冷たい帝国 作:暖かい作者
原子力空母〈ギャラクシー〉の艦内。
普段は軍高官が会議を行うための部屋を借りて、今回の会談は執り行われる。両者が自己紹介の後、お互いの国家を知ってもらうための概要を説明する。
「……では、あなた方
「はい。我々も最初は突然のことで戸惑っておりましたが、今ではその混乱も回復し、健全な状態に落ち着きつつあります」
空母艦内で行われている日本国使節団とグラ・バルカス使節団との対談は、思ったより進んでいた。
早速両者が思わぬ共通点を見つけ出し、理解度は一気に進展していく。
「転移国家、ですか。実は我々も同じような混乱を経験しました」
「そうなのですか……では、あなた方も?」
「はい。我々も同じ転移国家と言えるでしょう。我が国も突然この世界に転移し、様々なものを失いました」
「……なるほど」
両者の相互理解が深まっていくが、外交官の朝田には、この話し合いの場でどうしても切り出さなければならない話があった。それは日本を出る際に、外務省だけでなく防衛省からも強く推されていた。
「(ここまでは順調だ……だがあの事を聞かないわけにはいくまい)」
グラ・バルカスを語る上で、あの兵器の話題はどうしても訪ねておかねばなるまい。
それによっては今後の対グラ・バルカスとの外交、及び日本の防衛戦略にも影響を与えるかもしれない。
「ハルートさん、この場で二つほど確認しておきたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「貴国はレイフォルの首都レイフォリアに対し、
本来であれば、順調だった今までの話し合いに水を差すようなこの話題の言及は避けたかった。だが、そのような甘い話は外交の場では通用しない。
むしろ、これは今後の日本の方針を決めるうえで重要な話題なのだ。
「……それを話すには、まずパガンダ王国に関して話す必要があります。我が国が転移現象により混乱の極みにある中、彼の国には我が国の皇后殿下に怪我を負わせられるという侮辱を受けました」
「…………」
「そのような経緯から、皇帝陛下は報復攻撃を決断。同国に対して攻撃をし、制圧しました。しかしその後、パガンダの宗主国を名乗り攻撃を加えて来たのがレイフォル国になります」
「…………」
「しかし、我が国は転移からの混乱の中、これ以上戦争を続けるのには経済的なリスクがありました。そのため、核兵器の使用を決断した次第であります」
朝田はハルートが語る事の経緯を、無言で聞いていた。
どうやらグラ・バルカス側にも一応の言い分はあるように思えた。しかし、最後の一文は日本人としての神経を逆なでする。
「……つまり、戦争の早期終結のために核兵器を使用したと?」
「はい。そのような認識で構いません」
「疑問が残ります。貴国の軍事力ならば、通常兵器による爆撃でもレイフォルは降伏したはずです」
朝田は第二次世界大戦で史上初めて核兵器が落とされた国の出身者として、あえてそう追求した。
「……通常兵器による反復攻撃では、レイフォルのような広大な国が降伏するかは不透明でした。それに──」
その言葉にハルート氏は、あからさまに不機嫌そうに口元を噛むと、改めて語り出した。
「これ以上の戦争を抑止するには、我々が強大な力を持っている事を、この世界の住民に誇示しなければならなかったのですよ」
「っ…………」
ハルートの発言に対し、朝田は言い淀んだ。
あの核攻撃が無実のレイフォル国民まで巻き込んだ事実を踏まえれば、彼の発言は内心いい気分のする言葉ではない。だがハルートは確かな目つきで朝田に眼光を利かせていた。
「(……睨まれてるな。表向きは友好を保ちたいが、何かあれば即座に核攻撃を行う用意があると言う、一種の脅しだ)」
だが相手は核保有国、その気になれば日本や第三文明圏の国々が巻き込まれることを考えれば、それ以上の追及は避けるべきだった。
「分かりました。では一つ目の質問は以上になります。空気を悪くしてしまって申し訳ない」
「いえ、こちらこそ貴国に疑念を与えてしまったことは真摯に受け止めます」
「それから、二つ目の確認事項です。先日、我が国の領海に国籍不明の原子力潜水艦が現れた事件がありました。何か心当たりはありますでしょうか?」
朝田は話題を変える目的を含め、二つ目の確認事項を問いただした。
今のところ、この世界で原子力潜水艦を持っているのはおそらくグラ・バルカスだけだ。内閣調査員の調べで、この世界の国々には潜水艦の概念すらないという事実は判明している。怪しいのは彼の国だけだった。
