あの後、私たち四人と、先生、残された万屋Kenshiの人たちは、アビドス校舎へと赴いていた。カイザーPMCに結構校舎を荒らされたけど、オペレーターをしていたアヤネちゃんは無事だった。
入られたのはムカついたけど、破壊行為はそんなにしていない。やっぱり、アイツらは事の琴線をきっちり守っているみたいだ。だから、あんなグレーゾーンスレスレのあくどい行為ができるんだろうね。
流石に二十人も部室には入れないから、空き教室を代わりに集合場所にする。すると、私たちが入って早々、エリだったけ。カタカタヘルメット団のリーダーだった子が、私の襟首を掴んだ。
「テメェ……ッ! よくもアレサを売りつけやがったな!?」
──アイツ、何も知らせてなかったんだ。
「敵を騙すには味方から」というけど、こんな気持ちにさせられるんだね。うん、おじさんはやらないようにしよう。
「あ、あの……」
「あぁ!?」
「っ、待ってください! おかしいと思いませんか? あの場で、一番止めなきゃ行けない立場の先生が、黙って様子を見ていたことに」
ノノミちゃんのナイスフォロー。確かに、あの場で先生が全く動いていなかったのは、私から見てもおかしかった。ということは、先生には先に教えていたみたいだね。
先生の方を見ると、やっぱり何かを知っている様子だった。
ただ、どこか震える手で、いつも持ってるタブレットを見ていて、今になって動揺を見せてる。何かあったの?
"……今、アレサがメールを送ってきたんだ。多分、時間予約だと思う"
「んなっ……ってことは、アイツ、まさかあえてPMCに捕まったってのか!?」
"それは、昨日事前に聞かされてた。けど、このメールは違う"
モモトークではなく、シンプルに電子メールで送られていた。おそらく長文だったからかな。ただ、キヴォトスはハッカーが蔓延る社会だ。セキュリティの信頼性が高いモモ社以外のSMSツールは、それほど使われていないはず。
となれば、見られる前提かな。
"アビドスの皆にも、君たちにも"
「ん、私たちに?」
「アタシたちにもだぁ?」
……アレサは、何を綴っていたの?
先生が、そのメッセージを読み上げる。
タイトルは、「遺書」。
『先生
私はいずれ、カイザーPMCに捕縛されるだろう。
私はやり過ぎた。奴らのことを、ただの悪だと思って、好き放題してしまった。昔の悪い癖だ。倒すべき悪を見つけた時、私はすぐに暴力に頼ってしまう。
もしそうなったら、私は奴らの奴隷にされ、死ぬまで力を酷使されることになるだろう。あるいは無数の契約で固められ、二度と学園生活を夢見れない人生を送ってしまうかもしれない。
だが、因果応報だと私は思う。私のような大罪人は、この世界に似つかわしくない。
この世界を訪れて、色々な子供たちに逢った。理不尽に争う子供たち、不条理に流されるままだった子供たち、欲望のために破壊を厭わない子供たち、大義のために戦争を仕掛ける覚悟のある子供たち……これまで世界中を旅してきた私でも、見たことのないような色めきを、私は見てきた。
等しく可能性があり、等しく生きる命だった。前に進もうとする輝きも、後ろを向いてでも生きていこうとする翳りも、私には煌びやかに思えた。
だが、私にそんなキラキラとした青春は合わないだろう。
だから私は、この身を以て青春の舞台から退場する。
アビドスの皆。最後まで協力できず、済まなかった。それと、色々迷惑をかけた。謝罪には遠いが、復興のためのプランをいくつか用意した。詳しくは万屋Kenshiのオフィスに行ってくれ。これを見せれば、アイツらも分かってくれるだろう。
万屋Kenshiの皆。この会社は、元々お前たちを露頭に迷わせないために、無名の身分を利用して立ち上げたものだ。だから、好きなように企業理念を変えてもいいし、またヘルメット団に戻ってもいいだろう。あるいは、元の学園に戻るか、またはアビドスに入学するのもいいかもしれないな。
私の部屋に、アビドス復興の計画表と、お前たちの旅立ちに必要なものを全て保管してある。好きに持っていくといい。ただ、計画表だけはアビドスに譲ってやってくれ。
先生。
最後の言葉になるが、私を一人の生徒として見てくれて、ありがとう。
結局、学生にはなれなかったが、此度も楽しい人生だった。
もし、キヴォトスで生まれ直すことがあれば、また会おう。
さようなら』
嘘っぱちだ。
分かっている。これは、予定調和の
嘘なんだって知っている。
アレサは最初から、こうなることを見越してカイザーPMCに捕まった。
だけど、だけどさぁ……
「…………」
嫌な沈黙だ。誰もが絶句してる。最初からグルの私ですら、何も声が出なかった。
本当に遺言書みたいだし。嘘でも綴った気持ちは本当なんだって、分かってしまった。どうして、アイツはこうも、ねぇ!
