冷たい帝国 作:暖かい作者
暗い空。
黒い雨。
瓦礫の山。
グラ・バルカス帝国の海軍軍人、アンネマリー・アストナージはその只中にいた。黒い水溜まりを歩くと、ぴちゃぴちゃと足元に不快な水音がする。
「ここは……?」
アンネマリーはその廃墟になった街に、ただ一人でいた。
アンネマリーにとって、その場所は見覚えがない。だがどこかで見たことがあるような、忘れ難いような何かが確かにここにあった。
その時だった──
「っ!?」
地面に死体が散らばっていた。
その死者たちは皆は炭化しており、黒焦げで性別も分からないほど損傷がひどい。
その死者たちは、アンネマリーの方に気づいてこう言った。
──お前のせいだ。
「はっ、はぁ……はぁ……はぁ……!」
目覚めるとアンネマリーは、自室のベッドの上にいた。周りを見るともう朝になっており、設定していた起床時間はとっくに過ぎていた。
「……逃げてはダメだ」
寝巻き姿のアンネマリーは、最悪な目覚めの中でそう一言呟いた。
昔ながらの赤い煉瓦が目を引く、グラ・バルカス帝国の海軍本部。
この施設は戦後に大拡張を遂げており、今では原子力で動く戦艦や航空母艦の整備などを行う専用のドックも併設され、かつてない規模になっていた。
『レイフォル人大虐殺!レイフォリアへの核攻撃は正当か?』
『海軍の核攻撃に世界が震撼!今後の外交への影響やいかに!?』
そんな海軍本部の第一庁舎にて、ある新聞が並べられているのを若い海軍士官が発見した。
「なんだこれは、今すぐ片付けろ」
「はっ……」
若い海軍士官は、国内の新聞社がこぞって取り上げているその内容に嫌気がさして、広げていた人物にすぐさま片付けるように指示を出した。
すると窓の外から、誰かの大声が聞こえた気がした。ブラインドを指で下げ、窓の外を見てみると、ちょうど海軍本部の正門前に幾人ものデモ隊が屯して大声で何かを訴えていた。
その様子に、若い士官はため息を吐く。
「全く、今日も今日とて抗議抗議……全く、国民共は懲りませんね」
その言葉に、執務席に腰掛けた一人の中年男性が答える。
「そう言うな。それだけ核攻撃は国民に衝撃を与えたんだ。声を荒げるのも無理はないよ」
髭のない艶やかなアゴを撫でるのは、海軍長官のユーリー・ローランドだ。かの大戦における大提督、カイザル・ローランドの息子にあたる。
ユーリー提督は外の喧騒など受け流すように、爽やかに執務作業をこなしているが、若い士官は不満そうだった。
「提督……彼らを片付けないんですか?」
「そんなことをすれば皇帝陛下の怒りに触れるぞ」
「そうですが………あれは必要な核攻撃でした!我が海軍が国民から非難の的になるのは納得がいきません!」
「納得できない人々がいるのは健全な国家の証だよ。今は言わせておけ」
「ですが……」
「どうせそのうち飽きて何も言わなくなるさ」
海軍には彼らデモ隊を排除する事はできない。戦後に軍が皇帝や臣民の権利を侵害しないため、それが違法であると定められたからだ。
だが彼の言う通り、民衆は放っておけばそのうち飽きて何も言わなくなりそうだった。若い士官は不満だったが、それ以上何も言う事はなかった。
「それに……一番悩んでいるのは、多分撃ち込んだ本人だよ」
ユーリーは天を仰ぎながら、今は職務を休み精神科へ通っているらしい〈グレード・アトラスター〉の艦長の事を思い、そう一言だけ呟いた。
一方、その同時刻。
ムー国首都マイカルでは、マイラスとラッサンが港を一望できる丘へと走って登っていた。
「こっちだ、マイラス!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
軍関係者で体力が鍛えられているラッサンとは違い、マイラスの体力はそこまで多い方ではない。
だがそれでもグラ・バルカスの艦隊を見たさに、懸命に丘を登っていくマイラス。
そしてそのうちに、二人は丘の上までやってきた。丘からはオタハイトの街並みと港が一望でき、その湾内には見慣れない平甲板を持った巨大空母がいた。
「はぁ……はぁ……あれか!」
「ああ。見たところ、例の〈グレード・アトラスター〉はいなさそうだが……」
一番見たかった巨大戦艦の姿は見えなかったが、代わりにほぼ同じ大きさの巨大空母が湾内に案内されていた。これだけでも大きな見どころだ。
なおグラ・バルカス側にも事情があり、この世界で恐れられているコア魔法を使用した〈グレード・アトラスター〉は、しばらく外交の場に出さないよう努めていたのは彼らの知るところではない。
