお、負けるとカニバルの住処に連れて行かれ、その場で生きたまま解体の後、彼らのご飯となる。アレサは三回ほど経験済みだ。
そんな過酷を超えて即死したことのある訓練をやっていたアレサだが、当然ながらキヴォトスにビークシングもカニバルもいない上に、先生が見たら卒倒しそうな訓練は流石にやらせていない。
(シェク共が見たらどう思うだろうか。生温いと言うか。それともようやくマトモになったと言うのか)
訓練用の武器*1が発明されるまで、アレサはその両方で体と技を鍛えていた。だが、鍛冶設備が作れない今、その訓練用の武器は作れていない。
妥協で市販の竹刀でやりくりしているが、アレサとしては「さっさと皆に剣を渡したい」という気持ちでいっぱいだった。Kenshiなのに剣を使わせてあげれていないのが、心残りだからだ。
なお、もし訓練用の武器ができた場合、互いに腹が空くまで一生打ち合いをする訓練を与えていた。時間をかければかけるほど一撃が痛くなるが肉体にダメージが入らないので、生傷の増えない最もクリーンで効率的なトレーニングになる。
「よし、鍛錬終わり! 全員、傷の手当てとシャワーが終わったら、今日は待機状態で自由とする」
「「「「「はぁい……」」」」」
ぐったりとした様子の皆に、救急箱を持ってきたスソノが、順番に治療を行ってゆく。そこにアレサも混ざり、先程腕を捻ったエリの元へ寄った。
「エリ、手の位置を戻すぞ」
「戻すなら最初からねじるなや……」
「えい」ブチィッ
「があああああああああああああああ!!」
なお、このやり取りはもう数回目なので、皆は慣れてエリに温かい目を向けていた。
この後同じことをされる者が、何人もいるためである。
△▽△▽△▽△▽△▽△
そうして昼頃。正午まであと少しというところで、アレサは作業台からふと顔を上げた。
「……腹減ったな」
地下工房で
アレサほどとまではいかないものの、エリは既に高品質等級を作成できるほどに技術が上がっており、アレサと一緒に装備ガチャに参加している。
「ん? げ、もうこんな時間か」
「ちょうどいいな。エリ、今日も柴関ラーメンに行くか?」
「えー、アタシは……っておい、あそこ倒壊しちまっただろ」
「あっ」
柴関ラーメンは、今は瓦礫しか残っていない。風紀委員会との紛争直前、柴関ラーメンの家屋が大破してしまったからだ。柴大将は多少の怪我だけで無事だったものの、今はアビドス領地に近い位置の病院に入っている。
本人の意思次第になるが、あのラーメンを食べれることは、もう二度と無いのかもしれない。
「……殺してやるぞ、陸八魔アル*2」
「壊したの風紀委員会だろ。責任転嫁するなよ」
「仕方がない。たまには別の飯屋にでもするか」
立ち上がり、作業を止めて工房を後にする。
万屋Kenshiのオフィス地下は、このような工房の他に、朝で稽古をした道場、倉庫、食堂、栽培施設などが存在している。地上部は万屋Kenshiのオフィスだけで、それ以外は全て地下。D.U.区とアビドス自治区のボーダーゾーンにあるだけあって、無法な地下増築は今のところ誰も咎めていない。
「そーいや、地下の畑は何育ててんだ?」
「サボテンだ。アビドスの砂漠でも育つような品種を作っている」
「へー。思えば、あそこって何にも植物生えてないよな。砂漠だから当たり前だろうけど」
「いや、砂漠にも案外植生は存在するんだ。ただ、アビドスは
アビドスは、かつては広大で最大の規模を誇る学園だったが故に、もともと市街地だった場所が多い。砂を掘り起こしたところで、土の地層ではなくアスファルトやコンクリートが露出してしまうのだ。その下は下水道跡、その下は岩盤層……という、土を掘り起こそうとすると、街を再開発するレベルの苦行が待っている。
ただ木々の苗を植えるだけでは、何も意味がないのだ。
