27.Welcome to Millennium
アビドス出張から久しく。
そろそろ夏の兆しが見えて来た頃。先生のモモトーク*1に、アレサからメッセージが届いた。
『たすけえtほしい』
漢字変換もせず、ローマ字入力もままならないメッセージ。明らかに何かがあったのだろう。先生の行動は早かった。
D.U.区の駅からアビドス自治区の市街地へ乗り継ぎ、最近は鍛えられたからか安定した足腰でスプリントし、やっとこさアレサがいるであろうアビドス校舎の教室に入ると──
「……来たか、先生」
──書類の山の中で、ゲッソリとした表情のアレサが、弱々しく
"何があったの!?"
「見ての通りだ。過労死しそう」
"一旦手を止めよう! じゃないとマジで死ぬから!"
開きっぱなしのキャビネットが壁を埋め、机にはこんもりと溜まった書類が積み重ねられている。足場に紙が落ちてはいないものの、足跡が分かる程度に砂が溜まっており、掃除されていない。
その中心。書類の山を掻き分けるようにスペースを開け、ボールペンを手に取ったままノートPCを叩くアレサ。先月までの勇ましい姿はなく、まるで枯れ木のように痩せ干せていた。
先生はアレサをそこから引っ張り出し、隣の空き教室に移す。普通ならば抵抗するはずが、全く無抵抗で、ズルズルと運ばれていった。
"ど、どうしてこんな……というか、教室が執務室みたいになってるけど"
「あぁ……うん。アビドス復興に必要な書類をまとめていたらな、部室のスペースじゃ足りなくなっていたんだ……」
"にしては、結構多くない?"
「…………」カクン
"あ、アレサァーッ!!"
「……腹、減った」
床に倒れ伏しそうな彼女を抱え、先生は対策委員会の部室へ直行する。
ガラガラッと開ければ、ノノミが教本を見ながら勉強していたところだった。
「あ、先生!」
"大変だ! アレサが!"
「え? あ〜……
一大事にも関わらず、まるで日常茶飯事のように、慌てることなく立ち上がった彼女は、鞄から一本のエネルギーバーを取り出した。抹茶チョコ味のソレを見たアレサは、瞬時に先生の腕から解き放たれ、キャッチして齧り付く。
「カッ、んぐっ!」
「落ち着いて食べてくださいね〜。はい、コーヒー牛乳ですよ」
「んぐっ、んぐっ」
"……ノノミ、こんな状況になるのは何度目なの?"
「かれこれ五回目です。やっぱり、右腕が壊れたのが原因でしょうか」
右腕? 言われて初めて、先生はアレサの右腕に気付いた。
細い。必要最低限まで削ぎ落とし、まるで骨だけになったかのような腕だ。鉄製であることが分かるために、まだギリギリ『義腕』だと分かる。しかし、さながら甲虫類の脚めいた細すぎる腕は、見ていると今にもへし折れそうで、心配になった。
"え、何あの腕"
「アレサちゃん曰く、代わりの腕みたいです。いつも使ってる腕が壊れちゃったみたいで。あの腕を着けてから、ずっとあんな調子なんです」
"かなり重症じゃないか!"
というかどうやって壊れた。そんな疑問を、ノノミが答えた。
曰く、いつもの剣の稽古をつけている際、突如として右腕が自壊したらしい。ついでに、その時の叫び声は「持って行かれた!!」だった。
部品も、基盤も、派手に粉々になったようで、修復も不可能。よって、右腕だけ貧弱と化したアレサは、稽古を止めて事務作業に集中していた。
ここ五日ほど。ほぼ休むことなく。
「耐久値的に限界は来ていたからな。かといって、修理のツテも道具もないから、結果的に代替品で補うことになった」
"あっ、元に戻った……大丈夫?"
「大丈夫じゃない。問題だ……あの腕、私の最高傑作、だったのに…………」
"珍しくガチでヘコんでる……"
見るからにコンディション最悪な彼女だが、あの腕はかつての世界でも唯一無二の義肢だった。古い設計図になく、そして
確かにキヴォトスに訪れてからずっと修理無しで使い込んでいて、耐久性に陰りは見えていたものの、まさか木端微塵に破損するとは思ってもいなかったらしい。しかも、よりにもよって利き腕が壊れてしまったのだから、自身の価値が大幅下落しているのである。
「先生、どうにかなりませんか? アレサちゃん、このままだとあの剣も持てないみたいなんです」
「流石にこの腕だと上手く扱えん。とはいえずっと剣の稽古を休む訳にはいかんしな。いっそ、ミレニアムに修理を頼んでみるのもアリか……」
"いや、そもそも腕がそうなった時点で助けを求めようよ"
話を聞くに、壊れてからずっと事務作業を務めていたようだ。罰が悪そうに横に目を向けるアレサに、先生はため息をついた。
"……とりあえず、アレサを借りて行っていいかな?"
「おい先「はい☆ どうぞお貸しします!」おいノノミ!」
"ちょうどミレニアムからお手紙が来たんだ。【シャーレ】としてこの要請に応えたいから、君はその護衛として連れて行くよ"
「護衛だと? 先生、今の私は剣を振れない。つまりは戦力として役に立たんぞ」
"両腕が無くても脚で戦えるよね? 君の場合"
「イヤッ! イヤーッ!」
"ニンジャみたいな声出さないで。録音して建築部に聞かせるよ?"
