シャーレのオフィス。いつもの仕事場で報告書を書いていると、一人の少女がやってきた。
アビドス指定のブレザーを肩から着崩し、クリーム色のベストを見せるギャルのような格好をした少女、洲端エリはヒラヒラと手を振る。
「よ、先生」
"やあ"
元カタカタヘルメット団頭領、元万屋Kenshi副社長、現アビドス復興建築部の副部長……肩書きは多いが、何かとリーダー格を任されていた少女だ。
元トリニティ生という情報を知っているが、私が会ったことのあるトリニティ生*1と比べると、不良という感じがまだ色濃く残っている。
「当番つっても何すりゃあいいんだ? アタシはあんま書類書くとか向いてねーんだけど」
"うーん、そうだね……基本的に逆なんだ"
「逆?」
"私が生徒の頼みを聞いて、生徒のために動くするって感じかな。モモトークとかで呼び出されたり、たまたま会ったりした時とかね"
「ほー……いや、その場合アンタ、仕事はいいのかよ」
"ここから逃げれる口実ができる。生徒は頼みを聞いてくれる人をゲットできる。すなわちWin-Winさ!"
「だらしねぇ大人……」
なんだかすごい侮蔑の眼差しで見つめてきているけど、悲しくなったので止めた。
とりあえず、私はエリに書類整理を任せた。
シャーレに回される書類のあれこれだが、本当に種類が多い。アビドスの時のような各学園の嘆願書から、弾薬や整備道具といった備品の購入履歴や使用量の報告書、【シャーレ】として使用した経費の計算はもちろん、当番の生徒と今日何をしたかの報告を随時行なっている。
宛先も送り主も【連邦生徒会】──すなわちキヴォトスの中枢機関──なので、当然ながら真面目にやらないと怒られる。
疲れ果ててテキトーにやってしまった時のリンちゃんの顔はもう見たくない……
「アタシに見せてもいいのか? こういうヤツ」
"もっぱらシャーレの書類だからね。見られても恥ずかしくないよ"
「このソシャゲの課金金額とか、レストランでドカ食いした時の領収書とか、明らかに先生の趣味のブツの購入履歴とかもか?」
"ごめん、やっぱ恥ずかしい"
エリはというと、不慣れと言いながらも、連邦生徒会が置いたコピー機から滝のように出てくる書類を、手際よく整理していた。ちゃんとささくれ防止用に指キャップもしている。
「ミレニアム、ゲヘナ、百鬼夜行、シャーレ、ミレニアム、シャーレ、シャーレ、ヴァルキューレ、シャーレ……」
"……実は事務作業得意?"
「え? いや、全然。あとこっち見ないで仕事しろよ。手ェ動かせ」
"クゥーン…"
「ゲヘナ、シャーレ、トリニ……トリニティ、か」
ぺら、と書類の一つをエリは手に取る。憂いに満ち、感情の行先を見つけられていない様子に、私は思わず声をかけた。
"どうしたの?"
「あぁ、何でもねぇ……って言うのも、無理か」
転校手続きは手伝って貰ったもんなぁ。と呟きながら、頭をかく。
「アタシがトリニティでいじめを受けて停学した、ってのは知ってんだろ?」
"……そうだね"
普通は逆だ。エリはいじめの被害者で、停学に陥られるようなことは何一つしていない。されるならば、加害者の方だろう。
「んで、銀行強盗した時にさ、アレサがアタシをいじめてたヤツらが暗い取引してた証拠をぶんどって来たんだ。お陰で、アタシは停学が解けて、いじめてたヤツらは速攻退学になった。ペラ一枚の証拠であそこまで素早くコトが動いたってこたぁ、元々アッチ側でも怪しまれてたか、怨み買ってたんだろーな」
なんて事ないように言うエリだが、言葉の一つ一つに質量があるかのように感じてしまう。
【トリニティ】は陰湿だ。そう言っていたのは、誰だっただろうか。
「まあ、アタシは停学受けた時点で戻るつもりなんて無かったけどよ」
──学の園から追い出された者は、まさしくハイエナと化す。
「不思議だろ? 学校にいるより、そこら辺のオッサンや生徒にタカった方が楽しいなんて生き方。アンタからしたら間違ってるだろうけど、それがアタシの……いや、アタシたちの生き方だった」
今日、明日を生きるために金をせびることもあれば、日々のストレス発散のために銃火器を使う。生きていければ御の字。生きていけないのならば、それまでだ。
それが、不良生徒の生き方だ。学校に居られなくなった者たちは、透き通った世界から零れ落ちた、砂粒の如き小さな資源をかき集め、命を食い繋ぐしかない。
「今はもうしねーよ、先生。アビドスはトリニティと比べたら天地の差だ。ビンボーなのは不良時代と変わらないけど、趣味に没頭できるし、アイツらと過ごす時間が、なんつーか心地いいんだ。毎日が、色めいてるみたいでさ……あ、ヘイトスピーチだったか?」
彼女はその一人だった。けれど、アレサが引っ張り上げたことで、光の道に戻った。先生らしく指導を行うのではなく、覇道を魅せて立ち上がらせた。そのやり方は、先生として見習うべき点でもあるだろう。
ただ道を教えるだけで、人は変わらない。歩みたいと思える道を指し示すことも、また大事なのだ。
……尤も、やり方にも気を配らねばならないが。
"先生としては、今君が楽しいというのなら、私は何も言わないよ"
これから先生として、アレサと同じように、不良生徒を指導する機会は多く訪れるだろう。エリのようにいじめに遭って不幸を受けた者もいれば、学校という環境が単純に肌に合わずサボる者だっている。不良は不良でも、一人一人に不幸の差がある。
一緒くたにしてはいけない。それらをかき分け、一人一人大切にしながらも導いてこその『先生』だろう。
