車のシートに深く体を沈め、窓の外の景色をじっと見つめていた。都会の喧騒とはかけ離れた静けさが、まるで現実のものでないように思われた。森田は無言でハンドルを切り、どこかの目的地に向かってアクセルを踏み続けている。森の中を走っていたかと思えば、次には日没後の海岸に車窓が切り替わった。時折、ぽつんとある古民家の横を通り過ぎることもあった。
「着いたよ。」
森田の声で私は目が覚めた。車は山の斜面にあるキャンプ場の駐車場に停まっていた。木造のコテージが奥に見える。
「ここはどこ?」
私は森田に質問した。が、森田は答えなかった。私は辺りを見渡しながら車を降りた。
コテージの脇にある開けた場所に向かうと、そこには数人の人々が集まっていた。夜だったが、どの人の顔も背景の闇よりどこか暗かった。正直、ちょっと怖い。森田は彼らに軽く手を振ると、彼らも振り返した。森田は私を紹介するように横に立った。
「みんな、この人が山本さん。私の親友だ。」
その言葉に人々は少々の拍手をした。私は無意識に恐縮した。しかし、すぐに一人の女性が前に出てきて、優しく微笑みながら手を差し伸べてきた。
「ようこそ。ここは私たちが避難している場所です。」
その女性は名を佐々木と名乗り、キャンプの住人たちを一人ひとり紹介してくれた。存外気さくな方だ。佐々木自身も含め、彼ら全員は都市から避難してきた人々だった。そして、ここに集まった理由についても話してくれた。
「私たちは、生きる者としてこの場所に集まっています。都会にはもう戻れない。あそこにはタクシー達…私たちの"死"があるから。」
ーーその言葉の意味を私はやはり理解できなかった。
ーーーーーー
翌朝から、キャンプ場での生活が始まった。山本はキャンプ場の人たち(これからは避難者と言おうか)と一緒に食事の支度もしたし、自身に割り当てられた部屋の内装も整えた。そうして数日避難者の方々と過ごすうちに、気づけば温和な彼らとの生活を楽しんでいた。しかし同時に、彼らはどうやら心の奥底に悔恨を抱えているようだ、山本は一抹のそれを感じ取った。
そしてある夜のこと。それは夕食が終わって食器も洗い終えた後、皆でファイヤーを囲んでいたときだった。そろそろ寝る時分になってきたというあたりで、佐々木がぽつ、と話し始めた。
「私の主人は、津波に飲まれて行方不明になりました。たぶん、死んだんだと思います。その時、私は隣町にいて無事に避難できたけど、波が引いた後に街に帰ってみると、もう主人の姿はありませんでした。あの日以来、自分だけが生き延びていて良いのかと、夫の命が惜しくてなりません。」
佐々木は静かに泣いていた。
「私は一生彼のことを守ってあげたかった。そして生涯彼と一緒に過ごしたかった…。」
彼女は再び言葉を続けた。それを山本は凝と聞いていた。彼女の語気には彼に対する愛情と、それ以上の深い無念が含まれていた。
「災害を前に、どうしてこんなにも自分は非力なのかとその時思いました…。」
山本は何か言葉をかけることなく、ただ静かに彼女の隣に座り、彼女の涙を見守った。その心の奥底にある無念、そして無力感がどれほど深いものなのかは、山本にとっても想像に難くなかった。彼女が言葉に詰まるたびに、酷く鮮やかに蘇る過去が彼女を苦しめているようだった。