冷たい帝国 作:暖かい作者
日本国。
惑星地球において科学立国としての地位を確立していたこの国は、今年の初めにこの第三文明圏に転移したばかりだった。
今では転移からの混乱も治り、周辺に友好国が多かった事から、徐々に平穏を取り戻しつつある。
そんな日本国の首都東京、霞ヶ関にある首相官邸にて、本日首脳部らを集めた緊急会議が行われていた。
「……第二文明圏で核が使用されただと?」
「はい。間違いありません」
そう語るのは、内閣情報調査室から出向している調査員だ。
彼らは転移により未だコンタクトの取れない状態の国に対し、あらかじめ潜入して内情を調査することを目的に活動している。
そんな彼らが、出向していた第二文明圏で核が使用された情報を掴んだため、こうして会議が開かれたのだ。
「使用したのはグラ・バルカス帝国という国で、この国は去年の12月ごろから活動を開始しており、彼の国はパガンダ王国を爆撃し強襲制圧した後、第二文明圏列強国のレイフォルとも戦争状態に突入したとのこと。
詳しい経緯については調査中であり、現地は混乱の極みで情報が錯綜しているため、正確なことは言えません。
しかし、レイフォルとの戦いで彼らは首都に核兵器を撃ち込んだことは間違いないようです」
「こんな世界に核保有国がいたのか……」
「その国の詳細な情報は?」
首脳陣達がそのあまりに衝撃的な情報に驚き、さらに詰め寄る。
それもそのはず、この世界での一番の科学立国は日本だけであるという認識が、内閣の中でも徐々に浸透し始めていたので、それを打ち壊す核兵器の存在は、それだけ衝撃的なのだ。
「現在判明しているグラ・バルカスの情報となりますと、救助されたレイフォル軍の生き残りと、現地住民の証言、そして調査員が撮影した写真などがあります。こちらを──」
そう言って調査員は、数枚の写真と共にグラ・バルカス帝国の資料を差し出した。
「これは……!」
「せ、戦艦大和ではないか!」
「そうなんです。レイフォリア港で撮影されたこの〈グレード・アトラスター〉という戦艦、細部は相当改修が重ねられていますが、大まかなシルエットはかの大和型戦艦に非常に類似しています。
レイフォルとの戦争では、この戦艦が核兵器を投射したとされており、核砲弾の装備が予想されます」
閣僚達に衝撃が走る。
戦艦大和に類似しているのも驚いたが、問題はそこではなく、グラ・バルカスが実戦運用可能なレベルの核兵器を保有していて、それを実際に使用したということだ。
せいぜい原爆レベルのものを予想していた閣僚達は、グラ・バルカスが持つ核兵器のレベルの高さに戦慄した。これだけ小型化できるなら、弾道ミサイル型の核兵器も保有しているかもしれない。
「なお、その他にもレイフォル軍の生き残りの証言に"光る槍がこちらを追いかけてきた"とありますので、こちらのグラ・バルカスの駆逐艦や巡洋艦には、対空ミサイルが搭載されているものと予想されます」
「ミサイルか……流石にVLS方式ではないが、この規模の船ならば、"ターター"に相当するミサイルシステムを有しているかもしれんな」
「はい。技術レベルから見て、地球で言う70年代から80年代の技術レベルかと思います。冷戦期真っ只中ですね」
「ならば核兵器のトリガーが軽いのも納得がいく。ましてやレイフォルは核を持っていないだろうしな」
「グラ・バルカスも転移国家との噂があるので、おそらく同じような冷戦時代を経験したのかもしれませんね」
技術レベルが近いので、相手のシステムの予想が付きやすいのは幸いだった。
逆に言えばそれだけグラ・バルカスが身近な脅威に感じられる。それに気づいた防衛大臣が、内閣総理大臣の武田の方を振り向いた。
「首相、遠方とは言え核保有国が存在すると言うのは重大な脅威かと思います。しかも周辺国に戦争を仕掛け、実際に核を使用したとなると、場合によっては我が国にも……」
「……そうだな。核保有国だなんてわかりやすい脅威、放っておくわけにはいかない。備えなければな」
武田首相は相手の脅威を理解すると、すぐさま防衛省の幹部たちと外務省の方向へ、それぞれ向き直った。
「防衛省、君たちにはより詳細なグラ・バルカスの情報を集めて欲しい。それから、グラ・バルカスの技術レベルを地球で言う80年代と仮定し、防衛策を練ってくれ」
「了解しました」