だが──
「原子力潜水艦ですか?それは……我々は何も聞かされておりません」
「なんですと?」
ハルート氏はあくまでそう言い切った。
「……本当です。確かに我が国は原子力潜水艦を幾つか保有していますが、貴国海域への派遣については、少なくとも我々は何も知りません。本国に帰りましたら、確認してみます」
なるほど、だとすると真相を知っているのは軍の方か。
どうやらグラ・バルカスは、あまりシビリアンコントロールができている方の国ではないらしい。外交を司る部署の人間が、軍の行動の全容を知らないとなれば、そのような問題が挙げられる。
朝田はこれ以上ハルートから聞き出せることはないと思い、質問をそこでやめることにした。
「……分かりました。では、我々からの確認事項は以上になります」
「かしこまりました」
ハルート氏はそう言って、朝田の挨拶を受け止める。
こうして、多少の疑念をはらんだ状態の会談は終えられた。
会談がいったん終了し、お互いに休憩時間になったころ。
外交官ハルートの補佐をしていたアメリアは、日本国と対談した内容を書類にまとめる作業を行っていた。
部屋には備え付けられた業務用パーソナルコンピュターのキーボードの音だけが、カタカタと聞こえている。
「……日本国、油断ならないな。あの様子じゃ核兵器のことも知っているようだった」
そんな作業の最中、傍の椅子に腰掛けていた上司のハルートはそう言った。アメリアは作業の手を止め、彼の方を向く。
「そうですね。知っているからこそ、過敏に理由を知りたがっていました。他の国とは少し違う視点です」
「そうだな。技術レベルが近いからこそ、それが実際にどのように使われるかを知っているのだろう」
ハルートはそう言って革製の椅子に深く腰掛け、天を仰いだ。
「……しかし、奴らが原子力潜水艦の件を知っているとはな。やはり隠し通すのは難しそうだ」
「軍は余計な仕事をしていますね。我々の心労も少しは考えて欲しいものです」
ハルートは天を仰ぎながら、彼らの話していた事を思い出し、そう愚痴を吐いた。それにアメリアも乗る。
実際問題、原子力潜水艦による偵察が行われていることはグラ・バルカス外務省も知ってはいた。
だが外交の場とはいえ、そんな事を正直に言うわけにはいかないので、嘘をつくしかなかったのだ。
「そういえば彼ら、派遣した潜水艦が原子力である事も知っていたな。そして原潜を持っているのが我々しかいないことも見抜いていた」
そういえば、と思いアメリアは先ほどまでの会談を思い出す。
──貴国の軍事力ならば、通常兵器による爆撃でもレイフォルは降伏したはずです。
日本はまるで、我々と接触する前からレイフォルを通常兵器で滅ぼせる事を知っているようなそぶりだった。
アメリアはどこでそんな事を知っていたのか、気になった。
「それは、どうしてでしょうか?」
「おや、君の
「それは……」
実際はそんな公務員として恵まれた立場であろうとも、仕事一筋だった母とはあまり関われていないため、知る由もなかった。
そうしてアメリアが口を紡ぐのを見つつ、ハルートは言葉を続けた。
「実はこうして日本と接触する以前から、日本人らしき調査員の報告はあった。だから日本人は、我々の手の内をある程度知っていたのだよ」
「そんなことが……いや、スパイならば拘束するべきでは?」
「いや、捕まえようにも大体が逃げられるか、尻尾の痕跡すら残さず消えるかのどちらかだったらしい」
どうやらレイフォル及びレイフォリアでは、自分の知らないところで熾烈なスパイ合戦が行われていたらしい。
「日本国は油断ならんぞ。彼の国を大人しい小国だと見下しては、いずれ痛い目を見るだろう。君も気をつけたまえ」
「分かりました」
上司にそう注意され、アメリアは改めて日本国に対して警戒心を緩めず、注力することにした。
外交官の朝田は、休憩室にてペットボトルの水を飲みながらひと休憩をしていた。傍の篠原は、ノートパソコンに向かって今回の会談の内容を記録していた。
「案外穏やかでしたね。国交自体は平和的に設立できそうです」
篠原がそう言って会談を振り返ってそう言った。それに対し、朝田が反応する。
「そうだな。だが油断はできない。相手はいきなり原子力潜水艦を送ってくるような国だ……」
「ですよね……相手に何か裏があるようにも思えます」