「ふざけるなッ!!」
ふざけるなよ、鉄杖アレサ!!
アイツ、
どうして自爆覚悟なんだよ。なんでそう簡単に死のうとするの!
これ以上私に、友達が死ぬところを見せないでよッ!!
「アイツ……ッ!」
「ホシノ先輩……?」
作戦? もう知らない。こうなったら、アイツを意地でも引っ張り上げてやる。
そうだ。あの憎きカイザーPMC理事長も言ってたじゃないか。「私が彼女をアビドス生だと認めた」って。なら、助ける理由は足りてる。
今から生徒会室に行かなきゃ。忌々しいけど、アイツのために装備を引っ張り出さなきゃね。本当ならアイツ用に取っておいたはずなんだけど、もう出してもいいか。
理由ができた以上、死体が残らないくらいには殴りつけるからね。首を洗うまでもなく──
「ホシノ先輩!」
「ッ! ……!」
ふと顔を上げれば、皆が私を見ていた。驚いて、優しい眼差しを向けていて──
……え?
…………もしかして、
「……こ、声に出てた?」
「うん」
「あっ」
待って。今の、どこまで声に出てた?
エリちゃんはなんか呆然としてるし、他はすっごく笑いを堪えてるし! か、かわいい後輩たちの眼差しが……い、いやだこんな目で見られるの! すっっっっごく全身が痒いんだけどさぁ!
い、いやアレじゃん。あんなの聞かされて、気がおかしくならない方がアレじゃん!
本ッ当に、本当に何を考えてるのさアイツ……
"そっか……ホシノにも、友達が……"
「ん」
「あら〜♡」
「ッハッハッハ! なんだ、アビドスの先輩ってこんなかわいいヤツだったんだな」
「生温かい目で見るな〜〜〜!!」
なんだよ、私がバカみたいじゃん! けど、
「……ん。気持ちは、同じ」
「あんなの聞いたアタシも、いや、万屋Kenshiは腹が立ってしゃーねぇ」
シロコちゃんが、エリちゃんが、いや、それ以外の人たちも。「遺言」に怒ってる。
あれだけ場を荒らして、あれだけ人を導いて、それで「はいさよなら」なんて、嫌だよね。唐突過ぎるもん。知ってた私だって、こんな気持ちなんだから。知らない人からすれば私以上の感情が溢れてる。
"……ひとまず、このメールは置いておこう。ホシノ、君はこうなることを知っていたね?"