そうして、ズルズルと引きずられてゆくアビドスシナシナダルマ。ノノミは笑顔で二人に手を振り、彼らが去る姿を見届けていった。
行き先は、当然【ミレニアムサイエンススクール】。
キヴォトスの『最先端』が集い、生まれる。科学を重んじる学園へ。
△▽△▽△▽△▽△▽△
電車を乗り継ぎ数時間ほど。
昼に差し掛かろうとする時間帯に来た、先生とアレサは、ミレニアムの敷地を歩いていた。
時々向けられる目線は、等しくどちらにも向けられている。しかしそのどれもが興味の目で、悪いものではなかった。
と思いたかった二人だった。
"た、助かったよユウカ……"
「あぁ……脚が出るところだった。いやマジで」
「ご無事で何よりです。先生と、鉄杖アレサさんでよろしかったですか?」
「あぁ。その通りアレサだ。
──“早瀬ユウカ”。ミレニアムサイエンススクールの二年生で、ミレニアムの生徒会、『セミナー』の会計を担当している少女だ。
菫色のサイドテールと、同じ色の瞳。可愛らしい顔つきだが、ミレニアムらしい合理性を重視した生真面目な性格の持ち主。もっちりとした太ももが特徴的な彼女は、アレサにスマイルを向けた。
「ようこそ、ミレニアムサイエンススクールへ! 先生の要件は伺っていますが、貴方は……その腕でしょうか?」
「……やはりそこに目を付けるか」
機械工学を齧っている人間からしてみれば、
アレサが身に着けている義肢は、明らかに
当然ながら、ユウカ以外にもそれを見抜ける者は多く在籍しており──この状況に至るまで数十分間、好奇心と興味に溢れたミレニアム生の幾名とのデスレースが開催していた。
やはりというべきか。キヴォトスは何か、普通とはベクトルが違う者ばかりが集っている。ゲヘナが「無法地帯」なら、ここは「探究心が止められない」というべきか。行く先々で、好奇の目と欲望が二人を追いかけた。トリニティはまだ知り得ぬが、比較的マトモだと思っていたミレニアムがこうなら、絶対にトリニティもロクな学園ではないだろうな、とアレサは認識を改めた。
「えぇ、そうですね……あり得ないわ、その細さで、ここまで普通の手と再現なく動かせるなんて。ただのロボットアームじゃないし、見た感じ神経が通っているようにも思えるわね。けど、これは限りなく機能性を削ぎ落したような……あっ」
「いや、いい。どのみちこうなることは予測していた。むしろ、この学園だからこそ任せられると確信したよ」
だがしかし、裏を返せばその分だけ科学や技術研究に対して向上心があるということだ。
アレサはうんうん、と頷きながら、ユウカに細い右腕を差し出した。
「実は、本来の義腕が木端微塵に壊れてしまてってね。代わりになるか、あるいはこれよりも素晴らしい義肢を手に入れられるのではないか、とミレニアムに相談しに来た。可能ならば、【アビドス】の代理として色々つもる話をしたい」
「……なるほど。私の一存ではどうにも言えませんが、技術提供というのであればよろこんで! この腕を診せて頂けるチャンスを【ミレニアム】は逃しませんよ。貴方の望むような、実りのいい話ができると思います」
「嬉しい返事をありがとう」
「立ち話も難ですし、場所を移しましょうか。先生も付いて来てください。目的地まで案内しますよ」
"ありがとう。じゃあ、『ゲーム開発部』の部室まで案内してくれる? 今日はその子たちに呼び出されたんだ"
ゲーム開発部──その名を聞いた時、ピタリと体が一瞬止まったのを、アレサは見逃さなかった。
「……わかりました。ではこちらへ」
あくまでスマイルを保つユウカに、二人は付いていく。
ミレニアムの景色は、キヴォトスを代表する市街地であるD.U.区と比べると、遥かに綺麗だ。きっちりと測られ、舗装整備された道。微かに差し込む緑は、青色に映るガラス張りの建物群によく溶け込んでいる。ユークリッド幾何学に即した建物は、ある意味「芸術品」とも言えるだろう。それらが大量に並んでいるのだから、見ていて飽きない。
「どれもこれも見たことない建築技術だ。流石に、私の知るものよりも遥かに近未来的だな」
"とっても綺麗だね"
「ふふっ、そうでしょう。ミレニアムの自慢なんです。えっと、近い場所から案内すると、ゲーム開発部の部室はすぐそこで……」
ミレニアムの建物だろう。窓があちこち開かれた棟の一つをユウカが指さす。つられて二人が顔を上げた時──何か、黒い物体が先生の頭部へ向かって飛来しているのが見えた。
黒く、細長い長方形状の物体。ある程度の重量がありそうなソレは、ブンブンと縦に回転し、さながらブーメランの如く先生に迫っている。
──危険物!
アレサは即座にその場で跳躍すると、空中でサッカーボールキックを放ち、ソレを木端微塵に砕いた。
「ッ!? 先生、あっ!?」
"……!?"
ハッとした時には既に遅く。アレサの鋼鉄の脚が飛来物を砕き飛ばした後。飛来物に付着していたであろう、手のひらサイズのピンクと緑の棒のようなものがカタンカタン! と地面に転がり落ちた。
何だったんだアレは。アレサは着地して、砕いたものを調べようとした。が、
「ア゛ァーーーーッ!?!? 私のプライステーションがぁぁァッ!!!!」
おそらく飛来物が飛んできたであろう、開いた窓からムンクの叫びを放つ、金髪の少女の姿。そこに人がいたことよりも、飛んでいったものに対しての悲鳴を上げた彼女。ユウカの顔を見れば笑顔のまま薄っすら青筋を立てており……アレサは「あぁ……」とこぼした。
──これが、彼女たちとの最初の出会い。そして、かつての仲間たちとの、新たなる出会いの幕開けでもあった。
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