朝田の言う通り、今回のコンタクトは穏便に終わりそうだったが、まだまだ油断はできなかった。
相手は核保有国だ。刺激すれば何かが暴発するかもしれないと言う恐れは、日本側にもあった。
「やはりもしもの事に備え、第三文明圏における地盤は固めるべきだな。早急にコンタクトできる国を増やした方がいいかもしれない」
「そうですね。帰りにアルタラスやシオスともコンタクトを取れないか、自衛官の方に進言してみましょう」
「そうだな。そして目下一番のたんこぶは……」
「パーパルディア、ですね」
今後の戦略を見据え、朝田たちの脳裏にあったのは、第三文明圏で猛威を振るうパーパルディア皇国であった。あの国が居るせいで、第三文明圏における防衛戦略は暗礁に乗り上げている。
「グラ・バルカスの出現を受け、彼の国にも内閣調査員が派遣されている。どうにかして刺激せずに味方に引き込めないだろうか」
「パーパルディアに基地を作れれば、第三文明圏における哨戒網が完成するそうですから、なんとしてでも確保したい土地ですね」
「ああ。ともかく、次に我々はあの国に向かうことになる。休んではいられないな」
そんな風に彼らが会話していると、部屋の水密扉が、こんこんとノックされた。その音を聞き、篠原が答える。
「はい」
「失礼します。艦長がご挨拶をしたいとのことですが……」
「え?艦長が?」
突然のことに篠原が困惑し、朝だと顔を見合わせる。少し考えたのち、朝田は扉の向こう側に応えた。
「大丈夫です!どうぞ!」
「失礼します」
扉が開かれると、外から二人の軍人が姿を現した。
片方の中年男性は艦長のようで、がっしりと引き締まった身体をしている。顔は笑顔を見せており、携えた髭が歴戦の猛者を表していた。
もう一人は、その副官らしい若い女性だった。バインダーを抱えている姿は、艦長と比べてかなりの身長差があった。
大柄な男の方が口を開く。
「お邪魔いたします。艦長のヘルベルトです。みなさま、艦内は快適ですかな?」
ヘルベルト艦長は、そう言って朝田たちに問いかける。朝田は笑顔で答えた。
「これはこれは艦長殿……お陰様で、快適です」
「それは良かった!原子力空母ともあろう本艦において、もし体調が優れないとなれば、それ即ち
と、ケラケラと笑うヘルベルト艦長。
いきなりブラックジョークを言われたので、朝田たちは少し引いた。
「は、はっはっはっ、そうでございますね……」
「あはは、はは……」
別に不快なジョークではなかったが、あまり面白くない寒いジョークだったので、朝田たちは引き笑いだった。
そんな様子を見て、背の低い女性副官が艦長にツッコミを入れる。
「……艦長、ニホンの方々が引いておりますよ」
「えっ、そんなはずは……」
「申し訳ありません。艦長は、こういう方なのです」
「は、ははは……そうですか……」
女性副官の方がそう言うのを聞き、朝田は艦長の人柄を少し理解した。日本で言えば親父ギャグを言う人なのかなぁ、と思いつつ、話は進む。
「し、して……何かご用でして?」
「ああ、実は皆様に今回はお誘いと言いますか……実は皆様の歓迎のため、艦内で晩餐会を開こうかと思いましてね」
それは艦長からディナーのお誘いだった。どうやら日本側と親睦を深めたいらしく、護衛の自衛官たちにも来て欲しいとのことだ。
彼は髭を撫でながら、話を続ける。
「急遽ですが、皆様がよろしければ、艦内腕利きのシェフに頼みたいと思います。どうですか?」
「それは……」
朝田はそのお誘いを受けるかどうか迷ったが、そこに篠原が小声でツッコミを入れる。
「(ちょっと朝田さん、何迷ってるんですか!原子力空母のディナーですよ!こんな機会、アメリカ海軍でも滅多にありません!)」
「(え、いやしかし……)」
「(この期に及んで申し訳ないと思うのは逆に失礼ですよ!お時間も用意してくださってるのに!)」
「(…………)」
食いしん坊な気質のある篠原は、どうしてもお誘いを受けたいらしく、目を輝かせていた。後ろを見ると、護衛の自衛官たちも目を輝かせている。
「お、お誘いありがとうございます。ここは、お言葉に甘えていただきましょう」
「おお、ありがとうございます。では、1900に案内人をこちらに向かわせます。あ、もしよろしければ日本艦隊の方の方々も呼んでいただいて結構ですよ」
「え、ええ……」
そう言って艦長は笑顔で答え、そのまま部屋を去っていった。女性副官が頭を下げ、ゆっくりと扉を閉めるのを見送り、朝田は篠原を睨んだ。
「おい……」
「滅多にない機会ですよ!!」