「外務省は、第二文明圏に派遣する予定の外交団の乗船を海自の護衛艦に変更してくれ。あの国の周辺で何かあったらまずい。だが、できれば早い段階からグラ・バルカスともコンタクトも取りたい。頼めるか?」
「もちろんです。ではグラ・バルカスともコンタクトを取ってみます」
「頼んだ」
防衛大臣と外務大臣が了承するのを確認し、武田首相は頷いた。
その後、ロウリア戦役から間もない日本国は既存の防衛整備計画を一新。防衛予算増額の法案がまとめられ、一気に軍備拡張路線へと向かうことになる。
一方で、グラ・バルカス帝国では。
帝国の対外情報機関、戦略情報局の会議室ではロデニウス情勢について新たな情報が手に入ったのでその報告が行われていた。
戦前から情報局の技術部に勤め、今では情報局局長となった元青年ナグアノは、若手職員から伝えられた情報に首を傾げる。
「ロウリアが負けた?」
「はい。ニホン国と言う国の介入によりロウリア王は逮捕、軍は活動を停止。ロウリア国内は分裂状態に陥りました」
ナグアノはその報告に、さらに首をひねった。
それもそのはず、ロウリア王国はロデニウス大陸において無類の強さを誇るはずだ。それを逆転させられるニホンという国、興味があった。
「我々の予想では、ロデニウス諸国はロウリアによって併合されるかと思っていたが……ニホン国とは聞いた事がない、情報はあるか?」
「現地諜報員によると、ニホン国とは最近ロデニウス大陸において大規模なインフラ開発と投資を行っていた、とのこと。ニホン国の兵器に関しては、いくつか写真を持ち帰っています。こちらを──」
「これは……!」
ナグアノ長官は、差し出されたその資料を見て驚愕した。
映し出されていたのは、優美で巨大な艦橋が目立つ青灰色の船だった。この船はニホン国海軍の〈ミョウコウ〉という名の船であるらしく、全長から見て排水量は7000t前後だろうか。
「こちらはロウリア北の港で撮影されました。艦砲を一門搭載した、ニホン海軍の近代軍艦だと予想されます」
「艦砲の配置、形状から見るにこれは速射砲だな。この船の武装は?」
「その場に居合わせた諜報員によりますと、この艦艇は艦砲射撃で王都北の港を完全に破壊し、攻撃を行おうとしたワイバーンに対し、ミサイルでの対空戦闘を行ったそうです」
「なんと!」
その報告に、ナグアノは目を見開いて驚愕した。
対空ミサイルによる迎撃は、帝国海軍では今や当たり前となっている迎撃方法だ。戦後に開発され、急速に発達して行ったミサイルという兵器は、現代戦ではなくてはならない兵器である。
だがそれと同様の迎撃をニホン国が行ったとなれば、その技術レベルは非常に近いかもしれない。ナグアノの興味はぐっと高まった。
「まさか……もし対空ミサイルを搭載しているならば、少なくともこの艦の性能は我が海軍の最新鋭駆逐艦に匹敵するだろう。対艦、対潜能力に関しても我々と技術レベルが近いかも知れん」
「そのまさかだと思います。ロウリア王都での戦いにおいては、諜報員がニホン国のジェット機などを目撃しています」
「それならジェット機は超音速、空対空ミサイルを搭載していているかもしれんな」
「ええ。少なくともニホン国は、誘導弾主体の戦闘を心得ているようです」
続いてナグアノは、ニホンの陸軍を撮影したと思しき写真を手に取った。こちらには楔形の砲塔を取り付けたニホン国の主力戦車を見た。このヒトマルシキという戦車、少々小型のように見えるがその特徴に自分たちの戦車との共通点を見いだせた。
「それからこの主力戦車は……小さいが、100mmクラスの戦車砲に外部カメラも確認できる。性能は陸軍のフェンリルⅡに匹敵するかもしれん」
「砲塔正面が楔形ですので、防御面での工夫が見られます」
ナグアノはますます興味がそそられると共に、少しばかり脅威も感じていた。
この世界に来てから、まったく近代的な技術レベルを持つ国家に出会ったことがいない。であるならば、ニホン国の存在は我が帝国に対抗できる唯一の国となる。
「我が国とも技術レベルが近いとなれば、できれば味方に引き込みたい。我が国としてもこれ以上戦争をするのは御免被る。少しでも味方が欲しい」
ナグアノとしては、ここはニホンとの敵対を避け、何としてでも味方に引き込みたかった。
この世界に来てから戦争続きで、国内は疲弊し始めている。経済だってやっと持ち直せそうなレベルなので、貿易相手という意味でもぜひとも手中に入れたい。