「元から開発されていない地域となれば、流石に今のアビドス校舎から遠く離れてしまう。かといって、今はそこはカイザーが所有していてどのみち手は出せない。農作となれば長期的なプランになるのは必然だから、今は趣味程度に考えている。水耕栽培施設とか作れればいいんだが、電力問題とか、専用の施設の管理とかも出てくるから用検討だな」
かつての世界であれば、どんな枯れ果てた土地でも根付く麦や綿花、麻の種があったが、流石にそれらは持ち込めていない上に、存在もしない。ミレニアムサイエンススクールに頼めばそういうものも作れるかもしれないが、そうなるとブランドの利権を巡った問題が発生する。品種改良された農作物は、どの世界でも争いの種になるからだ。
「ふーん、なるほど。ま、頑張れよ」
「お前たちにもいずれ教えるつもりだ。何を他人事のように……ん?」
「すみません、社長。今よろしいでしょうか」
歩いていると、急ぎの様子のスソノがやってきた。ノートPCを器用に開いたまま片手に持ち、その画面をアレサに見せた。
「どうした」
「先ほど、アビドスの生徒たちと先生が、カイザーPMC基地へと赴き、PMC理事と接触しました。しかし、その後の同行が突然掴めなくなりまして──端的に、
「……広域ジャミング? そういえばエリ、スマホは?」
「今見たら圏外だ。おいヤバくないか」
画面には、おそらく先ほどまで状況を映していたドローンのカメラ画面が映っていたのだろう。しかし、今は鈍色のモザイクで覆われており、何も見えない。画面の端には、社内Wi-Fiを完備しているはずなのに、インターネットの接続が切れた表示が。そして、アレサ共々スマホを見ると、電波が圏外になったのが見えた。
瞬間、バツン! と音がし、突如地下空間の照明が全て落とされた。
「ひゃっ!?」
「なっ!? おいアレサ!」
「静かに。お前たち二人は、スマホをライト替わりにして全員招集。場所は道場だ」
スマホとPC以外に明かりがないその場で、アレサは指示を出し、地上部へ繋がる階段へ向かおうとした──だが、
スガァアンッ!!
「「「!?」」」
突如、強い衝撃が地下にまで響き渡り、アレサたちはバランスを崩し尻餅をつく。砂埃が立ち、停電して真っ暗になったはずの空間に、薄らと明かりが差し込む。
複数の足音。おそらく機械種族の、重たい金属の音が何度も響き渡る。この時点で、アレサは襲撃者の正体を察した。
「エリ、スソノ! 招集急げ──」
「動くな」
呼ばれた二人が走ろうとして、立ち止まる。光が差し込んだ場所から、現れたのは黄色い塗装の機械種族。右手には、改造が施されたアサルトライフル。そして、もう片方の手で、事務所で過ごしていたであろう、気絶した社員の一人が掴まれていた。
──『カイザーPMC』の兵士は、緑色のモノアイを光らせ、勧告する。
「両腕を挙げて降伏しろ。この銃には専用のAP弾を装填している。至近距離で撃てば、生徒といえど無事では済まないぞ」
「…………」
彼の脅しに、アレサは先に両腕を挙げて跪いた。それを見てからか、エリも、スソノも、手に持っていたものを落として同じようにする。
「思ったより従順だな。それでいい……対象の降伏を確認! 突入急げ!」
次々に、狭い地下通路へと入り込んでくる兵士たち。アレサにはもう一人の兵士が背中に銃を突きつけ、外に出るように命じた。ここで彼女は反抗することなく、苦虫を噛み潰したような顔で連れ出されていった。
「打たれ強さ」
・打たれ強さは、ダメージ軽減、ダメージを受けた際ののけぞりや、気絶判定などの、防御面に関わるステータス。
基本的なステータスの一つで、昏睡(気絶を通り越して、他者からの治療がないと起き上がれなくなってしまう状態)の下限が打たれ強さに基準している。鍛えなければ死にやすいままだが、鍛えるためには死にかけなければならないという矛盾を孕んでいる。
なので、効率よく鍛えるために、自ら生きたまま喰われる者が絶えない。
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