「あの空母だけでも相当でかいな……やっぱり写真で見るのより全然迫力がある……!」
マイラスはそう言って手元のカメラを手に写真を撮りまくった。ラッサンの方は双眼鏡を手にして詳しく見聞している。
やがて空母が入港すると、周りに従者の如く大型の護衛艦たちが空母の後に入港していった。それらの船の特色は、マイラスたちには見慣れないものだった。
「周りにいるのは巡洋艦と駆逐艦か?空母の前にいると大きさが認識しづらいが、どれも大きな船だ」
「巡洋艦は連装砲を搭載しているが、駆逐艦の方は単装砲なのか」
「ああ。それにどれも砲門数が少ない。よくあれで戦えるな」
「艦中央にあるあの筒はなんだ?何かの武装だろうか?」
「さぁ?ただの構造物かも」
二人が各々の感想と分析を言い合っていると、桟橋の方で動きがあった。
「お、グラ・バルカスの外交官たちが来たぞ」
見えてきたのは、グラ・バルカスの外交官たちであった。厳重な警備に囲まれ、ゆっくりとムー国に入国した。
その日の午後、グラ・バルカスの使節団とムー国との間で会談が実現した。
待合室にやってきた彼らは、まず礼儀正しく一礼をしてから挨拶をする。
「はじめまして、グラ・バルカス帝国外務省より貴国との国交樹立交渉のため派遣されました、ハルート・マリクスと申します」
「補佐官のアメリア・オウドウィンです」
この畏まった態度には、ムー側は驚いた。
かのパガンダとレイフォルを一方的に下した国だと聞いて、どれだけ横暴な国なのかと内心不安であったのだ。
だが彼らの第一印象は悪くない。それどころか好印象に思えた。すかさずムー側も自己紹介を交わす。
「これはご丁寧にどうも……私はムー国外務省のオーディグス・リュックと申します。こちらは補佐官のユウヒです」
「ユウヒです、よろしくお願いします」
そうしてお互いは席につき、国交開設のための交渉を開始した。
「して、グラ・バルカスの方々……本日は国交樹立のための交渉と伺いましたが、どうしてそのようなことを?」
「はい。我が国は突然としてこの世界に転移してきたため、この世界の常識や外交条件に疎いのです。そのため、まずはこの第二文明圏?でしたかな……ここで最も勢力の強い貴国にご挨拶に伺いたかった次第であります」
「なるほど……」
「聞けば貴国も神話の時代にまで遡れば、同じようにこの世界に転移してきたとあります。我が国と貴国は信頼関係を築けるはずです」
ハルートと言ったこの中年男性の言葉を受け、オーディグスは少し引っ掛かることがあった。
レイフォルは今、彼らグラ・バルカスの支配下にある。それならばその富は、他の国と国交を樹立するまでもないものだと思っていた。
「ありがとうございます。しかし、疑問ですな。貴国はレイフォルを下して多少は余裕があるはず。我が国との接触は、何かそちらにメリットが?」
オーディグスは揺さぶりも兼ねて、あえて聞いてみることにする。
するとハルートはあからさまに眉を顰めてから、目を瞑りながら語り始める。
「……結論から申し上げますと、我が国は転移現象による影響から回復できておりません」
「それはなぜ?」
「戦争はコスパが悪いからです。我が国にとって戦争の発生による経済的損失は計り知れないのです」
「コスパですと?数百万人が犠牲になったレイフォリアへの一撃は、コストパフォーマンスの問題だったのですか?」
「…………」
オーディグスはまずいと分かっていながらも、わざと揺さぶりをかけた。
オーディグスにとってコスパという言葉は、レイフォルの民のことを数字でしか考えていないように聞こえ、危機感を感じたからだ。
「あれは必要な攻撃でした。我が国には余力がなく、国内の食糧も乏しい。そのため早期に戦争を終結させなければなりませんでした。そのための一撃です」
「そうでしょうか?」
「貴国のもつ不信感はごもっともです。しかし、我々は今日初めて外交を展開したばかりです。戦争の後始末に関しては後ほどじっくりと話し合い、解決していくべきではないでしょうか?」
「…………」
だがハルートにそう論破され、オーディグスはそれ以上追及できなかった。はぐらかされた不満を多少抱きつつも、オーディグスは元の交渉に戻ることとした。
「……わかりました。では本件に関しては国交開設後、また話し合う機会を作ります」
「ありがとうございます」
こうしてグラ・バルカス帝国は、第二文明圏での大国ムーと国交を結ぶことに成功。
その後すぐに通商条約についてもまとまり、両国は多少の疑心はあれど、関係を構築していくことになった。
今回は新しい兵器出て来てないよね、ヨシ!