「それに関してですが、外務省が近々、ニホン国の方へコンタクトを取ってみたいと準備を始めているそうです」
「外務省も感づいたか。なら我々は、ニホン国の情報をもっと集めて調べることに専念しよう」
「それがいいですね。我々も、ロデニウス周辺にもっと調査員を派遣します」
「頼んだ」
ナグアノはロデニウスへ向け、調査員をさらに派遣することを決定し、近日中にそれが実行されることになる。
なお、この他にも海軍が原子力潜水艦を日本周辺海域に派遣したりなどを開始しており、帝国全体で日本国に対する興味が高まっていることが明らかであった。
グラ・バルカス帝国のある山岳地帯。
誰にも見られないような、乾燥した山々のふもとに、巨大な軍事施設が存在した。周辺は警備兵たちが巡回し、外界から固く閉ざされており、物々しい雰囲気だった。
その施設のゲートを潜ると、コンクリートで固められた施設が目に映る。地下に埋め込まれるように作られたそれは、丸型の巨大な蓋が備え付けられており、何かを隠しているようだった。
その周りには、多数のクレーン車が取り囲んで何かの建設作業を行っている。その様子を眺める車の中に、帝国空軍長官のアーリーがいた。
そのうちに車が停車すると、アーリーは秘書の手引きでドアが開けられ、ゆっくりと車から降りる。
「お待ちしておりました」
「ああ。案内を頼むよ」
車を降りると、出迎えの責任者が待ってくれていた。
極秘施設である為大々的な歓迎式典は行えないので、こじんまりとした彼らが案内してくれることになっていた。
「施設の改修はどうか?」
「まだ全体の半分も終わってません。内部で工員を総動員して取り掛かっていますが、核弾頭の積み下ろしだけでもまだ半分は……」
「そうか……」
アーリーは予想より工事が難航していることを理解し、頭の片隅に置いておいた。
やはり扱うモノがモノである以上、一筋縄ではいかないのかもしれない。
「こちらから工員をもっと派遣しよう。なるべく早く実戦復帰させたい」
「了解しました。こちらも全力で復旧作業を致します」
「頼んだ」
アーリーはそう言って責任者に釘をさすと、小さな窓から内部の空洞を見た。
そこには、巨大なロケットの様な物体が円柱の空洞に収められていた。この空洞はミサイルサイロと呼ばれる、敵の攻撃からこの物体を守り、保管するための施設である。
なぜそのような大掛かりな設備の中にこれを隠しているのか、と問われれば、その答えはこのロケットの先端にあった。
ロケットの先端にあるのは、ネメシスMk.6 核弾道ミサイルの弾頭である。弾道ミサイルといわれるこのロケットは、平時から常に敵国に照準を合わせ、有事の際には即座に反撃できるような体制で保管されているのだ。
そのため、このミサイル施設の警備が厳重のなのは当然の事、サイロの蓋が分厚かったのもその為だ。
だが、現在この弾道ミサイルは機能不全に陥っていた。ここだけではない、帝国国内にあるすべての弾道ミサイルが、使えない状況なのだ。
理由は転移現象によるものだった。
転移により、グラ・バルカス帝国は別の惑星に転移した。そのため地平線が遠くなったり、重力加速度のデータが変わっていたりなど、多くの変化が見られた。
そのため、この惑星のデータをまだ十分に確保できていない既存の弾道ミサイルは、狙った場所に撃てない可能性が出て来た。ロケットの応用で飛行をし、敵国に核兵器をぶつける弾道ミサイルは、惑星のデータがないと真っ直ぐ飛行できないのである。
このことから、帝国空軍は既存の弾道ミサイルはすべて総とっかえをしなければならなくなった。これが非常に労力がかかる事であり、まず新型弾道ミサイルの開発に二年と数百億マーケン*1が必要であり、そのうえ国内にある数千発のミサイルと代替えするとなると、さらに数百億かかることになる。
これが帝国空軍の懐事情を非常に圧迫した。
もちろん、皇帝カバルもこの問題の重要性を鑑みて予算を増額してくれたが、全体で見ればまだ雀の涙ほどでしかなかった。
「弾道ミサイルの戦線復帰は急務だ。特に、このような野蛮な世界ではな……」
アーリーは誰に聞こえるでもなく、そう呟く。
実際問題、自国にいたまま敵国を狙える核弾道ミサイルの戦線復帰は急務であった。どれだけお金と時間をかけてでも、達成しなければならない。
アーリーは弾道ミサイルの切っ先が向くその空を見上げ、改めて決意した。
今回会話に出て来たフェンリルⅡについてはまた後程。