「……うん。ごめん先生。私は、昨晩アレサと作戦会議をしてたんだ。だから、この後アイツがどう動くかを知ってる」
"私は、「近日中にカイザーPMCに捕まるが、その時の状況を音声だけでもいいから記録しておいて欲しい」って言われてた。もっと詳しい情報を教えて"
「もちろん」
私に注目が集まる。昨日聞かされた、アレサの作戦。
自ら捕まって、その後どうするのか。アイツは遺言なんてものを作って、私たちに何をして欲しかったのか。
──想いを馳せながら、アイツの作戦内容を話した。
△▽△▽△▽△▽△▽△
ドサッ! と冷たい床の上に放り投げられる。四肢のない少女は、何もできないままぐったりとしていた。顔や体は砂まみれで、汗か涙かもわからない液体ですっかり付着してしまっている。
そうなっているのは、十六にも満たなそうなあどけない少女だというのに。カイザーPMCの兵士は、ゴミを扱うかのようにその場に放置し、鍵をかけてそこに閉じ込めた。
カイザーPMC基地内にある独房。使われることは無いだろうと思われていたその場所の一つに、アレサは監禁されてしまった。
四肢はなく、本人の姿を見るに動く気配もない。絶望に打ちひしがれ、何の力も無くなったであろう彼女に、同情を向ける者は居なかった。何せ、彼女は四肢さえあれば、あの『七囚人』のワカモと対等に戦うことができる存在である。言うなれば「バケモノ」。そんなバケモノに、いかに無力化されているといえど、近づこうとする者はいなかった。
PMCの中では。
「クックック……私から見ても、酷い有様ですね」
カツン、カツンと、靴音を立てて檻の前に現れる。笑い声と共に、暗黒から訪れた『黒服』は、この中で唯一アレサに同情していた。
「奇しくも、貴方に気付かされた通りでした。
「…………」
「……あぁ、ご心配なく。今、カメラにはダミー映像が流れています。起き上がっても大丈夫ですよ」
瞬間、アレサはごろんと転がり、うつ伏せになったまま、芋虫のように肩と僅かに残った太ももを動かして這う。あまりにも手慣れた……本当に芋虫めいた動きで黒服に近寄る様に、黒服は思わずビクッと体が跳ねた。
「お、おぉ……一応お聞きしますが、大丈夫でしょうか?」
「腹が減ったこと以外は問題ない……いや大問題だ。何か腹が膨れるものはないか」
「ではこちらを。こちらのペットボトルは経口補水液です」
袋を開けられたブロック食と、蓋を開けた500mlペットボトルを檻の前に置く。すると、アレサは歯を剥き出しにして噛みつき、器用に頭と顎を動かして咀嚼し始めた。ペットボトルは歯と舌を使って開け、吸い込むようにして飲む。
檻から顔の半分だけ突出し、喰らいつく姿はあまりにも汚らしい。しかし、今のアレサは両手が使えないどころか無い。ある程度は仕方がないだろう、と黒服は割り切った。
「んぐっ、ジュズズズ…んく、んむ……ぷはっ! ふー……生き返る」
「……お顔を拭きましょうか?」
「いや、それは駄目だ。お前の存在がバレる」
「あぁ、なるほど。そういうのも
「私の世界では、奴隷になっている状態の方が安全で、かつ良いトレーニングがしやすいんだ」
「……貴方の故郷のことが、少々分からなくなってきました」
満足げに檻から顔を離し、寝転がったまま黒服に顔を向ける。
「まあなんだ。カイザーPMCの解体ショーはまだ始まっていない。開催は三日後だ」
砂にまみれ、どん底に墜ちた者とは思えない。勝ちを確信した笑み。今まさに死地に赴くというのに、むしろそれを待ち受けている。
今のアレサは、死すらも全うする戦士の顔であった。
「三日間、私はあの兵士共に凌辱を与えられるだろうな。散々暴れ回ったんだ。その分の報復を受けるだろう。……あるいは、兵士入りの契約でも書かされるか? まあ何にせよ、終わった頃にアビドスと万屋Kenshiの面々が私を助けに来るだろう。今頃、ホシノが私の作戦を皆に伝えているはずだ」
楽しげに、にんまりと犯行予告を告げる彼女に、黒服は感嘆する。
三日間、アレサは自身に起きる全ての不幸を溜め込み、
確かに、これならばグレーゾーンばかりを走っていた【カイザーグループ】に、大打撃を与えることができるだろう。知らずの内に罪状を重ねたカイザーPMCは、アレサという被害者によって自滅する。
助けに来る確信は、黒服にもあった。当事者の立場であれを見れば、
──完璧な作戦だ。
「クックック……クククッ、クックックッ!」
「……黒服?」
「いえ。ククク……いやはや、なるほど……ックックック」
だが、それは、
「鉄杖アレサ。貴方は名優だ。貴方にとっては、合理的で完璧な作戦なのでしょう──ですが」
ズドドドドドドドォォォォンッ!!!!!!
「……………………おい、なんだこの連続爆撃は」
「──貴方は、自身が撒いた種を勘定に入れていなかった。それが作戦失敗の原因です」
一瞬にして戦士の顔が剥がれたアレサを見て、黒服は今度こそ腹を抱えた。
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