冷たい帝国   作:暖かい作者

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ストック投稿です。


間話
第一話


 

 ──戦後30年が経った頃。

 

 惑星ユクドは今、滅亡の危機に瀕していた。

 きっかけは些細なことだった。つい最近、新型の偵察衛星が打ち上げられ、最新技術を駆使した周辺諸国の偵察が行われた。

 するととんでもない物が見つかった。グラ・バルカス帝国から程近い位置にあるとある島国のダム建設予定地に、ミッドガル連邦のミサイル基地があることが分析で判明したのだ。

 偵察衛星からわからないように巧妙に隠されたそれは、グラ・バルカス帝国の喉元の刃として帝国本土に向けられていた。

 この事態に、帝国は直ちに同国に対して制裁を敢行。帝国海軍東部方面艦隊は島国の周辺海域を封鎖し、直ちにダムを解体するように伝えた。

 これに対し、ミッドガル連邦は「制裁は国際法違反である」とし、島国を救出するべく、同じように海軍を展開させた。

 これにより両者は島国の海域で武器を構える事となり、その背後には大量の核兵器が待ち構えている状況に。

 事態は核戦争の一歩手前。ついに防衛準備体制(デフコン)レベル2が発令され、ユクドに危機が訪れる…………

 

 

 

 

 

 島国を囲む大海原。

 べた凪の落ち着いた透明度の高い海原を、かき分けるようにして進む艦隊がいた。

 3000トンの従者が海原を掻き分ける。一万トンの中型艦がその道をなだらかにし、6万トン以上の豪鉄の塊二つが、その中央を威風堂々進んでいる。

 グラ・バルカス帝国海軍、東部方面艦隊、第1打撃任務部隊の大艦隊は、島国を包囲する海域封鎖のため展開していた。

 構成はミサイルフリゲート3隻、ミサイル駆逐艦3隻、ミサイル巡洋艦2隻、原子力空母1隻、旗艦は近代化改修を終えたばかりの大型戦艦〈グレード・アトラスター〉である。

 同艦は就役から間も無く40年が経つ老朽艦で、誘導弾が発達した今では戦艦などすっかり旧式の部類だ。だが、電子機器や主砲の改良などの近代化改修を経て、今でも現役として運用されている。

 側面の127mm単装速射砲が3対6基、その他個艦防空機関砲、巡航ミサイル発射器、最新鋭の対空/対水上レーダー、そして機関の原子炉など、近代化により変わった点は多い。

 だが就役当初からそのままの三連装460mm艦砲は、今も誇らしげに海へと向けられていた。

 

「艦長!」

 

 その〈グレード・アトラスター〉では、艦長兼艦隊司令官の女性軍人──アンネマリー・アストナージが薄暗いCICに入り浸っていた。

 ブラウン管のディスプレイを眺めながら、戦況を把握している彼女は、部下の一人に声をかけられそちらの方を振り向く。

 

「北東にいる哨戒機がミッドガル連邦の原潜を発見。現在追尾中とのことです。真っ直ぐ島国へ向かっています」

「了解……では本艦〈グレード・アトラスター〉が現場海域に向かうわ。進路を変更せよ」

「はっ……しかし、我が艦が直接ですか?」

 

 部下から旗艦が直接向かう必要性を問われ、アンネマリー艦長は即座に答えた。

 

「原潜が相手だと、度胸が座ってるから普通の手段じゃあ退かないでしょ?だから本艦が直接相対して威圧を与えるのよ」

「なるほど、了解致しました」

「私も艦橋に上がる。進路変更せよ」

「了解です。進路015、スターボード(面舵)!」

 

 アンネマリーはCICから艦橋に上がるまでの急な階段を登りながら指示を下し、部下はその通りに動く。

 艦橋に到着すると、部下が椅子を準備してくれていた。彼女はかつて祖父が座っていたのと同じ椅子に腰掛ける。

 

 ──それにしても……

 

 かつて同じ船に乗っていた祖父のラクスタル・アストナージに憧れ、女伊達らに努力して海軍に入ってから数十年。

 今の自分は世界滅亡の危機に晒され、それと戦わなければならないことに、未だ現実味を味わえずにいた。

 ここにいる他の乗組員達もそうだろう。明日、もしかしたら今日、再び大戦が起こって核兵器の応酬が始まるかもしれない。

 そうなれば、故郷にいる家族や友人たちはみんな死ぬ。その緊張が逆に現実味を失わせているのだった。

 〈グレード・アトラスター〉は艦隊から1隻のミサイル駆逐艦を伴って離脱し、しばらく海域を進む。そして哨戒機からの情報を元に、現場海域に到着した。現場は透明度が多少低くなり、雲行きも怪しかった。

 

「現場海域に到着。原潜は方位030!水深100mを30ノットで航行中!」

「こちらも機関最大。真正面に対峙せよ」

「了解!」

 

 アンネマリーは舵輪を握る操舵士に操艦を任せ、艦を変針させた。航海士の腕は良く、少ない揺れで敵原潜と正面からすれ違う形に向きを整える。

 彼は若干19歳の若い操舵士だったが、そんな年齢から来る経験不足など感じさせない、見事な腕前だった。彼にも家族や恋人が陸にいるのだろうか。

 彼女がそんなことを考えていた時に、通信士から報告が入った。

 

