私は、森田がまだ生きていると思っている。森田は食べ終わった後の器を見つめていた。湯気の白いもやが一瞬二人の間を立ち上ると、私の心の中に、彼女がいつ消えていても自分は気づかないかもしれないという恐怖が湧いてきた。いつ森田が森田でなくなるのか、既に目の前にいるのは森田ではないのか。
森田はまたレンゲを握り、ひとすくいのスープをすすって、「そろそろ行こっか」と無表情に言った。
店を出ると、寒さが骨を貫いてきた。橙色の街灯が規則的に立ち並んでいる。森田は自転車を押しながら私に、
「ちょっと寄り道しない?」
と言ってきた。
「どこに?」
「山本の好きそうな場所」
私は先を歩く森田について行った。静かで黒い夜道を、何台かの車が過ぎ去った。森田はただ淡々と進んでいく。私の方を一度も振り返ってこない。歩いて、歩いて、歩いた。30分ののち、なんだか不安になってきたところで、ちょうど着いた。そこはある古い公園だった。すごく見覚えがあった。ここは、昼間は子どもたちの声に賑やかなはずの公園。しかし、夜になるとしんとしていた。土もキンと冷たかった。気づくと森田はブランコに腰掛けて、空を見上げていた。
「ねえ、山本。ここ、覚えてる?」
「ここって…」
「私たちが初めて出会った場所」
「そういえばそうだったね」
「私、この場所がすっごく好きなんだ」
「久しぶりに来たけど、いい場所だね、ここ」
森田は少し俯いた後、靴先で地面を軽く蹴って漕ぎ始めた。そして、ぽつりと言った。それは独り言のようだったが、確かに彼女はこう言った。
「私、ここから始まった気がするんだ」
彼女はしばらく漕ぎ続けた。その後ろ姿は、この青くて広い星空に飛んでいきたい、そんな力強い背中だった。
ーーーーーー
翌日、私は期末試験の真っ只中だった。しかし少しも集中できなかった。昨日の森田を思い出す度に、気づくとペンが止まっていた。昨夜の森田の言葉が脳裏をかすめる。「私、ここから始まった気がするんだ。」彼女のこの言葉は、何かを意味しているはずだった。
あっという間に試験は終わり、私の解答用紙は回収されていった。教室を出たところでスマホが振動した。画面を見ると森田からのメッセージだった。それは大変恐ろしい内容だった。
「山本、今家いる?晩飯、一緒にラーメン食べよ。」
私は驚愕した。私は確かに、昨日同じセリフを電話口で聞いたのを覚えていたのだ。つまり彼女はもう…。困惑した私は、長い間返信を考えた。結局、「分かった」とだけ送り返して、私は一度家に帰った。
そして夕方になった。太陽が西へ傾きかける頃、居間でひとり縫い物をしていた私は、自らの人差し指の腹を、針もてぷつりと刺してしまった。私は長く凝り固まった腰を動かしながら立ち上がって、絆創膏を棚へ取りに行った。そして救急箱を開けた。