夕刻、1900にて夕食会が始まった。
空母〈ギャラクシー〉にも受けられた晩餐会用の食堂にて、
「では、今後の日本・グラ・バルカス間の幸運を願い……」
「乾杯!」
主催者のヘルベルト艦長の掛け声とともに、参加者が一斉にビールを手に掲げ、晩餐会が始まった。
参加しているのは海自とグラ・バルカス海軍の高官達、それと両国の外交官達だ。彼らは用意された様々な肉料理に舌鼓していた。
その場には、朝田の計らいにより山本艦長と荒木司令も駆けつけていた。彼らもソーセージやザワークラウトを皿に盛り付けている。
「うむ、うまいな」
「ええ。このソーセージ、スパイスが効いてて美味しいです」
「それは良かった!シェフたちも喜んでいることでしょう!」
山本艦長と荒木司令の感想に、ヘルベルト艦長は笑顔で安堵した。異世界の人間の口に合うかは心配だったからだ。
「肉料理にビールとなると、旧世界のドイツという国との交流を思い出しますね」
「おお、そちらの世界にも似たような食文化の国が?」
「ええ。なんだか懐かしい気分です」
山本艦長と荒木司令は、旧世界の海軍との交流会を思い出しつつ、ヘルベルト艦長と共に料理を楽しんでいた。盛られた料理はどんどん減っていく。
「いやぁ、さすがは原子力空母。食事が豪華ですね!」
「……篠原、今はただのお楽しみ会じゃないぞ。気を引き締めろ」
朝田たちは料理を楽しみつつも、この場も外交の一環であると思い、気を引き締めていた。
「どうも、日本の外交官の方ですかな?」
「あ、ええそうです。あなたは?」
「私は使節団の経済担当でありまして……」
そのうちに朝田は周りの人々に声をかけられ、挨拶に追われる。そんな最中でも、篠原は家族に送る料理の写真をスマートフォンで撮りまくっていた。
「ん?失礼、そちらの方の板は?」
「ああ、失礼……」
「これですか。これは携帯電話というものです、見てみます?」
と、経済担当の外交官がスマートフォンに注目した。それを見て、朝田は外交官に説明を行うべく、自分のスマホを取り出した。
「こ、これが電話なのですか!?」
「そうです。いろいろ機能がありますよ」
「なっ……電話だけじゃない。カメラ、電卓、カレンダー、メモ帳まで!」
「こ、こんなに小さいのに……!」
「おい、俺にも見せてくれ!」
するとそのスマートフォンは、一気に参加者の注目を集めた。周りに人だかりができ、軍人や外交官たちはスマートフォンの機能に興味津々だった。
そんな朝田たちの様子を見て、ちょうどヘルベルト艦長と話をしていた山本艦長は苦笑いで語りかける。
「皆様、目を輝かせてますね……」
「お恥ずかしながら、我が国の電話といえば、せいぜい車に搭載する"自動車電話"くらいでして……ここまで小型の電話は存在しないでしょう。皆興味があります」
「なるほど、そうでしたか」
山本艦長はグラ・バルカス帝国の有する通信技術に関して、いい事を知ったと思い、それを脳裏に仕舞い込んだ。
その夜、晩餐会を終えた外交官達はテレビ通信で本国の上司達に報告を行なっていた。朝田から言われた報告内容を受け、上司は大きく反応する。
「なるほど、輸出品は携帯電話にテレビゲームか。考えたな」
「はい。これらの製品はまだグラ・バルカスには存在しないそうで、これなら貿易摩擦が起こることなく輸出する事ができるでしょう」
朝田から言われた日本からの輸出品候補に関して、上司は納得していた。
グラ・バルカスと交流する中で、輸出品に関しては鬼門だった。日本製品の方がグラ・バルカス製品よりも質が高く、技術も上でその上安いことが、判明しているため、普通に貿易すれば摩擦が予想されたのだ。
彼の国と貿易する上では、刺激しすぎないことが重要だ。何せ相手は核保有国なのだから。
「確かに、時代背景を考えるとテレビゲームが普及し始めたのは80年代の後半からだったな。携帯に至っては00年代に入ってからだ」
「ゲームに至ってはまだ発想すらないそうでした。これは、チャンスかもしれませんね」
「それは良いな。よし、国内の携帯メーカーやゲーム機メーカーに、グラ・バルカスへの輸出をチャンスとして宣伝しよう。これは儲かるぞ」
だがその輸出品に関しては、今回ブルーオーシャンを見つけたことにより解決しそうだった。
上司は早速政府に進言し、政府はそのビジネスチャンスに食いつくことにした。早速国内の携帯メーカーやゲーム機メーカーに、グラ・バルカス帝国の市場をチャンスとして宣伝した。