「艦長、哨戒機から報告!敵原潜が浮上しているとのこと!」

「なんですって?」

 

 部下からの報告を受け、アンネマリー艦長は双眼鏡を手に取った。その潜水艦がいると思しき海域から、少しずつ泡のようなものが見え始めた。

 かと思えば、突然水が膨れ上がるように持ち上がった。そしてその水面から水を掻き分けるように、巨大な原潜が姿を現す。

 

「原潜の浮上を確認!」

「艦種識別!ミッドガル連邦原潜、"ヴォルヴァ級"です!」

 

 浮上した原潜のわずかな構造物から艦種を予測した乗組員達に、大きな緊張が走る。

 ヴォルヴァ級とはミッドガル連邦の戦略原潜のクラスだ。艦橋後部の膨れ上がったコブのような構造物には、都市を丸ごと一個消滅させる威力を持つ核兵器が大量に積まれている。

 

「……相手は戦略級原潜です。浮上して核ミサイルを撃つつもりでしょうか?」

「まさか。奴の核ミサイルは水中から発射するタイプよ。わざわざ浮上する意味はないでしょ」

 

 もちろん、断言はできない。

 もしかしたら何かしらの不調で水中発射ができなくなった可能性もあるし、そもそも核兵器を積んでいない可能性だってある。事態が事態なだけに、慎重な決断が必要だった。

 だが同時に、譲れないプライドもある。原潜は浮上したままこちらに突っ込むような勢いで向かってきていた。

 

「進路そのまま!原潜と対峙せよ!」

「進路、そのまま!」

 

 アンネマリー艦長は国に奉仕する海軍軍人として、たとえ核を搭載した原潜が相手でも、引くわけにはいかない。

 実はこの時、ヴァルヴァ級の艦内では艦長が自分に敵意がないことを表すために浮上を命令したのだが、それを咎めたミッドガル連邦軍の政治将校と言い争いになり、艦内の指揮系統が機能不全に陥っていたのだ。

 そんな事情などつゆ知らず、二隻は真正面から対峙する航跡を辿る。そんな様子に焦った副長がマリーを引き止める。

 

「艦長!このままでは原潜と衝突します!」

「まだよ!帝国の意地を見せなければ!」

「核戦争の一歩手前ですよ!」

「分かっている!けど引けば帝国の負けになる!」

 

 お互い一歩も引かない。いや、引くに引けない。ここでどちらかが引けば、国の威信が傷つき負けとなる。核戦争が目前であるならば、なおさら絶対に引けなかった。

 戦艦と原潜が対峙する。艦暦40年を超える6万トンの鉄塊と、新造されたばかりの1万トンの大鯨。

 生まれた時代は違えど、両者の価値の大きさはほぼ同等と言っても過言ではない。

 その両者が、今衝突寸前まで来た──

 

「来ます!」

「衝撃に備えっ!」

 

 両者はわずかな隙間を縫い、すれ違った。

 艦が擦れる程近い距離で、お互いの白波(ウェーキ)が重なりうねる。そして両者は最大戦速のまま、すれ違っていった。

 

「取舵反転180!すぐに原潜を追いかけるわ!」

 

 アンネマリー艦長が即座に指示を下す。それに伴い、若い操舵士が舵輪に手をかけたその時だった。

 

「艦長!」

「なに?」

 

 突如、通信士が叫ぶ。

 アンネマリー艦長は即座にその方向を見て、ついでにズレた帽子を直す。

 

「通達します!本国より撤退命令です!」

「え、なんですって!?」

 

 通信士が語る本国からの命令に、アンネマリー艦長は自分の耳を疑った。通信士はそれを察してか、即座に続きを語る。

 

「はっ……それが、帝国と連邦との間でホットラインが繋がったようで、これより事態の収拾のため交渉に入るとのこと。その条件として、お互いは軍を引くとのことです」

「……なるほど。やっと上も事態の収拾に動き出したのね」

「はっ、そうなります。両者が矛を無事に収められれば、の話ですが……」

 

 通信士が語る背景を受け、アンネマリー艦長は胸を撫で下ろした。エスカレートするばかりだった事態は、ようやく収拾に動き始めているようだ。それならば、海軍が撤退するのも納得できる。

 艦内に少しばかり安堵の息が流れた。このまま核戦争にまで発展するほど逼迫していた事態が、少しばかり改善されたのだ。胸を張って故郷に帰れるかもしれない、そう思った。

 

「しかし、あの原潜はどうしますか?」

「……見逃すしかないわね。同じ命令が下っているなら、奴も直ぐに引き返すはずよ」

 

 その後、相手の原潜も島国の海域からの撤退を確認された。

 それを確認した後、帝国海軍の部隊は無事母港に帰投、武器弾薬燃料の補給と共に、次の命令を待った。

 また、海外に展開していた北部方面艦隊の原潜も撤退命令を受け帰投中とのこと。後に「島国危機」と呼ばれたこの事件は、のちの歴史書でも大きく取り上げれる……はずだった。

 

 東部方面隊が母港に着いたその夜、グラ・バルカス帝国は異世界へと転移したのである。

 

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