しかし、それを成すには、あまりにも数が多過ぎるし、力も足りない。
やるべきことも、学ぶべきことも、つけるべき力も、まだ、多い。
「……アタシと、万屋Kenshiやってた奴らは、まあ運がいい方なんだろうな。ただ、それが先生のおかげってハッキリとは言わねぇ」
エリは書類をまとめ、私の机に置く。今日やるべき書類を持ってきたのだろう。彼女は、呆れたような顔で、しかし励ますように笑みを浮かべて、私の肩を叩いた。
「先生にだって、まだまだ知らねぇこととか、勉強することとかあんだろ? だったら一緒に学ぼうぜ。お互い、未熟なんだろ?」
"……そうだね"
目指すべき道は、必ずしも同じである必要はない。
少しずつ、牛歩でもいいから学んでいこう。取りこぼしたものは、必ず拾い上げていこう。
私はエリに諭され、そう決意した。
「んじゃ、今日分の仕事は今日中に終わらせような」
"オォン…"
──その後は、スムーズに仕事が進んだ。
△
シャーレオフィスのあるD.U.区には、銭湯施設がない。というのも、『温泉開発部』なる存在が、毎度のこと温泉を掘り当てるために、無許可かつ違法かつ安全性のない採掘を各所で繰り返しているため、彼女らの襲撃を危惧してか銭湯設備がめっきり減ったのだ。
各学園のボーダーゾーンたるD.U.区も例外ではなく、おかげで寮かネット喫茶などで体を洗っている者が多い。
かくいう私もその一人だった。シャーレのオフィスはシャワールームがある。浴槽が無いのでお風呂に浸かることはないものの、日々の疲れを癒すには十分な設備がある。
──だが、それに納得できない者が一人いた。
「風呂風呂風呂風呂風呂」
「お風呂入りたい」
訂正二名。雪染フリデと重高カトである。
"……アビドスの寮にあるんじゃないの?"
「共有浴場があるんですけど、節約の関係でシャワーしか使えません。しかも一人当たりの時間制限付き」
「シャワーは15分以上使うとお風呂と同じくらいの水道代がかかる」*2
"えっマジで?"
片や雪のように白いガンギマ……斜視の少女。片や炭の如き黒い肌の少女は、それぞれ私の元へ嘆願してきた。元万屋Kenshiの隠密部隊の二人だが、私がちょっとでも視線を逸らすと見失ってしまいそうになるため、ずいずいと寄られても目を逸らすことができない。
「たまにアレサが温泉源を探して砂漠を歩いているんですけど、全然駄目そうなので……それに、日光浴してると砂まみれになって鬱陶しいんですよね」
"あぁ……"
カトの趣味は自然浴だ。日光浴は勿論として、雨を浴びたり、時には川や海を泳いだりするらしい。何というか、濡れることが好きなのだろう。自然浴の一環として、お風呂に入ることも好きな彼女は、シャワーでは物足りないようだ。
「いえ、砂まみれになるのもまあ好き……なんですけど、気分じゃない時にそうなるのは嫌ですし」
「コイツはそういう性癖だから気にしなくていい」
「黙れ」ゴンッ
「イタイ」
ひとまず、言いたいことは理解した。しかし困ったことに、彼女たちの願いを叶えることができそうなものと言えば……何があるだろうか。
ササっと『シッテムの箱』で検索をかける。お風呂、銭湯施設……お、これは。
"じゃあ、こういうのはどう?"
──ということで、彼女たちに温水プール施設を紹介した。
つい最近建てられたものらしい。小学生らしき生徒たちや、カップルの客、遊びに来ている一般生徒の数々が、様々なプールに浮かんでいる。シーズン的にはまだ春だが、初夏の兆しが見えているのだろう。遊びに来ている人の数は、かなり多い。
「ん~~~~……いいですね、これ」
「ゴボゴボゴボゴボゴボ」*3
"若干一名大丈夫かな……"
二人はアビドス指定のスクール水着を着て、流れるプールを泳いでいた。温泉とは言えぬものの、温かい水の中は心地よさそうだ。
私はというと、二人の保護者扱いで来ていた。絶対に仕事から目を逸らしたわけではない。プールという水のある環境の中で、子供だけ置いていくというわけにはいかないからだ。*4
「先生、しばらくこのままでいます……」
「ブボボボ」*5
まあそういうわけで。私はレジャー用のベッドに寝そべりながら、二人の様子を見ていた。二人とも泳いだりするわけではなく、流れに身を任せ同化し…………
……見失ったァッ!!
"まずい、あの二人は元隠密部隊だった!"
それに加え、言い方は悪いが二人は影が薄いのである。完全に風景と同化してしまった、というか消えたとしか言いようがなくなった二人を、私は慌てて探すハメになった。
そうして三時間ほど。
探し回っている私を他所に、二人は流れるプールからウォータースライダーへ。その後は普通にプールへ行き、子供たちと触れ合っていたという。なお、一緒に遊んだ子供たちは「お姉さんと遊んだはずなのにお姉さんの顔を覚えていない」というとんでもないホラー現象に見舞われ、しばらく色褪せない記憶として残ったとか。
プールなので端末は持ち込めず、それはあちら側も同じなので、意思疎通できないこと数時間。断腸の思いで迷子センターへ駆け込むと、逆に迷子センターで私を呼ぼうとする二人を見つけることができた。
"ぜぇ……ぜぇ……今までっ、何処に……"
「え、もう帰ろうと思ったので。けど何処に行っても先生が居なかったんですよね」
「間に合ったな」
"……本当に、恥をかく前で済んだよ"
──一緒に遊ぶはずが、普段の仕事よりも疲れたのはご愛嬌だ。
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