夕方、太陽が西へ傾きかける頃合いの事であった。居間で縫物をしていた私は、自分の人差し指を針でぷつりと刺してしまった。遅れて「アッ」という声が出たが、その音はそっと壁へ吸われていった。
私は救急箱をとりに立ち上がった。そして絆創膏の一枚を切り離して指に巻き付けた。指を少々圧迫して血を止めるこの小さい布片には得も言われぬ有難味がある。絆創膏はすぐにこの指に馴染んで、等しい温度になった。
私は何となくテレビをつけた。お笑い番組。ニュース。相撲。惹かれるものはない。ボタンの1から8までを一通り見て、結局消した。そして垂直に伸びをして、クッションへ倒れかかった。
こういう暇な時ほど、人間はなんでもない事を不意に考えてしまう。
田舎から上京した私は、未だ都心の雰囲気に馴染めずにいた。都心の空気は田舎のそれよりも冷徹で息苦しかったのだ。いつしか私は、都心ではありとあるものが無感情にそこここに正座していると感じるようになった。例えばバスや電車のつり革である。それは、手を掛けるか掛けないかとか、揺れを和らげてくれるかどうかとか、そういう「二者択一」で構成されている気がしてならないのだ。私の故郷では、つり革をそんなふうに思ったことは無かった。田畑の広がる車窓を前につり革を掴めば、いつでも私は電車と一体になれた。電車の揺れが私に伝わるんじゃなくて、電車と私が揺れる。そういう感覚であった。
こういったなんでもないことを様々に考えて寝そべっているところへ、いきなり電話がかかってきた。森田からである。
「もしもーし。今、家?」
「家だよ。ちょうど暇だったとこ」
「暇だったら晩飯、一緒にラーメン食べよー」
「仕方ないなあ」
「じゃああとでねー」
ピッ(電話が切れた音)
今の電話でお分かりのとおり、森田は超テキトー人間である。こうやって人に突然電話をかけてくるなり、ラーメン食おうだの、話題の映画を見に行こうだの、他大の文化祭に行こうだのと矢鱈誘ってくる。でもそういう人が友達にいるおかげで、私はようやく都会に出掛けられるのだ。私は肩掛けカバンに財布を詰めて、さっさと外に出た。
外は真っ暗。存外寒かった。最も寒いのは、赤信号を前に立ち止まるときだ。それまでは歩行に用いる筋肉が身体の内側を温めているが、それが無くなるというわけだ。そりゃあ寒いはずである。仕方なしに体を丸めて腕組みをした。
凍えながら進むうちに目的のラーメン屋に着いた。そしてスマホを取り出して、森田に、「着いた」と送る。既読がついた。森田はここから結構近い場所に住んでるからすぐ来れるだろうなどと乱暴な当て推量をしていると、「今行く」と返信が来た。時々周りの景色を見ながら、時々スマホを触っている内に、直に向こうの角から自転車に乗った森田が顔を出した。
「ごめん、待った?」
「そんなに待ってないよ。一〇分も経ってない」
「寒かったよね、ごめんごめん」
この「ごめんごめん」を言う感じが森田らしさだなあと思った。店に入って食券を発行して席に着いた。で、店員が水を置いて食券を回収する。「ありがとうございます」とかぼそっと言ってみたけど、多分伝わってない。店員は忙しそうに厨房へ帰っていった。